第7話:幻想姫マシンフォース
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・5月23日午後3時4分付
行間調整
午後2時、アンテナショップから少し離れ、仲御徒町付近にある歩行者天国エリアに2人は到着した。どうやら、ここが高雄の言っていたスタジアムらしい。
「なるほど。特設会場ではなく、解放された歩行者天国か」
周囲を見回す天津風ハルに対し、赤い扇子を広げて仰いでいる高雄は何者かの視線を確認していた。最終的には、この警戒に関しては高雄の杞憂で終わる。
「私も下位とはいえどランカーの一人。あなたみたいなランカー認定も受けていないようなプレイヤーには負けない!」
高雄は堂々と勝利宣言を行い、それに反応するかのように周囲が歓声を上げる。
「こちらも、丁度カスタマイズした機体を試そうとしていた所だ。付き合ってもらう」
天津風の表情が若干変化した。それは、長良型と戦った時等とは比べ物にならないような目つきである。これが、数回ほど偶然勝利した物が味わう可能性のある慢心と言う物なのだろうか。雪風も不安になっていたが、今は見守ることしかできなかった。
【バトルは3分間1本勝負、先にゲージを0にした方が勝ちか】
【格闘ゲームだと1本勝負と言うケースは非常に珍しい。普通であれば、3ラウンド先取などのケースが多い】
【ロボット物の対戦アクションだと、コストとか2対2という物も多いが―その路線を継承しているのか?】
【ある程度は分かりやすい所からシステムを引っ張ると言うのは、格闘ゲームでも行われている】
【2Dベースだと気功波とか上昇撃辺りのコマンドだな】
【あの辺りは他の格闘ゲームでも使われている程に有名だ】
【さすがに音楽ゲームだと、色々と特許が取られている関係で面倒な事になっているようだが】
つぶやきサイト上では、幻想姫マシンフォースのシステム等の議論が行われているようにも思える。しかし、肝心のバトル内容はスルー気味だ。
バトルが開始され、先手を取ったのは高雄だった。彼女の機体である愛宕は格闘メイン、遠距離武装はいくつか実装しているが、今回は装備していないように思える。
『あんたの動きは既にアップされた動画で確認済。行動パターンさえ読めれば―』
高雄が近距離戦へ持ち込む為に接近するのだが、そこに天津風の姿は全くない。隠れ蓑でも使用したのか?
しかし、レーダーの反応は上空にある。そこで高雄は上を見上げると、そこにはクナイランチャーを構える雪風の姿があった。
『攻略本にあるようなワンパターンで勝てる程、こちらも単純な動きはしないつもりだ』
天津風は構えたはずのクナイランチャーを即座に収納し、別に用意したビームダガーを雪風の両手に設定し、それを構える。
その後は雪風のビームダガーと高雄のビームナックルでつばせり合いを展開、ゲージの減少は特にないという様子見展開となった。
1分後、次に動き出したのは天津風。高雄の行動パターンは猪突猛進ではないが、それと似たような動きを感じていたのかもしれない。
だが、高雄の方も天津風にあっさりと手の内を公開する程は甘くなく、天津風がマシンフォースを始めたばかりという部分を差し引いても、初心者狩りのソレとは異なる行動パターンを見せる。
『さすがのランカー……と言ったところか』
天津風の方も若干焦るのだが、それでも雪風のフォローなしで異常な動きを披露している。これには周囲の観客も驚くしかない。素の動きは高雄のソレよりも反応が良いからだ。
2分後、お互いに譲る物はない。それが意味する物、それはわずかなニアミスが致命的なダメージにつながると言う事だ。
『ランカーとして認定されていないようなプレイヤーが、あれだけの動きを出来る筈がない』
高雄は、天津風の的確な動きに戸惑い始める。彼を数回プレイしただけの初心者と決めつけていたのが致命的だったのか、それとも最初の突進をした地点で動きを読まれていたのか?
バトルの方は白熱していく中、お互いにゲージを上手く削る事が出来ない。天津風の方は高雄に決定的なダメージを与える事が出来ず、高雄の方は大ダメージを期待出来るコンボを避けられまくっているのが大きい。
開始から3分後、バトルはフルタイムで行われ、結局はタイムアップ決着と言う結果になった。長良型と戦った時とは比べ物にならない動き、反応速度、テクニックを雪風は感じ取っている。本当に、彼は初心者なのか?
