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「……多分、次は解けるよ」

「だいたい合ってたんだなぁ……」


説明もあっという間に終わる。

もう最初とは違うのだ。一から説明しないとダメか、と思うことも無くなった。

さて、もう一枚やるかどうするかといった時間である。

もう一枚やると、いつもより少し帰るのが遅れるだろう。

だからといってここで打ち切るにはどうかなという時間。

壁にかけられた時計を見ていると、西岡くんが立ち上がった音がした。


「先に、古典のノート返すよ。帰り際だと忘れちゃいそうだしさ」

「ああ、うん。参考にはなった?」

「なったなった。やっぱりまとめ方が違うもん」


……まとめ方は、そんなに意識した記憶はないけれど。

西岡くんがそういうのなら、きっとそうなのだろう。

ラックの上に乗っていた見覚えのあるノートが、俺の手元に置かれる。

中身をちらりと確認。間違いなく俺の字である。


「ありがとうな。世話されてばっかで申し訳ないよ」

「……楽しい。だからいい」

「……本当にやさしいなー」


一応、心の底から楽しんでいるつもりなのだが。

気が付けば、必死になって君の勉強を手伝っているのだ。

少し前の俺だったら、ありえないことである。

西岡くんが感謝しているのと同じくらい、俺も感謝しているのだ。

なかなか、上手く伝えることはできないけれど。


俺にノートを手渡した西岡くんは、その場所で座った。

先ほどまでのテーブルの対辺とは違って、俺の隣辺である。

おやと思っていると、座ってお茶を飲みながら、チラチラとこちらを見る。

何か聞きたいことでもありそうなその仕草に、今更戸惑ったりしない。


どうせ何かあるのなら、自分から聞いてくる人なのだ。

俺もそれに慣れてきたし、今回も聞かれたことについて答えるだけ。

そう思って、まだ少し残っていた麦茶に手を伸ばす。

一口、口をつけて。このまま飲み干そうかと思ったとき。


「――“――――――”ってさ」

「エフエフアハッゲフゴホッ!?!?」


――――――――とんでもない単語が聞こえた。

その名前をリアルで聞くことになるとは、そんな単語。

結果、ものすごい噎せる。麦茶が変なところに入る。

幸い溢しはしなかったが、色々な意味で危ないところなのには変わりない。

……聞き間違いだよな。流石に“俺の小説タイトル”をリアルで聞くわけがない。


「……だ、大丈夫?」

「――大丈夫。もっかいお願い」

「あぁ、うん……」


もう一度言って、そして聞き間違えであることを証明させてください。

そうでなければ、俺の色んな意味でピンチである。恥死出来そうな感じの。

耳を澄ます。今度こそは聞き間違えをしないように、精神を研ぎ澄ます。

脳みそ全体を活性化させて、ありとあらゆる勘違いを排除してみせる。


「“――――――”って」


はいアウトー!俺アウトー!

ツーストライクだけどバッターチェンジ、来世にご期待下さい!

これはもう聞き間違えなんかではない。現実だ。

現実に襲いかかってきた黒歴史知り合いにバレるの巻である。死ぬ。


耐え切れない現実の濁流に、思わず信じてもいない神様に祈る。

神様仏様サージャリム様、誰でもいいから助けてください。

今のこの状況を何とかしてくれたら、お饅頭くらいは捧げます!

ちゃんとスタッフが責任もって食べます!


「――ちょ、ちょっと待って。その単語をどこで」


内心のカタストロフィを漏らさないように苦心して。

必死にどこから知れたのかを聞き出そうとする。

リアルであれを知っているのは、俺ぐらいしかいないけど。

なんらかの弾みで、何かが起こったのかもしれない。

とにかく、二次災害を防ぐためにも、感染経路を聞き出さなければ。


「あ、古典のノートに書いてあったよ」


――――――――なん……だと…………。

事もなさげにあっさりと白状する西岡くんに、俺の心臓大爆発。

そういえば。そういえば俺、普通にノートに落書きしていた。

結構普通に名前案とか、展開案とか書いていたかもしれない。書いていた。

使う予定の表現とか、描写の箇条書きとか書いていたぞ畜生!


いや、だがしかし。

それだけなら設定資料だ。まだ実物を見られていないなら平気!

ネット小説なんて、その文化を知らなければ調べることはありえない。

“大学ノートに書く小説”みたいに思っていたなら、セーフ!

既にその時点でだいぶアウトではあるけれど、最後の一線は残っている。


「……あの、それは」

「やっぱりあれって、吉野くんが書いてるんだ?

 俺読ませてもらったよー」

「oh......」


ため息しか出ない。何がどうしてこうなってしまったのだ。

いや俺の自業自得ではあるんだけど。すごく油断してたけど!

