春男と粉
春男と粉
「ん。」
オレは携帯に着信が着ていることに気が付いた。メール。そして春男だ。読まなくても内容はわかるが一応見る。
『うちによってくれ。』
ほかに何かないのかと思うのだが、まぁ、しかたがない。春男が家の寄ってほしいとき、それは原稿が完成したときでも、それが本として売り出されたときでもなく、ましてや、作品が浮かばないと泣いているときでもない。
春男が家に来て欲しいとき、それは、春男の母親からなにかしらの大量の荷物が届いた時なのだ。オレは、メールを見て、昼ごはんは少なめにすることにした。
メールでの要請は食材のときが多い。そうすると、春男の夕食にそれが反映されるのだ。今日は何が送られてきたのかと考えながら春男の家に向かった。いつぞやはキュウリが大量に送られてきて、デザートまでキュウリで作っていた。
「来たぞー。」
玄関を開けるなり、廊下のはずが、廊下が見えない。
「なんだ、この箱は?」
「避けて通れ。」
オレは、ひさしぶりに足を高く上げて、箱を乗り越えた。
「なんだ、……うわぁ。」
ひさしぶりに、なんだか感動したかのような声を上げた。
「食え!その前に、そのたい焼き、管理人に持っていってくれ。」
春男は既に、料理で消費しようと努力しているのか、机の上には、料理が並んでいる。パンに、お好み焼き。もんじゃもホットプレートに乗っており、デザートの部類にはクレープやらたい焼きやらが乗っかっている。
オレは、何が送られてきたのか、そっと箱の中を覗いた。どうやら、粉のようだ。
「粉?」
「よっ。」
オレの声は届かないのか、春男はフライパンをひっくり返している。
「それは?」
「餃子。もってったか?」
「今からだよ!」
「いいか!絶対になにも貰ってくるなよ。」
オレは春男の言っていることをあまりよく理解しないまま、とりあえず、管理人の部屋へ向かった。自分のアパートの管理人の顔もおぼろげだというのに、たまにしかいないはずの春男のアパートの管理人はよく覚えていた。
「あ、あんた!」
管理人と顔を合わせるなり、急に驚かれた。
「あの、これ、差し入れです。」
「ちょ、ちょっと待ってよ、帰らないでよ!」
管理人のおばちゃんは、奥に行くと、がさがさ袋をいわせながら戻ってきた。
「これ!持っていって。」
「い、いや、でも…。」
「孫がお世話になったの。絶対に持っていって!」
男性諸君、母親より年齢が上のおばさんに逆らえる者などこの世の中にはない。
「はぁ。あ、じゃ、これ。」
「あら、たい焼き。大好きなの。ありがとう。」
「いえ。じゃあ、これで。」
オレは、春男の言っていたことを思い出した。春男の部屋に戻ると、目ざとくオレの持っている袋に目を向けた。
「貰ってくるなって言っただろが。」
「いや、だって、孫が世話になったって……。」
オレは袋を春男に差し出した。
「孫?あーあれか……お。フルーツか……。しゃーない。まぁ、とりあえず、食え。手を洗ってからな!」
「おー。」
オレは箸に手を伸ばしながら、春男の口調の違和感に気がつき始めていた。また何かに影響を受けているようだ。いつもはこんな口調ではない。きっとテレビだろう。こんな日は書いた原稿内容にも気をつけなければならない。しかし、そのことには触れずにすることにした。 余計に混乱されても困る。
「旨い。ところで、孫ってなんだ?」
「ん?ああ。なんでも、どっかで殴られて、ぼろぼろになっていた管理人の孫を親父が拾ってきたんだ。醤油、とって。」
「拾っ・・・殴られて?」
春男に醤油を渡しながらも、目を丸くした。
「タイマン、したんだって。」
タイマンとは1対1のケンカのことだが、オレは春男がいまだにそんな言葉を使っていることに驚いた。それにいまでもタイマンなんてことがあるのだろうか。決闘なら法律上で禁止されている。
