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次の日、9月24日月曜日。テストまでの最終週開始。

校内も流石に焦燥感で溢れ出す。電車の中で参考書を読む人も増えた。

授業でもテスト前の自習や、質問用の時間に変わるものもあって進まない。

そう言う時には、真っ先に西岡くんは俺のところへ来るようになってきた。


……先週の数学のこともあって、どうやらクラスに周知されたようである。

普段は一切気にも留めようとしないのに、時々視線がこちらを向く。

それは、西岡くんの友達であったり、はたまた特に関係が思いつかない人。

決して人馴れはしていないので、その視線の意図もわからず居心地が悪い。

その視線に気付いているのかどうか、西岡くんが調子を変える様子はなかった。


「…………」

「――何かあった?」

「……いや、何も」


そんな会話を時々繰り返しながら、時間は過ぎた。

途中、内心既に2週間を掛けてきたテスト勉強の範囲にも飽きてきて。

失礼だなとは思いながらも、周りに耳を傾けてみた。

よく聞こえるのは数学を教える声で。折角だからと俺も聞いてみる。

……もう機会はないかもしれないが、何かの参考になればいい。


だけど、どうも参考にはなりそうに無かった。

教える側から「うーん」という言葉が繰り返されて、進んでいない。

話が伝わっていないわけではない。俺よりもずっとうまい話し方。

言っちゃなんだが、最初の頃の西岡くんよりも聞く側は賢いだろう。

それでも上手くいっていないのは、傍で聞いている俺には理由が判った。


……なんで判っていないのかを、どちらも判っていない。

似たような問題でその度に躓いている。その度に教えている。

けれども教えているのは“その問題の解法”であって、それ以上ではない。

“なんでそうなるのか”という段階から教えなければ、伝えられないこと。

そこで躓いているのが判って、口出しをしたくなった。


――けれど。ちらりと向けた視線の先は、女の子たち。

当然話したことなんて……あったかもしれないけど、覚えてない。

あったとしても、事務的なことだけだろう。話しかけになどいけない。

結局俺は動かなかった。彼女たちは同じやりとりを続けていた。

……後悔するのは判っていても、それでも体は動かなかった。






授業後、すぐに教室を出て図書室に向かう。

掃除をする人や、そのまま帰る人。いつもと違って部活をする人はいない。

教官室に近い図書室に、近づくにつれて人が多くなってきた。

焦燥感に飲まれるように、廊下を早足。……だけど。


図書室における、俺と西岡くんの定位置は既に埋まっていた。

1年生だと思われる集団が、そこでテスト勉強をしている。

……いつもなら西岡くんがそこで待っているというのに。

少しぼんやりして、図書室の入り口付近で立ち竦んでいると、肩が叩かれた。


「――ごめん。掃除があって」

「…………当番だったんだ」


聞きなれた声に振り向くと、申し訳なさそうな西岡くんの顔。

先に西岡くんが来ているのが、毎回のことだったから。

当番があることどころか、先に他の人が座ることなんて意識もしていなかった。

……とはいえ。西岡くんが来たなら構わないだろう。

そう思って座る場所を探してみるが、ない。どこも埋まってしまっている。


「……これは」

「座る場所、なさそうだな」


どうしようかと西岡くんを見るが、同じように困っている。

……どう考えても、俺が急いで席を取りに来るべきだったような。

謝るべきか悩んでいると、気づけば西岡くんは俺を見ていた。

取り敢えず教室に戻ろうと促され、その後をついて図書室を出る。


謝る機会を逃し、ひたすら西岡くんの後をついて行った。

いつもの場所でないということにも、少し動揺していたけれど。

教室で勉強をするとしたら、周りに人が多そうで、それが気になった。

西岡くんには慣れたけれど、やっぱり俺が内気で陰気なのは変わっていない。

俺のせいで西岡くんまで変に見られていたら、凄く嫌だなと思う。



「――あれ、浩太だ」

「図書室空いてなかったんだよ」


教室には、疎らに人が残っていた。

入ってきた俺と西岡くんに、一瞬その視線が向けられる。

そのうちの殆どは次の瞬間には離れて、残ったのは数人分。

片隅に集まっていた、西岡くんの友達である。


そのまま話しかけに行く西岡くんに、ついて行っていいものか迷って。

