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午後9時。夕飯と風呂を済ませ、部屋に戻った。

短い髪を自然乾燥に任せながら、机のパソコンに向かう。

夜だけ付けているエアコンも、汗をかかない様に全力運転。

これから始める黒歴史生産作業を円滑に進めるためである。


外付けHDD、勉強フォルダ→授業フォルダ→英訳の中に隠したtext。

「大物」と名前を打たれたそれを、かちりかちりとダブルクリック。

textファイルとしては、218kbと名前の通り大容量のそれ。

その中に書かれているものは、当然のように勉強のものなんかではない。


10万を超える文字の羅列は、ある意味で意味なんかない。

これはただの自己満足で、ただの自己顕示欲の現れだ。

決して現実の何かに繋がることはなく、時間の浪費に過ぎない。

それどころか、いつかこれを書いたことを後悔する日がくるだろう。

程度の低い妄想と、未熟さが織り成す黒歴史。――所謂、ネット小説である。


書き始めたのは、夏休みが始まって間もない頃だ。

課題など手渡されたその日から手がけて、休みが始まる前に終わった。

やらないほど不真面目でなく、コツコツやるほど真面目でもない。

生まれて今まで協力して勉強などしたことなく、この夏も同じであった。

気が向いている間に終わらせる。いつものことである。


休み明けのための予習も、やり始めて一週間で飽きた。

時間のかかる英語と古典も、今の授業速度なら後2ヶ月は持つだろう。

これ以上進めると、実際の授業の頃には内容をあらかた忘れているはずだ。

かと言って、受験勉強を始めるほど、現実を見つめるつもりもなかった。


さて困ったのが、ついにやることが無くなったということ。

部活に所属などしておらず、遊ぶ友達もいない。

ゲームに逃げ出そうにも、資金不足と母さんの生暖かい目が怖い。

あと一ヶ月、何をしようと悩んで、悩んで、悩むのにも飽きた。

もうそろそろ自分の根気のなさに呆れてきた頃に、俺は見つけた。


日課となっていたネット巡回、その中にはネット小説も含まれる。

楽しみにしている小説の作者が、後書きで高校生なのが判ったとき、閃いた。

“自分語りうぜぇ!”……じゃなくて“素晴らしい暇つぶしだ”と。

俺に書けるのかと不安にもなったが、論ずるより為すが早い気がした。



小説そのもののコンセプトは“俺にも書ける”だ。

宗教や、政治や、戦争。そんな難しいものをとにかく避けた。

学校ものも恋愛ものも、俺の薄っぺらい人生経験では無理だ。避けた。

ホラーやコメディも、雰囲気を描ける技術なんて持ち合わせていない。避けた。


初めに現実から逃げて以降、色々避けた結果がファンタジーである。

それも、ジュブナイル。少年の成長物語。ハッピーエンド。

手垢が付きまくっているからこそ、お手本は幾らでもあるわけで。

既存のものを組み合わせ、それを俺にしか出来ないまとめ方をする。

要は、俺が読んでみたかったものを作ればいいんだ。


転生はしない。憑依もしない。

チートはなくて、逆チートもない。

戦いなんて書けないから、魔王を倒したりなんかしない。

ハーレムも奴隷もエロもグロも百合もケモもMCもなく。

ただひたすらにジュブナイル。

そう考えて、大まかな流れだけで書き出した。


現代日本から召喚された少年が、旅をするお話。

短い朝と長い夜で分けられた世界で、人々は生きるために結界を作った。

結界は長い夜を一つの地域に集めることで、他の場所に朝と昼を創りだす。

だけど、その結界は一年に一回貼り直さなければならない。

そのためには夜を貯める宝玉を、夜の領域に持っていく必要があった。

朝と夜の住人は宝玉に触ることはできず、夜の住人は朝の領域では生きられない。

そのため、どちらでもない誰かとして呼ばれた少年の旅が始まる。


イメージしたのは近世ヨーロッパ、ヴィクトリア朝が始まる50年ほど前。

産業革命の早期、都市に人が集まる理由が出来た頃。

少年は、王国から工業都市、農村地帯、そして僻地の山岳地帯へと旅を続ける。

戦いはなく、魔法もなく。ゆっくりと、ひたすらゆっくりと。

旅の中で出会った人と積んだ経験が、辛くなる旅で成長を実感させていく。

