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次の日、26日水曜日。今週の半分が過ぎた。

流石に俺も、この後に及んで小説を書こうとはしていない。

出来ている分だけで更新はしているが、それももう長くはない。

感想にも「完走まで頑張ってください」という文章が目立ってきた。

テストが終わるまで、あと少し。来週のこの日が最終日だった。


残る授業が3日になると、テスト前ラストの授業も出てくる。

先生によっては、問題の難易度を宣告する先生もいたりなんかして。

――特に、数学IIの天野先生なんかは難しくしたそうだ。

普段生徒に弄られている仕返しだという話だが、巻き込まないで頂きたい。

プリントをくれたことには感謝するが、それとこれとは話が別だ。絶不許。


先生も当然であるが、生徒全員を見ることなんてできないわけで。

やっぱり西岡くんたちのような、目立つ生徒に合わせているのは仕方ない。

俺のような空気に、先生が特に注意を向けることなんてほぼ無いことである。

……気を向けられることが、少しだけ羨ましいような。そうでもないような。

取り敢えず“人と何らかの関係を築くことが出来る”力は多分、羨ましい。


――そしてその能力は、西岡くんは俺が思うほどには強くないのかも。

そう思ったのは、段々と気軽に話しかけてくるようになった3人を見て。

3人は、未だに遠慮を感じてしまう西岡くんとは違った俺への構い方をする。

それも、それぞれで全く違っていて、そこにも個性があるんだなと感じた。


最初から、厚かましい位に俺に話しかける森くん。

人の話を聞かずに、自己完結しやすい鈴木くん。

奥山くんは聞いていても、重要なところで聞き逃してしまう。

俺から見ても必死さを感じた西岡くんとは違って、時々イライラした。

腹立てた俺も、教えるために声を荒げることもあった。

……西岡くんは、俺を不機嫌にさせないために振舞っていたのかもしれない。


それと、教える側で気が大きくなっていたのかもしれないが。

一度怒ったことで、ただ緊張をしないというだけではなくなった。

話を聞かないなら少し怒るし、何度言っても改めないならもっと怒る。

家族以外、正しくは母親以外に怒ったことなんて、今までなかった。

いつの間にか、思考と言動の隔たりが、薄くなってきた気がする。

――いい面だけを捉えたら、行動力のようなものが生まれたのかもしれない。

考えなしになっただけ、とも言うだろうけれど。



授業後には、教室でまた勉強会を始めた。

西岡くんに大してのものとは違って、最初からそこそこ出来る人相手。

それもテストまで時間がないことから、内容は大きく違った。


具体的に言うと、森くんたちは既に自分で勉強をしてきている。

その勉強の中で判らなかったことを、俺に質問をするのだ。

今、西岡くんにやらせていることに近い。敢えて言うなら、その先なだけ。

自分で計画した勉強で疑問点を聞くのだから、より良いに決まってる。

……あくまで森くんたちが“それなり”どまりだから、教えることも少なくないが。


教えたり。イラッてしたり。怒ったり。イラッてしたり。

そんなことを繰り返し、少し沈静化した頃。

西岡くんに注意を向けながら、中々進められなかった自分の勉強を始めた。

……とはいえ、西岡くんから何か質問が出てくることも、なかなかない。

そして俺もあまり集中するつもりにはなれず、周りにも気が向く。


普段の授業後の教室の様子など知らないが、多分テスト前だからであろう。

図書室が人で埋まっているからだろうか、ここにも幾つかの集団がある。

当然、その多くは勉強を教え合っている。俺と森くんたちと同じようだった。

見る限り、出来る人数人に他の人が集まっている感じ。

授業でも頭がいいのだろうなぁと知れる人に、代わる代わる質問している。


……俺がこんな場所でその一員になっているというのも、変な感覚だが。

少し前までなら、俺とは無縁の環境である。

俺は別に他の人に質問しなくても、一人で勉強できるし。

