主人公たち
ゲームの記憶を思い出して、壱人形について分かったことはいくつかある。
あの人形は塔原家に昔から伝わるもの。それは蔵で兄が言ったことである。
相当昔の話だろうが、塔原家には双子が生まれたら片方は殺めないといけない……という恐ろしい掟があったらしい。
由来は「不吉」とか「魂のない呪われた存在」だとかそんな迷信があったかららしいが、実際のところは跡取り問題や遺産相続などの金銭的な話がどろどろに絡んでいたのではないだろうか。
しかし時代が変わっていくにつれて、塔原家の子孫たちの思想も変化していく。
不吉だなんて理由で身内殺しをすることに批判をもつとある時代の当主が、違う形で掟に従うことを提案した。
それが、「壱人形」である。
もし塔原家の跡取りに双子が生まれてしまった場合、同じ造形の日本人形を用意し、片方を粉々に砕くという儀式だ。
これも兄の言っていた通りだな。
人形を代役。
そのやり方で先代達が納得したのかといえば、分からない。
しかし双子なんて滅多に生まれるものではない上に、たとえ赤ん坊でも殺したら殺人罪になるため、自然と子孫たちに伝えられていくこととなったようだ。
迷信に憑りつかれて当主が殺人で捕まり、一族が滅ぶなんて確かにごめんだよね。
当主である父が壱人形のことについて色々知っているんじゃないかと気づき、聞いてみたが……
返ってきた情報はゲームで得た知識と大して変わらなかった上に、父は「そんな人形もあったなぁ~そういや」と笑い飛ばしていた。
父は現実主義でオカルト否定派だから壱人形の呪いなんて相談しても無駄だろうな。
母にも一応、人形について聞いたが詳しくは知らないようだ。
どうやら父が壱人形のしきたりについて教えたのは兄だけらしい。
もしかしたら、一番詳しく知っているのはゲームを熱中してプレイした私なんじゃないだろうか…うーん…。
両親はあてにならないみたいだし、本当に自分でなんとかするしかないようだ。
あれから兄の体調は日に日に悪くなっているような気がする。
そろそろ、私以外の人が見ても一発で分かるほどじゃないだろうか…。
兄の態度が冷淡であったり急に優しくなったりところころと変わるのも気になる。
「お兄様は昔から喜怒哀楽が少ないほうだったけど、今ほどじゃなかったよな…」
自室でぽつりと呟く。
昔はもっと笑ってた。あそこまでお人形さんみたいに大人しくなかったはずだ。
ゲームの中では既に兄は亡くなっていたから、第三者の目線で彼の心情を知ることはできなかったが…。
お兄様の態度がおかしいのも、人形のせいなのだろうか。
ゲームの中の私は言っていた。
『兄は壱人形に呪い殺されたの。
そして、次に死ぬのはきっと私――』
塔原すみれの言葉は真実だった。
兄・塔原誠一郎は壱人形に呪い殺された。
そして、妹のすみれも…。
プレイヤーだった私は、男の子の主人公を操りながら必死で走り回って壱人形と戦った。
何度も何度も返り討ちにあって、ゲームオーバーになったのを思い出す。
……難易度はそれほど高くないと言われているので、おそらく私の操作が下手だったのだ。
それに、壱人形など序盤の小ボスである。
時間はあまり残されていないかもしれないが、呪いを解く方法は確実に存在する。
……だけど、このまま普通に毎日を過ごしていても、兄はゲームの中の通りに呪いに蝕まれていくだけ。まずは行動しないと。
そのためには、ゲームの中で悪霊たちに立ち向かっていく主人公たちの力が必要だった。
この一週間、私は主人公たちにどう上手く接触するか計画を練っていた。
明日はその計画の大一歩となる大切な日。
果たして彼らは力になってくれるだろうか…。
その前に、ちゃんと友達になれるだろうか……。
「今日からお世話になります。塔原すみれです。よろしくお願いします、神原先生」
「まぁ、こちらこそよろしくね。塔原さん!うちの息子も習ってるんだけど、馬鹿だけど優しい子から、ぜひ仲良くしてあげて!」
『神原習字教室』と書かれた看板の奥にある和風住宅。
ここは、「呪界の霊」の主人公・神原 零介の家が営んでいる習字教室。
先生は彼の母である神原蛍子さんだ。
彼女はかなり強力な霊感を持っていて、ゲームの中でも主人公に手を貸してくれる有能サポートキャラの一人。
ゲームの通りしっかりしていて優しそうな人だなぁ。
にっこりと穏やかに微笑まれ、私はホッと安心した。
それでも、まだ心臓のどきどきは止まらない。
だって、本物の蛍子さんだ。
いきなりゲームの重要人物との遭遇……。
私、本当に二次元の世界に生まれ変わっちゃったんだ……!!
今更その事実を実感し、頭がくらくらして緊張してしまう。
「うふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ~!それで、こっちの部屋が教室よ」
「は、はい……」
うう…!!その優しい笑顔がゲームの通りで緊張するんですよ!
これから主人公たちに出会うのに、こんなんで私の心臓は大丈夫か!?
