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出会い2




 次の日、教室で簡単なレクレーションを済ませた千夏たち新入生は、ぞろぞろと体育館に向かっていた。先生曰く、この学校では毎年入学式の次の日に、先輩方主催の新入生歓迎会が行われるらしい。


「歓迎会かあ、何するんだろうね!」


 わくわくを隠せない様子の千夏の言葉に、一緒に居たクラスメイトの一人が、あ、そうそう、と口を開いた。


「なんかね、私のお姉ちゃんの友達がここの卒業生なんだけど、けっこう凄いみたいだよ」

「あ、それ俺も聞いたことある! 部活動紹介とか超盛り上がるらしい」

「なんか公立にしてはかなり部活に力入れてるよね、ここ」

「昨日もすごかったしなー」


 周りのクラスメイトたちも自然と加わってきて、わいわいと盛り上がる。




 実際、新入生歓迎会―特に部活動紹介は本当に凄かった。

 他の高校と比べてどうなのかは定かではないが、それでも想像していたよりははるかにレベルが高い。紹介というよりは最早パフォーマンスに近いそれに、千夏は飽きるどころか目を離すこともできずにいた。


 軽音楽部のミニライブを皮切りに、ノンストップで温度の上がり続ける体育館は、今は男子バスケットボール部のアクロバティックなシュートに沸き立っている。

 

 誰もがステージに釘付けになり、盛り上がりも最高潮。

 

 そんな時だった。


――ブツリ。


 何の前触れもなく、突然に。ステージから音が消えた。

 

 嘘のような静寂に包まれた後、固まっていたバスケ部員たちが我に返り慌ててステージを捌けていく。上級生たちの動揺ぶりを見るに、おそらく演出ではないのだろう。さすがに異常に気付いた新入生たちもにわかにざわつきはじめる。


 最前列に座っていた千夏は、空っぽになってしまったステージを尻目に辺りを見回した。ざわざわと不穏な空気が漂う体育館は、ついさっきまでと同じ場所だとはとても思えない。


 せっかく楽しかったのに、と残念に思いながらもう一度ステージに視線を戻す。中央寄りの千夏の席からでも、ステージ脇でスタッフと思しき生徒たちが忙しくなく行ったり来たりしている様子がちらりと窺えた。

 前半の学校紹介でにこやかに挨拶をしていた生徒会長も、実行委員と書かれた腕章をつけた数人の上級生と何やら真剣な面持ちで話をしている。


 どうなることかとその様子を見つめていると、不意に実行委員の一人が目を丸くして逆側のステージ脇を指差した。


 流れるような黒髪に、綺麗な浴衣。


 つられて反対側を向いた千夏の目に入ってきたのは、絵に書いたような浴衣姿の和風美少女。


 凛としたその雰囲気に見とれていると、伏せられていた長い睫毛に縁どられた涼しげな瞳と目が合ってしまい、慌てて視線を逸らした。


「おい見ろよアレ!」

「うわ、すっげー美人……!」

「えっ、なになに?」


 他の新入生たちも、突如としてステージに現れた人物に気づいたらしく興味津々といった様子で色めき立っている。


 体育館中がその一挙一動に注目していると、すぐにあとから何人かの男子生徒がばたばたと何かを持ってやって来た。しかも、上級生と思しきその生徒たちにはどうも見覚えがある。


「なあ、あの先輩たちさ……」


 隣のクラスメイトが声をかけてくる。多分同じことを思っているのだろう。


「一番最初の軽音部の先輩、だよね?」

「だよな……?」


 首を傾げつつそう言うと案の定クラスメイトも同意してくれたが、お互い自信なさげなのも無理はなかった。

 開始早々ミニライブで大いに会場を盛り上げてくれた軽音部の先輩達が持ってきたのは、畳や、日常生活ではまずお目にかかることはないような、釜のようなもの。

 部活紹介の続きなのだとしても、とても軽音部とは結びつかない。


 いったい何が始まるのかと千夏が混乱しかけていると、ステージ上にそれらをセッティングし終えた男子生徒たちは、軽く会釈をした浴衣姿の少女に手を振りながら去って行った。