正直、あまり得意ではない人たちというか。少し気後れをしてしまう。

運動部をしているらしく、大柄な体と大きな声と。

そして何よりも、いつも集団で騒いでいるのが少し怖い。

同い年で、クラスメートであると判っていても、近寄ったことはなかった。


「んで、吉野くんと戻ってきたのか」

「そう。教室で勉強しようかと思って」


少し離れたところで立ち止まる俺に、視線が向けられる。

何の反応もしないのもおかしいかなと思って、軽く頭を下げて会釈だけ。

つられるように、西岡くん以外の3人の頭も下げられる。

……これだけで、ちょっと苦手意識が薄まる俺。ちょろい。


「お前らは……勉強か」


西岡くんは、3人が囲んでいた机を見ながらそう言った。

その視線を追うと、数学の教科書と問題集が開かれている。

……確か。文系国公立の人たちだったはずだ。授業が被っていた。

部活があって、西岡くんに教えることが出来なかった人たち。

俺の中では、苗字とそれぐらいの印象しかなかった。


「――おう。お前ほどじゃないが、俺たちも馬鹿だからな」

「…………まあ、俺が馬鹿なのは認めるけどさ」


それに関しては、ちょっと俺もコメントを差し控えたい。

肯定するわけにも、だからといって否定するのもなんだかあれである。

馬鹿ではないと思う。思うが、要領は悪い。一般的にはそれも馬鹿の内だ。

コメントにも、そして所在にも困り、西岡くんの背中を見る。

二三言、そのまま会話を続けてから、西岡くんは俺の視線に気づいてくれた。


「……それじゃ、俺も勉強するから」

「吉野くんに手間かけさせんじゃねーぞ」

「うっせーっつーの」


そんな軽口を叩き合う西岡くんと一緒に、俺は近くの椅子に座った。

3人の会話が聞こえる距離なのが少し気になったが、離れるのも変である。

出来るだけ気にしないようにと心に決めながら、いつもどおりを装った。


――とはいえ。大体俺も教えることなんて、終わっている。

昨日の後半からと同じように、何を勉強すればいいのかを管理するぐらい。

本当だったら西岡くん自身でやるべきだろうけど、今は仕方ない。

テストが終われば、点数という結果で自信をつけることもできるだろう。

それまでの間は、俺が見ていてあげるのも最初の約束のうちだ。


そんな感じで西岡くんが勉強し始めるのを見届けて、俺も勉強する。

教えるために問題集を複数回やり直した数学は、これ以上の必要性を感じない。

現国も古典も英語も、指示をするために前もって勉強をしていた。

日本史、現社、生物も、後は少し目を通せば大丈夫な程度。

……まあ折角であるし、程々ではなく高得点を目指すのもいいかもしれない。

そう思って、高校受験以来に自分のための勉強を始めた。

――――のは、いいのだが。


自分の勉強をしながらも、周りへの注意は忘れない。

優先すべきは西岡くんの勉強だから、困っているなら手を差し出す。

そのために時折視線をやっていたのだが、問題は西岡くんではなかった。

すぐ近くに座る3人の騒がしさが、どうしても気が散って仕方がない。


うるさいだけなら、別に集中には困らないのだけれど。

その内容が「わかんねぇ」だの、「どうなってんだこれ」だの。

その挙句に、俺たちじゃ無理などと言って問題を投げ出している。

騒がしいとかそういう問題ではなくて、ただひたすらに気が散った。

……慣れているのか、西岡くんは平気そうに勉強していたが。


西岡くんが平気そうであるなら、俺から何かをいうこともあるまい。

これで気にしていたら、勉強場所を変えるなりはするけど。

そうでもないのなら、わざわざ口出しをすることもないだろうと思った。

……チョロられても、やっぱり苦手なのは変わらないから。


「…………でもよ」

「……だし…………じゃね」


あまり、耳を傾けているのも失礼な話だろう。

西岡君にも問題がなさそうであるのなら、俺は俺で集中しよう。

そう思った俺の耳には、彼らの会話も小さくしか聞こえない。

――聞こえないはずであるのに。


何故か、代わりに見られているような感覚にとりつかれた。

その視線を確認するべく振り向くと、すぐに顔を背けられる。

……3人が見ているのは、どうやら俺のようだった。

意味のわからない視線を向けられる、居心地の悪さと不気味さ。

この場から、逃げ出したいなと少しだけ思った。






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