第4話:フィールドは秋葉原
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・5月23日午後1時43分付
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幻想姫は今でこそ受け入れられているが、その当時は特殊すぎるシステム等が災いして一般ユーザーには受け入れられなかった。
それを象徴していたのが西暦2014年のロケテストである。ロケテでは幻想姫の新作テストを兼ねた物だが、その真相は新型がどのようなスペックを発揮するかを調べる為の物である。
この当時の幻想姫は同じような目的で使用されるARガジェットと比べると、ゲームジャンルの幅は非常に狭かった。
ダンスゲームの相方代わり、リズムゲームのアバター、格闘ゲームのエディットプレイヤーが主な利用方法であり、これ以外の使用手段も考える必要性が浮上したのである。
これもコンテンツビジネスを加速させる為に必要不可欠であり、先駆者であるARガジェットよりも優れているとアピールする狙いもあった。
「何だ、アレは?」
「ゲームのロケテストらしいが、何処に筺体があるのか分からない」
「映画の撮影の間違いじゃないのか?」
ロケテストは秋葉原の歩行者天国を貸し切って行われたのだが、通行人の反応は冷めた物が大半だった。
幻想姫に関しては2010年頃にアメリカ等が解析結果の一部を発表したが、それは世紀の大発見とは到底言えないような乱雑な文章の集まり。それをゲーム技術に転用した日本は別の意味でもおかしいと考える科学者も出始めていた。
そうした事もあって、幻想姫に対する反応は日本国内でも冷めていたのである。あくまでも冷めていたのは一般市民や超有名アイドルファンであり、サブカルチャーに興味を持つ者やヲタクには可能性のあるパンドラの箱とも言われている。
「反応は分かっていたけど…アメリカだけではなく、イギリスやドイツの研究結果も乱雑な文章の集まりで、そこから真の意図を読み取る事は出来なかった」
アタッシュケースに厳重保管されたタブレット端末を取り出し、それを右腕に装着するのは、これからロケテストを行おうとしていた飛鷹出雲である。
他にも数人のスタッフの姿が歩行者天国に姿を見せているが、彼らは警備スタッフだ。そして、飛鷹は周囲の反応から何かを感じ取っている。
「システム起動……頼むわよ、飛鷹」
端末を起動後、飛鷹の目の前に現れたのは全長10メートルに近い巨大ロボット。それはCGとも違い、だからと言って実体化されたような物でもない。
周囲のギャラリーも足を止めて、何人かは巨大ロボットの写真を取ろうとスマートフォンや携帯電話をかざすのだが、その写真を撮る事は出来なかった。
「写真が撮れない?」
「スマートフォンは故障していないのに、動画が撮れないって―」
厳密には、映っているのは背景だけであり、肝心のロボットは写真に写っていなかったのだ。実は、これには特殊な電波が流れており、違法コンテンツを流通させない為のプロテクトが目の前のロボットには施されていたのだ。特殊なカメラを使用していた飛鷹にとっては、特に大きな問題もなくロボットの動く様子が録画されている。
「予想通りのスペックを発揮している。これならば実験は成功するだろう―」
飛鷹は周囲で写真や動画が撮れないという話対し、予想通りの反応と思った。上手くいけば例のメッセージが正しい事を証明できるかもしれない、と。
「一体、何が!?」
飛鷹は目の前に姿を見せた巨大ロボットが、起動することなく消滅していくのを目撃して驚いていた。厳密には消滅と言うよりは、何かのトラブルで実体化の途中でキャンセルされたという表現が正しいのだろうか?
