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生きること

作者: 罰ゲーム
掲載日:2026/02/15

 選択、決断、生きる、前に進む。私たちが何気なく行う行為というのは、もしかしたら思った以上に難しいのかもしれませんね。今回は一人の少女がそれらをできるようになるまでのお話。

一章 現在まで続く悪夢

 血というのは思ったより赤くない。それが私の感想だ。思考は、まったく追いつかない。私が何をしたのか。理解した瞬間に壊れてしまいそうで、それでも目の前には――。

あおい?……起きてくれ……私は、どうして」

事切れた親友である彼女が血を流している。操られていて、私はそれを助けようとして。なのに、私は、だめだ。これ以上考えたくない。考えなければならないのに。そばにいた部下によってその場から引き剥がされた。抵抗なんてできなかった。

 少し、過去の夢を見ていた気がする。ベッドから起き上がり少し遅い朝食の準備をする。私の心はどうやらあの日から動いていないらしい。

「まただ。蒼、どうすれば——。……はぁ、もういないって何回言い聞かせればわかる」

誰に言うでもなくつぶやいた。いつもならその言葉は虚空に帰るはずだった。

「?何言ってるんですか?紅葉もみじ?」

幻聴が聞こえてきた。おそらく私は精神病だな。不意に玄関扉が開く。どうやらノックの音が聞こえてなかったようだ。

「すみません。無霧もぶさん。武器のメンテって誰?その娘?」

誰?私一人しかいないはずだ。ほかに誰が?紅葉は先ほど声のした方向に顔を向ける。

「私ですか?青原蒼。昔、今の無霧の親友やってたものです」

いつから?いやその前に、昔私が殺してしまった蒼が立っていた。

「蒼?なんで?」

昨日まではなかった。一体何が起きている?蒼は私を見透かすような目で見たかと思うと、すぐに話し始めた。

「さぁ?それは目の前の人に聞いたほうがいいのでは?」

私の視点は蒼からドアの前に立つ少年アストラに向く。アストラの視線は一瞬泳ぎながらもこちらを向いた。

「直線的に話す。魔王を倒した。けど世界の理が反転した」

それによってありえないがあり得る世界になったと。理解はできる。紅葉は口元に手を当てる。

「なるほど、歪んだ奇跡というやつですか。それならば、もう一度反転すれば治るでしょう」

蒼は飲み込みが早い。前と変わらない。だから受け入れられない。

「本当に言っているのか?それは、お前が死ぬってことだぞ?」

私は今、ようやく蒼の死について理解した。

「わかってないと?貴方よりは数段理解してます。それとも、怖いですか?」

何よりもまたお前を失うのが怖い。それを言って、そうですよねって納得されるのもな。

2章 人間としての揺らぎと迷い

 とりあえず、今日はアストラに帰ってもらった。紅葉はソファに倒れ込む。

「……はぁ、このままでいいのに。見たくないな」

誰かに聞いてほしかったわけじゃない。蒼を消したくない。ただそれだけ再認識するだけに言葉。それは素直な意見だった。だが、不運にも今の私は1人じゃなかった。紅葉は布団にくるまった。

