勇気の花
今いるこの場所がどこか巨大な大陸だったことは覚えている。時代はもう数えていないから分からないがまだ西暦という歴史の概念は滅んでいないはずだ。
好景気では決してないが不況でもない。人々の暮らしに少し余裕はあるが散財できるほどお金を持っているわけではない。平穏なそんな時代に長峰マヒロは花屋を営んでいた。
花屋とは中々大変である。第一に、花を栽培するために幾らかの良質な土。それに伴って花を置く土地。また花にやる水も厳選しなければならない。それらを仕入れる軍資金も前もって必要であり、育てる技術もなくてはならない。何より花屋というのはお客に恵まれる機会が少ない。何かの記念日に客が向こうから来るのをひたすら待つか、あるいは珍しい花を育て大々的に宣伝することによって客を呼び込むか。固定客というものが存在しない業種なので収入的にも辛いものがある。もっとも老舗や周囲の人々から信頼を勝ち得ている店などは例外であるが。
第二に大方開けた場所ではないと店が置けないのも難点である。花を栽培するにあたって害虫問題は避けて通れない道である。駆除するのには問題はない。しかし万が一害虫が近隣の家に被害をもたらしでもしたら間違いなく立ち退きを要求されるであろう。
長峰マヒロは成人こそしているが親元を離れ数年しか経過していない世間知らずの青年である。
当然、長峰マヒロはそれらを何一つ持っていなかった。マヒロの手元にあるのは旧タイプのスクーターただ一つ。ただ間違いなくマヒロには花屋で少なからず生活できる宛てはあった。それがマヒロの人生の幅を狭めたと言ってもいいのだが。
思考錯誤の末彼が思いついたのは花の売り込み。花屋セールスだった。
古びたスクーターにエンジンをかけマヒロは跨る。若いころの音はすっかり色褪せ、長年の疲れがたまったエンジンは大きく音を鳴らしながら動き始める。スクーターは音を響かせ、商店街へと進む。ちらほらと歩行者が見えたところでスクーターの速度を落として2、3度咳払いをし、彼は大きく息を吸った。
「勇気の花。売ってます」
スピーカーを買う資金もないため地声で彼は叫ぶ。
声に反応して何人か振り返るがマヒロに声を掛けるものは現れない。
この街に売り込みに来て一週間が経った。当たり前だがマヒロの知名度はまだ低い。
何回か声を張り上げてみても手ごたえは返ってこない。仕方なくマヒロは場所を変えることにした。
スクーターの速度を上げ商店街を抜けほとんど電車が通らなくなったためか整備されていない雑草だらけの踏切を渡る。
たとえオンボロなスクーターに乗っていようと交通ルールは守るのがライダーとしての務めである。マヒロは素早く踏切の左右を確認しアクセルをあげようとしたがそこで止まる。
ツタが巻きついた遮断機の陰にひっそりと座る男の影が見えた。
視線は下向き、前を向いていない。
お客だ。と勝手に判断しマヒロはスクーターから降りると押しながら男に近づいた。音に気付いたのか男は顔を上げた。
「やあ、こんにちは」
「ああ、こんにちは」
返事こそ返すものの男の表情は暗かった。歳はマヒロより少し年上だろうか。目もとにできた小さな皺が窺えた。
「失礼ですが、こんなところで何を?」
マヒロは簡潔に聞いた。男は何かを覗う表情を見せたが息を吐くと素直に答えた。
「悩んでいるんだ。せっかく人と会えたんだ。少し話を聞いてくれないか」
そう言った男の眉は大きく下がる。マヒロは同意の意を表すために首を縦に振った。
「実は、今から恋人と出かけるんだが、そこでプロポーズしようと思うんだ」
何話かとマヒロが聞く前に男は喋り出す。プロポーズに渡そうとしている指輪を購入して今から待ち合わせ場所に向かっている途中だと男は続けた。