既に粉々になりかけた心の欠片を、集めてご飯粒でくっつけるイメージ。

アリさんに集られてすぐに元通りになりそうな感じである。


……いやいやいや。マジで、本当に?

知名度があるわけでもない小説なのに、本当に見つけたのか。

というか、ネット小説だぞ。調べりゃすぐだけど、なんで調べる。

検索エンジンに突っ込もうとするだけの何かがあったというのか。


「――――えっと。小説、見つけたの?」

「うん。ノートにさ、更新予定の話数分けってあって。

 俺もネットぐらい見るし、公開してるのかなって探してみた」

「…………そっかぁ…………探しちゃったかぁ…………」


パーフェクトである。パーフェクトミステイクである。

書きだめしていたから、話を切るポイントを意識して作っていない。

なので、大体の文章量や内容のまとまりで決めていたのだが。

そこから推測出来るとは、こやつやりおる。じゃなくて、おおう。


「……もしかして、見ちゃまずかった?」

「…………いや。まずくはないけど。ただ、恥ずかしい」


素人が書いた小説であること。あとむっちゃ俺が主人公なこと。

色々きつい。まだ西岡くんモデルのキャラが更新分に入ってなくて良かった。

身を削られるような、恥ずかしさで爆死する感じである。

隠れる場所があったら即隠れるというか、色々なかったことにしたい。


純粋に、悶える俺を心配そうに見る西岡くんの視線も辛い。

こんなダメなオタクをリア充ビームで焼かないで欲しい。浄化される。

あああああ。数年後に黒歴史になるのは覚悟していたが。

こんなに早くダメージディーラーになるとは思わなんだ。苦しい。

痛み出した胃を抑えながら、絞り出すように言い訳をする


「――その。素人が趣味で書いたやつだから。

 すごくへっぽこなのに、見られたのがすごく恥ずかしい」

「……そうかなぁ。俺はすごいと思ったんだけど」


いつの間にか俯いていた顔を少し上げて、西岡くんを見る。

憮然とした声と、納得の行っていなさそうな顔は、俺の反応が不可解なようだ。

……多分、恥ずかしいことだとは微塵も考えていないのだろう。

ネット擦れしていないというか。痛いという発想もないかもしれない。

だからこその、純粋な視線か。焼け付くように胃が痛む。


「だって、俺はあんなに文章書けないし、ましてや小説だよ?

 色々な人に見てもらってるなんて、凄いじゃないか」

「……すごくない。あんなのは、子どもだましみたいなものだよ」


あんな稚拙なもので喜ぶのは、真面目な人に失礼だ。

俺が書いたのは、色んなものを繋ぎ合わせた、下手なコラージュ。

程度の低い偽物に過ぎない。本物なんかじゃない。

薄っぺらい俺が書いた、薄っぺらいお話だ。

ひたすら自重で沈みこみ、今にも消えたい思いである。

――――だけど。


「……なんでそんな風に言うのかは、知らないけどさ。

 それって、ちょっと失礼すぎないか」


西岡くんの、聞いたこともないような声が俺の意識を引き戻した。

すごく穏やかで、強くはないけれど重量感のある声に、俺は驚き思考が止まる。

反射的に顔を上げると、そこには真面目な顔をした西岡くんの顔。

なにかは判らないけれど、地雷のようなものを踏んだのは間違いないと思った。


「――え、と」

「俺以外にも、色んな人が読んで、感想を書いてるんだろ。

 その言い方は、その人たちを馬鹿にしたようにしか聞こえないよ?」

「……あ」


そんなつもりは、ない。無いはずだ。

ただ自分のものがちっぽけで卑小なものであるから。自覚があるから。

だから、だから。…………だけどそれでも、してはいけなかった。

西岡くんが言っていることが、陰りのない正論であるのはすぐに判った。

……楽しんだ人がいる時点で、作者の俺が卑下するのは、許されない。


「俺は楽しかったよ。ゲームみたいな世界で、冒険した気分になった。

 人を楽しませることは、凄いことじゃないのか?」

「……違わない、と思う」

「だろ。俺、楽しみにしてるから、最後まで書いてくれよ」


……びっくりするほど、あっさりと。

俺は、自分では割と言い訳や言い逃れが得意だと思っていたのだが。

何故か、ものすごく簡単に、あっという間に諭されてしまった。

なんか、手馴れている感じ。先ほどとは一転して、笑いかけてくるし。

気まずく思っているのは、反省している俺だけのようだ。


「……その。ごめんなさい」

「うん。ちゃんと謝れて、偉いな」

「――――――――え?」

「……………………あ」


まるで、小さな子どもを相手にしてるような。

思わずあげた疑問の声に、西岡くんも気づいたらしい。

顔をゆでだこのように赤く染めて、口元を抑えた。

…………これは。よく考えなくても、弟さんと同じ扱い?


