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【番外編】とある聖夜の物語


 十二月二十五日のクリスマス当日、家族と昼食を食べ終えた俺は、早速出掛ける準備を開始する。

 まずはこの日のために大翔と一緒にショッピングへ行った時に買った勝負服を着てみる。

 白生地のダウンの上にカーディガンを着て、ミドル丈のコートを羽織る。焦げ茶色のストレッチパンツを穿いたら完成だ。

 俺は洋服の知識がまったく無く、センスの欠片も持っていない。

 だがこの服装ならきっと大丈夫のはずだ。店員さんも「よくお似合いですよ」って言ってたし。

 次は髪型を整えるために、階段を降りて洗面所へと向かう。

 半年前まではワックスの使い方がよくわからず、雫から何度か馬鹿にされたこともあったが、今となっては手慣れてきたような気がする。少量のクリームを手に取り、指先を使って髪の毛を整えていく。



「よし、こんなもんかな」



 鏡と向き合うこと二十分、やっと納得のいく髪型になった俺は歯を磨き、カバンを持ってくるために再び部屋へと向かう。



「か、カズ兄……?」



 カバンを持って部屋から出ると同時に、隣の部屋からも雫が出てきた。

 そして俺を見た途端目を丸くして、驚いた表情をした。



「どうしたんだ?そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して」



「そんな顔してないわよ!それよりその服どうしたの……?」



「ん、これか?この前買ってきたんだが……もしかしてダサいのか!?」



「いや、ダサくはないというか……。むしろ似合ってるというか……」



「そうか。よかった……」



 初めて自分で服を買った時は散々だったからな……。

 さすがに同じ失敗は繰り返すわけにはいかない。



「それじゃあ行ってくるよ」



「あっ、ちょっと!」



 背を向けた俺を雫が呼び止めた。



「うん?どうかしたか?」



「……今日は葉月さんと過ごすんだよね?」



「ああ、そうだけど……」



 何を今更、と思う。

 いつもは家族と過ごしているクリスマスだが、今年は恋人である葉月と過ごす予定なのだ。このことは前々から家族みんなに言ってあるはずだが……。



「そっ。カズ兄のくせにほんと生意気なんだから。こんな日に彼女とデートなんて、一体何する気なんだか」



「何って……ただ遊ぶだけだよ!やましい気持ちなんてあるわけないだろ!」



「どーだか」



 「ふんっ」と言って雫が顔を背ける。

 相変わらず小生意気な妹だ。

 悔しかったら彼氏の一人くらい作ってみろってんだ。



「おっと、そろそろ待ち合わせの時間だな。それじゃあな。おとなしくしてるんだぞ?」



「カズ兄に言われるまでもないし!ほんっとにムカつく!!」



 何やら後ろでギャアギャアと騒いでいるが、さすがに時間も時間なので無視を貫く。

 階段を降り、玄関で靴を履き、ドアを開けて家を出る。



「それじゃ、行きますか」





◆◆◆◆◆◆





 葉月の家の前へ着いた俺は、インターホンを鳴らす。するとそこから声が聞こえてきた。



「やっほー。一ノ瀬くん、おっはよー!」



 なんだか聞き覚えのある声だが、少なくとも葉月ではないことは確かだ。

 これはおそらく葉月の姉、(うらら)さんの声だ。



「おはようございます、麗さん。葉月を迎えに来たんですけど……」



「ああ葉月ね。ちょっと待ってて。今私の後ろで黒か赤か悩んで」



「お姉ちゃん何言ってるのっ!?ごめん和也くん、少し待っててね!!」



 葉月の怒声とともにインターホンの通話は切られた。

 お姉さん、黒と赤って一体なんのことですか?!

 そんなこと言われたらボク、期待しちゃいますよ?



