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――最後の日。28日金曜日の帰り道。

俺は駅までの道を、西岡くんと共に歩いていた。

二人だけの勉強でなく、多人数の勉強会になってからでも。

この帰り道だけは、毎日同じように二人だけだった。


自転車をひきながら歩く西岡くんと、それに並ぶ俺。

例え西岡くんとの間に距離を感じたとしても、この時だけは変わらない。

……最初から遠慮されたまま。いつまで経っても近づいてくれなかった。

他のみんなが、時間とともに近づいてくれる中。

西岡くんとだけは、この20日間の中何も変わることはなかった。


「――お疲れ様」

「うん。君も」


掛けられる声は柔らかい。込められた優しさも。

最初は気づかなかったそれも、比較対象があれば判るようになった。

遠慮もなにもなく、俺からも気兼ねする必要がない森くんたち。

自由気ままだが、時々で調子を変えてくる神田さんたち。

そのどちらとも違って、ひたすら優しい。


別に腫れ物に触るという感じではない。それほどではない。

けれど時々、伸ばされた手が躊躇っているように思うのだ。

現実に手が伸ばされてきているわけではないが、そんな感覚がある。

……そこまで丁寧に、俺を扱わなくても大丈夫だというのに。

これはやはり遠慮と呼ばれるものだろう。なくなって欲しかった。


この距離を意識しているのは、俺だけなのであろうか。

話す会話が際立って変化したことは、今までにない。

勉強のこと。西岡くんのこと。俺のこと。とりとめもない話題。

今日この日まで、一日と置かずに繰り返したこの会話も。

……あとわずかの距離で終わってしまいそうだった。






「――あ、じゃあここで」

「あ、うん」


普通に歩いたら10分の道のり。

いくら話しながらでも、極端に長くなりはしない。

駅前、改札に上る階段の前。自転車でついてこれない場所まで。

いつものように、俺は西岡くんに見送られた。


「――土日も、ちゃんと勉強してね」

「…………うん。今まで、ありがとな」


まるで最後のような台詞を言う。……いや、最後なのかもしれない。

約束の期間は、もうこれで終わりだ。

テストが始まってから、今までのように教えることはないだろう。

ほんの少しの確認ならするだろうけど、集まったりはきっとしない。

だとしたら、これで最後。いつの間にか手を握りしめていた。


静かな表情で、穏やかに感謝を述べる西岡くん。

それはやっぱり、どこか寂しげなように思えて、すごく悲しかった。

俺のことを、遠いものを見るような目で、見ている。

現実の距離は手を伸ばせば届くようなもの。一歩踏み出せば十分なほど。

――それなのに、心の距離は埋まらない。


なんでこれほどまでに、距離を感じてしまうのだろうか。

何度も考えたことだ。そんなのは、すぐに答えが思い浮かぶ。

比較対象が出てきたこと。比べられる他のみんながいたからだ。

時間ごとに近づく距離は、“仲良くなる”という言葉を俺に教えてくれた。

……西岡くんとの距離は変わらないままなのに。

相対的に近づいてくるものがあるから、より遠く感じたのだ。


「……三週間、ほんとにありがとう。

 手間も、時間もとらせた。迷惑いっぱいかけた……ごめんな」

「ううん。楽しかったから、いいよ」


俺は楽しかったから。迷惑だなんて少しも思えなかったから。

色んなものを俺は知った。色んなことを考えた。

戸惑うこともあったけど、これはきっと楽しかったと言い切れる。

だけどそれでも。……西岡くんには、やはり負い目があるのだろう。


確かに毎日2時間は一緒にいた。

2時間の勉強のために、それに負けず劣らずの準備をしてきた。

西岡くんのために使った時間は、下手をすれば3桁に及ぶだろう。

でもそれは、俺自身が望んでやったことだ。迷惑でもなかった。


けれど、西岡くんにとってみれば負担だったのかもしれない。

俺が楽しみに思いすぎて、手間をかけてきたこと。

西岡くんにとっては、心苦しい思いをさせるものだったのだろうか。

それを重荷にしていたのなら、それはすごく悲しいことだと思えた。

――だって、それで西岡くんは俺に近づいてきてくれなかったのだから。


「……それじゃあ、俺も帰るな」

「……………………うん」


結局、俺と西岡くんの距離が縮まることはなく、西岡くんは背を向けた。

多分きっと、お互いに思っていることは同じだった。

もしかしたら、俺がそう思いたいだけなのかもしれないけれど。

……この距離を縮めることが出来たら。ただそれだけのことなのに。


気にしなくてもいいよ。そんな言葉は言い飽きた。

言われている西岡くんに、それを鵜呑みにすることが出来るわけもない。

例え俺が真実そう思っていても、それに頼らない人であるのは判っていた。

……けれど。西岡くんが遠慮しなくなるにはそれしかないのに。






――――ここで、ふと。

少し前に、似たようなやり取りをしたことがあるような気がした。

きっと気のせいではない。確かにあったことだと思う。

……それが何であるかを、俺はすぐには思い出すことが出来なかった。


スローモーションになった世界の中で、少し。

本当は一秒にも満たない時間であるのは、西岡くんの歩みで判る。

わずか数歩しか進んでいないその時間は、俺にとってはすごく長かった。

……そして。俺はその何かを思い出す。


(――お、れは。土日も、割と暇だよ)


あれは、確か。丁度2週間前のことだった。

勉強を教えられる日数が問題になった時の話。

どちらも解決方法なんて判っていて、それでも口に出すことが出来なかった。

土日も一緒に勉強するだなんて、解決法。

あの瞬間にだって思い浮かんでいた、なんて簡単な解決法。


(……俺も。俺も土日は暇だよ)