「――本当に、お兄さんやってるんだね」

「…………言うな。言わないでほんとに」

「言い聞かせ慣れてるというか、すごく反省したもん。

 怒られなくても、こんなに自覚させられるなんてすごいね」

「だから、言うなって」


立場、逆転。

先ほど、叱られた仕返しである。逆恨みだけど。

というか、楽しい。もしかしたら人を弄るのって楽しいのかもしれない。

……まあ本気の冗談は、ここまでにしとくとしても。


「――うん、改めて。読んでくれてありがとう。

 人に知られたのは初めてだったから、驚いたけど」

「…………うん。俺も勝手に調べて、見ちゃってゴメンな。

 でも、すごくワクワクしたんだよ」

「……ありがとう」


――もしかしたら、今までで一番素直な褒め言葉かもしれない。

ネットでの感想は、そのまま受け止められなかったから。

だから、すごく嬉しい。それがまっすぐな、純粋な言葉だと思えたから。

……俺がすごいと思う人からの、褒め言葉だったから。

そしてその人はうんうんと一人で頷いて、更に俺を見て話を続けた。


「――というか。こんなに沢山のこと考えてるんだなって、驚いた。

 考えていることを、少しでも共有できたのが嬉しかった」

「…………うん?」

「……勘違いかもだけど。主人公って、君だろ?」


――――――終わった。マジで終わった。

今一つ、意味が判らずに首を傾げた俺に、追撃の一言。

俺の精神に衝撃が走る。先ほどまで保たれていた心も、パリンと割れる。

上げてから下げるとは、圧倒的な曇らせ技術。なんという玄人。


口がパクパクと、金魚のようになる。息が浅くなって唇が震える。

先ほどまで赤かったはずの顔は、きっと真っ青になっているだろう。

いや。しかし。そんなに判りやすかったのだろうか。

別に俺と類推できるような明確な情報を入れるわけもない。それなら。


「――な、んで。そう思ったの」

「…………直感、だけど。当たってたみたいだな」


獣か。本能なのか。

俺の反応を見て、正解であると気がついたらしい。

西岡くんは、にへへ、と崩れた調子で俺に笑いかけてくる。

その笑顔に、悪意は感じられないけれど、でも。


「……な、内緒に」

「うん、言わないよ。嫌だったら、俺も見るのは止めるから」

「……」


よかった。少なくとも、手が付けられない事態にはならないようだ。

“素晴らしい才能です!”をやられても、引篭りはしないけど。

それでも絶対に辛くて、苦しくて、嫌な思いをしていたとは思うのだ。

……西岡くんがそんなことをする人だとも思わないが。

俺が思ってる西岡くんが、本当の西岡くんと必ず一致するとも限らないから。

それこそ、どんな人であるかは予測しているだけだから。


――それでも。“嫌”かどうかと聞かれると。

そうでもないと思えた。少なくとも、褒められたのは嬉しかった。

ワクワクしたと、そう言ってもらえたことに、俺は感謝したはずだ。

……せっかく感想をくれた読者を、切り捨てる必要もないだろう?


「――ううん、君なら嫌じゃない」

「……そっか。ありがとう。続き、楽しみにしてるよ」


多分、この思いは間違っていないから。

だって目の前の表情を見れば、そんなものは一目瞭然だ。

少しだけ真剣な、真面目な表情から、ホッとしたような笑顔。

強い思いをかけていたのは俺だけじゃなくて、西岡くんもだったから。

だから、受け入れて良かったと思うのだ。心から。


「――――ところで、西岡くん」

「なに?」

「……大変申し上げにくいのですが」


「な、なに?」と不安そうに怯える西岡くん。

俺はそれをフォローすることもなく、壁にかかった時計を指差した。

4時を半分過ぎて、そしてまだ回り続ける時計。

どう考えても、あと一枚をやっていたら、帰りが遅くなりそうだった。


――土下座をしようとする西岡くんを止め、俺は帰ることにした。

当然のように俺を送ろうとするのを、断る理由もなく。

いつもよりも早い時間なのに、雲で薄暗くなっている帰路についた。

……天気が悪くなるのかもしれないな、と思った。






朝忙しくて帰ってから更新しようと思っていたのに、帰ってから漫画を手に取ってしまって後少しで更新するのを忘れるところでした。危ない危ない。

ブログの方で御感想いただきました。そちらでも御礼申し上げましたが、こちらでも重ねて申し上げます。ありがとうございました。

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