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日常1




 そんな勢いのままに入部したあの日から早一か月弱。未だに千夏は慣れないでいた。


「先輩、俺もう限界です。コイツの面倒見きれません」


 ようやく美織が現れて落ち着きを取り戻した部室で、篠崎が心底嫌そうな顔をして美織に訴える。


「えー仕方ないなぁ。じゃあちーちゃん、私と一緒に続きしよっか。たっくんはさくちゃんと組んで練習してていいよ」


 さほど困っていなそうに笑う美織は本当に篠崎の扱いをよく分かっている。というか、篠崎を扱えるのは美織だけなのだ。千夏が同じことをしたら殴られかねない。


「よろこんでやらさせていただきます。さあ橘、もう一回やろうか?」


 敬礼付きでばっちりと返事をした篠崎は、気持ち悪いほどの爽やかな笑顔で千夏に向かって首を傾げた。


「遠慮しま……いえ何でもないです、ハイ。お願いしますセンパイ」


 ささやかな抵抗も笑顔の圧力の前では虚しいもので、肯定せざるを得ない状況とはこのことかと千夏は引きつった笑顔を浮かべつつ心の中で悟った。最悪だ。出来ればもう一回はみおりん先輩にお願いしたかった。


 「悪かったな俺で。言っとくけどお前全部顔に出てんだよ」

 「なっ! べ、別に思ってなんかな、く、もないですけど……」

 「……っあーそうかよ! 俺だって嫌だけどな」


 相性が悪いのかはたまた似たもの同士だからなのか、千夏と篠崎は出会ってすぐからすでにこの状態で、いわゆる犬猿の仲だった。


 「もーっ、またやってる! 交代、こうたーいっ。さくちゃん、ちーちゃんのこと見てあげてくれる? たっくんはこっち来なさい」


 バチバチと火花を散らす二人の間に割って入った美織は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら一生懸命にそう告げると、篠崎の腕を引っ張って廊下の方へと連れ出した。



 残された部屋には千夏と朔良の二人きり。

 千夏は正直、篠崎とは違う意味で朔良も苦手だった。


 沈黙に耐えかねて朔良の方をそろりと見やると、綺麗な瞳と視線がかち合う。パニックになりかけている千夏が口ごもっていると、朔良がこちらにやって来る。


「続けて」

「は、はいっ」


 そばに腰を下ろしてじっとこちらを見つめる朔良はそれ以上何かを言うつもりはないようで。千夏は慌てて動き始める。


 出会った当初から、この先輩は本当に無口だった。


 あまりにも喋らないし笑わないので嫌われているのかと思ったが、どうやらいつでも誰に対しても大抵そうらしい。

 前に校内で見かけた時も、友達らしき人たちとご飯を食べているというのに、笑顔ひとつ見ることができなかった。


 冷たい、というよりは、周りに興味がないような感じがする。


「一旦、休憩にしましょう。頭には入ってるみたいだから、あとは慣れ。がんばって」

「ハイ。ありがとう、ございます。あ、じゃあ今日天気もいいですし、せっかくだから換気も兼ねて窓開けますね。グラウンドの桜ももうそろそろ見納めですし…」


 端的だが意外に分かりやすい指摘を何度も受けながらようやく一通り終わると、朔良からの思わぬ励ましの言葉に驚きと照れが入り混じり、千夏は勢いよく立ち上がって部屋の奥の障子を開けた。


 普段作法室の窓は、障子で隠されている。

 その理由は主に二つあり、一つはその和風な室内に、教室と同じタイプの見慣れた窓は非常に不釣り合いであるため。

 そしてもう一つは、作法室のある管理棟が運動部の活動盛んなグラウンドに面しているため。


 とはいえ、今は春。暖かい日差しが降り注ぎ、桜の花びらの散る光景は、隠してしまうには少しもったいない。


 窓を開けると、途端に野球部の金属バットの小気味いい音や、陸上部の掛け声など、様々な音が一気に流れ込んできた。


「換気が終わったら閉めてね」


 座ったままの朔良に声をかけられ、千夏は以前も花粉症の篠崎にさっさと閉めろと怒られたことを思い出しながら返事をする。

 美織はよく窓の外を眺めたりしているが、二年生二人はあまり窓を開けたがらないようだ。


 もしや朔良も花粉症なのかなどとサッカー部のミニゲームを見ながら千夏がぼんやりと考えていると、外から聞き覚えのない声で名前を呼ばれた。




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