(……っと、いけないいけない。どうせまたあの人にからかわれたんだな。ほんとに似てないよな、あの二人)



 そんなことを考えているうちに、やがて家のドアが開けられた。

 中から出てきた葉月は珍しくピンク色のワンピースを着ていた。ヒラヒラのスカートが可愛らしく、彼女によく似合っている。

 色のせいでもあるのか、彼女の服装はいつもより大胆に見える。



「よく似合ってるよ、葉月。すごく可愛いよ!」



 思ったことを率直に言ったつもりが、ついキザな言い方になってしまった。

 これじゃどこぞのお坊ちゃまと同じじゃないか。

 しかし葉月は嬉しかったようで、頬を赤らめながら小さく笑った。



「ありがとう。和也くんもカッコいいよ」



 決まり文句だということはわかっている が、つい照れてしまう。

 女子にカッコいいなんて言われたことないからな。男にも言われたことないけど。



「それじゃあ行こうか。……ところで、ほんとにあそこでいいの?」



 この日のためにデートプランはいくつか練っていたのだが、葉月が行きたいと言ったのは意外にも秋葉原だったのだ。

 俺としてはあそこは行き慣れているので助かるのだが、せっかくのクリスマスに彼女と秋葉原というのも少しどうかと思う。



「うん。ずっと和也くんと行ってみたかったから。……ダメ、かな?」



「いやいや、別に行きたくないわけじゃないんだ!よし、じゃあ今日は葉月に思いっきり楽しんでもらうからな!」



「和也くん……。ありがとう!」



(まあこんなデートもあり、かな)



 しっかりと手を繋ぎ、俺たちは駅へと向かった。




◆◆◆◆◆◆





 最初にやってきたのはベルバラことベルサール秋葉原。

 声優のライブや最新ゲームのお試しプレイが無料でできるという、観光にはもってこいの場所である。

 入場も無料で、今日は物産展も開かれているので非オタの葉月でも十分に楽しめるはずだ。



「わあ!見たことのないものがいっぱい!えっと和也くん、あれは?」



 興奮を抑えきれない様子の葉月が指差したのは大人気二次元アイドルユニット、ラブマスターのグッズコーナーだった。



「葉月もああいうのに興味あるのか?」



「ああいうの?私だって可愛い女の子にくらい興味あるよ〜?」



 そういうわけではないのだが、まあ葉月がいいならいいか。

 それに、オタクの一人としてはそう言ってもらえると非常にありがたい。



「そこのお姉さん。よかったらこれをどうぞ」



 突然近くにいたメイドが葉月に一口サイズに切られたキュウリを差し出した。どうやらこの人は物産展の宣伝を務めているらしい。

 こんな風にフレンドリーに話しかけてきてくれるのも秋葉原の魅力、か。



「ありがとうございます!……うん、美味しい!!ほらほら、和也くんも」



 そう言って葉月が俺の口元にキュウリを持ってきた。美味しいから食べてみろ、という意味なのだろうが……。



「はい、あーーん」



 やばい、すっごい幸せだけどめちゃくちゃ恥ずかしい!!

 ほら、そこのメイドさんもなんかニヤニヤしながらこっち見てるし!!



「は、葉月。俺はいいからそろそろ次に」



「あーーん!!」



 どうやら引き下がる気はないらしい。

 仕方ない、せっかくのクリスマスだ。

 ちょっとくらい大胆に行かなきゃ男の恥というものだ。

 観念した俺はゆっくりと口を開け、差し出されたキュウリを食べる。



「どう?美味しいでしょっ?!」



「ああ、そうだな……」



 正直恥ずかしすぎて味などまったくわからないが、ここは適当に相槌を打っておくことにする。


 その後もはしゃぐ葉月に振り回されることになったものの、そんな彼女の笑顔を見るたびに俺の心は自然と満たされていった。





◆◆◆◆◆◆





 続いてやってきたのはUDXビルだ。

 一見なんの変哲もない高層ビルだが、今日はここでフリーマーケットが開催されている。ベルバラと同じような場所なので、きっとここも気に入ってくれるだろう。

 ……もし葉月がベルバラを気に入らなかった場合の対処法は考えていなかったので、半分賭けみたいなものだったが。



「お、これはミニ四駆か?懐かしいなぁ〜」



「ミニ四駆?」



 大量に陳列されたミニ四駆を見るとつい感慨深くなってしまう。

 一時期ハマっていたことがあり、その時は毎日のようにミニ四駆専門店に通っていたものだ。



「この車は自分でカスタマイズできるんだ。いろんなパーツを組み合わせることで速さを調節したりできて、すごく楽しい。特にこのMAシャーシは両軸モーターで……ってごめん!」



