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「……なんで?」

「なんで、と言われても……」

「どうしてこんな式が出てくるの?」

「……うーん」


9月10日、月曜日。

これまでの2日間と違って、答えられていないのは俺の方である。

土日をかけて準備したはずの数学は、一時間も経たずに行き詰ってしまった。

今の問題の解答は、用意したはずの俺のノートには記されていない。


今回教えているのは数学IIの範囲。微分積分の基本である。

問題としては、あくまで高次方程式の延長。

“微分したらどんな式が出るか”さえ判れば、後は難しくはないと考えていた。

実際に俺は、問題集をなんとなくでポンポンと答えてしまっていた。


最初は良かった。そんなに難しくない、ただの公式の応用だったから。

だけど、段階が進むにつれて。複雑になっていくにつれて。

少しづつ答えにくくなって、ついには“なんで”に答えられなくなった。


こうなるから、こうなる。判っていないわけではない。

けれど、感覚的な理解だけで問題に答えられてしまうから、言葉にできない。

根本的な理屈を聞かれてしまうと、焦った思考では答えられなくなった。

“なんとなく”こうすれば答えが出る気がする。実際に出る。

じゃあなんで、それが答えに結びつくのか。


道のりは既に見えているけれど、その選択理由が判らない。

俺にとっては問題ごとに、どの道を歩めばいいのかは判断がつく。

だけど、教えられる側に取っては、“なんでその方法なのか”。

判断理由こそが一番教えて欲しいことであると、ようやく気づかされた。


「――ごめん。俺の勉強不足だ」

「……や、本当謝らないで! 