山道や野宿にも慣れ。携帯食にも、そのままでは飲めない水にも慣れた。


主人公もイメージしやすいよう、身近なものをモデルにした。

というか俺だ。俺にとっての判りやすさを重視して、俺だ。

苦手なことはないけど、何にも真剣になれない、人付き合いの苦手な少年。

真剣に生きる人を見て、生きることの重さを知って。

“僕”は真剣になることを学んでいく、そんな感じのおはなし。


大体、ライトノベル一冊分くらいを目標にした。

具体的な文字数で言うと、10万字を少し超える程度の文量だ。

夏休みが終わった今になってみると、大体10万9000字。

後は夜の領域を駆け抜けて、結界を貼り直せばエンディングである。

夏休みのあまりの暇さが生んだ、形となった黒歴史。


黒歴史、と自分で自覚しているのは、抑えが効かなくなったからだ。

最初は書き上げるだけが目標だったのだが、書き始めると案外進む。

2万字、3万字と積み上げられていく文章を、誰かに評価してもらいたくなった。

いやいやいや。黒歴史黒歴史。しかし、妖精さんがいたずらをした。

画して投稿されたこのおはなしは、ちょっとだけ読者もついて感想も来た。


「古臭すぎて、逆に新しく感じる」

「幼い文章が児童小説らしくて雰囲気にあっている」


……うん。多分きっと、好評だと言っていいのだろう。

素直に、褒めている、と受けきれないのは俺が神経質だから。

――ともかく。ここまで来たのだから、どうにか完走したい。

続きを書き始めるべく、借りてきた針葉樹林の本を開こうとして。

……つい数時間前、夕方にあったことを思い出した。


「(――――勉強、教えて?)」

「…………………………oh!」


やっば。まっじヤッバ。これぱねぇすよ、ヤバさ。

話したこともなかったクラスメートに、これから一ヶ月勉強を教える。

どうやって、なにを。何も考えてなかったことに気がついた。

唐突に冷えた体がぎしりとなる。とりあえずクーラーの風量を緩くした。


「……どうしよう」


いや、本当に。どうしたものなんだろうか。

あの時は、何故かできると無責任にも思ったが、とんでもないことである。

衝動的に引き受けてはしまったものの、人にものを教えたことなんて、ない。

対多数とは言え、教えるプロである先生でも駄目であったのだ。

これはちょっと、小説を書いてる場合ではないかもしれない。


「断れ……るだろうけど」


正直、口約束である。それも相手は無理難題だと理解している。

それこそ、これは受けたときと同じように、俺の良心の問題があるだけだ。

この際、クラスでの立場とかは考えない方針で行く。

勝手な思い込みかもしれないが、断ったからといって仕返しなどないだろう。

多分、いい人。多分、善人。多分、物凄く凹むだけだと思う。


「……」


――うん。やれる限りのことはやりたい。

一度引き受けたのだ、無理でない限り責任を果たしたい。

というか、断った時に、ものすごく凹みそうで、断りきれない気がする。

俺も流され体質である。これはきっと異世界召喚にも巻き込まれるに違いない。

ならば。……俺に出来ることをちゃんと考えていかなければ、不誠実な話だ。

時間が無限にあるわけでもないし、内容もある程度は絞らなければならない。


「……全教科」


そうだ。全教科教えるといっても、目標はあくまで定期テスト平均点である。

範囲はある程度決まってくるのだから、対策さえできれば簡単な話だ。

対策に必要なのは、時間とやる気。やり方は効率の違いにしか影響しない。

テストまで、日数も日々の時間も十分あるだろう。

平時に毎日3時間勉強できるのだから、やる気がないわけでは、ないのだ。

ならばそれこそ効率性の問題が、問題の全てなのかもしれない。


……古典。英語。今日やっていたのは、古典だったか。

確か予習に時間が取られてしまって、他の余地がないと言っていた。

ならば、普段どうやって予習をしているのかを確認する必要があるだろう。

毎日3時間も古典と英語の予習だとしたら、どれだけ効率悪いって話だ。

その調子では、他の教科のテスト対策なんて手が届かないだろう。


でも。もしも、他の教科が手が届かないわけでなかったら?

