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「――道春くん、今日のご予定は?」

「クラスメートの家で勉強」

「なん……ですって……」


驚愕し、崩れ落ちる母に朝から体力を奪われつつ。

早めに用意してもらった昼食をさっさと食べて、12時に家を出る。

若干早くつくことになるけれど、待つだけなら構わない。

ジーンズにポロシャツ。通学にも使ってるショルダーバッグ。

なんら目立たない普通の空気キャラである。それは私服でも変わらない。


ただ、私服で電車に乗るのは割と久しぶりである。

普段外に出るのは学校に行くぐらいで、その時は当然制服だから。

エアコンがガンガンに効いた車内は少し肌寒く感じた。

いつもはTシャツと開襟シャツの2枚だから、余計にかもしれない。

少しだけ目の覚めるような思いをすることになった。






「来てくれて、ありがとう。今日もよろしく!」

「……うん」


カーゴパンツにTシャツにパーカー。活動的な感じ。

少し早く着いたはずの俺とほぼ同じタイミングで、西岡くんは現れた。

駅前に適当に止められた自転車を引いて、案内されるままについていく。

……いつも、学校に向かう道を少しそれて、左。そのまままっすぐ。

学校と駅との位置関係は、45度の直角三角形だと推測出来た。


「……やっぱり、いつもは送ってくれてたんだ」

「あーうん。まあ」


若干、困ったように言葉を濁して、俺を見ようとはしない。

何か言いにくいことでもあるのかななんて思ったけれど、追求は止めておく。

言いたいことがあるのなら、自分から言ってくれるだろうし。

そうじゃなくても、悪いことではないとなんとなく思ったからである。

すると案の定、頭を掻きながら少しぶっきらぼうに言葉が向けられた。


「――話してみたかったんだよ。吉野くん、自分のこと喋ってくれないし。

 どんなこと考えてるのか、とか。教えるの嫌がってないか、とか」

「……割と楽しんでるし、嫌がってなんかはないけど。

 俺、そんなに自分のこと喋ってない?」

「んー。俺の感覚では、だけど」


そんな積もりはなかったけど、西岡くん的にはそうらしい。

……いや、自分のこと喋るといっても、一体何をという話である。

隠しているつもりは全くないし、割と素直に心を開いているとも思うのだが。

それが伝わっていないというなら、それは少し悲しい気もする。


「――繰り返すけど、嫌ではないし、楽しいよ。

 あまり人と話すのは得意ではないけど、君なら苦にはならない」

「……うおー。なんか、すっげえ嬉しいな、それ」

「…………それは、良かった、のかな」


西岡くんは、少し顔を赤くして息を吐いていた。

なんだか良くは判らないけれど、嬉しいならそれでいい。

……もう少し、思っていることは口に出していこう。そう思った。






「ただいまー」

「……お邪魔します」


駅から10分足らずの道のり。

庭に置かれた4台の自転車が目を引いた。

その内の2台は比較的小さく、多分弟さんたちのものだろう。

玄関を潜った先にも、バットやボール、アウトドアなグッズが並ぶ。

元気がいい子たちなのかな、と思っていると、奥からだだだと足音が近づいてきた。


「お帰りなさーい!」

「こんにちはー」

「……こんにちは。お邪魔します」


先に駆け込んできたのは、小さな方。後に中くらいが続く。

元気よく西岡くんに小さい弟さんが飛び込んで、その勢いに少し驚いた。

その横から、大人びた感じのする2人目が、俺に挨拶をする。

大体俺の肩に頭が来るぐらいだろうか。20cmと少し小さいぐらいである。


「留守番ありがとなー。もういいぞー」

「うっし!」

「……じゃあ行ってくるね」


西岡くんが頭を撫でると、入れ替わるように玄関に。

バタバタと慌ただしく、靴を履いて飛び出す小さい方の弟さん。

その背中を目で追いながら、大きい方の弟さんは、俺に向く。


「――その。兄さんに勉強を教えてくださって、ありがとうございます。

 多分、大変だとは思うのですが、今日もよろしくお願いします」

「あ、はい。頑張ります」

「それじゃあ失礼しますね。兄さんも頑張って」


なんとも賢そうな感じに呆気にとられていると、スタスタと家を出ていく。

――え。幾つなんだろうか。物凄くしっかりして見えるのだが。

俺と西岡くんより頭一つ小さな背丈は、150cmぐらいだろう。

意表を突かれて、立ち尽くしたまま、説明を求めて西岡くんを見た。


「……あーうん。取り敢えず、俺の部屋に」

「…………判った」


照れくさいとか、色々な感情がごちゃまぜになった感じ。

そんな西岡くんに、なんとなくこの兄弟の関係が判ったような気がした。






「――お兄さんしててびっくりした」

「……あぁうん」


案外こざっぱりと片付いた部屋。折りたたみのテーブルが光る。

グラスに注がれたコーラを、手に取るだけで飲むことはなく。

玄関前での会話について、軽く触れてみる。


小さいのが小学3年生の直紀くん。大きいのが小学5年生の智之くん。

目の前にいる西岡くんとは、少し歳が離れている。

「なんというか、あのまんまなんだ」と西岡くんは照れて笑った。


「直はひたすら元気で騒がしいんだけど。

 智はあんな感じで。ダメ兄貴と賢い弟みたいになるんだよ」

「……礼儀正しくて、びっくりしたよ。すごくいい子だなって思った」

「マジで?マジで?弟褒められると嬉しいなぁ」


えへへ、と顔を崩す。本気で嬉しそうである。

いや、確かに智之くんの礼儀正しさには驚いたのだけど。

それ以上に驚いたのは、西岡くんがちゃんとお兄さんをしていたことである。

なんというか、声に責任というものを感じた。落ち着きを感じさせる声だった。