「それは、素晴らしいことです。ですが何故ここに?」
丁寧な口調で最初と同じことを再びマヒロは尋ねた。
「勇気が出ないんだ」
男は簡潔に違う解答を答えた。
「今から彼女に告白しようと心に決めているのだが怖くて仕方がないんだ。俺は彼女を愛している。愛しているのに恐怖打ち破る勇気が湧かないんだ」
「なるほど、貴方は大人になってしまった。そういうことですか」
「ああ、そうだ。いつの間にか大人になってしまった。チクショウ。こんな事ならもっと早くプロポーズをしとくべきだった」
マヒロの言葉を肯定し男は頭を抱えた。
大人になると勇気が湧かなくなる。その症状をとある博士が発見し論文として世間に公表されたのは今から何年前だろうか。
人間は生まれながらに勇気の種を体内に宿す。しかしそれは大人になるにつれ、世界を知るにつれ、汚れを知るにつれて腐っていき、やがて枯れる。論文にはそう記されていた。この論文で唱えられている大人の定義は実に難しい。法律が定めた成人ではないことは論文の後半に書かれており大人の定義は実に曖昧だ。
ただ一つ確実性を持って言えることは大人になったら勇気はもう二度と湧かなくなる。確実を求め、失敗を恐れ、可能性の高さだけで物事を判断する。賭け事などを繰り返す狂人者と呼ばれる者でさえ持っているのは勇気ではなく無謀さ。
子供の頃持っていた勇気はいずれ消失してしまう。
結論で書かれたその一言は現在随分と世間の信用を勝ち取った。実際に勇気が湧かなくなるからだ。
つまりマヒロの目の前で頭を抱える男はもう大人だということだ。
大人になることは悪いことではない。むしろさまざまな能力が飛躍する。ただし何らかの代償は必要である。それがたまたま勇気だったこと。
「なるほど。なるほど。やはり貴方は自分のお客の様です」
マヒロは理解するかのように頷くとスクーターの後ろの荷台から花を一輪取り出した。
淡い赤色の百合のような花。
マヒロはその花を男の目の前へ差し出した。
「これは?」
男は訊く。
「勇気の花です」
マヒロは笑みを浮かべるとそう答えた。
「この花は持っているだけで勇気が湧く。そんな夢のような花です。ただし、どれだけ丁寧に世話を焼いても7日しかこの花は持ちません。ただ、言い換えれば7日の間貴方は無限に勇気を持つことができます。自分はこれを売って商売している身です。どうですか買いませんか?」
畳み掛けるように説明するマヒロに男は冗談を言っているのかと一蹴しようとするが僅かに香る花の香りを嗅いで気持ちを飲み込んだ。
気分が高揚する。僅かに香りを嗅いだだけなのに。
その感情は久々に心に宿るもので男は混乱すら覚えた。
「確かに、その花は勇気を出させるかのように思える。だが、俺にはどうしてもそれが薬物か何か非合法なモノにしか思えない。だから君の口から言質をとれるまで買おうとは思えない」
実際、薬物だとしても男は欲してしまいそうだったがそこは理性が抑えた。いや抑えたというよりは大人だから抑えてしまったと言った方が正しいのか。
「信用できないのは分かります。自分が言えばいいのでしたらいくらでも言いましょう。これは決して薬物ではありません。体に何か害を及ぼすものではありません。ただ、非合法かと言われるとそこは答えぐるしいのですがきっと非合法でしょう」
なにせ、合法にしてしまうときっと社会の上の人達にすべての権利を奪われ自分は路頭に迷ってしまうと断言できるからです。とマヒロは表情を崩しながら男の質問を全て答えた。
「恐ろしいほど理解できる返答だな」
男は困り顔から一転笑顔を作った。