「だけど、実際には子分が後から出てきて、やられているところに、父さんがやってきたと。」
話しているうちに、どうやら、春男の口調が戻り始めたようだ。
「でね、五対一はいかんと思ったらしくってね、声をかけたところ、相手が勝手に逃げていったんだって。」
気持ちはわかる。春男の父親は、体力があるかどうかはともかく、強さに関係なく顔が怖い。見慣れても怖い。それが自分に走って向かってきたら、オレでも逃げる。顔見知りでも、後ずさりするだろう。
「本人は気を失っていたんだけど、父さんは顔を知っていたから、管理人さんのところまで届けたんだって。そのあと、たぶん病院も行ったんじゃないかな。」
「なるほど。管理人のほうは分かった。それで、この粉は?」
オレはお好み焼きを切りながら聞いた。
「婚活って知ってる?」
「……。」
どうも春男の話は唐突だ。いつも唐突なのだが、なんだというのだろうか。
「一応、単語としては。それがなにか?」
「その中に、うどんを一緒に作ろうって活動があるらしいんだな。一緒に作って、食べて仲良くなろうってことらしいよ。」
「うどん?それでか。粉を大量に使って、開発したんだな?」
春男の母親は有名な料理研究家である。
「そうならいいんだけど、そうじゃなくて、母さんのライバルが。」
「あちゃー。それで?」
「粉物でほかに見つけてやる!ってファイトが沸いたらしくって、粉を大量に買って、粉の袋をあれこれ開けた後に、ヨーロッパ研修を忘れていたことを思い出したんだって。自分でその時期を選んで申し込みをしたのに。」
「研修・・・だけど粉なんて結構もつだろ?」
「いい粉なんだよ、これが。袋を開けてなければあればまだしも、開けまくって。風味は落ちるし、帰ってくるのは半年先だぞ?その頃には、あきて、粉のことなんかきれいさっぱり忘れてるね!」
春男はきっぱりと断言した。長年の親子関係からくる確証なのだろう。
「なるほど、それで送ってきたのか。」
「そう。父さんがね。母さんが半年いないからって、家の大掃除をするのに、邪魔だったんだって。声がひたすら弾んでたよ。」
「ふーん。」
オレは頷いた。春男の父親の趣味は家事だが、それは春の母親がいないときに限定される。きっと今ごろ、るんるん気分で家中ピカピカに磨いているに違いない。掃除のためなら有給でもとりそうだ。
「とりあえず、今日の朝から料理しまくって、あっちこっちに配って結構片付いたんだ。」
「だけど、これ全部料理するのか?」
オレは結構な量の段ボール箱をみて、言った。
「まさか。未開封の分は掃除が終わり次第、取りに来てもらうさ。父さんなら今日中に家の中をかたづけて、明日には取りに来るだろうし。知り合いにうどん職人もいるし。」
オレはほっとしていた。粉を料理するのに忙しくて、作品が出来上がらないなんて困る。ついでに春男の体重が増えても困る。
「ところで、作品のほうは?」
オレは一応聞いた。
「結構進んだ。」
「お。」
意外な返事だ。
「粉が来たのが昨日の夕方で、粉のせいで、床が抜けたらとか粉塵爆発したらとか、嫌なことばっかり浮かんで、あんまり寝られなかったんだ。夜中に調理しても誰も食べないし、うるさいだろうし。その間に、パソコン打ちまくった。」
「……。それは災難だな。」
「困ったもんだね。」
春男はそういって、ため息をついた。ため息をつきつつ、食べるペースが落ちていない。
その姿を見ながらオレは、自分が来た時の春男の口調と、なんだか作品の内容が気になってきた。粉は絶対に作品の中になんらかの形で入っているに違いないと確信しつつ、餃子を食べた。焼き餃子の横で、水餃子がつやつやと光っていた。




