急な訪問
急な訪問
その日、オレはカタカタ震えながら春男の家のドアをトントンと叩いた。三回目だろうか、春男が出てきた。寝ていたのか、珍しくパジャマ姿だ。そりゃそうだ。夜中なのだから。自分もだが、春男の吐く息が白い。
「どうしたんだい?急に。とにかく、入って。」
暖房が切られていたようだが、それでも部屋の中は暖かい。春男はすぐに、暖房機を入れてくれた。オレはコートを脱いで、急いで暖房機の前に立った。多少酔ってはいたが、ほぼ毎日していることはできるようだ。
「はい、座って、どうしたのさ?今日は休み前の忘年会だって、言ってなかったか?」
「い、いや、そそそ、それがさぁ、いや、その帰りなんだけど・・・・・・。」
オレはまだ、震えて口がうまく動かなかった。それを聞いて、春男はすぐに、コーンスープを出してくれた。自分の分もセットしている。
「レンジでチンするだけで、温かくなるっていいよねぇ・・・・・・。で?」
「ああ、温かい。それがさ、終電で帰ってきたんだ。」
「うん。」
「で、酒も飲んでいたし、で、電車でぐっすり寝てたみたいなんだ。」
「うん。」
「で、かばんを電車の中に忘れてきた。」
「ええええええええええええ?」
「しっー。夜だぞ。」
自分の家でもないのに、なんだか気になる。
「なんで、忘れ・・・・・・ああ、ようするに、終電であわてて下りたら、かばんを棚の上においてきたんだな?」
「そう。」
「駅員さんには言った?」
「まだ。」
「なんで?」
春男は目を丸くした。
「それがさ、かばんが二つあって。ついでに、片手に土産も抱えていたもんだから・・・・・・。」
「二つ?」
「そう。一つは今日もらった作品が入っているから、抱えていたんだ。で、もう一つの鞄を忘れた事に気がつかなかったんだ。だからそのまま帰っちまって。」
「帰った?じゃ、帰った後で気がついたの?」
「ああ、そのおいてきた鞄の中に、家の鍵が入っていることに気がついたのはドアの前に立ってからだ。」
「・・・・・・・僕がここに住んでいてよかったねぇ。」
春男は少しあきれたように言った。
「あ、だから携帯もその中か。」
「そう。携帯も、財布もその中。どこにも連絡はできないし、どこにも行けないし。会社も閉まってるし。ホント、お前が起きていてよかった。」
「いや今日は寝ていたんだよ。ここで。」
「ここで?」
なにやら、寝室のほうからガタっと音がした。
「え、だれか、いる?女か?」
「うん。」
春男はこっくりと頷いた。
「お、おれ、帰る。」
オレはあわてて、立ち上がった。ちょっと酔いがさめた。そういえば、玄関が暗かったせいか靴があったかどうかも確認せずに、上がってしまっていた。
「おいおい、帰れないから、来たんだろうが。」
「いや、まさか、お前がそんな、いや、帰る。外で寝る。」
パニックになったせいか、わけのわからないことを言った。コートを着ようとするのをなにやら、春男が引っ張っている。
「なにがだよ!そんだけ酒飲んで、外で寝ていたら凍死するぞ!」
「いや、だけど。」
二人でもめていると、ガタっ。ドアが開いた。髪の長い女性が、フリースのようなものを着こんで、立っている。
「だれー?」
本当に女性が出てきた。寝ていたのか、目をこすっている。
「あ、あの、すいません、いま、帰りますので。」
「あ、まて、帰る前に紹介!妹だ!」
オレの足がピタッと止まった。
「え、妹?」
「翔子、挨拶。僕の担当の佐々木洋介だ。」
「い、妹・・・・・・・。」
「あー。お久しぶりです。翔子です。」
その女性が頭を下げた。慌てて自分も頭を下げた。
「あ、ど、どうも、こんな時間にお邪魔してます。」
「で、帰るの?」
春男の目が冷ややかだ。
「いや、あの、いや、でもなんで、いるんだ?アメリカじゃないのか?」
春男が手を振った。
「うるさくして悪かった、まだ寝てて、いいぞ。」
「うん。おやすみー。」
翔子はまたドアの向こうに消えた。オレは再び春男にコートを奪われて、座ることになった。春男がコートをハンガーにかけながら言う。
「いま、冬休みで、彼氏に会いがてら、誰にも言わずに内緒で帰国したんだけど、彼氏は修行で忙しくて会えなかったんだと。ふてくされて母さんたちのところに行ったんだけど、いま、二人して、岩手に行っているんだ。」
「岩手?」
「そう、米がうまけりゃ酒もうまいはずだとか言って、でかけていった。この寒い中、寒い所に行かなくてもねぇ。」
春男は首を振った。
「まぁ、たしかに、そうは言うけど、酒・・・・・・。」
「なんでも、肉料理に合う日本酒を探すんだとか言っていた。」
「ああ、いいな。」
「そう?」
春男はあまり酒を好まないせいか、別にうれしくもないのかもしれないが、オレは飲むので、春男のところに送られてくるのをちょっと期待している。
「で、君と同じく、僕のところにやってきたと。なにかしら、食べるものはあるし、ホテル代もかからないしね。」
「う。悪い。」
「はぁ、今日は寝るのはあきらめるよ。」
そういって、春男はパソコンをつけた。
「そこで寝てくれ。ベッドは翔子が占拠しているし。君んちのスペアキーは持っているけど、鍵を渡したのはいいけど、帰宅途中で眠り込まれても困るしね。」
「……すまん。」
「起こすのは始発前でいい?」
「んー。」
オレは、結局春男が寝ていたはずのソファーで寝た。春男が寝ていたせいか、温かい。
最後のセリフはほとんど聞こえていなかった。上から毛布を掛けてくれていたことにも、起きるまで気が付かなかった。それくらいぐっすり寝込んでいたのだ。
明け方の始発頃、一晩中起きていた春男にゆすり起こされ、貝の入ったみそ汁を飲まされて、まだ頭痛のする頭を抱えて、駅までふらふらと歩いていった。鞄はあっさりと見つかり、オレはそのまま家に戻った。
春男の妹のほうは昼ごろ、彼氏から急に会えると連絡が来たとかで慌てて出かけて行ったと翌日になって聞かされた。
オレが出かけた後にソファーで寝ていたら、昼ご飯を作ってと起こされたらしい。彼氏の分と妹の分のお弁当を作って持たせたそうだ。
「あたしが作るより、兄ちゃんのほうが料理がうまいじゃん!とか言って、作らせておきながら。まったく。兄より、彼氏が大事とは。」
春男はパソコンの前でぶつぶつ言っている。
「そうなのか。」
オレのほうは、昨日の迷惑をかけた詫びということで、魚を買って夕方に参上した。肉ではないのが春男への健康の気づかい分だ。妹の分もあったのだが、間違いなく春男の胃の中におさまるだろう。
「それで、また戻ってくるのか?」
「いや?今日の夜中の便で向こうに帰るからな。」
「もう?クリスマス休暇だろ?」
「いやぁ、あいつの彼氏は多分休めるっていっても、一日もないだろうし。向こうでパーティもあるし、バイトもあるし。なんか、イベントが盛りだくさんみたいなことを言っていたしね。ま、しばらくは来ないな。」
春男はそういった。ふと机を見ると、妹との写真が置いてある。ずいぶん前に会ったことがあるが、正直なところ昨日は酔っていたせいかあまり顔をはっきりとは覚えていなかった。おそらくまた会ってもわからない気がする。オレは写真を置いた。