 教えてもらってるのは俺なんだから!」


結果は、サレンダー。降参。力不足、役者不足。

古典や英語と違って、本当に教え始めた途端にこれである。

何が土日で教えられるように準備する、だ。馬鹿馬鹿しい。

これじゃただの自己満足ではないか。何にも判ってないのは俺の方である。


「明日。もう一度挑戦させてください。準備不足でした。

 ……今日は別の教科を」

「……判った。……バカで、本当にごめん」

「君は馬鹿ではないです」


そこだけは、絶対に否定させてもらう。

今回は間違いなく俺の責任だ。何故出来ないのか、考えてもいなかった。

そもそも、自分で解けるだけで何を教えようというのか。

精々が解き筋が間違っていないかを見るだけで、解き方なんて教えられない。


どれぐらい出来ないかは、テストで把握していたはずだ。

最初の取っ掛かりの時点で出来ていないのは判っていたのに、何をしている。

虫唾が走る。吐き気を催す。何を勘違いしているのだ。

――――挙句、教える相手に申し訳なさそうにさせて、何様だ。


「――君は、馬鹿ではないです。

 理解している問題は、ちゃんと答えられています」

「……そんな」


持ってきてもらったノートを一目見れば、判る。

一生懸命、理路整然とまではいかないが、丁寧なノートの取り方。

基礎問題でも俺が言った通りに、細かく計算過程を書いてある。

テスト範囲と予測される最後までは、IIもBも辿り着けていないが、十分だ。


確かに複数の公式を組み合わせたり、記述から情報を読み取れてはいない。

だけれど、それでも必死に考えた姿はノートからでも伺える。

最初の式が立てられている問題は、遠回りもあるが最後まで行けているのだ。

これを馬鹿だと言うことは、俺は絶対に認めたくない。


「どうやったら解けるのか。何が必要なのか。

 それが判れば君は答えられている。だから、これは俺の準備不足です」

「……」

「明日には、絶対に判るようにしてみせます。

 ――――だから、今日は切り替えていきましょう」


そう言って、泣きそうな顔をする西岡くんに、笑ってみせる。

滅多に動かさない表情筋が引き攣るようだ。上手くは笑えてないだろう。

……悔しい。本当に悔しい。自分の馬鹿さが、自分の考えのなさが。

そして何よりも。西岡くんの真剣さに答えられなかったことが。

――――――――ついでに、逆に気を使われてしまったことも。






一度の失敗で挫けるほど、俺は弱くない。

弱くないというか、一度で折れるなんて申し訳ないことはできない。

俺の引きつった笑顔を見て、いつものように明るく振舞う西岡くんに。

薄く取り繕ったその下に、色々な感情を隠している西岡くんに。

俺は、みっともないところなんて、これ以上見せたくなかった。


気を取り直して。実際には、お互い落ち込んだまま。

始めた次の教科は現国。今回は小説が二つと評論が一つ。

二学期制だから、一々のテスト範囲が広いのがこの学校の問題である。

とはいえ、それを嘆いても今は何も変わらない。


まず最初にやり始めるのは、全体の展開の把握である。

小説であるならば、最初の状況が、誰の行動で、どう変わったか。

評論なら問題提起と現状説明、一つ目の意見とそれへの反論。そして筆者の考え。

文章の内、どの部分がそれぞれの内容に当たるのかを把握すること。

特に評論は、段落の最初の接続詞に着目しておくべきだ。


全体像を把握しておくメリットは、読み返す必要がなくなることである。

「これらの中から筆者の考えを最も的確に表現したものを答えよ」

そんな最後の最後にあるような問題にも、準備していればすぐに答えられる。


そのあとは、文章の中で重要となる部分の理由を把握すること。

なぜその行動を起こしたか。なぜそう感じたか。なぜそんな意見を言うのか。

これら全てを「~だから」と答えられるようにしておく。

また、指示語は全て、指示先を抜き出せるように、よく読み込んでおく。

全ては教科書に直接書き込んで、テスト直前にも読めるように準備する。

……つまり、時間がかかる問題の解答を先に作っておくだけのお話。


更に万全を期すのであれば、全体の要約を100字で書く事。

各段落も同様に、できる限り短い文章で、同じことを言えればなお良い。

考えるだけではなく、把握しておくだけではなく。

実際に書くことを通して、作者・筆者の表現意図を理解するのである。

まあ余裕があったらやってもらおうかな、というレベル。



「――――こんなもんで」

「うおお、なんかすげぇ。

 良く、こんなテストで聞かれそうなこと考えられるな!」


一通り終わって、今日もまた5時を半分ほど過ぎた頃。

終了を宣言すると、なんだかまた俺を褒め出す西岡くん。

流石に、一度ケチが付いているので、あまり素直に受け止められそうにない。

というか、マジごめんなさいの領域。凄いのは君の方でした。

なので、若干憮然とした口の聞き方になるのは、ある意味必然である。


「……大体、聞かれそうなのって、予想つかない?」

「……………………すっげぇなぁ」


――あれ。なんかもしかして、俺の感性がズレてたりするのか。

いやでも比較対象が西岡くんである。だって西岡くんである。

参考には、残念だがならない。なんとも悲しい話だ。

だが、それをともかくとしても、今後は少し気を付けた方がいいかもしれない。

俺が当然知っていると思っていることが、そうでないとしたら、面倒だ。


別にみんなが同じぐらい出来るだなんて考えたことはないけれど。

今まででも伝え損ねていることが、既にあるような気がしてならない。

……思い浮かんだら、また確認することにしよう。

今日の宿題は、数学の続きを終わらせてくること、とした。






そのまま帰路に移り、今度も昇降口で待っててと言い残される。

数分後に、金曜日と同じように、西岡くんは自転車を引っ張ってきた。

……脳裏に、駅とは真逆に自転車をこぐ姿を浮かべる。


「お待たせ」

「……西岡くん、家はどのあたり?」

「……この辺だよ?」


なんで?と言わんばかりに首を傾げて俺に問う。

いや、なんでと言いたいのは俺の方だ。

もしかしたら、どこかに行く用事があったのかも知れないけれど。

それでも真逆って。来た道を戻っていったのはどういうことだったのか。


だけど。問い詰めるのもあれな気分になって、口を噤む。

もしも今日も戻っていくならともかく、気にすることでもないかもしれない。

まあいいか、と思って「いや大したことじゃない」と歩き始める。

俺の隣に並ぶように、自転車を牽く西岡くんは近寄ってきた。


「――吉野くんは?」

「……?」

「どこに住んでるのかなぁって」

「……中原市」

「……………………遠くね?」


そう思うのも、ある意味当然かもしれないな、と。

実は、学校のある笠田市とは一つ間に置いて、隣接すらしていなかったりする。

直接線路がつながっているわけでもなく、住む場所によっては乗り換え必須。

西岡くんの反応が遅れるのも、至極当然かもしれない。


「……いや、電車で20分と自転車20分。

 中原市の端っこだから、案外近い」

「ああ、それなら」


余裕で通えるか、と納得のいった様子。

家から自転車で20分走って、そこから電車に乗るわけだ。

坂道も特になく、大きい道を通るから道幅にも問題はない。

大した苦労もせずに毎日通えている。


「……それにしても珍しいね。

 この学校、殆ど地元か、この沿線上なのに」

「……まあ。同じ中学の人はいないね」


中原市が学校の多い市だから、尚更である。

偏差値的にも同等や少し上か下の学校があるので、ここにはこないだろう。

なにせ中原市の中央からここに来ようとすれば、2回乗り換えで1時間超。

大抵は、すぐ近くの学校を選ぶことになる。

俺の数少ない友達も、市内の学校に進路を決めていた。


「遠いのに、毎日引き止めてごめんなー」

「……どうせ、本読んでるだけだし。構わない」


敢えて言うなら、遠慮しないで欲しいぐらい。

だけどそれを言うのは、流石にはばかられたので、止めておく。

……更に数分後。今日もまた、西岡くんは来た道を逆戻りしていった。

その背中を見送ってから、俺は改札へと階段を上っていった。






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