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春男と標準語

春男と標準語


「文字ってさ、無力だよね。」

「はぁー?」

オレは最近、出した記憶がないほどの大声で言った。これにはさすがの春男もびっくりしたようだ。

「そ、そんなに大きな声で言わなくても。びっくりするじゃないか。」

「いや、お前が変なこというからだろ。」

「そう?」

「ああ。なんだ、なにかあったのか?」

もはや、作家の担当というよりも、愚痴聞き係になっていないだろうか?最近しみじみ感じている。

「いや、母さんが九州に行ってきたんだ。あ、あとで土産があるから、渡す。帰るとき、言ってくれ。」

「わかった。だけど、お前の母さん、ホント日本全国でかけるよな。それで?」

「おととい、帰ってきたんだけど、九州弁が移ってらしくって訛ってるんだよ。」

「……そ、それで?」

「僕が書いている本の内容って、基本的に標準語だろう?」

「……だと思っているが?」

「それじゃあさぁ、地方にいる人には伝わりにくいよねぇ。」

春男はぽつりといった。標準語でも春男の言っていることはよくわからないとはちょっといえない。それにちょこちょこおかしな日本語をオレがきちんと直しているとも言いにくい。

「まぁな。だけど、そういうのは多数決だからしょうがないんじゃないか?」

「うん……。」

 そう言っても春男の顔は渋いままだ。このままにしておくと、地方にまで訛りを勉強しに行くとも言い出しかねないようだ。

「それにだ!地域によっても年代によっても言葉や方言は違うだろうし、間違えると逆に失礼だぞ。」

「そうかな?」

「そうだ。それにオレ、新聞だったか、なにかで読んだんだが、そのうち、方言用変換ソフトが開発されるそうだ。」

「そうなの?」

 春男が目を丸くする。

「まだ、出来上がるまでに時間がかかるそうだがな。そこでだ、標準語だろうが、なんだろうが本を出しておけば、お前が死んでからもそのソフトにかければ読めるんだから、いいから書いておけ。」

「うん、そうするよ。」

 春男はにっこりと笑って、パソコンに向かった。

 ちなみに変換ソフトは嘘だ。万が一、出来たとしても春男が生きている間にできることはなかろう。誰が利益もないのに開発するだろうか。

 オレは嘘をついた罪悪感をまったく感じることなく、出来上がった部分の春男の作品を読み出した……。九州弁が混ざっていないかに注意しながら。


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