「初心者のラッキープレイで済むような……状況じゃない」
慢心していたのは高雄の方だった。ランカーの称号を得ていない彼に負ける可能性は1%も存在しないと―そう考えていた。それが最終的に仇となり、天津風が勝利するという結果につながった。これは自分の考えを甘く見積もり過ぎた事が最大の致命傷なのだろう。
そのバトルは生中継でも1000人規模の観客がネットで視聴し、その中には他の上位ランカーも視聴していたらしい情報がある。
【まさか、下位ランカーを打ち破るとは】
【戦歴を見ると、まだ始めたばかりにも見えるが?】
【バトルの経歴としては、これが初めてという扱いだが、非公式で複数の長良型を打ち破っている】
【非公式記録って?】
【別のプレイヤーが乗り捨てたマシンフォースに乗り、それで長良型を撃破したという事だ】
つぶやきサイトでは、今回の勝者である天津風の成績に早速言及する物もあった。それだけ、ブラックホースとも言える人物が現れたという証拠だろうか。
「天津風ハル、彼を放置する事は危険か」
パソコンから中継を見ていた柏原隼鷹は、彼の実力はランカーに匹敵する者を持っていると感じていた。彼は天津風をネット以上に高く評価する。
午後5時、ネット上のまとめサイトを北千住駅のターミナルで閲覧していた人物がいた。
「なるほど。ランカーでも慢心をしていれば、彼に負けると言う事か。あるいは、あの雪風が特殊なのか」
167センチ位の身長、黒マントに提督服と言う別組織と勘違いされそうな女性が、ターミナルを見つめている。当然のことだが、彼女の姿を不審に思った駅員が声をかけようとしていた。しかし、その駅員は別の人物によって呼び止められ、その人物が声をかけると言う事になった。
「あなたも、幻想姫のプレイヤーかしら?」
黒マントの女性よりも高い175センチの身長、特徴的なセミショートに前髪はぱっつんである。そんな女性が、彼女に対して声をかけた。
「幻想姫? あれはARロボットバトルじゃないのか」
黒マントの女性は、幻想姫と言う名前に聞き覚えはなく、自分がプレイ経験のあるARロボットバトルのタイトルを出す。
「あれはARガジェットで行われるARゲームとは違う。幻想姫は、ARガジェットと単純に比べられる物じゃない―」
ぱっつん女性もARゲームと幻想姫の違いを説明するのだが、彼女の表情を見る限りでは理解したとは言いづらい。
「事情は分かった。自分はお前達が思っているようなテロリストや海賊とは違う」
「では、ここでやりあおうという事はない……と言う事ね」
「こっちも用事があって北千住まで足を運んだだけだ。ここで何か起こそうと言う事はしない」
「それが分かれば十分よ。不愉快な思いをさせてすまなかったわね」
その後、黒マントの女性はカラオケショップがある方角の方へと消えていく。確か、あの方角にはゲーセンもあったように思える。
「これでいいのかしら?」
ぱっつん女性は、駅員に彼女を何とか説得できたことを説明し、こちらもホビーショップの方角へと消えていく。
4月3日、動画サイトにアップされていた天津風と高雄のバトル動画は、気がついてみると50万再生を突破していた。
それだけ、天津風に注目度が集まっている証拠なのかもしれない。他のプレイヤーのバトルでも瞬時で10万再生と言うケースは非常にまれであり、これが異常だと言う事が良く分かる状況でもあった。
「これが天津風のバトルか。まるで、ハイスピードロボットバトルを思わせるような印象を持たせる。ハイスピード要素を求めていないマシンフォースに、何を求めているというのか」
上野駅に設置された特設モニターでピックアップされた動画を見ていたのは、身長165センチ、黒髪のショートヘアにラフな格好をした男装の女性である。
「どちらにしても、今のコンテンツ業界がどうなろうと関係はない。株式相場もあてにならない今、何を基準に経済は回復していくのか」
しばらくして別の動画紹介へ切り替わると、足を止めていた彼女は秋葉原方面へと歩き出した。一体、彼女は何をしようと言うのだろうか?