あの時と、今の状況は、根本は同じものではないのか。

西岡くんは遠慮していて、立場を考えても提案できない。

いくら考えていることが同じでも、お互いに提案できなければ、出来ない。

あの時は、どうしたんだっけ。どう解決したのだか。


――――あれ。なんだかおかしい。

あの時の解決法と、今の思考は一致しない。

なんだか大きな間違いがある、というか。不自然なぐらいの。

俺の認識は、ひとつの間違った“前提”を基に成り立っていた。

……………………西岡くんが近づいてくるという前提。


それは。距離を埋めることに、“絶対”に必要なことなのか。

いや、違う。なんでそう思い込んでいたのだろうか。

距離を縮めるのに、お互いに歩み寄るには、もう一つあるはずだ。

…………手を伸ばして、掴みとる。






「――――――――まって」

「…………え?」


心の中から溢れ出た一つの言葉は、案外響いた。

その音量に自身で驚いていると、数メートル先の西岡くんが振り返る。

呼び止められたことか、それともこの響いた声か。

振り返った西岡くんは目を見開いて、俺を視界に捉えた。


「……な、なに?」


不思議そうな顔をして、西岡くんは俺を見る。

何事か、と俺の言葉の続きを待っている。

……俺からの一歩を踏み出して、ようやく。

俺は何を言えばいいのか、何も考えてなかったことに気がついた。


一体、何を伝えればいいのだろうか。

俺に対して、申し訳なく思う必要はない?そんなのは何度も伝えた。

そんなことじゃない。それも伝えたいことだけど、それじゃない。

もっと。もっと。思うことはあるはずなのに、それが言葉にならない。

たった一言で言い表せるような、ものではなかった。……だから。


「――呼び止めて、ごめん。でも言いたいことがあって」

「…………なんだった?」


首をかしげた西岡くんは、不安そうな顔をして俺をみている。

“前”同じように言いたいことを言い合えなかったとき。

お互いに言葉を濁して、直接本当の思いを伝えるまでには時間がかかった。

……だから、今回は。思ってることを、素直に。


「――俺は、この3週間、本当に楽しかった。

 話したこともない人に話して、始めて勉強に向き合った」

「…………うん」

「だから。西岡くんに、本当に感謝してるんだ。

 ……それなのに。君に、遠慮されていることが、凄く悲しい」


感謝してるのは西岡くんだけじゃない。俺だって、君に感謝してるんだ。

口を開けて俺を見ている西岡くんに、畳み掛けるように俺は続ける。


「――森くんたちが来てから、君との間に距離を感じるようになった。

 遠慮されてるんだなって、そう思った」

「……」

「けど、俺はそれは嬉しくなかった。遠慮をしないで欲しかった

 言いたいことはいって欲しい。俺に悪いところがあるなら言って欲しい」


……大した文量でもないのに、息が切れた。

熱がこもりすぎて、呼吸が上手くいっていなかったらしい。

むせそうになりながら小さな呼吸を繰り返す。

…………視線だけは、西岡くんからそらそうとしないまま。


呆気にとられていたような顔をしていた西岡くんは。

その瞳に俺の言葉の理解を浮かべると、苦い表情から、泣きそうな表情へ。

……そして引いたままの自転車をスタンドで立たせ。

再度俺に顔を向けた時には、少し困ったような顔をしていた。


「――――ごめんな。本当にごめん。

 気を使わせてるのは気づいてたけど、そんな風に思ってるなんて」


あっという間の百面相の後の、沈んだ表情。

後悔とか自嘲とか、そんなものが混ざった声は、凄く悲しくて。

地を這うようなそんな声を、俺は首を振って否定する。

……そんな顔をして欲しくて、言った言葉ではない。

強い気持ちを込めて、睨まない程度に強く、強く、見つめた。


「……最初はさ。本当に、吉野くんに遠慮してただけなんだ。

 人嫌いなのかと思っててさ。嫌な思いさせたくなくて」

「…………うん」

「それなのに、吉野くんは真剣に俺に向き合ってくれただろ?