「……貴方からは聞きたくない答えですね」

私をすべて見透かしたようにそう告げる。それでも今のすべてだった。頭で分かろうとそれ以外のすべては否定する。行動に出ることはないだろう。

「君は世界を治すんだね。アストラ」

「……ああ」

迷いはしたものの、さすがは勇者と言おうか。予想通り世界を治すために動くようだ。紅葉はアストラから顔を背けながら話す。

「うん。その考えを否定する気はない。ただ、私は私個人は治したくない」

結局否定だ。そして自己の考えを相手に押し付ける。これじゃあ私は子供だな。まぁ、私の今の年齢が18歳な時点でまだ子供か。妙に納得してしまった。

「まっとうな意見だと思う。失うつらさは、俺も少しは分かるから」

「そうか、助かるよ。……死ぬなよ。救いたいのなら生きてこそ、だよ?」

彼は少し考え込んで、そして私の方を向いて話し始めた。

「その言葉は、あなたに返します」

 部屋に戻りソファに座る。

「紅葉、いえ。今は無霧でしたか。何で名前変えたんです?」

「私は私を否定したかった。その結果だよ。結果的に意味はなかったのかもな」

一呼吸置いて。蒼は小さく、しかし私には聞こえる声量で話した。

「私のせいですか?」

その言葉を否定はできなかった。しばらく、気まずい沈黙が流れる。壊したのは私だった。

「なあ、お前は今。どうなの?」

素朴な疑問だった。ただこれがマズかった。

「最初は喜びましたよ。でも現実は甘くないようです。……世界が消えてしまうくらいならいないほうがマシです」

彼女は拳を握り込む。本心ではあるがまだためらっている。でもその目を見れば分かるよ。その考えは変えたくないんだろ?私は、ただ黙ることしかできなかった。

「彼もまた、失う選択をした一人だろう。何も失っていない者が、あんな顔はできない」

蒼から顔を背けながら話す。

「……うらやましいですか?」

「……正直な。うらやましいよ。決断ができない弱い私と違って。失う覚悟がある」

とは言ってみたものの。彼のは違う。一歩を踏み出す勇気があって、その気力で自分を止められなくなっただけだろう。立ち上がり、ドアに手をかける。

「行くんですか?」

疑問に満ちた顔で蒼が見つめてくる。ためらうことなくその言葉に対する答えが出て来た。

「友人を、また失うのはごめんだからな」

動く気はなかった。だが、私の声と行動は私の意志とは関係なく動いていた。

 世界は混沌そのものだ。死者の復活に喜び。対照的に会ったはずの命は消えている。見れば見るほど何が正しいか、分からなかった。

「いたいた。やられっぱなしだな」

発見したアストラは魔物の襲撃に遭っていた。紅葉は一刀のもとに斬り伏せた。動作は一瞬で圧倒的なものだった。

「助かった」

「まだ迷うか?勇者らしくない」

困ったように考え、口を開く。

「それは違う。俺は勇者以前に一人の人間だ。迷って当たり前だ」

「それもそうだな」

「無霧さんは、迷わないのか?」

アストラからの問いにすぐには答えられなかった。

「……迷路の中だな。一向に出口が見えない」

紅葉は指をくるくると回しながらそう伝えた。

「そういうときは、まわりを頼るといいよ。それは弱さじゃない一人の人間として当たり前だ」

即答された。反応に困ってしまうよ。少しの間、私は蒼を連れてアストラと旅をすることにした。

3章 アストラの行動、蒼の意思

 アストラは不意に無霧を見る。無霧さんは不思議だ。なんというか、壊れているのになぜか動いているような。そんな感じだ。もしも、無理矢理この世界を治すとしたら。無霧さんは壊れてしまうだろう。それは人として、やってはいけない気がする。だから、理解するまでは蒼さんから離れないようにしないといけない。

「……お節介、か」

「やり方次第だ」

「そうだな。それより無霧はどうしてついてきてくれたの?」

長い沈黙だ。おそらく、よくわかっていないんだろう。一つ言えるのはそれをわかろうとしたから付いて来たんだろう。

「言われてみるとわからないな」

「そっか」

 蒼は不意に記憶がフラッシュバックする。私は彼女に殺された。という記憶が脳にこびりついて離れない。被害者面はしたくない。が、紅葉が私を殺したのは操っていたやつがわざと飛び込ませた結果だ。彼女は悪くない。だと言うのに彼女にとって、私は傷なのだろうか?きっと傷だ。致命傷レベルの深いものを治せるのは私だけだ。そういう自負はある。ただ、あとを考えると。治すという行為だけでは彼女には足りない気がする。

