第2話:動き出す世界線
・一部追記(午前11時57分付)
安全な→安全が保障されているかと言うと疑問の箇所が存在している。
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・5月23日午後1時10分付
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天津風ハルが路地裏で発見したのは、アキバガーディアンが所有していると思われる鉄とは違った材質でできた大型コンテナである。
この裏に隠れる事で追跡してきた連中からは逃げる事に成功した。向こうもアキバガーディアンの文字がプリントされたコンテナを調べるような仕草は見せたのだが―。
『アキバガーディアン? 今は我々の存在を悟られる訳にはいかない』
『一部の連中は既に押さえられていると聞いた。こちらの足取りを悟られるのは危険を伴う……』
『このコンテナはアキバガーディアンの装備コンテナと言う可能性もある。迂闊に触れれば一大事になる』
『ここはあきらめて他のエリアを捜索しろ! くれぐれも他の連中に雪風の秘密を知られてはいけない』
最終的にはコンテナにも触れることなくスルーをしたのが不思議だった。あの会話を聞く限りでは、アキバガーディアンに敵対する組織と言う可能性も否定できない。
いわゆる、ロボットアニメで言う所の敵側の国や悪の秘密組織という立ち位置と言う事も否定できないだろう。彼らに敵対する以上、超有名アイドル絡みであるのは間違いないのだが、どのグループに所属しているかどうかを見分けるのは難しい可能性もある。
その一方で、外見や肩のマーキング等では判断出来る人物は出来るかもしれない。しかし、それを知ってしまえば後には戻れなくなるのは目に見えている。
結論としてアキバガーディアンと敵勢力の戦いに巻き込まれるという事を意味している。
「やっぱり、あの場所に戻るしか方法はないのか―」
真相を聞く為にも雪風のいた場所へと戻る事が最良の手段と判断し、来た道をたどって戻ろうと考える。戻る道中で先ほどの追手や新たな敵等に見つかる事は一切なく、あっさりと戻れたのが不思議だった。
彼らの狙いが雪風であれば「秘密を知った者を生かしてはおけない」等の理由を付けて狙ってくるのは明らかである。それもないという事は、先ほどの組織がアキバガーディアンを警戒していることに他ならない。一体、アキバガーディアンの組織力はどの位なのか?
「そう言えば、彼らの足音は全くと言っていいほど聞こえなかった。もしかして、彼らは別の幻想姫ゲームのアイテムを使っているのか?」
あれだけの装備をしていれば、何かの音がしてもおかしくはない。足音、鉄製の武器であれば武器同士が擦りあう音もあるだろう。
それ以外にも発生する音は無数にあるのだが、それさえも全くない。道中で確認できた音と言えば、ギャラリーの喋り声、携帯音楽プレイヤーから流れていると思われる音楽、チラシ配りをしているバイトの掛け声等。
明らかに何かがおかしいとしか思えない状況だ。そこから結論付けられるのは、彼らの装備もARガジェットか幻想姫である事だ。
幻想姫やガジェットに関しては鉄等の材質では出来ていない。それは凶器として利用される事を恐れての物だった。特撮変身ヒーローの玩具で「振り回し厳禁」と言うのと同じ法則である。
それから10分後、先ほどの場所に戻ったのだが雪風の姿は確認できない。敵組織に回収されてしまったのだろうか?
『彼らに回収される程、こちらも迂闊な行動はとらない』
その疑問を解決するかのように姿を見せたのは雪風自身。目の前に唐突とも言える出現方法だったが、これが幻想姫にとっては当たり前だと判断して冷静に質問をぶつける事にした。
「先ほどの組織、あれは何者だ?」
しかし、この質問に対して雪風は首を横に振る。彼女にも分からない事があるのだろうか。あるいは話せない理由があるのか?
「質問を変える。先ほどのロボットはどこに消えた?」
『マシンフォースは消えただけ。彼らには回収できない』
質問を変えた所、雪風はあっさりと答えた。マシンフォースに限った話ではないが、幻想姫に使用されるガジェットと言われるアイテム類、音楽ゲームでは楽器、剣術アクションゲームでは刀剣、レースゲームでは自動車やバイク等といった物はゲームをプレイしていない時には何処かへと収納される。
そして、使用する際には瞬時にして転送されてくるという、SFアニメで見かける手法が使われていた。幻想姫マシンフォースの場合、それがマシンフォースと言うロボットなだけである。
一方で巨大なロボットが瞬時に消えるとは考えにくいのも事実。一体、どのようなトリックを使ったのか。
「幻想姫マシンフォース、あれは単純なロボットアクションゲームではないのか? あのロボットは戦争に利用されるような物なのか?」
少し混乱していたのかもしれない。雪風は少し困惑をしつつも、首を横に振って否定をする。では、本当の目的とは?
