死にたくない・・・そうだ、婚約破棄でもしようか。IF
「アリア様ごめんなさい。私にはユージン様が必要なのです」
「すまないが俺との婚約は破棄してもらう」
俺、ユージン・スタンベルグは婚約者であるアリア・スコットフィールドに最後通知をする。
「赦さない・・・ユージン様は私のものなのよ!!!」
短剣を両手に握り締めフィリカ・リンドルフに向かって走る彼女の姿を見てニヤリと口角を上げた。
俺、ユージン・スタンベルグとアリア・スコットフィールドは幼い時から親同士が決めた許嫁であった。所謂政略的な婚約ではあった俺達だが、彼女は俺に好意を寄せ、俺もそんな彼女との結婚が嫌ではなかった。だが俺は出会ってしまった。フィリカ・リンドルフという女性に。彼女との出会いは王城で、足を傷めた彼女に話しかけたことから始まった。それから少しずつ会話も長くなり、いつしか彼女といることに安らぎを得ていた。彼女を好きなるのに、時間はかからなかった。俺が愛を告げると、彼女も同じ気持ちを返してくれた。産まれて初めて、俺は彼女と生涯を共にしたいと思った。それにはアリアが邪魔になる。ならば殺しても仕方がない状況に陥ってしまえばいい。だからわざと見せつけるように彼女にフィリカとの関係をあからさまに見せ嫉妬を煽った。
「死ねっっ!!!」
そしてアリアは俺の予定通りに行動してくれた。
「フィリカ!!!」
「きゃっ!!!」
あと数㎝で彼女の心臓に刃が突き刺さる・・・寸でのところで彼女の腕を掴み、思い切り彼女を投げ飛ばしてやった。
「フィリカを殺そうとしたな?」
「当たり前じゃない!!その女は私から貴方を奪ったのよ!!死んで当然よ!!!」
ここまで俺の思う通りに動いてくれるなんていい駒だよアリア。そんな君には最高の真実を教えてあげようか。
「残念だよ。本当に」
「どういう意味・・・」
「彼女は王弟君のご息女だ。その彼女を殺そうとした君は国家反逆罪で死刑だ」
驚愕に染まる瞳。だがもう結末は変わらない。
「通常ならば裁判にかけられるが・・・君は俺の愛しい人に手を出した。この手で殺さなければ気がすまない」
そう言い、俺は自身の鞘からスタンベルグ家の宝剣を抜き出した。ああ、やっとこの瞬間が訪れた。
「あ・・・いや、死にたくない!!」
「君はここで死ぬんだ」
さよなら、と元婚約者に告げ、俺は彼女を真っ赤な血で染めた。
「はあ、はあっ・・・あれは、夢・・・だよな」
やけにリアルで、この手には愛しいアリアを手にかけてしまった感触がはっきりと残っている。隣で安らかに眠っている愛しい存在を見つけて安堵する。つい先日、やっと手に入れた彼女。婚約者だというのに俺には目も向けないでひらひら飛び回ろうとしていた可憐な蝶。なんであんなことを始めたのかベッドの中で愛しながら問い質せば、彼女は喘ぎながらもう1人の彼女の身に起こったことを鮮明に語りだした。だから俺もあんなただただ酷い夢を見たのだろう。
「夢であっても・・・アリアをこの手にかけるなんて俺はなにを考えているんだ。あんな女に騙されて情けない」
なにをどうやって俺を唆したのかは知らないけど、夢の中の俺は馬鹿だとしか言えない。ただ話しただけで癒されただと?こんなにも美しく誰よりも俺を愛してくれる彼女を捨てよりにもよって殺すなんて。
「ん・・・ユージン?」
「ああごめんね、起こしちゃったか」
血にまみれたアリアを思い出し思わず抱き締める力を強めてしまったらしい。
「どうかしたの?なんだか泣きそうよ?」
「そうだね・・・アリアがこうして俺の隣にいてくれることが嬉しくて」
「なにそれ」とくすくす笑うアリア。その笑顔を見るだけで本当にあれが夢で良かったと思える。
「アリア・・・俺だけのお姫様。絶対に離さないよ」
「ええ、ずっと私だけを見ていてね?」
慈悲の微笑みを浮かべるアリアに、俺はそっと唇を落とした。
************
「あれは・・・俺の夢、なのか?」
アリアを手にかけたその夜に見たのは、俺とアリアが愛し合い結ばれるものだった。白いドレスを纏う彼女は美しく、幸せな花嫁だった。その相手は間違いなく俺だけれど、決して現実ではない。なぜならアリアは死んだ・・・俺の手で殺したんだ。現実の俺が得たのはフィリカであり、アリアとの未来ではない。なのにこの喪失感はなんだろう。
「もし俺がちゃんとアリアと向き合っていたら・・・あの夢のようにアリアは笑えたのだろうか」
もう2度と選ぶことができない選択肢を思い、俺はアリアへの想いを振りきるように部屋を飛び出した。
「ユージン様・・・」
「もう大丈夫だよフィリカ」
アリアの血で染まった刀身を拭い鞘へ戻すと、愛しいフィリカを抱き締めた。
「君には刺激が強すぎるね。さあ、俺の邸でその心を休めるといい」
俺は従者に彼女を任せ、つい先程命を奪ったアリアのもとへ向かった。生前は生きた宝石と言われた彼女の瞳も、今はただの石のようだ。
「君のことはそれなりに好きだったよ。でも・・・君とでは俺は幸せになれない」
もう言葉を紡ぐことができない彼女の唇に、餞別としてキスをした。
「な、んだ・・・なぜ涙が・・・?」
冷たくなったアリアに降り注ぐ雫は俺が流す涙だった。なぜ俺は泣いているんだ?俺が愛しているのはフィリカなのに。
止めようとしても流れ出る涙が、渇き始めた彼女の瞳をじんわりと濡らした。それが、まるで彼女が泣いているように見えた。