「わかっていたつもりなんですかね」

「え?このキノコ食えるの?」

「そういう話はしてませんよ」

杞憂であってほしいものですね。……寂しいことに何もわからない。私は一体、どうすればいいのでしょうね。

 犬も歩けば棒に当たるというが、ここでは魔物に遭遇するんだよな。紅葉は剣を抜く。よく不思議がられるし自分でもよくわからない剣だと思う。私がよく使う剣は刀身の⅕程度のところで折れている。切れ味は鋭いし、硬いため言うことはないが。……少し私みたいだな。魔物の群れを倒しながらそう考えていた。

「アストラ」

目線だけで状況がわかっているようだ。

「俺は今手一杯なんだけど?」

アストラの様子は辛勝と言ったところだろう。取りこぼしの相手をする暇はなさそうだ。

「私が出ます」

颯爽と蒼が前に躍り出る。そして蒼の能力、重力を操る能力によって押しつぶした。

「ナイス」

「ありがとな」

「光栄です」

4章 代償

 一呼吸置いて蒼が話し始める。

「紅葉、あなたはなぜ能力を使わない?」

私の能力、存在や意味に干渉する能力。要するに何でもできる能力だ。蒼の死んだ直後に発現、覚醒した。

「使う気がないからだな」

「なら使いたくないものを使えって誰かが言ってもそれを拒否すればいい」

「まあ、そうだな」

この一言は小さくて風にかき消されていた。 はぁ、全くもって解決の方法が見つからない。そもそも解決方法って形がある手段なのか?

「無霧さんは、能力の代償ってなんだよ」

「……周りの不幸。あと、私が心の底から生きたいと思った瞬間、何があろうと私が死ぬ」

「!!」

能力を使った瞬間、死ねるとするならそれは私にとって幸福だ。死ねない、死ぬことを許されない存在というのは思った以上に重い。

「おそらく、私が心の底から生きたいと思った瞬間、私が死ぬというのは仮のゴール。真のゴールは、不老不死だよ」

アストラが感情のままに立ち上がった。その様子を見ながら、紅葉は焚き火に木を投げ入れた。

「なんで、そんな。仮のゴールなんて」

紅葉は静かに悲しそうにつぶやいた。

「そう思っていたほうが、気楽でいいからな」

風の音が嫌に耳に残る夜だった。

5章 覚悟の形、前

 無駄に押しが強いのは変わらないというか。紅葉は蒼とアストラを残して情報収集に出かけてしまった。

「ああいうの、困るよな」

「ええ、困りますよ。ほんと」

改めて考えると、蒼をよく見ることなんてなかったと思う。白髮灼眼で、皮肉にも紅葉よりも生き生きと見える少女。

「あなたは、なぜ戻す決断を?」

不意に蒼が話し始める。

「……現実ってのは残酷だ。だが見なければ世界は進まないし、広がらない」

「それが理由、ですか」

アストラは首を振る。

「違うな。俺も最初は戻さなくていいと思ったよ。亡くなった妹が居てな。……復活した理由を知ったとたんなんて言ったと思う?そんな奇跡は間違ってるって言ったんだよ。全く、最高の妹だろ?」

「強いお方ですね」

少し間を置きアストラが話し始める。誰にいうでもなく独り言のように。

「壊れきってないってのはまだ救える証しだ。だが、助けてと言われなければどうしていいかわからない」

アストラは、蒼の方に向き直る。

「これは普通だ。そういうやつっていうのはな、後戻りできなくなってから助けを呼ぶんだよ」

アストラが何を言いたいのか。少し理解できて来た。

「だから、今取り返しがつかなくなるかもと足踏みしてたらダメなんだ。どうするべきか分からなくても、寄り添うことはできる。……はぁ、お節介だと分かっているつもりだったんだがな」