 馬鹿だった俺を、ここまで引き釣り上げてくれた」


――俺は真剣ではない。真剣だったのは、君の方だ。

そう思っていたけれど、水を差すよりも続きを聞きたかった。

淡々とした口調で、視線をふわふわとさせながら。

西岡くんは、ぽつりぽつりと話を進める。


「毎日時間を空けてくれてさ。毎日準備してきてさ。

 ただの口約束に、それだけのことをしてくれて」

「…………そうだね」

「勉強は判りやすいし、話してみると凄くいい人だし。

 すごいなと思った。嫌な思いをさせたくなかったんだ」


褒められてはいるけど、むず痒さを感じている場合でもない。

西岡くんの声には、段々と苦さが増して来た。

どこか、隠しきれないほどの後悔が溢れているように感じる。

……それを、受け止められるならと。俺は目を逸らさない。


「――でも。でもさ。森たちに教え始めてからさ。

 …………俺が思ってたほど、君が人嫌いには見えなくなって」

「……」

「その上女の子に。神田さんたちに、吉野くんから話しかけるし。

 ……挙句の果てには、君に気を使わせちゃってさ」


――確かに、最初から人嫌いというわけではない。

人付き合いは、苦手というより経験がなかっただけのことだ。

女の子とはいうが、特に意識する必要もなければ、関係ない。

慣れた感じの人ではあったから、それこそ楽ではあったけど。

気を使ったのは、自分が嫌だったからというだけの話だし。

だから、それは。


「……最悪だよな、俺。教えて貰っといて、君を見くびってたんだ。

 自分の浅はかさを知られたくなくて、顔を合わせられなくなった」

「…………」

「人のために真剣になってる君を、内心馬鹿にしてたんだ。

 それに気がついたとき、俺の馬鹿さ、情けなさに気がついた」


「なんなんだろうな、俺」と言って、西岡くんは自嘲する。

自分に価値がないかのように、悲しそうに笑う。馬鹿にする。

――悲しかった。とにかく悲しかった。

別に馬鹿にされてたなんて、そんなのは関係ないし、どうでもいい。

見くびってたわけじゃない。少し前まで、俺はそんなものだった。


悲しいのは、君がそんな顔をしていること。

君が自分のことを馬鹿だと言って、蔑ろにしていること。

……俺をここまで引っ張ってくれた君が、そんなことをいうのが。

凄く、凄く、悲しかった。


「――悪いのは君じゃない。俺が悪い、俺が馬鹿なだけなんだ」

「…………そんなことない。そんなこと、ない!」


絶対に、違う。自信を持って言い切れる。

西岡くんは悪くない。西岡くんが馬鹿でたまるもんか。

駅前での大声は、周りの人たちの視線を集める。

それでも、俺は構わないと思った。そんなことよりも、ずっと。


急に出した大声に、ビクッとした西岡くんは俺を見る。

息を飲んで、言葉を詰まらせ、見開いた瞳に俺を映す。

それは、俺が続けて話すのに丁度いいぐらいの間をもたらした。

大きく息を吸った俺は、感情の赴くままに口を開いた。


「――俺は見くびられてなんか、いない。君が見たのが俺だよ。

 全部、ゼロから少しずつ慣れて行っただけだ」

「…………え」

「人付き合いなんて、今だって苦手だし。

 勉強の準備も、何も無い所から教えられる自信がないからだ」


森くんたちに勉強を教えられたのは、先に練習できたからだ。

神田さんたちの相手だって、そう。森くんたちと母さんがいたから。

勉強だって、俺はなんとなくでできただけ。

理屈だてた勉強を始めたのは、人に教えるそのためだ。


