にゃあにゃあにゃあにゃあ、残念でした人間です。
にゃあにゃあ、随分と人馴れした野良猫だと思う。
裏道を通っている時に見付けた野良猫達は、どこからともなく現れて、にゃあにゃあと何やら猫会議を始め出す。
私を囲んでにゃあにゃあやっているものだから、動けなくて困る。
猫さんや、少し退けてはくれませんか、なんて言ってみても、こちらの都合はガン無視でにゃあにゃあ。
ごめんなさいね、餌の一つも持っていないもので。
仕方なくその場に屈めば、にゃあにゃあにゃあにゃあ、何やら距離を詰めてくる。
私は猫じゃなくて、人間ですよ、なんて思いながらも、手近な三毛猫の背中を撫でた。
そうすれば、隣から別の白い猫がやって来てわたしの腕にまとわりつく。
にゃあにゃあにゃあにゃあ、猫の大合唱。
猫使いか、私は。
寄ってくる猫を片っ端から撫でていき、視線を合わせて私も一鳴き。
つぶらな瞳をぱちくり、猫が擦り寄ってくる。
しばらく撫でていると、会議を終えたのか、一匹また一匹と尻尾を揺らしながら裏道の奥や、表通りへと向かう猫達。
私の周りにいるのは、腕にまとわりついて来た白猫一匹。
今の今まで逃がさないから、とでも言うように囲んでいた猫約十数匹が、一気に減ってしまった。
私の目の前にお行儀良く座り込んだ白猫は、控えめに鳴く。
そんな風に鳴かれても、餌はないんですよ、と呟きながら背中を撫でてやる。
ごろごろ、気持ち良さそうに喉を鳴らしていた。
「にゃあ、にゃあ」
軽く指を甘噛みされながら、意思疎通を試みる。
無理なんだろうけれど、テレビで良くある動物の言葉が分かる心が分かるって、どうなってるんだろう。
嘘だったらそれまでだけれど。
「にゃおぉん、にゃあ?」
にゃあ、みゃおぉん、鳴けば鳴き返してくれる白猫が可愛いと油断していると、何故か勢い良く飛び付いてくる。
あ、ちょっ、座っていたわけじゃなく、屈んでいただけなので、そんなに勢い良く飛び付かれればバランスを崩す。
お尻を地面に打ち付けて、その地面で手の平も擦れる。
「痛い……」と一人呟きながら顔を上げれば、ぱちり、目と目が合う。
黒々とした目には光がなく、ただ、じっ、と私を見ていた。
猫の目じゃなくて、人間の目。
現に飛び付いてきた白猫は、私のお腹辺りで丸まって、にゃあ、と暢気に鳴いている。
瞬きを繰り返す私を見下ろす人は、私を見つめたままで何も言わない。
あぁ、これ、聞かれたかな。
猫相手ににゃあにゃあ言ってたし、猫に飛び付かれて尻餅付いてるし、痛い人認定されたかな。
そんなことを考えていると、ガサリ、何かの音。
にゃあ、白猫が嬉しそうに鳴いて私の上から飛び降りた。
何だ何だ、どうした。
改めて私を見ていた相手を見れば、その視線は既に私ではなく白猫に向いている。
ガサリ、先程と同じ音を立てながら屈み込むその人は、手にコンビニの袋を持っていた。
休日にちょっと出掛けるわ、みたいな軽装の人はどう見ても男で、今にも眠ってしまいそうな目をしている。
それでも動きはしっかりしていて、コンビニの袋の中を漁っていた。
取り出したのは猫缶で、何となく此処にいた猫達が人馴れしている理由が分かった。
この人、あの猫全部に餌付けしているのだろうか。
ぼんやりと尻餅を付いたまま、猫缶に顔を突っ込んでいる白猫を眺める。
男の人もそれを眺めていたが、私の視線に気付いたのか気だるそうに顔を上げた。
伸び始めらしい髪を邪魔くさそうに掻き上げて、私を見るものだから合った目が離せない。
さて、どうしたものか。
ガサガサと音を立てて男はコンビニの袋を漁り、もう一つ同じ猫缶を取り出した。
何個買ったんだ、何匹に餌付けするんだ、そんな疑問が浮かんでは消えていく。
そんな私の目の前にその猫缶を差し出す男の考えは、読めなくて首を傾けるしかない。
地面で擦った手を引かれて、赤くなっている手の平の上に置かれた猫缶。
聞いていたんですね、なんて言葉は出なかった。
なかなかの羞恥心で体中の熱が顔に集中する。
そんなにマジマジと見ないで下さいよ、真面目に。
手の平の上の猫缶を握れば、食事を終えたらしい白猫が鳴く。
二人揃って視線を向けた先には、ペロペロと自分の体を舐める白猫がいて、男は空っぽになった猫缶をコンビニの袋に突っ込む。
ガッサガッサ、コンビニの袋を揺らしながら裏道から表通りへと向かう男。
残された私と白猫と猫缶。
猫缶をくれと言っているのか、にゃあにゃあ鳴いている白猫を撫でながら、私は人間なんだけどなぁ、という呟きが裏道に落ちた。