呪界の霊
そのゲームの名は、「呪界の霊」。私が前世でプレイしたホラーゲームである。
購入したのは私が高校に入学したばかりの頃だった。
幽霊を信じていないと言い張っていたくせに、刺激を求めてそんなゲームもプレイしていたあの頃…。
ジャパニーズホラー系のゲームは数あるが、呪界の零は他の作品に比べればそれほど難易度は高くはない。
しかも後味が悪い結末が避けられるハッピーエンドもあることから、幅広い世代から愛される作品となった。
映像は今時の3Dで、物語を彩るキャラクター達はリアルな顔立ちで描かれている。
主人公達を脅かす幽霊たちも同じくらい生々しい顔立ちなので、やはり突然襲ってくるとかなり怖い。
私、塔原すみれはその呪界の霊に登場する脇役の一人だった。
そう、先日の壱人形事件で思い出したのだ。
このゲームには主人公たちが生き残り、平和な生活に戻っていくエンディングがあることは先ほど記したが、私にはそんなの関係ない話だった。
なぜなら、そのエンディングも含めて私が生き残る結末など一つもないのだから…。
私はゲームの序盤、主人公達と出会って暫くたたずに命を落とし、亡霊化してしまう。
そして、物語の最後まで主人公たちを襲い、ある結末では全員を呪い殺し、またある結末では完膚なきまでに除霊されて天に召される。
ラスボスのような立ち位置で悲しくなるが、唯一良いところを挙げるならば、このゲームのパッケージを単独で飾っていることだろう…。
黒髪ロング、白ワンピース、美しくも恐ろしい青白い顔。
ジャパニーズホラーのお手本ともいえる典型的な幽霊女……。
それが私の未来なのだ。
「まさか二次元の世界に生まれ変わるなんて…。あーあ、恋愛ゲームの主人公に生まれたかったなぁ…」
ベッドでごろごろと寝転がりながら、そんな贅沢な願望を口にする。
壱人形事件から、およそ一週間がたった。今日はいよいよ雛祭りだ。
お母様は約束通り、八段ある立派なお雛様を新しく購入してくださった。ありがたいことだ…。
「……自分の未来も心配だけど、それよりもお兄様だよね」
私は重要なことを忘れていた。
自分の兄、塔原誠一郎の行く末である。
彼は、呪界の霊の物語が始まる時、既に故人であった。
ラスボス幽霊女・塔原すみれよりも先に、亡くなる運命にあるのだ。
なぜ彼が命を落とすのか。そんなの、ホラーゲームのこの世界なら理由はすぐに思いつく。
というより、知っていた。ゲームの中のすみれが話していたからだ。自身の兄の死の理由を。
「おのれ、壱人形め…」
私は、天井を睨んだ。
やられる前にやらなければならない。
全てが始まってしまう、その前に。
物語が動き出すのは、私が15歳になってからだ。
まだ私は11歳…。いける。まだ、この運命を変えられる!
なんだか力が湧いてきて、小さなこぶしをぎゅっと握った。
「すみれさん、お雛様は気に入った?」
「うん!とっても綺麗だわ、お母様!!」
私はニコニコとお母様に答える。本心だった。
お人形も小物もどれも丁寧に作られた美しい一級品。
まさに古き良き日本だ!見ているとなんだかワクワクしてくる。
お母様の傍らには、お兄様が相変わらずの無表情で佇んでいた。
無機質なその瞳はお雛様を見ているのか見ていないのかよく分からない。
「お兄様、あの……」
「すみれ」
ちょうど良い機会だと思い、今更だが壱人形をどこへやったのか聞こうとした時、遮るようにお兄様が言った。
「絶対、お兄ちゃんの部屋には入るな」
「えっ」
「あの人形のことは忘れろ。……この間は、怖い思いをさせたな」
優しく頭を撫でられた。
普段なら絶対しないその行動に、私は思わず顔を赤らめる。
しかし、そんな喜びは一瞬だった。
私を見つめる兄のその顔が尋常じゃないくらいに青白かったからだ。
「お兄様、お顔が真っ青だわ…。だ、大丈夫?」
「……そうか?別に自分では普通だけどな…」
私たちの会話を横で聞いていた母と侍女が、兄の顔を覗き込む。
「あら誠一郎さん、具合悪いの?ごめんなさいね、お母さんにはいつも通りに見えて気づかなかったわ」
「妹だから、わずかな顔色の違いにも気づくのでしょうねぇ。さすが仲のいい兄妹ですわ」
「まぁ、お母さんよりお兄ちゃんのことが分かっているなんて、さすがすみれさんねぇ」
ころころ笑う二人が兄を自室へ休むように促し、付いていく。
どこかさすがなんだ!?
どう見ても兄の顔は紙のように白かった。
誰が見ても一瞬で具合が悪いと分かるレベルだったじゃないか。
二人がおかしいのか私がおかしいのか……。
困惑する私だけがお雛様の前に取り残された。