直紀くんとの短いやりとりしか見ていないが、ふと思いいるものがある。


「――頑張れって言われてるしね。努力しようか」

「おう。これ以上弟たちに、みっともねえ兄貴でいられないからな」


そう言って笑う西岡くんは、いつもよりもしっかりして見えた。

……なんとなく、真剣さとか真面目さの源はここなんだろうな、と思った。

ご両親がいない間面倒を見なくてはいけないから、実のある真面目さというか。

地に足がついている、ふわふわしていない真剣さがあるのだろう。

――――ちょっと、いろいろなことが羨ましいなと思った。



5時ぐらいまで、ほぼ休憩なしでノンストップ。

残るは僅かと言えなくもない程度まで、数学の解説は進んだ。

雑談がてらに明日と明後日も来ることを確約。この3日で終わるだろう。

帰ってきた弟さんたちと入れ替わるように、駅まで送られた。

いいよと言ったけれど、道も少し不安だったので、ありがたくはあった。


次の日も、またその次の日も午後1時に待ち合わせ。

どちらも少し早く着いたのにも関わらず、既に西岡くんは待っていた。


敬老の日に2つの数学が終わり、生物に取り掛かり始める。

そこまで範囲はないから、一度学校でも教えればそれで範囲は終了だ。

そうなれば、2週間分の時間を対策に費やすことができそうだ。

……特に数学は、テストのような形で問題演習ができればいいのだが。

同系統の新しい問題に対応できるかが、点数の分かれ目だと思う。


3日目に、智之くんに頭を深々と下げられたり。

家に帰ると母さんが、家にひとり残されたことを嘆いていたり。

月曜日の夜には、小説の定期更新をしておいたり。

普段と違う日常が、いつもと同じように過ぎていくことを不思議に思いつつ。

西岡くんの勉強は着々と前に向かって進んでいった。






9月17日、火曜日。三連休が明けた日。

着実な歩みを見せる勉強は、今日の生物を終えたら本格的なテスト対策に移る。

現国は教科書への書き込みの再確認。理解が足りているかの確認。

古典と英語は漏れがないかを確認してから、理解度の確認。

生物現社日本史の暗記教科は、今までの基礎を元に流れと補足の嵐。

そして、数学2つは――。


「――むむむ」

「どうかしたの?」


4日ぶりとなる図書室の定位置。

テスト範囲も配られたことで、図書室も少し騒がしくなった。

俄かに人が増えたが、二人が座る場所さえ確保出来れば構わない。

そんな中で、唸っている俺に西岡くんが心配そうにする。

勿論この唸り声も、理由は目の前にいる彼が原因であった。


「……生物が終わりに近づきました」

「あと大問3つだね」

「そのあとは、テスト対策を始めますが、しかし」

「しかし?」


困ったことに気がついたのは、古典の授業中だった。

ノートの片隅に、落書きついでに対策の計画を練っていたのだが。

……落書きそのものは別に問題はない。空気は先生に怒られない。

そこそこ点数を取る陰キャラは、例え上の空でも突っ込まれすらしないものだ。

最前列で、授業中ずっと外を眺めていても怒られなかったから判る。


それはともかく。気づいた問題は、数学に関わることである。

現状までに問題集の範囲は、丁寧に解き方を発想から教えてきている。

西岡くんの努力もあって、問題集の問題だと割りとあっさり解けてしまう。

……こうなると、彼の実力を測りにくいというか。

もっと多くの問題に触れさせて、対応力を上げるべきだと思うのだけれど。

その問題をどこから持ってくるのか、という話である。


まだ解いていないような問題は、正直手元にはない。

だから問題集の問題の数字を変えたり、出し方をアレンジするとか。

或いは、新しい問題集を買ってくるなりしなければいけない。

前者はどう考えても、俺の負担が大きすぎるし、本当に無理すぎる。

だからといって、このためだけに新しい問題集を買うのも気が引ける。

……流石に心配そうな視線がキツくなってきたので、説明しようか。


「……数学の演習をさせてあげたいのだけど。

 残念ながら、適切な問題が手元に残っていない」

「数学?」

「そう。応用の練習に、新しい問題に挑戦してもらいたいけど。

 どうしようか悩んでいる。別の問題集を買うしかないかもしれない」


お金をかけて勉強するということは、ちょっと嫌な感じ。

可能ならあるもので教えるのが正しいとは思うのだが、しかし。

問題の数字や条件を変えて、かつ適切な難易度にして並べる。

そんなことは気軽にできるわけがない。死ぬ。死ぬ。真面目に。

俺の苦悩にも関わらず、西岡くんはなんとも気が抜けた表情で口を開いた。


「――――やったことのない問題があればいいの?」

「うん。もし、心当たりがあるなら、聞かせて欲しい」

「……いや、心当たりっつーか。先生に聞けばいいんじゃね?」


……なんだと。気軽に言ってくれやがる。

そりゃ間違いなく、他にも問題集を抱えているだろうけれど。

「問題集貸してください」とでも言えと。それって特定の生徒への肩入れな気が。

まあ、西岡くんは肩入れしなければどうにもならない生徒でもある。

それでも先生に頼ることに気が引ける俺に、西岡くんは続けて言う。


「ダメ元ダメ元。昔のプリントとかでもいいわけっしょ。

 案外くれるかもよ」

「……そんなに言うなら。生物終わったら、行ってみようか」

「おう」


なんか、先生を利用するようであまり乗り気にはなれない。

それでも先生たちに目を掛けられている西岡くんが、そう言うのだし。

少しもやもやとした感情を抱きながら、残りを片付けた。

……長引けばいいと、頭のどこかで少しだけ考えながら。






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