「かつて、日本はバブル崩壊からも立ちあがった事がある。しかし、それも過去の栄光になりつつある現状を、何としても打破しなくてはならない」
時雨アスカ、投資家と言う訳ではないのだがマシンフォースも彼女にとっては投資先の一つとしか見ていない。この辺りのリアクションは他のマシンフォースプレイヤーが見たら、理解できないという考えに至る人物が多いかもしれないだろう。
【コンテンツ中堅会社の数社がマシンフォース運営にコンタクト】
時雨はスマートフォンでニュース記事を確認している。彼女にとっては、マシンフォースも投資先としか認識していない。それ以上にコンテンツその物を投資の材料と見ているのも大きい。何故、彼女はここまでコンテンツ業界に冷めたリアクションしかできないのだろうか?
「そう言えば、ARガジェットに新風を吹き込むと考えられたARパルクールも、ユーザー数は増えているのに頭打ち状態が続く」
タブレット端末を見つめる時雨、そこには新たなARゲームとして注目を浴びているARパルクールの特集記事があった。
同日午前10時、秋葉原とは別にマシンフォースを展開している場所があった。それは北千住である。ここにも大規模なアンテナショップが置かれている関係で、幻想姫の新作ロケテストが行われているのだが、そのラインナップにマシンフォースが追加されたのである。
「マシンフォースは秋葉原だけではない事を思い知らせてやる!」
あるプレイヤーが気合を入れてロケットパンチを放つのだが、それはあっさりと対戦相手のマシンフォースに受け止められてしまう。その相手は愛宕だった。
ある意味でも彼は相手が悪すぎたと。最終的には、天津風との戦いでも見せた華麗な攻撃でピンポイント射撃を行い、相手のマシンフォースを見事に撃破する。
「他の地域でも始まったと思ってきてみれば、まだこの程度なの?」
相手の機体が停止したのを確認し、コクピットハッチが開く。そこから姿を見せた人物は、チャイナドレス姿の高雄だった。
同じ機体名称でも別のプレイヤーが使用しているようなケースは秋葉原でもあるのだが、上位ランカーに代表される強豪プレイヤーとなると、下手に名乗れない事情がある。
実際、上位ランカーと同じ機体名を使った為にランカー狩りに遭遇したという事例も存在し、運営の方も対策を検討している所だ。
「あの時の敗因は射撃武装を使わなかった事にある。それによっていつものテンションに乗れなかった。きっと、そうだろう―」
高雄の方も天津風とのバトルに関して自覚している個所はあるようだ。何時までも引っ張って負けたではランカーとしても称号はく奪の可能性が浮上するだろう。
北千住の場合、秋葉原と違って歩行者天国やマシンフォース専用で解放されているエリアで展開されている訳ではなく、荒川河川敷等の広い場所で行われている。
これらの場所はマシンフォース専用ではなく別の幻想姫対応ゲームと交代制と言う方が表現としては正しいだろうか。しかし、土日でもない限りはマシンフォースが貸し切りしている状態に近いのが現状になる。
「平日だからギャラリーが少ないのか、それとも別作品目当てか?」
北千住でも展開されているという事で姿を見せたのは高雄だけではなく、柏原隼鷹も同じだった。彼の場合は、高雄や他の上位ランカーと違って遠征目的ではなく、別の目的でやってきたのだが…。
「アンテナショップは各地に増えつつある。秋葉原と同じような事が起こらないとも否定できない以上、今の内にアキバガーディアンのビジネスモデルを構築するべきか」
柏原の目的、それは北千住へアキバガーディアンの売り込みをする為だった。既に別のアンテナショップにも売り込みを行い、役所等にも有効性をアピールしてきた所である。
「役所の方は関心があるように見えるが、秋葉原程には大きな事件が起こらないと考えて導入を見送る姿勢だろう。逆にアンテナショップは、炎上騒ぎになるようなトラブルが発生する事で売り上げダウンを懸念して、導入を検討しているようだった」
役所とアンテナショップの対応では、180度違うと言っても過言ではない。事件が起こってからでは遅いという事を理解してもらう為にも、警察と事件資料に関して共有化する事等も検討している事を説明した。警察もアキバガーディアンに関して、使用する装備などに興味を示しているのは柏原も把握している。
「こちらも急がないと……向こうが先手を打つ前に」
柏原が考えている脅威、それは秋葉原で起こる事件とは比べ物にならない、想像を絶するような存在だったのである。それは、過去に起こった無差別テロに代表されるような物ではなく、もっと別の物を想定していた。
【ARパルクールでトラブルか? 超有名アイドル勢によるランキング荒らしが表面化】
このニュースは、ランカー制度を導入している幻想姫マシンフォースでも他人事では済まされない。それ程、柏原は今回のニュースを受けて色々と暗躍しているのだ。