 気がつけばいつの間にか熱く語っていた。

 こういうところがあるからオタクって嫌われやすいんだよな……。

 しかし葉月はそんな俺の姿を見て、なぜだか嬉しそうに笑っていた。



「和也くんは本当にミニ四駆が好きなんだね」



 どうやらいらない心配だったらしい。

 そうだ。俺の好きな彼女は、こんなことで人を嫌いになったりしない。

 なにより俺を選んでくれたのは彼女なのだ。

彼女が愛してくれた自分にもっと自信を持とう。そう改めて実感させられた。





◆◆◆◆◆◆




 夜も更け、時計は十九時を回った。

 俺たちは最後に、この辺りで有名な噴水のある公園へ向かった。

 この季節になると暗くなるのも早く、あたりは既に薄暗い。

 公園へ辿り着いた俺たちは噴水の前にあったベンチに座った。



「和也くん、今日はありがとう」



「こっちこそ。すごく楽しかったよ」



 周りに人気はなく、静かな公園で俺たちはたわいもない話をする。



「実はね、わたしが秋葉原に行きたいって言ったのには理由があるの」



「理由?」



「うん。わたしね、七瀬さんが羨ましかったの。あの人は昔の和也くんを知っている。和也くんと共通の趣味も持っている。でも、わたしにはそれがない」



 そんなことを思っていたのか。

 葉月らしいといえばらしいが、考えすぎではないだろうか。

 あかりはあかり。葉月は葉月なのだから。



「だから、わたしも見てみたかったの。和也くんにとって大切なこの土地を。わたしの大好きな和也くんを作り上げた環境を」



「そうだったのか……」



 なにげなく過ごしてきたこの場所が、いつの間にかそんな意味を持つようになっていたらしい。



「それで、何かわかったのか?」



「うん。少しは……ね」



 しかし葉月は寂しそうな顔をしたままだった。

 そうだ、そんな大切なこの場所だが、彼女との思い出はあまりにも少なすぎる。

 彼女もそれを改めて痛感したのだろう。

 


「―――ばいい」



「え?」



「思い出は、これから作ればいい」



「和也……くん……」



 思い出はあるものではなく作るものだ。

 過去を後悔する必要なんてない。

 本当に大事なのはこれからなのだから。



「葉月、俺はずっとお前と一緒にいる。どこにも行ったりしない。だから……だから、そんなことで泣くな」



 葉月の目からは涙が溢れていた。

 彼女はずっと不安だったのだろうか。

 俺が他の女の子のもとへ行ってしまうのではないか、と。



「あれ、おかしいな。悲しくなんてないはずなのに……」



 俺はそっと葉月を抱きしめた。

 優しく、しかし力強く、精一杯抱きしめた。

 もうどこにも行かないと。離れるつもりはないと。



「葉月、卒業したら言いたいことがある。だからそれまで、待っていてくれないか?」



 葉月が腕を俺の腰へ周した。

 身体が密着し、互いの鼓動が聞こえる。

 心音が混ざり合い、それはまるで一つの音色を奏でているようだ。



「わたし、待ってるよ。ずっとずっと、和也くんを信じてる」


 

 俺と葉月は抱擁したまま、互いの唇を重ね合わせた。

 気がつけば、辺りにはしんしんと雪が降っていた。





完全に葉月ルートのお話ですね。

こんなエンディングもあるんだな、と思っていただければ幸いです。

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