家に帰って適当に教科書なり問題集なりをやっていれば、困らなかった。

その時は、こんな煩わしさなどなかったのに。

――どうしてだろうか。今更その頃に戻る気になれない。



生まれたしまった何かへの執着を振り切るように。

ちらりと見回した教室の中で、すこし気になる集団がいた。

……女子の集団。際立って目を引く要素は持たない。

それなのに俺が目を止めたのは、数日前にも同じ集団を見たからだ。


――月曜日、だったか。

自習中に、割と近い席で数学を教えていた集団だ。

教える側と、教えられる側で微妙に噛み合っていなかった。

傍で見ている俺からは、何が判ってないのかが明確で。

“こう教えればいいのに”という感想を抱いていた記憶がある。

……口出しをすることは、叶わなかったけれど。


見てみれば、教えているのは今回も数学。

ただ前の時とは違って、数学IIだけではなくBもやっている。

この狭い教室で、そんなに人数もいない中。

そこにいると意識していれば、耳を澄ませずとも話し声が聞こえる。

失礼かなとは思ったけれど、視線を外しながら会話を聞いた。


――そうしたら、前回とあまり変わってなくて。

やっている問題の難易度こそ上がっているものの、ただの応用である。

前に説明していた問題の、理屈さえわかっていれば出来るもの。

それなのに、聞いている側は全く新しい問題を解くように聞いている。

……解法を丁寧に教えているものの、根本的な解決にはなっていない。


――教える側も、なんで気づかないのかなーなんて。

教えられる側も、なんで自分ができない理由を考えないのかな、なんて。

他の人の成績なんて、細かく知っているわけではないけど。

教える側は間違いなく頭が良くて。教えられる側も悪くはないはず。

真面目そうな文化部系女子の集団。

それでなんでそんなことになるんだか、と考えて――気付く。


考えるまでもなかった。“そんな必要”に思い至っていないだけだ。

そんな必要、つまりは“理屈を考えて解く”ことを教える必要のこと。

目の前の……実際には少し離れているけど。

教えている人も、教えられる人も。どちらも“なんとなく”で解ける人なのだ。

公式さえ判っていれば、頭の中で“なんとなく判っている”理屈で解ける。


教えている人にとっては、今回も“なんとなく”のまま解けている。

だけど教えられている人にとっては、今回は“なんとなく”がつながらない。

感覚で理解できている人が、感覚を伝えずに方法だけ伝える。

それで他の問題に応用できるほど、技術が伝わるわけもない。


……それに気づけたのは、目の前にいる西岡くんのおかげである。

簡単な話だ。俺もなんとなく感覚で解くタイプであったから。

“なんとなく”で掴んだ感覚は、明文化しなければ他者には伝えられない。

まあ“なんとなく”を排除しすぎても、逆に判りにくくなるけれど。

結局は人に教えるって難しいよねっという一言に落ち着く。落ち着いた。



「――よっしーここはー?」


よっしーちゃうねん。俺は緑色じゃない。

ぼうっとしていた所に声を掛けられて、急に現実に引き戻された。

言いたいことはあるが、言っても聞かない鈴木くんにはもう言わない。

聞かれたことに答えようと、何を聞かれたのかを確認。

……生物が、よく判らない解き方をされている。なにこれ。


頭をフル回転させてよく判らない図表を読み取り、詰まったところを説明。

説明をするが、途中で「判った判ったー」と勝手にはじめる。

イラっとするのを押さえ込み、チョップしたいのも我慢する。

最後まで説明しなくても済んでいいことだ、などと自分を納得させる。


「よしのんこっちもー」


続けて質問してきたのは奥山くん。

「よしのんちゃうから」と否定してから、質問の確認。

それが先ほど説明した記憶がある内容だったのに、イルァッとする。

……また話を聞いてくれてないのか。またなのか。


「――さっき説明したよね?」

「えーマジで?」


マジである。嘘なんか言わない。自分に都合が良くなるようにしか!