彼らの顔を見ただけで緊張が頂点に達して失神してしまいそうだ。
ああ……頭の中が真っ白になってきた…もうだめ…。
蛍子さんに引きつられて、広い和室にたどり着く。
習字道具が置かれた長い机。ところどころ墨で汚れた畳。
優しい雰囲気がして居心地良さそうな雰囲気。
「はいはーいみんな注目!今日からここの生徒になる塔原すみれさんよ。みんな仲良くしてあげるようにねー!」
転校生のような紹介をされ、蛍子さんは私の肩に優しく手を置いた。
はーい!!と生徒たちが元気に返事をして歓迎してくれた。
みんな明るくて仲が良さそう。当たり前だけど、一年生から中学生ぐらいの子たちまで色んな年齢の子たちがいるなぁ。
この中に主人公の神原零介たちが……
「うおおっ、すっげー可愛いじゃん!ラッキー!!」
大きな声が教室に響き、私はびくっと肩を震わせる。
こ、この声は――!!
「ちょっと零介うるさい!塔原さんびっくりしてんじゃん!」
みんなが座ってる中、突然立ち上がって大声をあげた男の子に、栗色の髪の可愛い女の子が彼の横腹を殴った。
男の子が「ぐえっ」とうめき声をあげて崩れ落ちたと同時に、みんながどっ、と笑った。
「零介兄ちゃんかっこわるーい!きゃははっ」
「そんな大げさに褒めたら逆に引かれますよ、零介」
低学年ぐらいのツインテールの女の子と、先ほどの男女と同い年ぐらいの眼鏡をかけた真面目そうな男の子がそう言うと、周りの笑い声はさらに続く。
この四人組……もしかして……。
ゲームの主要人物たちの面影を残している彼らに目が釘付けになり、息をのんだ。
原作では高校生だった彼らが、小学生の姿で私の目の前にいる。
明るくお人好しな性格の主人公 神原零介。
彼の隣に住んでいる幼馴染のしっかり者 桜井毬花。
二人の親友で、敬語と眼鏡が印象的な吉川輝幸。
間違いない!絶対に主人公たちだ!!
ツインテールの女の子も、おそらく零介の従兄妹である高坂小夜子ちゃんだろう。零介達とは5つ年下だ。
主人公にだけ接触できれば御の字だと思っていたけど、まさかここまで大集結するとは……。
運がいいのは確かだけど、私の緊張ゲージがMAXだ。
もう私は何も言葉が出ず、ぽかーんと間抜けに口をあけて突っ立ってるだけだった。
「こら、零介!……ごめんなさいね、塔原さん。あの馬鹿が私の息子の零介なんだけどね…あはは…。あ、席は自由だから、好きなところに座っていいわよ」
顔を赤くして頭を抱える蛍子さんにそう言われ、どこに座ろうかおろおろ周りを見渡すと、毬花ちゃんらしき女の子が私に向かって手招いた。
「私の隣空いてるよ!こっちおいでよ!」
「あっ!…はい!」
この子もゲームの通り優しくて良い子だ…!!
感動して思わず涙ぐみそうになりながら、毬花ちゃんの隣にいそいそと正座する。
「あの、ありがとう。これからよろしくお願いしますね」
「いいって!こちらこそよろしくね、塔原さん!あ、私、桜井毬花っていうの」
もちろん知ってますとも!!
明るくしっかりしていて、誰よりも優しい毬花ちゃんが、私は大好きだった。
呪界の霊で一番好きなキャラクターはあなたでしたよ!
「そんで、こっちが神原零介。こいつになんか変なこと言われたら遠慮せずにに言ってね!私がしめとくから!」
「しめとくってなんだよ!相変わらずこえーな毬花!!」
零介が真っ青になって悲鳴のような声をあげると、周りの生徒はまたアハハと笑った。
二人は本当に仲がいいんだな。
さすが、将来結婚する主人公とメインヒロインなだけある。
微笑ましくして、私も思わず顔がほころぶ。
「あっ!笑うとますます可愛いなー!塔原さん!へへっ、これからよろしくな!」
右に座る毬花ちゃんの向こうで、にかっと笑うと零介。
私も慌てて「よろしくお願いします」とおじぎする。
「零介は馬鹿だけど根は良いやつなので、あまり引かないであげてください」
左から声をかけられ振り向くと、二人の親友の吉川輝幸が。
「僕は吉川輝幸といいます。零介が迷惑をかけたら僕にも教えてください。一発ボコッておきますから」
「は~い!高坂小夜子です!小夜も零介兄ちゃんボコりたい!えへへっ」
「おい、お前らー!!」
二人が冗談交じりの自己紹介をすると、零介が抗議の声をあげた。
なんかこういうノリ、二次元っぽいかも。
現実の習字教室ではこんなに歓迎されない……よね?
やっぱりここってゲームの世界観なんだなぁ…。
それに、初っ端から毬花ちゃんの隣に座れるし!主役4人から一気に自己紹介されるし!
運が良いってレベルじゃないよね。
やっぱり、あくまで私もゲームでは重要なキャラだからかなぁ…。途中から悪霊になるけど。
私のほうからじりじりと接触していく作戦も必要ないみたいで、拍子抜けしてしまった。
ほっとしたところで、蛍子先生が「ほら、自己紹介はそこまで!挨拶したかったらまた後でね!」と手を叩いた。
最初はホラーゲームの世界に転生なんて嘘でしょって思ったけど、今はそんな気持ちも吹っ飛んでしまった。
むしろここから楽しい日々がはじまりそうで、胸が高鳴ってしまう。
笑みをこぼしながら、持参した習字道具を広げる。
そういえば、零介のライバルキャラ…っぽい、あの男の子はここにはいないんだな。