「分かった。俺はその花を買おうと思う。だが残念なことに彼女の指輪代で僕にはほとんど手持ちがない。残念だがその花はきっと高いのだろう。高いのが悪いのではないむしろ高いほど俺は安心できる。しかし、手持ちが残り少ないのも事実。すまないが後払いはできるだろうか?」
マヒロは返答の代わりに首を横に振った。
「安心してください。きっと手持ちで足りると思います。この花の値段はワンコインの最大。五百円になります」
男は眉を上げた。
「そんな値段でいいのか?」
客足を増やすために企業同士の値段削減が繰り返される今、花一本に五百円とは中々に高い。しかしそれを大きく上回るほどマヒロが売る花にはメリットがある。
「実を言うと、自分ももう少し高い値段で売りたいのです」
マヒロは花を持つ反対の手で頬掻きながら照れくさそうに真実を話す。
「ですが、この花はいろいろと不思議でして、土地こそ選びませんが餌となる水にはうるさく花のくせに繁殖を目指さないのか種も残さない。また自分が法外な値段で売ろうとすると生意気なことにその場で枯れてしまうのです。それで妥協に妥協を重ねた結果五百円という値段に落ち着いたそれだけの事です」
「面白いな。そういうことなら俺はありがたくその値段で買わせていただこう」
男は何も疑問に思わなかった。それは花の匂いを嗅いだことによるのか。マヒロの言葉が正しいと判断したのか、それとも勇気の花から買う勇気を貰ってしまったのか。
男は躊躇いもせず財布から五百円を取り出すとマヒロに差し出した。
「ありがとうございます」
片手でお金を受け取り反対の手で花を渡す。
「期限は7日間。それまで心行くまで溢れる勇気をお楽しみください」
「そうすることにしよう。本当に助かったよ」
男は顔を上げると、前を向いた。マヒロに謝辞を述べると立ち上がり早足に去って行く。
「ひとまず一本か」
緊張が解けたマヒロは大きく息を吐き出すと止めたままのスクーターに跨りエンジンを掛けた。
古びたスクーターは小さな悲鳴を上げ駆け出していく。
夕日が山に沈みかける。赤い光はマヒロが歩く田んぼ道の雑草達を赤く光らせる。
「まさかガソリン切れになるとは」
古びたスクーターを押して歩きながらマヒロは溜息をついた。本日は無事に自分の定めたノルマを達成し意気揚々と帰ろうとしていたところに悲劇は起こった。
突然動きを止めた相棒に最初は何事かとたじろいだマヒロだったがその原因は直ぐに見つかった。時速を表すメーターのすぐ横に表示されるスクーターのガソリンメーターが
完全に下に振りきっていたのだ。
今日は運よく早めにノルマ達成できたので夕日が完全に沈み真っ暗な夜になる前には何とか家にたどり着きそうだったがそれでは翌日またガソリンを入れに家からこの古いスクーターを押す羽目になる。そう考えた彼は少々遠回りしてでもガソリン補給のために町を目指していた。
「しかし、このペースじゃ日が暮れそうだ」
いくら押して歩ける二輪車だからと言ってスクーターはスクーター。予想外の遅延にマヒロは焦り始めていた。そもそもガソリン補給所は早めに閉まるというのにこの調子では町に着いた時には星が満開に咲いているであろう時間になりそうだった。
続く田んぼ道。多少の変化はあるものの町中と比べてその姿は寂しい。
つくづく田舎な場所に住んだものだと思いふけっていた時に声は掛けられた。
「おにいさん、こんばんは」
後ろから掛けられた言葉に驚き振り向くとそこには少年が一人風景に同化するようにおとなしく立っていた。
「こんばんは」
念を押すかのようにもう一度。少年から挨拶をされマヒロは慌ててこんばんはと返す。
少年の傍らには真新しい自転車が見えた。ここらへんに住宅はないはずだからわざわざここまで漕いできたのだろうか?
