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作中に登場する人物、地名、団体名は架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。




植物図鑑。百科事典。風景写真集に、文化史料。

並び立つ本棚より引っ張ってきたそれを見比べ、使えそうなものを探す。

内容より写真やイラスト。必要なのはイメージだ。

捲って、捲って、捲って。時折携帯電話で写真を取る。

持ち運ぶには面倒なB4サイズの本。そもそも禁帯出の本で持ち帰れない。

この場で目を通すしかなく、一ページ一ページを頭のどこかに残していく。


章の区切りまで目を通し、息を吐きながら顔をあげる。

授業後の図書室は、自習に励む生徒や、読書する生徒の住処だ。

静謐に、というには微かな話し声も耳に届く。

勉強を教えあう声や、それとも好きな本をおすすめする声。

煩くなるようであれば司書さんも注意するだろうが、それほどでもない。

僅かな音も気にする人は、ヘッドフォンで自分の世界に閉じこもっている。


ふと周りに目をやれば、見知った顔もちらほら。

教科書と向き合うクラスメートや、委員会で見た顔もある。

数回言葉を交わした程度の人に、邪魔する用事なんかない。

そう思って、手元にあるタオルで額に薄く滲んだ汗を拭った。



9月。高校生にとっては夏休みから学校へと戻る時期。

高校二年生である俺も当然、登校しない理由もないから学校に来る。

夏休みはそれなりに名残惜しいが、毎日の退屈にも飽きていた。

課題なんて最初に纏めて終わらせてしまったから、やることなんて限られていた。

勉強も、休み明けの予習をある程度まで済ませてしまうと、やる気もしなくなった。

せいぜいがゲームか、それとも趣味のためにパソコンや図書館にいるぐらい。


そうなれば、少なくとも半日は授業で潰れる学校も悪くない。

幸いながらエアコンが完備されたこの学校は、環境的にもなかなかだ。

うだるような暑さも滲む汗も、季節のもの。

そう考えれば嫌いではないが、積極的に味わいたいと思うものでもないのは事実。

授業の後は逃げ込むように図書室に篭るのが、夏休み終了後一週間の日課となった。


「……さて」


再度、手元の本に意識を移す。

この本を読み終われば、本棚から持ってきている見るための資料は終了だ。

読むための資料は時間的にも借りて帰る必要があるだろう。

今日の分の切りをつけるため、集中することにした。



程なくして読み終わり、本日三度目の本棚との往復。

テーブルを離れた時に確認した時刻は5時を半分ほど回る。

閉室の6時まではまだあるとは言え、 時間に追われるのも億劫だ。

幾つかの、目星をつけたものを借りて帰ろう。

予定通りにそう思った俺は、ずしりと重い図鑑たちを本棚に戻そうとした。


「――――おも」


慣れてはいても、借りたのは自分でも、思わず言葉が漏れる。

031の百科事典が2冊。場所は図書室通路側壁入口から4番目。

470は植物図鑑。図書室最奥壁側向かい奥2つの学習用図書。

748に写真集2冊。真ん中の柱の裏側前、背の低い本棚。

近い順に、写真集、百科事典、植物図鑑を元の場所に戻す。

そして、テーブルに戻ろうと本棚の森から抜け出した。


気が付けば、図書館の住人も数える程になっていた。

この一週間で見慣れた姿も、残っているのは5人。

ちらりと目をやると、読書に励む1年生一人と受験勉強だろう3年生が三人。

カバンの下へと歩きながら順番に目をやると、最後の人が頭を起こした。


んーっと腕を伸ばしたその人と目が合って、思わずそらす。

幸いかそれとも不幸か、知り合い。というか、クラスメート。

選択授業が被っているらしく、よく見かける顔だが、話したことはない。

流石に気まずくなって、逃げるように少し俯きがちに早歩き。

戻ると座りもせずに、借りる本二冊を手に、学生鞄を肩にかけて席を離れる。


カウンターへの通り道近くに座っていたから、通り過ぎる際に小さく会釈。

釣られるように下げられる頭から目を離し、足早に過ぎ去る。

妙に間抜けなその仕草はかけらの邪気も感じなかったが、じっと見ているのは失礼だ。

先ほどのことを誤魔化すかのように頭を振ったとき、後ろから声が聞こえた。


「――あ、ちょっと待って」


話しかけられた声に、心臓が嫌な音をあげる。

そのまま過ぎ去るという選択肢を思い浮かべて、やめておいた。

すぐ後ろから聞こえた声は、別人でもなく聞いたことのある声。

微かに焦るような響きを持った早口のそれは、状況的に俺にかけられたものだった。


呼び止められるようなことは、特にないはずだ。

そりゃ目があったのはちょっとアレかもしれないし、目をそらしたのも、うん。

とはいえ、何か用事があったから呼び止めたのだろう。

ちらりと振りかえると、不安そうな顔で俺に手を伸ばしていた。


「……な、なに?」


もしかしたら、忘れ物を教えてくれるような善意の行動かもしれない。

そう思っていたのだけど、何とも言えない表情に、思わず何があったのかと。

心配もしなくはないが、揺れる瞳にちょっと尻込む。


「えと、悪い。忙しくなければ、ちょっと話があるんだけど」

「……いいですけど」


俺には話なんてないんだけど。

この後は家に帰るだけだし、捏造でもしなければ断る理由はない。

それに、クラスメートであるのだ。

大した用事であるのなら、また話しかけられることになるのだろう。

聞くだけなら、タダ、だといい。


「実は、吉野くんにお願いしたいことがあって」

「……俺に、ですか」


うんそう、と頭を掻きながら小さく照れたように笑う。

名前を覚えられてるのは、クラスが同じだからだろうけれど。

それでも、呼び止められて“お願い”されることに心当たりはない。

続きを促す視線にも、俺の不安が入り混じっていることだろう。


「よかったら、よかったらでいいんだけどさ」

「あの。良ければ、手短に」


前置きがいるようなことなのだろうか。

良かったら、と聞くぐらいであるならば、さっさと言って欲しい。

何を言われるかも分からないのに、心構えもしようがない。

要領を得ない。というか、要件があるなら言えばいい。

困惑の中でそう伝えると、泳いでいた視線はハッと俺を捉える。

意を決したように俺を見る瞳に、俺は引きながらも身構えた。


「……勉強教えて?」

「――――――――――――――――――はぁ?」






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