「俺が真剣というなら、それは君の姿に合わせただけだ。

 智之くんたちのために努力する君に、答えてあげたくなっただけ」

「……」

「智之くんと同じだよ。頑張る君を見て、影響されたんだ。

 君に勉強を教えている間に、俺も学んで、変わってきたんだよ」


この一ヶ月で、俺は変わった。変わってきた。

全てを一から経験を積んで、そして少しずつ積み上げてきた。

でもそれは最初のきっかけがあったからに過ぎない。

何もなかったら、今も西岡くんが言った通りのちっぽけな自分だった。


「俺を変えてくれたのは、西岡くんだよ。

 ……だから。そんなに、自分を責めないで」


――――最初が西岡くんだったから。

その真剣な姿に答えてあげたいと思ったから。報われて欲しかったから。

だから俺だって、準備した。できる限りのことはした。

真剣になんてなったことのない俺なのに、努力をした。

西岡くんから“人のために真剣に”などと言われる程に、真面目に。


あとは、その延長線上にあっただけだ。

森くんたちも、神田さんたちも、君に教えるそのついで。

だから、と。俺は泣きそうな顔をしている西岡くんに笑いかけた。

……ここのところ、俺は何度笑っただろう。何度怒ったことだろう。

その全ては、君が教えてくれたことだから。


「――遠慮してくれてたのも、嬉しかったよ。楽だった。

 でも、もう大丈夫だから。……だから、もう遠慮しないで?」

「……………………ありがとう」

「うん。どういたしまして」


――なんのことはない。お互いに教え合っていたのだから。

俺は、誰かに手を伸ばすことを。近づくことも西岡くんに教えてもらった。

誰かに心配をかけないように笑うことも。安心させるために笑うことも。

……まだ慣れず、ぎこちないだろう俺の笑顔を見て、西岡くんも笑った。






なんだか、そのまま帰るような空気でもなくて。

その後も少しだけ、話すことにした。その場を離れて、だけど。

流石に、チラチラと見てくる視線に、冷静になると耐え切れなかった。

まあ、それも仕方ないかなとは思う。駅前だったし。


落ち着いてくれた西岡くんは、照れくさそうにしていた。

よく考えなくても、俺は別に謝られるようなことはされていない。

ただ勢いで、西岡くんが曖昧に感じていたことを、極端に口に出しただけ。

テスト前の不安定な状態だったから、心のバランスが崩れたのだろう。

それなのに、俺が恥ずかしいことを言ったから、余計に。


微妙に生暖かい空気のまま、話は少しだけ延長した。

テストのこと。森くんたちのこと。神田さんたちのこと。

――そんなに長く話をしていない間に、急に暗くなった。

夏の終わりの夕日はその色が強烈な分、隠れると暗くなる。

それまで夕日の色に染められていた世界が、薄暗くなり街灯がついた。


もうここまでか。西岡くんも、俺と同じことを思ったらしい。

目が合って、頷きあった。もう、今日はこれでお別れになるようだ。

あと何か言うべきことはないか。テストのことはもう伝えた。

勉強の予定も、簡単にではあるが既に指示を出し終わっている。

なら――なら、と頭の中を探していると、西岡くんが先に口を開いた。


「――吉野くん。もしもさ、俺が平均とったら、お願いがあるんだけど」

「…………なに?俺にできることなら、するけど」

「……取れなかったら恥ずかしいから、取ったら言うよ」


お願いか、何だろう。ちょっと想像ができないが。

……うん。俺が思ったことであれば、いいなとは思うけれど。

