4 公園
「ちなみに条件の摂取は微量でいい。どれだけ多く摂っても効果は20分程度だ」
「ああ、それだと我慢できるかも。負けるよりはマシだし」
「自分で参加することを決めたんだからね。それくらい我慢しなさい」
汐里が背中に拳を当てた。地味に痛い。本人は軽く当てているつもりだろうけど、もっと手加減してほしい。普通の女子の力じゃないんだから。
「それに、条件を貰う方もだけど、あげる方も気持ち悪いでしょ。『命がかかってるんだ、唾液をくれ』って言われて唾液をあげる人なんている?」
そうだ。貰う方ばかり考えていたけど、あげる方も気持ち悪いに決まっている。体液を欲しがるなんて、変態に間違われても仕方ない。そう考えると、汐里がいて本当に良かった。
そういったことを乗り越えてでも、取り戻したい何かがある者がこの戦いに参加するのだろうか。俺みたいに、深く考えないで参加した奴もいるだろう。
きっと、圭太は全部考えて参加を決めたはずだ。
「まあ、君は可愛いからな。可愛い子の体液なら良い、っていうヤツもいるだろうな。クリーガーじゃなくても」
「あー確かに可愛い顔だとは思うけど」
今度は強めに腕を殴られた。本気で痛い。きっと痣になっている。周りから見たらじゃれているように見えるかもしれないけど、汐里の拳は重いから見た目より相当ダメージを負う。俺と汐里の遣り取りを見て何を思ったのか、圭太は口の端を上げた。
「研究所で彼女のこと、何か言われなかったか?」
「特に? 俺より汐里の方が食い付いてたから」
「一郎が事の重大さを理解していないからよ! 今だって……もしかして、ここが言ってた公園?」
角を曲がると広場が見えた。木が生い茂っていて全体的に薄暗い。木漏れ日は少ししかなく、木の無い中心部だけは明るかった。遊具はいくつか撤去された跡があり、残っているのは鉄棒と砂場だけだ。ただの広場に見えるけど、入り口には公園と書いてあるから圭太は公園と言ったのか。
人通りが少なくて、広い場所。その条件が満たされている。中には入らず、入り口の前で立ち止まった。
「ああ、ここに条件を摂取して準備万端のクリーガーがいた。体液は採取してから24時間保存できるから、持ち歩いているのかもな。お前も準備するなら今のうちに」
「みいつけた」
上から聞こえた声に、汐里を背後に追いやって対峙した。まさか木に登っているとは思わなかった。薄暗くてよく見えない。声で男だということはわかったけど、どんな体格なのかがわからないのが不安だ。キラリと何かが光った。よく見てみると、腕時計を向けてきたのが見えた。
向けた先は圭太だった。こいつが前に会ったクリーガーか。「見つけた」と言ったのは、圭太のことだったんだ。
「フェスト」
男が宣言したとき、圭太は俺の背後に入っていた。時計は俺に向けられている。言葉に反応するかのように、腕時計が熱くなった。俺が、戦闘相手に選ばれた。
そうだ、これが戦闘開始の条件だ。
「汐里!」
「わかってる!」
汐里が握ってきた手に、濡れた感触が残った。さすが汐里。泣くのが特技だと言っていただけのことはある。
手に残った水滴を口に入れた。また、あの感覚が体を支配する。それは一瞬のことで、すぐに構えの体勢をとった。それにしても、木からどうやって降りてくるんだろう。上からの攻撃なんて、不利なのに。
戦闘条件に、攻撃は武器を使ってはいけないというのがある。つまり、上からの攻撃は飛び掛かるくらいしかできない。そして、俺にとってその方法は反撃しやすい。
「ケルン一つもーらい!」
思い切り高く跳んだ男は、蹴り技を繰り出そうとしていた。でも、高く跳びすぎて落ちてくるのに時間があった。その時間は、移動できる時間でもあって。
軌道修正できない男の予想落下地点に立って、落ちてきたところに脇腹を思い切り回し蹴りした。