こんな無意味な嘘をついてどうなるというのだ、本当に。

同じことを何度も説明する苦痛はきつい。それもそれほど時間を空けないで。

今度は段階を置かずに最初に重点の説明。そこから補足。

聞いてくれてる間に覚えさせればもしかしたら、なんていう淡い期待。

もう裏切られたところで何も思わない。嘘ですイライラします。


なるほどーとさも理解したかのように頷いて、向きを戻す。

これで本当に理解してくれてればいいのだが。出来れば怒りたくはない。

……怒りたくはない本当に。だけど、何度も繰り返されてると辛い。

思っていた以上に俺にはストレス耐性がない。怒りの処理など経験がない。

森くんたちに教え始めてから3日目。

西岡くん一人に教えていたときの数倍のビキビキ回数だった。






「――もう、何で同じことばっかり聞くかなー?」


――――そんな時に、俺の耳に聞こえてきたのは。

女の子の声。それも数少ない、俺にでも聞き分けられる声。

人との関わりが極端に薄い俺には、声で誰かを当てることなんて難しい。

それが出来るのは、一度でも“誰か”と認識したことがある人。

この時だと、少し離れた場所で数学を教えている女の子だった。


それまでよりも、比較的大きな響く声でうんざりとしている。

きっと、繰り返しの説明に我慢が限界に達したのだろう。

疲れが滲んだ声と、心底飽きたような声は、俺が感じていた感情に近かった。

……怒りのような悪意のこもったものではなく、ただひたすら勘弁して欲しい。

問題がなければ即投げ出しているのに、現実にはそれが許されない。

そんな二律背反への、諦観がなさしめる声。


――俺が感じたほどには、大きな声ではなかったらしい。

目の前に座る森くんたちや、西岡くんは特に反応を示そうともしない。

声を出した本人にとっても、特別な気持ちはなかったようで。

静かに振り向いた俺に気づかず、再度呆れたように説明を始めた。

…………それを受ける表情は、何故呆れられているのか判らないような。

反省こそしていても、怒られているのを“判らないから”だと考えてる感じ。


思わず、最後までその説明を見届けた。聞き届けた。

けれども、問題こそ違えど、結局は同じことの繰り返し。

どちらもまだ、その繰り返しが問題の解決に向かわないことに気がついてない。

……すごく、すごく。我慢できないほどにイライラした。

――――それこそ。抑えられず立ち上がってしまうほど。






なんでここまでイライラしているのだろうか。

どこか冷静な頭が、つらつらと理由を並べていく。

……まずは、共感したからだ。物分りの悪い生徒への苛立ちに。

先ほどまでの俺の、溜まりに溜まった腹立ちと、よく響き合った。

投げ出したいけどできない気持ちが良く判った。誰か助けてと願う気持ちも。

すぐに同情につながった。助けられるならと思った。


そして、教える側の考えの甘さに腹が立った。

俺には出来た。俺には西岡くんに教えることが出来たのだ。

精神的に未熟で、自分の世界に閉じこもっていた俺に出来て、何故できない。

よく考えれば判ることだ。何度も繰り返す前に、何故考えようとしない。

……自分の正しさの証明、とでも言えばいいのだろうか。


――それと最後に。……今度は、と心のどこかで思ったから。

これは決して正義感とか、善意とか、そんなものの行動じゃない。

ただ“前”は教えられなかった。その時は、俺は後悔していたはずだった。

動けなかった自分に嫌気がさした。くだらない自分に腹が立った。

その時の自分に対しての怒りを、今俺は晴らそうとしているのだ。


自己満足だ。ああ、自己満足だ。

妙にスローモーションに感じる世界の中、彼女たちに向かう。

西岡くんたちが、不思議そうな顔をして俺を見たのにも気づいた。

彼女たちは近づく俺には気づかない。話に集中している。


熱に侵された頭。感情だけで動く体。

こんなのは、調子に乗ったバカの行動だ。そんなの判ってる。

この一ヶ月で起きたことに、俺が勝手に万能感を抱いてるだけだ。

本当に馬鹿馬鹿しい。くだらない。ああいやだ。

――――それでも為すべきことは、頭の中で既に組まれていたから。






残りは2~3話+最終話+エピローグ数話です。どうかお付き合いくださいますよう。

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