「実験は失敗なのか? やはり、わずかに解読出来ただけの情報だけでは幻想姫を本格的に起動させる事は不可能だったのか―」
日本が幻想姫を解読して開発できたと言っても、それは全体からみれば60%程度の設計図で作成された物にすぎない。完全な解読をする為にもパソコン等の仮想空間ではなく、実際に地上で運用をしようと言う流れだった。
「しかし、一部の機能が正常に動くと言う事は……理論上では成功すると言う事。全てが閉ざされた訳ではない」
そして、飛鷹は今回のロケテストで得られた情報を元にして、修正プログラムを組み立てる事にしたのである。
「なるほど。あれが噂の幻想姫か」
黒髪ロングで帽子を深く被って表情を悟らせない女性、彼女は遠くから幻想姫のロケテストを見ていた。失敗するのをあらかじめわかっていたかのような表情を浮かべていたのだが、それを周囲のギャラリーには確かめる手段がない。
「幻想姫と言っても複数のゲームが展開されていて、そっちは成功している所を考えると……ロケテストを行っているのは新機種と言う事か」
彼女の名前は日向碧、ネット上では伝説とも言われている幻想姫のランカーと呼ばれるゲーマーの一人だ。しかし、彼女に関しては存在自体を否定する人間も何人かいるという都市伝説が存在する程の逸話が存在する。
服装はラフな物で周囲と上手く同化しており、ギャラリーが日向と識別できないのも原因の一つだろうかもしれない。彼女のプレイ動画自体が少ないというのも都市伝説を強める原因だろう。
「どちらにしても、幻想姫は今後のゲーム業界を引っ張るスタンダードになる。そうでなければ、超有名アイドルがコンテンツ業界を永久に支配し続ける時代は終わらないのだから―」
日向が別の何かを高層ビルで目撃、それを確認してから秋葉原を後にした。
その後に公開されたロケテレポートによると『実体化に失敗したのは初日限定。2日目には実体化に成功、ロケテは大盛況だった』という記載があった。その当時の動画も存在し、そこでは歩くロボットの姿が映し出されていたのだが、この映像に関しては疑問に残る箇所が存在する。
『本当にマシンフォースは想定の動作をしたのか?』
初日では写真を残す事が出来なかった、動画撮影に失敗したという話が存在した。他の幻想姫を使用したゲームでも、幻想姫で使用する特殊アプリを導入しなければ撮影は不可能と言う仕様が存在する。これは一種のネット炎上を防ぐ為の手段として他のゲームで実装されている機能だった。しかし、それと同じ事がマシンフォースにも当てはまるのか? これに関しては疑問が残るばかりである。
『マシンフォースが実体化した場合、それだけで建造物に被害が及ぶはず』
これに関しても疑問を残す者がいる。フィクションの作品でも、召喚された巨人やモンスター、ロボットは実体をもち、建造物を破壊するようなシーンは存在する。それらと幻想姫で作成されたマシンフォースを比べてはいけないのだが、リアリティにも書けるような存在だという事を指摘せざるを得ない。第一、建造物に向かって思いっきり殴りかかってもそのパンチは建造物に当たりはするものの、建物自体は破壊されずに残っているのだ。
ゲーム作品の中には、建造物に何度攻撃をしても壊れないという物も存在するのは事実だが、それを現実で再現する事は―。
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2017年4月1日午後1時10分、天津風は自転車を回収して別のゲーセンへ訪れていた。その理由は幻想姫のデータ更新を行う為でもある。所有者を変更した端末は早期にデータ更新を行う必要があったのだ。これは端末の不正利用防止の観点からだが、目的に関しては別にあるとネット上で噂になっていた。
別のARゲームではガジェットの取得に自動車の様に免許がいると言う物まである位で、マシンフォースの端末不正利用防止は手ぬるいという意見も少数だがある。
《データの更新が完了しました》
目の前にある端末にメッセージが表示されると、前の所有者が使用していたデータは削除され、天津風がカスタマイズできる個所が増えたのである。
