7 戦う理由
そりゃそうだ。俺だって、すぐに承諾するとは思わなかった。他の誰かに誘われても、協力はしなかったと思う。圭太だから、協力することに決めた。条件が唾液とか汗じゃなくて良かった。血液は痛みが伴うけど、献血みたいで気分的にマシだ。涙は自分の条件だから、受け入れられる。でも、唾液と汗は無理だ。唾液ってキスでもするのか。汗は出せと言われて出せるものでもないし、舐められるのは気持ち悪い。
ふっと苦笑いが漏れた。
「一郎が決めたなら、私は反対しない。でも、1つだけ教えて」
「何だ?」
「あなたがそこまでして取り戻したいものって何?」
自分が訊かれたら困るから訊かなかったことを、汐里はあっさりと訊いた。この戦いに参加する理由。そういえば、さっきのジャージ男の取り戻したいものって何だったんだろう。皆それぞれ違うだろうけど、大切なものには違いない。大切だからこそ、戦いに参加するんだろう。
それなのに、俺は。何のために参加するのかわからない。いや、わからないからそれを知るために参加するのか。
ちらりと汐里に移した視線を戻し、圭太は息を吸った。
「元気な妹を取り戻すためだ」
「元気な妹?」
「意識不明で入院している。1年前から、ずっと」
チリッと頭に痛みを感じた。同情じゃない。そんな感傷的なものではなく、知っている痛みだった。
この痛みをどこかで感じたはずだ。もっと強い痛みを、いつ、どこで、何があったんだ。痛みだけを覚えていて、何があったか忘れている気がする。
俺が何も言わないのを訝りながらも、汐里は腰に手を当てて頷いた。
「うん、その理由は良いね。相手の核を奪ってでも、相手を犠牲にしてでも叶えたい。直接的に自分のため、じゃなくて間接的なんだね」
「そういうのもあるのか」
取り戻したいものは、自分のものだと思っていた。自分が幸せになるために取り戻したい他人のもの、もあるのか。どちらも自分のためだけど、自分だけの幸せじゃない。
そういうことなら、俺のことは後回しで良い。
「じゃ、あとは帰りながら話しましょうか。圭太、今日は一郎の家に泊まる?」
「は? 俺は良いけど、一郎の都合は」
「大丈夫。親は仕事で遅いし、俺と汐里がメールしておけば信用してくれるから」
まだいろいろ話したいことがある。もう戦いは始まっているんだ。なるべく早く、これからのことを決めたい。それにしても、今日出逢って、協力することになった人を家に泊めることになるとは思わなかった。親は俺からのメールだけだと心配するかもしれないけど、汐里も送ると信用してくれる。これも汐里のせいになるか。おかげ、とは言ってやらない。
「それなら、泊まらせてもらう」
呆れたように笑った圭太は、素早く携帯電話を操作した。俺は家に着いてから連絡すればいいか。
誰かが家に泊まるのなんて、いつ以来だろう。従兄弟も小学生の頃は泊まりに来ていたけど、高学年になってからは会うことも少なくなった。メールで遣り取りすることはあるけど、今はどんな顔や体型になっているか知らない。
クリーガーにならなかったら、戦いに参加しなかったら。こんなことは思わなかっただろう。
「じゃあケータ、イチローをよろしくね」
「ああ。で、なんだその馬鹿っぽい呼び方は」
「特別な呼び方って、仲良しって感じがしない? ニックネームは恥ずかしいから呼び方を変えて」