『マシンフォースも他の幻想姫と同じ。ナンバーワンアイドルを決めるソーシャルゲームに変わりはない。ただ、今のマシンフォースは他のソーシャルゲームとは……様子が違うのは間違いない事実。プレイヤーの大半は、それを知らずに踊らされているだけにすぎない』
雪風が若干言葉を選んで発言しているようにも見える。他の幻想姫と様子が違うのはプレイヤーの当選率についての問題だろうか。しかし、彼女はそれを些細な問題だと切り捨てた。
『マシンフォースの現状、それは超有名アイドルグループの宣伝材料として利用されている事。それが意味するもの、それはコンテンツ業界の破滅。それは何としても避けなくてはいけない―』
雪風の話を聞いても、さっぱりである。超有名アイドルのCDの売り方、グループ戦略等には問題点が取り上げられる事はネット上でもよくある話である。
しかし、マシンフォースが戦略に利用されているという話は初耳だ。どうしても信じられない。CDの販売方法に関して否定的であるのは一緒だが、雪風のような発想までには至っていない。
あれでは、別の意味でも大勢の無関心な人間を巻き込んで強制的な議論を展開、それを利用してアイドル戦争でも引き起こしかねないような物だ。
『今は戦うしか、未来は切り開けない。ソーシャルゲームを悪質な宣伝材料に利用しようとしている企業、幻想姫を炎上させて自慢しようという超有名アイドルファンの行動を許す訳には―』
次の瞬間、雪風の背後に何かが形成されているようなエフェクトが展開され、そこから姿を見せたのは先ほどのロボットだった。どうやら、これがマシンフォースを消したトリックのようだ。
しかし、一部装甲が消滅しているかのような状態になっているのが気になる。それに加えて、マシンフォースには内部のメカニックが存在しないかのように一部のフレームが露出している事も気になった。
『そう言えば、あなたの名前を聞いていなかった。前プレイヤーが戻ってきたとばかり思っていたけど、画像照合でも違うと判定されている』
雪風の言う事も正論だ。自分は名前を彼女に名乗っていない。幻想姫の場合は一度持ち主の名前を認証させると相当な例ではない限り、名前を尋ねる事はない。
持ち主の名前が暗証番号に該当するというシステムでもないのだが―別のARガジェット対応ゲームでは存在する可能性も否定できない。
「僕の名前は、天津風。天津風ハル」
天津風ハル、彼女にそう名乗り、今まで首にかけていたサングラスの様なものをかける。これは特注のブルーライト対策のメガネだ。
そして、コクピットへ乗り込み、モニターに表示された一連の操作説明をチェックする。その情報量は他のARゲーム以上で、マシンフォースのシステムが簡単に見えて複雑であることを物語っているかのようだった。
周辺のモニターを見回しても、ゲーセンで稼働しているようなロボットゲームとは違いすぎる。無理に例えるならば、戦車ゲームの知識だけで本物の戦車を動かす、あるいは戦艦の知識だけで駆逐艦を実際に動くかどうか試す―それ位のレベルである。
しかも、ロボットは架空の存在であるのが大半で、実用化しているような例は非常に少ない。あったとしても雪風の様な二足歩行型ではないだろう。
「残りは実戦の中で覚えるしかないか―」
天津風の目の前にあるメインモニターに表示されたのは、自分の機体とは大きく異なる量産型タイプのマシンフォースが5体、モニターには長良型と表示されている。格闘ゲームでよくあるような乱入とは違うようだが…。
「向こうが戦闘態勢に入っている以上、悠長にマニュアルを見ている余裕もないか」
仕方がないと判断し、天津風は目の前のタブレット端末に触れる。どうやら、これがロボットアニメで言うコントローラの様な物かもしれない。
その光景を近くで見ているギャラリーは驚きの声をあげている。あの雪風が再起動したという事もあるのかもしれないが、長良型のパイロットが中級者の実力を持っている事も気にしていたのだ。
マシンフォース同士のバトルに関しては運営の方で公式配信が行われているが、それは関東地方に限定されている。その為か、秋葉原まで足を運んでバトルを観覧するツアーと言う物も存在している。
「雪風のデータは―?」
ギャラリーの男性は、スマートフォンに表示された雪風の勝率を見て驚いた。その勝率は20%を割り込んでいたからである。
他のギャラリーも彼と同じようなリアクションが大半だった。それ以上に長良型のパイロットがピンポイントで雪風を狙っていたのには別の理由があるのではないか、と考えていた。
「これは大変な事になりそうだな」
若干遠くの電機店でタブレット端末を片手に視聴する男性がつぶやく。他のARゲームでは相手を傷つけるような行為は禁止されているが、マシンフォースに関しては故意でなければ認められている部分もある。
