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とある死刑囚の毎日

作者: 朽無鶸
掲載日:2015/10/22

 僕は死刑囚だ。習字でもして独房の壁に貼ろうか、と思えるくらいにはこの言葉が僕の頭を支配している。なぜ死刑囚なのか、ということにはもう興味がない。裁判でも散々話をしたし、正直自分の罪の反省というのはとっくに過ぎ去っている。反省が報われるものではないし、僕の罪は僕の罪なのだから。そもそも僕は自分の罪を語るべきではないだろう。

 知られた話だが死刑囚はいつ死刑執行されるかを知ることはない。執行の数時間前に知らされ、あっという間に世界とお別れだ。死ぬことだけは決まっている。死ぬことが怖いか、というとそんなことはない。どのみち僕の心は半ば死んでいるようなものだった。

 こんな独房にいて死刑囚をしていると過去を振り返ることしかできない。死ぬことが決まった僕に未来も現在というものもないからである。幼い頃、学生時代、社会人になってから事件を起こし裁判の判決まで。あの長い判決を受けて僕の人生というものは終わりを告げた。今は人を生きてはいない。思えば自分の墓穴を掘るような人生──下手な例えだがそんな人生だった。毎日汗水垂らして穴を掘り進めていたわけだが、それがまさか自分の墓穴だとは思いもしなかった。ある程度掘ったところでそこに入れ、と言われたわけである。僕は自らの墓石に彫られる言葉を知ることはない、もしかすると綺麗に整えられて何もなかったことにされるのかもしれない。だがその方が個人的には嬉しい。僕は存在しなかったことになった方が余程好都合である。でもそうはならないのだ。何かの拍子に掘り返されることがあれば僕の骨が出てくるのだから。

 死刑囚に義務労役はないのでこういうことばかり考えて毎日を過ごしている。希望すれば軽作業や娯楽に触れたり、絵を描いたりもできる。が、そんな気力はないのだ。いっそ死んでやろうとか思っても、もう自分の命は自分の手の中にはないのである。とある古代の哲学者はよく生きることを掲げ毒を呷った。彼は逃げる機会があったのだが、自らの手で毒を呷ったのだ。対して僕は毒を呷ることすらできやしない。一見すると死にたがりのようだがそうではない。くどいが僕はもう死んでいる。

 夜になれば眠くなるので眠る。孤独な夜だ。眠る前にいつも祈る、二度と目覚めないように、と。生憎宗教とは縁遠く僕は救済の対象外らしい。びっくりするくらい気持ち良く目覚めてしまう。肉体的疲労がないのだ、当たり前である。起きるとすぐに、気持ち良く目覚めた肉体から溜息が漏れてくる。空虚な僕の中にもまだ溜まっているものがあるらしい。まだ──生きている。

 そして僕は身なりを整える、誰に会うでもないのに。いつ死ぬか分からないから死ぬときぐらい美しく、と思っているのだろうか。死を美化するのは人の性と呼ぶべきか。まだ──生きている。

 毎日毎日、ここに来る前も毎日毎日生きながらに死んでいて、死にながらに生きているような気がする。考えることが自分のことばかりなのは、自分という存在を見つけることができずにもがいているからなのだろう。それがたまらなく苦しいから収まるところを求めて、良い事も悪い事もしたし、死のうともしたし生きようともした。ついには死刑囚になってしまったけど、だからといって苦しみから解放されたわけではない。完璧な存在というものは存在しないのだろうが、空っぽにもなれないし満たされることもない限り僕は楽になることはないのだろう。しかしそれでいい気もする、なぜならその苦しみこそ僕を僕たらしめているのだから。

 ある日刑務官に呼ばれた。母から手紙が届いたらしい。母のことを思い出すたびに罪悪感で胸が痛くなる。検閲された後のその手紙には一言、あなたなんか産まなければよかった、と綴られていた。刑務官は内容を知っていたのだろう、僕の表情を伺っている。反応に困ったが、実際、自分でも不思議なのだが、これを読んで哀しいというよりほっとした。

 独房の中で返事を書くことを許されたが書く内容が思いつかない。あんな言葉に返事を書くこと自体おかしいと思うのだが。結局当たり障りない謝罪文を書くことにした。謝罪──僕は罪を犯してから幾度となく謝罪をしてきた。しかし自分でも納得のいかないものであった。それは僕が不当に罰せられただとか反省の心がないとかいうことではない。僕の本質的な罪とは恐らく生まれたことだったのだろう。僕が死刑になった罪状は生まれたことだったのだ。手紙には生まれてごめんなさい、と丁寧に記した。

 死刑囚の毎日は続く。いつ死ぬかはいまだに分からないけれど、僕は生まれてしまったから死ななければならないのだ。本当にごめんなさい。

この死刑囚とは僕自身、もっと言えば全ての人間だと思っています。

良いことをしても悪いこともしても人は必ず死ぬわけで、なぜ人は死ななければならないのかと考えた次第です。

キリスト教系の原罪とは違います。

人は生まれなければ死ぬことはないのです。

誰しも死にたくないという生の本能を持っていてそれは時に大きな苦しみです。

いろんな読み方があると思います。

生きるとは何か、ということを考えていただければと思います。

各々の答えがあると思います。

僕の表現力の未熟さ、主張の曖昧さがありますが良かったら評価をしていただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰もがなんとなく享受している生について、 死刑囚という立場から紐解こうとしている姿勢がとてもいい。
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