流石にそれは、ちょっと虫のいい話かなーなんて。主に俺にとって。

恥ずかしそうに、頬をぽりぽりとしているけれど、どうなんだろう。

取り敢えず、俺は頷いて肯定を示しておいた。


――ああ。本当に。平均を取ってくれたら嬉しいな。

今まで頑張ってきていたから、取れるとは思うけれど。

あくまでそれは俺の希望に過ぎないから。

どうか、西岡くんの努力が、自信の持てるものになってくれるように。

……俺は始めて、自身が“真剣である”と認識して、西岡くんを想った。


……今の俺になら。自分自身の“真剣”に自信が持てる。

小説の続きを書く事ができる気がする。結末を書く事が出来ると感じた。

これは、流石に書き終わらないとテストに集中できそうにない。

どうせ数時間程度だ。今日中に終わる程度の話である。

スッキリしてから、勉強に戻ればいい。


小説といえば。西岡くんは約束通り、誰にも言っていないようだ。

今となっては、他の人に知られたところで、大した痛手にもならないが。

ああ、敢えて言うなら主人公=俺があるか。あれはちょっと辛い。

……西岡くんは、なんでそのことに気がついたのだろうか。


記憶をたどる限り“なんとなく”と言っていたような気がする。

……けれど。俺はなんとなくという言葉の重みを知っている。

明確な言葉にしていないだけで、それはイメージとか、感覚そのものだ。

感覚的に理解している理屈を持ってして、ようやく使える言葉。

――――だから。絶対に理由があるはずなのだ。


「――最後にひとつだけ、君に聞きたいことがあるんだ」

「うん?なにかあった?」

「…………俺の小説を見て、主人公が“俺”だって気づいていたけど。

 それって、なんでかな。理由があるなら、教えてくれる?」


未だに照れくさそうにしていた西岡くんは、こちらに向いた。

もう暗い顔はしていない。代わりに、少しだけ真面目な考えてる顔。

この表情にも見慣れたものだ。勉強中と同じであるから。

くるくると、色んな所に視線をやってから、俺に視線を定めた。

すごく優しげな微笑みを浮かべている。


「――そうだな。なんとなく、が一番しっくりくるんだけど」

「けど?」

「……うん。誠実で、一言一言を大切にしているのが、イメージと重なった。

 ――何よりさ。優しいところが同じだと思ったんだよ」


――――――――――――――――。

……………………なんて、ことを。

なんてことを言うんだろうこの人は。恥ずかしくないのか。

頭に熱が集まっていく。顔の火照りが止められそうにない。

何か言おうとして、言葉にならずに口がパクパクと金魚のようになる。


それでも、必死に何かを言おうとして。

――結局当たり障りのない「ありがとう」という言葉に落ち着いた。

満足気に頷く西岡くんに、対西岡くんでは初めての怒りが湧く。

“今始末しておけば”なんて脳裏に浮かぶが、何をどうやって始末するのか。

全く考えていないその先を思って、すぐに落ち着いた。


――とはいえ。どうやったって、この顔の火照りは誤魔化せそうにない。

俺は早々に別れを告げて、改札に逃げ込んだ。

…………これで終わりではない。終わったのは、家庭教師だけだ。

タオル地のハンカチで口元を抑えながら、俺はテスト後に思いを馳せた。






次回最終話。今回ちょっと配分間違えて長くなりました。

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