「歳下に説教されるとは」

「今は蒼さんと同い年だ」

「ふふ、そうでしたね」

5章 覚悟の形、後

 雨が降り始めた街を何気なく歩きながら不意に口に出てしまったようだ。

「死ぬってどんな感覚なんだろうな」

単純な興味本位の言葉。それがマズかった。隣にいるのは一度死んだ人間だ。

「済まない。ほんの興味が口に出てしまった」

「いいですよ。気にしてません。……聞きたいですか?私も誰かに聞いてほしかったので」

少し間を置き、噴水近くの喫茶店に入り蒼が話し始める。

「体を貫かれたときに鉄の冷たい感覚に支配され、紙のように肉が裂け、果物を握り潰したように血が噴き出して。死の恐怖より先に死ぬんだなって納得が先に来ましたよ。もちろん怖いものは怖いです。死にたくないとも、なんで私がとも思いました」

蒼は頼んだコーヒーを飲みながら少し上を向き呼吸を整える。

「ですが、死んで終わりより生きてまだ続くっていうことのほうが。よっぽど怖いですね言ってしまえば楽か難しいかなんですよ。壊すのは簡単でもつくり続けるのは難しい」

アストラも頼んだコーヒーを飲みながら答える。

「そうだな。だから選択し続けなければならない。苦しくて目をそらしたくてもな。俺は雨が好きだが、晴れるから好きなんだよ」

「やまない雨がないのと同じ、ということですね」

不思議なことに喫茶店からでた時には雨が止んでいた。そして綺麗な虹が空にかかっていた。

 町中は混沌そのものだな。失った家族、恋人に会えて喜ぶもの。対照的にそばにいた者が唐突に消えて悲しむ者。死んだわけじゃない世界の理が反転したために死者の役を無理やり押し付けられた人たちだな。そばにいた人とは言ったが、別に誰でもいいのだろう。死者の役を取ってくれるなら誰でも。それに消えてしまったのは何も人だけじゃない。……おそらく、これを使った魔王は自身を復活させたかったんだろう。自分自身の復活のために能力を使うか。よっぽど、私よりも人間らしい動機じゃないか。計画は失敗し代わりに世界を崩壊させたようだがな。

「済まない。今の状況についてどう思うか聞かせてほしい」

6章 葛藤と決断

 一通り情報収集を終えた。ベンチに座り情報を整理してノートにまとめていた紅葉は現実を認めたくはなかった。なんで、死者が中立なんだ?納得なんてできない。だが理解はできた。どんな形であれ一度死んだんだ。覚悟ができている者もいて当然だ。それでも、心のどこかでこの情報を否定してしまいたかった。もう一度、調査すれば。そんなことをしても変わらない。わかり切っていたのにな。ベンチを離れ、アストラたちと合流する。

 色々な情報収集を終え紅葉は帰ってきた。送り出した時よりやつれて見えるのは気のせいではないな。

「何かありました?」

「まぁ、いろいろとね。分かった情報から話してくよ。まず、そばにいた人を失ったものは直せという意見が多かったな。死者とともにいる人たちはこのままでいいという意見が多かったな」

紅葉は少し考えて、不服そうに話を続けた。

「死者たちは、中立。どんな形であれ一度死んだんだ。覚悟と言うやつだろうな。よって意見が偏ることはなかったよ」

「そうですか。ゆっくり休んでください。……少し私も一緒にいても?」

二人はベッドに横になった。どっちを選んでも不幸は消えない、か。アストラは少し考える。奇跡なんてものは信じていない。それゆえに公平なんて言葉は存在しない。……今はあの2人の傷が癒えるまで、このままにしておきたい。

 もしかしたら、私が止まっているから。アストラたちは動こうとしないのか?自分が止まっている自覚はあった。だが、そんなことお構い無しに世界は進む。もしかしたら、それすらも免罪符にしていたのかもしれない。