中継映像は秋葉原であれば、スマホやパソコン上でも公式ホームページ経由でリアルタイム閲覧が可能だ。秋葉原外ではリアルタイムは不可能だが、公式の録画映像がPR用として配信されている。
これらの動画配信は色々な権利関係がクリアされて初めて成立する物だが、マシンフォースの場合はプレイヤーに【バトルに関しては動画として録画され、全世界へ配信される可能性がある】とも明言されていた。
「悪質な初心者狩りね。虫唾が走るわ!」
タブレット端末を片手に中継映像を見ている女性は、長良型のパイロットが起こした行動が問題であると運営に通報しようと考えていた。
「しかし、決定的な証拠がない。下手をすれば、自分のランクダウンにも影響があるかもしれない―」
チャイナドレスという外見にリュックサック、この格好は秋葉原でも浮いているように見えるのだが―幻想姫関係の人物だと分かれば誰も寄り付かなくなる。ある種の痴漢防止策とも言えるかもしれない。
「それにしても、あの雪風には見覚えがある。何処だったろうか」
初心者狩りに関しては賛否両論がある。自分が怒りにまかせてタブレット端末を叩き折る位は造作もないのだが、そんな事をしても何の解決にもならない。
現状で自分が出来る事は非常に限られている。それを踏まえて、彼女は足早にその場を立ち去った。
「それにしても、ここまで近くで見ていたら潰される可能性が―」
男性ギャラリーの隣にいた観客の言う事も一理ある。しかし、マシンフォースが幻想姫のシステムを使用している以上、いわゆる【デスゲーム】の様なものは全く行われないのが原則。
それは、プレイヤーだけではなくギャラリーにも同じ事が言えた。観戦する方も命がけと言う部分はあるかもしれないが、安全が保障されているかと言うと疑問の箇所が存在している。
「幻想姫が日本でしか稼働が出来なかった理由は、もしかするとこれかもしれない」
別の男性は、パンフレットを片手に雪風の方を見上げている。海外で幻想姫が稼働できたという報告は、ネット上でも確認されていない。それを踏まえると―。
雪風が現在使用出来る武装は前プレイヤーが乗り捨てた状態のまま、それ以外はビームサーベル等の標準装備に限定される。武装のカスタマイズは、基本的にバトル終了後やバトル突入前しか出来ない事もあって、誰もが雪風不利と予想する。
「前のプレイヤーは、マシンフォースのシステムも理解しないで放置したというのか……機体は放棄せずにログアウトするのが常識じゃないのか?」
しかし、今は目の前の敵を何とかする方が先だ。天津風はモニターに表示されたウェポンリストからビームサーベルを選択、即座に展開して突撃してきた1体の左腕を切り落とす。
切り落とされた左腕はCG演出かのように消滅、それを見た他プレイヤーも慌てだして撤退を始めようとするが、それを天津風は見逃すはずはなく、全機体が撃破される事になった。
この間、わずか1分弱の出来事だった。まるでWebサイトのチート系や主人公最強系を連想させる結果に、ネット上の視聴者は一気にコメントを歓声代わりに入力する。
その結果、動画の画面上はコメントだらけで画面が見えにくくなる流れになったのだが。
『到底、初心者とは思えない。同じようなゲームのプレイ経験でもあったような腕前だった―』
雪風は天津風の能力が前のプレイヤーを越えている事に疑問を持ち、彼に質問をぶつける事にした。これも本来の幻想姫にはあり得ない出来事である。
「幻想姫のゲーム自体、プレイするのは2つ目だ。最初は音楽ゲームだったが」
『もしかして、マシンフォースは初プレイなの?』
「そうなるだろう。本来は事前登録も落選して……プレイできない所でもあった」
『それで、あれだけのスキルを発揮出来るなんておかしいわ。別のロボットゲームかARゲームを―』
雪風は天津風がマシンフォースに初めて触れるという話を信じる事は出来なかった。確かに雪風の能力は他の機体に比べると高い物を持つ。
しかし、それを100%発揮するには相当な技術を身につけなくてはならない。それこそ今の様なビギナーズラックに頼らず、プレイ回数を重ねるのが普通だ。
「対戦格闘ゲームは、2Dと3Dでシステムが異なるが、基本は一緒という話はネット上でも聞く事があるだろう。それと同じ。細かい事を気にしていたら負け…という事か」
天津風の異常なスキル、それは同じようなロボットゲームをプレイしていた事で生まれたものなのか―彼の発言を雪風があっさりと理解するには難しい。
「プレイ途中でゲームを投げ出すような行為は、次にプレイする人間にも迷惑がかかるのは当然の話。それを考えれば、雪風を乗り捨てたプレイヤーは何を考えて―」
彼は雪風を乗り捨てたプレイヤーに対して怒っていた。しかし、そのプレイヤーがこの場にいるとは限らないので、独り言にしか聞こえないだろう。
そして、彼がモニターからメインメニューを呼び出してログアウト画面を探しながら何かを考えていた。