第5話 前途多難なお家デート
「今日は散々な目にあったな……」
放課後、俺はため息混じりにそう言った。
雫に教室を追い出された後、昼休み終了のチャイムが鳴るまでずっと追われていたのだ。
廊下、教室、中庭に体育館。学校中をとにかくずっと駆け回っていた。
もしかしたら俺には駅伝選手の才能があるのかもしれない。
(渡部のやつ……絶対に許さないからな!)
そんな渡部は俺のゲーム仲間でもある。
彼もFQをやっているが、俺とは違うギルドに所属している。なんでもうちのギルマス(ギルドマスター)が苦手なんだとか。
ちなみにギルマスというのは、ギルドを創立した人のことだ。
多人数をまとめ上げる必要がある為、カリスマ性が問われることになる。
「どうかしたの?」
隣を歩いている葉月が俺の言葉に反応した。
俺の方を見て首を傾げる。
「ああいや、なんでもないんだ」
なんでもなくはない上にもとを正せば葉月の一言が原因なのだが、今はそんなことを言っても仕方がない。
それに葉月にも悪気があったわけではない。むしろ俺たちを心配してああ言ってくれたのだから、感謝の一つでもしなければバチが当たるというものだ。
「お、そろそろだな。あそこが俺の家だよ」
俺は住宅街の中にある、一軒の家を指差した。黒い屋根に白い壁、2階建てという極々普通の一軒家だ。
とはいえ、高校生の親にしてはまだまだ若い俺の両親が家を建てるための貯金などあるはずもなく、祖父母が二人の結婚祝いにお金を出してくれたらしい。
それ故に、俺たち家族は祖父母に対しては頭が上がらないのだ。
「素敵なお家だね。和也くんと雫ちゃん、ご両親の4人家族なんだよね?それにしては大きいような…」
「うーん、あんまり気にしたことはないけど……!たぶん設計ミスじゃないかな」
言われてみれば確かに大きすぎる気がしないでもない……のか?
きっと父さんか誰かが設計図を書いているうちに調子に乗ってしまったのだろう。
まぁそんなことはどうでもいいのだが。
「とりあえず入ろうか。葉月が来てくれたら雫も喜ぶだろうし」
「そうだね。それじゃあ」
ドアを開け、「お邪魔します」と言いながら葉月が家の中へ入る。
すると、二階から誰かが降りてくる音がした。
誰かと言っても、この時間に家にいるやつなんて一人しかいないが。
「あれっ?葉月さん本当に来てくれたの!?」
玄関に来た雫が嬉しそうに言った。
一年生の頃、俺の教室に尋ねてきた雫を葉月に紹介しようとしたのだが、既に二人は知り合いだったらしい。
二人がどのようにして出会ったのかについては、未だに聞かされていない。というより、聞いても教えてくれない。
「ごめんね、いきなりお邪魔しちゃって」
「ぜんっぜん!カズ兄が夕食作るって聞いて朝から憂鬱だったし……」
「おいそれはどういう意味だ」
確かに料理は得意ではないが……だからといって下手というわけでもない。
カレーぐらいだったらなんとか作れそうな気がしないでもない。
当然、作ったことはないが。
「事実でしょ。それより早く葉月さんの手料理食べたいな〜」
「お、それは同意だ。楽しみだなぁ」
俺と雫が葉月に期待の目を送る。
すると急に緊張してきたのか、顔を赤くして葉月が戸惑いだした。
「えっと、あんまり期待されても困るんだけど……が、頑張ります!」
意気込んだ葉月は両手でガッツポーズをした。
どうやら相当気合が入ったらしい。
「まぁ夕食にはまだ時間があるし、それまで俺の部屋で遊ぼうか」
「「えっ」」
二人が驚いた顔で急に声を上げた。
俺、何かマズイことでも言ったか?
「いやいやカズ兄、さすがに男の部屋に女の子を連れ込むのは……」
「……え?あっ!?」
やっと理解が追いついた俺は「しまった」と思った。いくら付き合っているとはいえさすがに気が早すぎただろうか。
それに、俺たちが恋人だということは雫にも言っていない。
まさか引かれてないよな……?
「あ、あのっ!!」
突然の葉月の声に、再び俺と雫の目線が彼女へ向けられた。
「私は別に気にしないから。その、和也くんの部屋でも……」
その可愛らしい素振りと大胆な言葉に、俺と雫は萌え死に寸前まで追い詰められることとなった。
◆◆◆◆◆◆
さて、俺の部屋に来たのはいいものの、一体何をすればいいのか分からない。
現実で女の子と遊ぶ機会なんて今までなかった俺は、何をすればいいのかサッパリだ。
(葉月はゲームなんかやらなさそうだしな。じゃあ無難に会話とか?それわざわざ家に呼んでまでやることか??)
お家デートなるものが昔流行っていた気がするが、何をするのか想像もつかない。
今になって初めてリア充の凄さを思い知らされた。
(リア充まじパネェ。俺には彼女なんて早すぎたんじゃないのか?)
とにかく何か喋らなければ、と思ったところで、重大なことに気がついた。
そう、客人が来たにもかかわらずお茶の一つも出ていないのだ。
これから夕食を作ってくれる方に向かってなんて失礼なんだ。
雫は一体何をしているんだ。
(し、仕方ないな。俺が持ってきてやるとするか)
「あの、葉月」
「ひゃ、ひゃいっ!!」
どうやら俺と同様、葉月も緊張していたようだ。
今までの言動から察するに、葉月も恋愛は初めてなのでなないだろうか。
そう思うと少し気が楽になった。
「何か飲み物を取ってくるから少しまっててくれ」
「え、あっうん。ありがとう」
俺は部屋を出て階段を降り、リビングへと向かった。
そこには雫がニヤニヤしながら待ち構えており、俺を見ながらこう言った。
「やっぱりねぇ」
(見透かされてるっ!?)
◆◆◆◆◆◆
(和也くんのお部屋、大丈夫とか言ったけどやっぱり緊張するなぁ)
彼氏どころか、家族以外の異性の部屋に入ったこと自体皆無なので、余計に不安に感じてしまう。
当然、男の子と何をして遊べばいいのかなんて分かるはずもない。
(和也くんに変な子って思われてないよね……)
自分の不甲斐なさを恥じながらも、あたりをキョロキョロと見回す。
この機会に和也くんについてもっと知っておこうと思ったのだ。
すると、机の上に置いてあるパソコンに目がいった。
以前に彼の全国大会を見に行った時、確かあれを使って試合をしていたはずだ。
ゲームの経験はあまりないが、中学の授業で操作の仕方くらいは習っている。
わたしは立ち上がって、ゆっくりとパソコンの画面を覗き込む。
マウスを動かすと、真っ暗だった画面が急に明るくなった。そこには文字が表示されている。
『あかりん から1件のメールが届いています』
(あかりんって……誰!?)
普通に考えれば、きっとゲーム仲間や中学の友人に違いない。
しかし、こんな場所でこんな状況下に置かれたわたしが冷静な判断など下せるわけもなく、静かに『開封』の文字をクリックしのだった。