「なぁアストラ……やっぱなんでもない」

喉元まで出た言葉がそのまま霧散して消えていった。

「そっか。……一つ言っておくぞ。察してほしいなんて言うのは甘えだ。言葉にしなきゃ、誰にも伝わらない」

「普通だな」

だがその普通が痛いというほど突き刺さる。周りは失う覚悟だ、消える覚悟のもとで動いてる。明確な判断基準も正当な理由もない。紅葉は一人木陰の下で悩んでいた。

「怖いし、逃げ出したいし、責任なんて投げ出したい。でも」

壊れたくない?違う。今になって思う。確かに壊れてしまう。それ以上に救われたいと思ってしまうから。

「それでも、今度は私が動いてみよう。歩み寄って行こう」

木陰の下の独白を聞いたアストラは静かにその場を立ち去った。一歩前進だな。無霧さん。

7章 蛹

 蒼は一人放置されていた。どこに行っていたのかと思ったら、すぐに戻ってきて。アストラは一体何がしたいのでしょう。

「それで、世界を戻す方法というのは分かりました?」

「魔王が使った魔法をどうにかするってとこまでだな」

ざっくりし過ぎて言葉も出ませんね。どこからともなく聞きなれた声が耳に聞こえる。

「魔族のスキルツリーには確かにあるよ?蘇生魔法」

「!!紅葉、どうして?」

紅葉は迷う素振りを見せなかった。それでも言葉にするのは難しかったようだ。

「……決めたわけじゃない。ただ動きたくなっただけ。それだけ」

 その日の夜は久しぶりに野宿だった。何が変わったのか。いつもより夜空の星はきれいに見えた。

「紅葉、私はあなたにどうすればいいのかわかりません」

「……そ」

紅葉は蒼の顔を見ていない。それなのに、表情は手に取るように理解できた。

「じゃあさ。私をぎゅってしてほしい。今はそれで十分だよ」

少し驚いた。正直な話、今までの紅葉は弱いところを見せようとしない人間だった。

「あなたも甘えるんですね」

蒼のその声は少し優しい声色だった。

「悪いか?2年前から動いてないんだよ。ようやく、動ける気がしたんだよ」

その夜は少しだけあったかく感じた。

 魔物襲来、か。先に動いたのはアストラ、それに続いて蒼と紅葉が動く。

「蒼、アストラ。そっちは任せる。だからここは任せて」

依然として剣は折れたままだ。だが以前より心なしか傷が少なくなっている気がした。

「無理なら言えよ」

「自分が分からないほど、私はバカじゃない。そっちに集中しろ」

「喧嘩しないでください。まぁ、この程度、造作もありません」

数分も経たずに魔物は蹂躙された。アストラが唐突に話し始める。

「なぁ、魔族のスキルツリー解析っていうのはどうやればいい」

魔物を倒し終わった紅葉が話しかけてくる。

「一般的な魔術解析とそう変わらない。変わるのは脳構造の違いによって起こる。1年間走り続けたような身体的負担がかかるということか」

「そうか。じゃあ、それは俺の役だな。体力には自信があるんだ」

「任せる。今度は私が言う番だな。無茶はするなよ」

 能力解析のため一度アストラと別れる事となった。気まずい。蒼と二人きりとはな。何をするでもなく町中に出た。

「なぁ、あの時のこと。どう思ってる」

今なら聴ける気がした。このまま終わりたくない。せめて謝りたい。そう思ったから。アストラの言葉、察しろは甘え、か。言ってくれるよ。

「気にしていない。と言うとウソになります。ですけどあなたが気にすることじゃないですよ」

蒼は紅葉を見て一呼吸置いて話を続けた。

「それでも納得しないなら、そうですね。あなたは、幸せになっていいんです。甘えていいんです。だからもうとらわれないでください」

紅葉は驚いたように目を開け、そしてすぐに視線を外した。

「ずるいな。ずいぶんとずるいよ。じゃあ、少しだけ休もう。お前も一緒にな」

 もしかしたら、あとはもう紅葉自身の力だけで立つだけかもしれない。

「蒼ー、久しぶりに料理作ってやるよ」

「はいはい。今行きますよ」