時間が足りてない以外の、もっと大きい理由があるかもしれない。

もしも、数学を前の単元から教えるとなれば、時間が間に合うわけもない。

客観的に、何ができないのかを判断できればいいのだが。

だからといって、診断することなんて、実際に問題を解かせるぐらいしか。

どうやってそんなものを用意…………しなくてもあるじゃん。


「――――テスト」


テストだ。定期テスト。

定期テストの平均点が目標なんだから、それを確認すればいい。

どんな問題が答えられて、どんな問題が答えられていないのか。

回答の癖は、そのまま勉強の癖を推し量る材料になる。

それさえ判れば、ある程度方向性が纏まってくる、はずだ。


「なら」


とりあえず、テストで何が出来ないか、勉強の癖を把握すること。

それと同時に、予習に時間が掛かりすぎるのを解決すること。

幸いながら、俺は夏休み中の予習の貯金がある。

聞かれても答えられると思うと、少しだけ安心感が湧いた。

俺の予習の仕方をそのまま教えて効果があるかは判らないが、やってみればいい。

とにかく、テストを確認しなければ、話が進められない。持ってきてもらわないと。


「……メール。連絡しなきゃ……メール?!」


なんだと。メールだなんて、恐ろしい。

ベッドに投げ出されていた、ネットにしか使わないガラケーを手に取る。

受信履歴にずらりと並ぶメルマガと“母さん”の文字。他はない。

家族以外にメールなんて、いつぶりのことだろうか。

定期的にしていたのは中学以来な気がするが、気にしてもしょうがない。

震える手を抑えながら、不器用にかちかちと文面を作り、送った。


夕方、別れる直前に、交換したアドレス。

西岡くん、西岡浩太くんに向けられたメールは送信フォルダに入っていった。

送ってから、何か書き間違えはないかなと心配になって確認。

そもそもこんな時間に送ったのだ、夜にごめんとでも添えれば良かった。

ああ、なんでこんな俺はダメなんだろうと思ったとき、手元で携帯が震える。



From.西岡浩太

Title.了解

こんばんわ! テストちゃんと持ってくよ^^ 

引き受けてくれて本当にありがとう これからよろしくお願いしますm(__)m



一瞬、煽られているのかと思った。本気でビビる。

そういえばちょっと前に、“^^”は一般的に煽りではないと聞いたことがある。

その時は、まさかそんなと思っていたが、実際に目にすると怖い。

というか、それを除くとシンプルな文面なのになんだか爽やかで怖い。

リア充怖い。イケメン怖い。バクバク鳴る心臓で、返事を送る。



To.西岡浩太

Title.(non title)

こちらこそ宜しく。またあした。



どっと疲れた。あまりにも素っ気ない文章は、更なる返事の拒否である。

これ以上メールをやり取りしていたら、多分心臓がはじけて消える。

正直、こんな調子で人に教えることなんてできるのだろうか。

どんな教え方をしても、伝え方が悪いのではそれも意味がなくなってしまう。

……やめよう。できる限り、ゆっくり考えてものを話せばいいだけだ。

全部は、明日から始まること。今日はここまでにしておこう。


「――――とは言っても」


簡単に切り替えられるほど、器用な性格でもない。

開いたまま放り出されたtxtファイルの続きを書くような気分では無くなった。

今日は、続きを書けなくても仕方があるまい。

予約更新の手続きだけをして、俺はtxtファイルを閉じたのだった。

……代わりに、ネットの巡回を始める辺り、やる気が無くなっただけである。






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