マヒロが首をかしげていると少年は小さな口を大きく広げ叫んだ。
「僕に勇気の花を売ってくれませんか?」
しばしの間が開いてマヒロは少年に質問をした。
「どうして?」
色々な意味を含めて放たれた言葉は僅かに4文字。マヒロが勇気の花を売っていることを知る者は少ない。以前も小さな村で売っていたが交通の便がない村であり、まず外部に漏れることもない。だからと言って1週間で勇気の花の噂話が広がるとは思えない。それに加え、百歩譲ってマヒロの存在を知っていたとしても目の前の少年はどう見てもまだ勇気の種を宿す子供である。わざわざ勇気の花を買う必要性がマヒロには分からなかった。
そのこと全てを総じた質問に少年は臆することなく口を開いた。
「街で見かけました。僕が入院する病院は商店街の近くにあってそれで声が聞こえてきたんです。それで今日、帰ろうとしていたおにいさんを見つけて自転車でつけました」
一つ目の疑問が解消される。入院という単語に引っかかりを覚えたが少年の服装を改めてみると病人が着る病衣である。入院しているという点では信用してもいいように思える。ただし、少年がそれを見越して着替えていなければの話になるが。
「それで、君は見たところによるとまだ子供のように思える。勇気は自分で湧かせることができると思うんだけれど」
「僕もうすぐ死ぬんです」
少年の言葉は回答ではなかった。
「脳の病気か何か詳しくは僕には分からないけど、もうすぐ死ぬんだってのはお医者さんから言われました」
「……つまり、君は死ぬための勇気がほしいと?」
少年がマヒロに投げた単語をうまくつなぎ合わせ出した結論をぶつけてみる。
死ぬのには勇気はいらない。何故ならば、死ぬことは決定事項だからである。決定事項を行うのには何の躊躇いがないのは分かるだろう。だって決定事項とは百パーセント保障されたものだから。叩き込むかのように死は未知ではないことも挙げられる。未知ではない決定事項。理論的に言えば勇気はいらない。だが、それは勇気が湧かない大人になってからの話。
勇気が無限に湧く子供ならどうだろう。無限に湧き出るからこそ子供は何事にも勇気を持つ。それで言えば死ぬことも子供にとっては勇気が必要な行動かもしれない。また身近な人間がなくなっていない場合子供にとって死は、まだ未知だ。言葉は知っていても自分自身の手で体験しなければ未知なのには変わりはしない。子供から見た死は勇気が必要で尚且つ未知である。それならば子供が作る勇気の他に別の勇気を求める子供がいたって不思議ではない。
脳内で納得できるように結論を出したが少年はマヒロの答えに首を振った。
「違う?じゃあ、何のために?」
「死ぬための勇気は足りてます。けれど死につづける勇気が足りないんです」
少年は顔を上げたまま一呼吸で言い切った。
「死につづける勇気……ね」
聞きなれない単語に思わず復唱する。
「本に載っていました。勇気の種は腐っていない段階で所有者が亡くなるとそのまま一緒に消え去ると。もしそうなら、僕には死につづける勇気を湧かせることはできません」
面白い仮定である。万が一死につづけることに勇気を要するのであれば確かに少年の言い分の通り勇気不足に陥る。多くの人間は死んだら勇気がいらないと思っている。だが、少年はそれに気づいた。ならば花が必要。
「すごいな、君は。納得できるよ。一体どれほど考えれば思いつくのか聞きたいところだよ」
感心した様子でマヒロは笑みを浮かべた。
「それじゃあ」
少年の顔が輝く。
「うん、花を売ってもいい。だけどね。君は知らないだろうから教えておくけど、この花は君が思っているほど万能じゃないんだ。どんなに手入れしても7日しか持たないし、この花には一本ごとに値段がある。これは生活するために必要な金になるから無料であげることもできない。それでも欲しいなら君の両親に相談して7日ごとに花を買ってもらうと良い。ただしそれは途方もない額になる」
マヒロの説明が進むたびに少年の顔は暗くなった。
「両親が約束するなら、新鮮な花を持って毎日君の両親へ届けよう」
両親の部分を強調しマヒロは少年に向き直った。相変わらず少年の顔は暗いまま。
「僕の親も、僕と同じ病気で亡くなりました。お金もほとんど入院費で使いました」
