第四回最終回(前編)
第四回最終回
オレは、駅の一つ手前で降りた。ため息をついて歩き出す。オレの担当している作家先生に会いに行くのだ。なぜ、いつもの道ではないのか。この発端をさかのぼると、春男とのケンカが原因だろう。
「お前、作家として売れて生きていく気がねぇのか!」
オレが怒鳴った。
「あるさ!だけど、それとこれとは・・・。」
春男が言い返す。
「一緒さ!今、原田を殺したら、お前の作家人生終わりだ!」
「なんでさ!?原田を殺すも生かすもこっちの自由だ。」
「自由じゃねぇよ!」
「原田が嫌いなんだ!」
「お前の意見なんかどうだっていいんだよ!」
オレと春男のにらみ合いは続いた。学生時代でさえ、しゃべったことがほとんどないのに、まさか大人になってから怒鳴りあいをすることになろうとは……。
ことの始まりは、怒鳴りあいの数日前になる。
春男の連載中の作品が面白いからとテレビから実写の話が来た。といっても、ゴールデンタイムではなく、真夜中の放送だ。それでも、オレはうきうきしていた。もしかしたら、これで原作の売れ行きが伸びるかもしれない。ところが、春男は、話を聞いても、あまり関心を示さず、「へぇー。」とだけ言った。
「でも、嫌いなんだけどなぁ。あの作品。」
「そうなのか?」
「んー。なんかイライラするんだよねぇ。自分で書いておいてなんだけど。」
「へぇ。」
オレもそのとき、それだけ返した。
ところが。
連載も終わるというところで、春男が主人公が死ぬという設定にしたのだ。そこから、話し合いが怒鳴りあいに発展したのだった。
「もし、テレビで人気が出て、続編を作ろうにも、主人公が死んだら何にもできないじゃないか!」
「生きているのか、死んでいくのかわからないような作品の終わり方は嫌いなんだよ。いいじゃないか!運命の相手に原作で会っているのに、いつまでも結婚しない主人公だっているだろ!いつまでも年をとらない主人公だっているだろ!原作では死んだ主人公がいたっていいじゃないか!」
「お前、作家として生きていく気がねぇのか!」
ということになったのである。
「絶対に、譲らん!」
春男が言う。
「あーそーかよっ!なら、オレだってお前の担当なんかやめてやる!そんなんだから、親の七光り作家って言われるんだ!勝手にしろっ!」
オレは、勢いよく、ドアを開け、閉めた。
オレは暖かい日差しの中、マフラーをはずした。今日はいい天気だ。少しくらい遠回りしたっていい天気だ。正直なところ、あまり行きたくはない。しかし、作品をもらいに行くのだから仕方がない。それでも、ちょっと抵抗して遠回りしている。
あの怒鳴りあいのあと、勢い込んで外に出たオレは、残っていた氷のかけらで足を踏み外し階段から転げ落ちた。
「うわあぁっぁ。」
その前から春男と怒鳴りあっていたせいか、あっちこっちのドアが開いた。当然、春男も出てきた。
「生きているかい?」
「あたりめぇだろうが!」
と、オレは怒鳴ったが、どうもおかしい。立てないのだ。春男が出てきたせいか、ほかの住人が玄関から出てきた。春男はいろいろおすそ分けしていて、全ての住人と顔見知りになっているらしい。
「大丈夫かい?」
ほかの住人が聞いた。
「え、いえ、なんか立てないんです。」
「あー、それは骨折よ。右?左?」
他の住人が聞く。
「み、右かな?」
「骨折ねぇ、やっかいよねぇ。うちの子もやったことあるし。痛みは?」と、管理人のおばちゃん。
そう言われるとだんだん痛くなってくる。
「痛いです・・・。」
「ちょっと待ってな、タクシー呼んでやるから。」
「すいません。」」
「はるちゃん、あんた付いていってあげな。」
と、管理人が言う。
「いえ、いいです!こいつが来ても意味、ないですから。」
「そうだよ、僕が治療するわけじゃあるまいし。」
春男はあっさりと断った。自分で来なくていいといっておきながら、春男の非情さに腹が立つ。確かに、来てもとくに役には立たないのだが。オレは住人に支えられて、病院に向かうタクシーに乗り込んだ。
「捻挫です。」
レントゲンを見て、医者はつまらなさそうに言った。
「骨折まではいかなかったんだねぇ。」
「そうですか。」
オレはほっとした。
「まぁ、三段階の2くらいの悪化だから、4-5週間くらいで歩けるよ。ま、腫れるだろうけどね。」
なぜか不機嫌そうに言う。
「そうですか。」
ほかに何が言えるというのか。
「とりあえず、入院する?」
先生は急に目をきらきらさせて言う。
「いえ、あの、えーと。」
「じゃ、三日。」
「はい?」
「三日、入院していきなさい。で、土曜日に帰る。土日なら家で家族も面倒見てくれるでしょ。」
オレはため息をついた。
「そうですね。」
先生は、なぜかニコニコ笑った。あとから患者のうわさ話によると、入院させるのが大好きな先生らしい。医者も変わっている。
しばらくの間、オレは春男と連絡をとらずにいた。なぜか編集長から言われたのだ。
「あー、ゆっくり休め。」
「でも、春男は……。」
「あーいい!いい!あの変人はこっちでどうにかするから!じゃな!あれはほっとけっ!」
がちゃっ
ものすごい音を立てて電話を切られた。そして、春男からも連絡がなかった。まぁ、病院内は携帯禁止ではあるのだが。後から聞くところによると、春男はあのあと、出版社に向かい直接編集長と話をしたらしい。
二人が話した会議室からは、なんの音も漏れてこず、誰も内容を知らないまま編集長が担当になり、作品は完成した。
オレは、実家に帰り、客間を空けてもらってそこで静養することになった。母親が買ってきた雑誌に載った作品を読んで愕然とした。最終回が二つに分かれているのだ。主人公が死んだ場合と、そうでない場合と。そして、ファン投票によって、書籍にするほうを選ぶそうだ。
オレは慌てて出版社に問い合わせてみたが、編集長は留守というそっけない返事を貰い、春男の携帯からは電波の届かないところに……のアナウンスが流れた。面倒大王な春男は当然留守番設定もしていない。
深いため息をついて、部屋へと戻っていった。家にいる間、オレは自分が怒鳴った台詞に後悔していた。
親の七光り作家。
そう言ったのは、その母親のマキさんの担当していた雑誌の編集担当だ。母親から息子が作家と聞かされたらしい。
「春男の作品を読みもしないで!ふざけんな!」
オレとそいつは怒鳴りあいの喧嘩をして、今では口も利かない。オレはため息をついた。