「再インストールも面倒な話だな」
『下手に最強データがネット上に拡散されて、バランスブレイカーとなるよりはましと言えるかもしれないわね』
気が付くと隣に雪風の姿はなく、端末から雪風の声だけ聞こえるようになっていた。一種の節電モードと言う訳ではなく、バトルフィールドの外では実体化できない為らしい。
「どちらにしても、データを初期化する予定はあった。これはこれで問題ない」
『そうなると、あの成績はリセットされる事になるわね』
「長良型を倒した事か?」
『それだけじゃない。乱入された電との結果もリセットされるわ』
「それは仕方がないだろう」
『どちらにしてもサブカードの所持は禁止、あのプレイヤーが新たにデータを作った場合に今回のデータが残っていたら、彼が幻想姫から追放されるのは確実―』
「その辺りは徹底しているのか」
『そう言う事。幻想姫の力を持つ事は、世界を変える力が与えられるのと同義』
「以前にも別の幻想姫を手にした時も、同じようなキャッチコピーを見たな」
天津風が端末内にいる雪風と会話をしている間に、ふと傷の入ったタブレット端末をカバンから取り出した。この端末は、天津風が以前に持っていた物である。
「これを手にした時、全ては始まったのかもしれない」
傷ついた端末、これは音楽ゲーム版幻想姫で使用していた物ではなく、それとは別のプロトタイプをプレイしていた際の物である。プロトタイプの存在は雪風も知らない衝撃の事実でもあった。
その後、雪風と天津風の名前は早速広まりを見せ、わずか2回のバトルだけで秋葉原を震撼させるという衝撃デビューを飾った。
その一方で、彼の存在に疑問を抱くネット住民がいる事も事実である。長良戦に関しても複数乱入と言う事もあって非公式扱い、電との対戦も前ユーザーデータ消滅の為に対戦カード自体がなかった事になっている。
【あの動画、見たか?】
【雪風タイプの扱いは難しいとも聞いたが、彼はわずか2回で使いこなしている】
【雪風は近接タイプではないはず。それが、どうして?】
【憶測だが、あの雪風には他の雪風とは違うシステムが実装されている噂がある】
【どちらにしても、これは大変な事になる】
【対戦カードとしてのデータは消滅したようだが、動画としては残っている。これが今後にどのような影響を持つのか】
この他にも天津風に関しては色々な意見が飛び交っていたのだが、ほとんどがチート疑惑ばかりだったのが特徴的である。こうしたコメントが目立つのもアクセス数やリツイート稼ぎの可能性も否定できないだろう。
その一方、雪風を探していた連中はネット上の情報に踊らされていた。警察からの裏情報と称した偽情報に釣られ、気が付くと壊滅状態に。
『一体、何がどうなっている?』
『アキバガーディアンの息がかかっていない事は確認していますが、この情報量は半端ではありません』
『アフィリエイト稼ぎの連中か。所詮、奴らは儲かる話しか考えない連中だ』
『このままでは、雪風を発見する前に壊滅するのは―』
気付いた時には遅かったのかもしれない。その後、本隊もアキバガーディアンによって確保され、この組織は壊滅をした。組織名はマスコミ向けには一切公表されず、数日後に何気ないつぶやき等から判明するという流れは、秋葉原では恒例行事になりつつあるようだ。
この世界のネットは情報であふれており、その情報に踊らされる物は数多いと言われている。中には、犯罪者がネット上の情報に惑わされて警察に自主をした結果、惑わされた情報が警察と無関係な所から流出した物だったというのもザラである。
それに加えて、秋葉原で流行している幻想姫はゲームと言う枠では収まらない状態になっていた。無数のジャンルが存在し、プレイ人口は1000万人とも言われている。
【果たして、これがどのような結果を生み出すのか…】
幻想姫自体は秋葉原以外でもプレイする事は可能、中継動画の視聴も日本国内限定で自由にできる。プレイ実況に関してもガイドラインに従えば自由に行う事が可能と、色々な意味でもゲームというカテゴリーで収まらない勢いを見せている。
幻想姫、これが全てを揺るがすような展開を生み出す事になるとは、この時には誰も予測できていなかった。