漏れた言葉は物語の中ではありふれた台詞だった。予測はしていた。少年の口から一切親に関する情報が出ていない時点で可能性は高かったのだ。
「それなら親戚でもいいよ」
少年は首を振った。いないということか迷惑を掛けたくないだけなのか。会ったばかりのマヒロには分からない。
少年の口が開く。
諦める。その言葉がマヒロの脳裏によぎるが聞こえた音は予想外。
「僕の勇気の種をあげるから」
マヒロは目を剥いた。
「驚いたな、どうしてそんな言葉が出てくるのかな」
「だって、花づくりには種が必要だと書いてあったから。勇気の花もそうだと」
子供が持てる純粋さゆえの結論。普通の花には間違いなく種が必要だ。少年はそれを踏まえたうえで勇気の花には勇気の種が必要だと踏んだ。その発想は大人にはできない。大人たちは勇気の種との単語をその字面通りに受け取れない。論文のために分かりやすい形に勇気を湧かせるものを勇気の種と呼んでいるにすぎないと勝手に決めつけてしまうからだ。いや、実際論文を書いた博士もそう思って名付けたのかもしれない。
「天然にたどりついたとしてもすごいな。正解だよ。勇気の花は勇気の種から作っている。それは君が思うとおり子供の時に宿る種で合っているよ」
観念したとばかりにマヒロは吐き出した。
「少し、昔話をしようか」
少年はいまいち状況を飲み込めていないのか首をかしげた。
今から説明するよとマヒロは続ける。
あるところにそれは欲深い少年がいた。少年は大人たちから勇気の話を聞きそれを何とか金にできないかと考えた。そして種から花を育て種を増やそうと考えた。ちょうど君と同じような考えだったんだ。少年は自ら種を取り出すと花を咲かせることに成功した。もっとも最初の目論見と違って花は種を持たず種を増やす計画は頓挫したが代わりに花は抜いてもいくらでも生えた。しかも花には短いながらも種と同じ効力があった。少年はそれを売り金に換えることにした。これが勇気の花屋創立の話だと少年に語った。
一息つくとマヒロは問いに答えた。幼い少年には聞き覚えのない単語もたくさんあったのか少年の顔は浮かない。
「分かりやすく言うと勇気の種をくれるなら十分すぎるほど花屋として見返りはある。だから代わりとして君の墓に花の効力がきれる7日に一回花を供えてもいい」
「本当に?」
「それで君がいいのなら」
マヒロが提示した条件に少年はコクコクと頷く。
「取引成立?」
「取引成立だよ」
少年は大きく両手を上げた。目には涙も浮かんでいる。
「ご期待に添えられて何よりだよ」
「ありがとう。おにいさん。でもちょっと気になったことを聞いていい?」
目尻に浮かんでいた涙を手でふき取り少年は最後の質問をマヒロに訊いた。
「おにいさんが花を育てられたのはなんとなくわかったけど、何で他の人は育てようとしないの?」
必然的な疑問。
まだ少年だったマヒロが試したことをほかの子供、もしくは大人たちが試さないはずがないだろう。例えばマヒロや少年のように勇気の種を種として考えなくとも勇気の元がなんであるかを確かめ物体であるなら取り出そうとするだろう。そこまでマヒロの考えは特殊ではないはずだ。
「そうだね。多分、この種に合う水が分からなかったんじゃないかな」
「水?」
「そう水。この花はさ、水にうるさくて。たった1種類の水でしか育たないんだ」
「どんな水?」
「人が悔しいと思った時に、悲しいと思った時に流れる水だよ」
マヒロはそう答えると少年に耳打ちした。
「欲深な少年は、中々生えない花に自分の計画が失敗したと思って悔し涙を流したのです。さあ、それじゃあ種を貰おうか。大丈夫痛くはないよ」
少年は笑う。
「その少年は随分欲深かったんだね」
その二日後、商店街近くの病院で。小さな個室の住人が姿を消した。
エンジン音を立てて古びたスクーターは朝早く墓地を進み目的の場所で止まる。
「ごめんね、営業の前にしか来られなくて」
申し訳なさそうに青年はたどり着いた墓地の前で謝るとそこに花を一輪添えた。
「それじゃ、君の分もたくさん売らないとね」
しばらく手を合わせた後、青年は再びスクーターに跨った。
目的地に着いたら地声で一言。以前の営業よりも多い花を荷台に乗せ。
「勇気の花。売ってます」