 一瞬で簡単な和室と化したステージの畳の上に、少女は腰を下ろす。すると、同じく浴衣姿の男女が入ってきて、少女と向かい合う位置に座った。

 ぴんと伸びた背筋に、見ているこちらまで気が引き締まってくる。


 どうやらそれは千夏だけではないようで、新入生たちは皆、呆気にとられつつもいつのまにか再びステージに釘付けになっていた。


 少女の礼に合わせて、向かい合う男女も頭を下げる。


 

――空気が、一瞬で変わったのが分かった。



 綺麗で、澄んだ水の底に沈みこんだような静寂。


 三人の洗練された動きの美しさに、千夏は思わず息を呑む。


 歓声が巻き起こるようなすごい芸も、派手なアクションもない。


 それでも――……


 三人が再び礼をする。おそらくこれで終わりなのだろう。流れを察して新入生たちが拍手をしようとした瞬間だった。


「おっしゃ、危ねーから気をつけろ、よっと!!」


 男の方が大声で言いながら急に立ち上がると、千夏たちの方に向かって勢いよく何かを投げてきた。


 カラフルな小さい物体が宙を舞う。頭上を軽々飛び越えていったそれらの着地点である後ろの方では、新入生たちがきゃあきゃあわあわあと騒いでいる。


 なんだろうと思っていると、千夏たちの方にも飛んできた。


「わ……っ」


 慌ててキャッチしたそれは、小さな飴玉の袋。

 顔を上げると、男女のうちの女の人と目が合って、にっこりと微笑まれる。


 思わず見とれてしまったが、いよいよ訳が分からない。いったい、何が起こっているのだろう。そもそも、この人たちは何者なのか。


 千夏の混乱がピークに達したとき、スピーカーから大音量の音楽が流れてきた。どうやら音響が直ったらしい。


「えー、茶道部のみなさんありがとうございました! 続いて、ダンス部の紹介です!!」



――そっか、茶道だ。



 司会者の言葉でようやく腑に落ちた。千夏にはあまりにも縁遠いものだったため、名前すら出てこなかったが、そういえばどこかで見たことがあるような気がしないでもない。


 ということはあの人たちは先輩だったのか、と再びステージに目を向けると、丁度飴を配り終えた三人が、新入生たちの盛大な拍手を受けながらはけていく。千夏も三人が見えなくなるまで拍手し続けた。


 体育館はすっかり熱気を取り戻し、まるでトラブルなどなかったかのように盛り上がっている。


 しかし、ダンス部の息ぴったりのチアを見ても、吹奏楽部の鳥肌ものの演奏を聴いても、どうしても先ほどの三人と、あの空気が千夏の頭から離れずにいた。


 歓声が巻き起こるようなすごい芸でも、派手なアクションでもない。



 それでも――……



 一番、キラキラしてた。



 千夏は手のひらの中の、先ほどもらった飴の袋に視線を落とす。


 あの場を一瞬で静め、惹きこみ、盛り上げた、圧倒的な魅力。


 あんなの、忘れられるわけがない。


 先ほどは気が付かなかったが、袋にはよく見るとかわいらしい字で『茶道部*特別棟1階作法室で活動中!』と書かれていた。


「千夏ちゃんは部活どこ見に行くー?」


 近くの席のクラスメイトたちに声をかけられて我に返る。いつの間にか部活動紹介は終わっていたらしい。新入生歓迎会が始まる前に、終わった後は自由に部活見学を、という説明があった。


「私は……」


 もう一度手のひらに視線を落とす。



――行くところなんて、決まってる。



「えっ、ち、千夏ちゃん……!?」

「私、茶道部行ってくるね!」


ぎゅっと手のひらを握りしめて、走り出した。驚いているクラスメイトたちに振り向きざまにそれだけを告げて、体育館を飛び出す。止まってなんていられない。






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