今はそんな事考えなくていいですね。

「何を作ってくれるんですか?」

「スターゲイジーパイ」

「帰っていいですか?」

蒼の即答に紅葉は焦ってはいなかった。

「冗談だよ。ビーフストロガノフだよ」

「なるほど、なるほど」

多分どんなものか分かっていないな?んーどうせなら分かりやすいものにするか。

「じゃあパンケーキな」

「なるほど。私はブドウやマスカットをふんだんに使ったものがいいです」

「分かったよ。少し時間がかかるから待っててな」

8章 本音と決意

 少し時間を置き、紅葉は静かに話し始める。

「蒼、お前はこのまま消えるとして。それで納得できるのか?」

紅葉にとっては変えたくない事実。決断のための最終的材料。ここで心に嘘を言っても紅葉は決断しないし、これ以上進まない。

「正直、納得はしていません。ですが、犠牲の上に成り立つくらいなら。夢として終わりたいです」

紅葉は驚いてはいなかった。まるでその言葉を予測していたように冷静だった。

「そうか。そうだよな。……私も、納得したわけではない。ただ、そうだな」

少し考えるように一呼吸おき話を続けた。

「もし覚めてしまうなら。私は幸せな夢を見れたよ」

その言葉には現実を受け入れる確かな覚悟が内包されていた。

 解析が終わりアストラが戻ってきた。無理をするなと言ったはずだが、ずいぶんとやつれている。

「そっちはどうだ?」

「解析は終わった。……そっちも、何かあったようだな」

踏み込まないのはコイツのいいところと言えるな。

「そうだな。その前に、お前は休めよ」

固まってはいるが、まだ猶予が必要だな。

「あぁ、わかった。そっちの都合で大丈夫だ。……後悔はするなよ」

気遣いは無用だと言うのに。全く、お見通しということか。

「悪いな」

 意思を固めても、決断をしても、何かが足りない。それでも言語化できない。なんなんだ?

「……おそらく、納得じゃないですか?」

「納得、それもあるが感情の奥底で変わらない何か。かな」

私は前に進んだと言う自負はある。でもそれは、言われて進んだだけに思える。そういうところを、まだ認めてないんだろうな。 「なぁ、蒼。少し一人にさせてくれないか?」

「……分かりました。貴方がそれを望むなら」

一人になったのは良いものを。やはり分からないものはわからないな。どうしても私が考えなければいけない。そんな気がする。これが最後のピースなんだろうな。そうして歩き始めた。

 許してほしいとか、でもないあいつが消える覚悟でもない。色々な人に聞いて、自分なりに言葉を考えて、悩み続けて1週間程度が経ったが、依然として分からないままだった。それでも確信は掴めていた。

「わからないっていうのは止まっているんじゃないよ。長いこと生きたからね。そういうのを痛いほど見た。あんたは?もう分かってるんだろう?」

最後に聞いた初老の女性からの言葉だった。

「自分の意思からの本音。これは、その時にしか言えないんだろうな」

それでも理由はない。ただの勘だ。それでもこういう時の勘と言うのは恐ろしいほどよく当たる。

「アストラ、魔王城に行こう」

すでに準備は済んでいたようだ。

「そろそろだと思ったよ」

「さぁ、行きましょう」

魔王城までの道のりは他愛ない会話だった。その会話内容は、魔王城に着く頃には忘れてしまった。それでも、楽しいと言える時間だった。

9章 羽化

 さて、来てしまったな。紅葉は大きなため息をつく。正直、ここまで来なければよかったとも思っていた。それでも決断した意思は変わっていなかった。

「紅葉、どうかしました?」

「いや、空気が重いなと」

紅葉は辺りを見回しながらそう答えた。

「方法言っとくぞ。解除方法は生者と死者の祈りだ。その祈りに必要なのは、強くつながりあった者同士だ」

アストラは少し考えた後、話し始めた。

「ここからは何をしようと俺は納得する。それが蒼、紅葉の決断だからな。俺は外に出てるよ」

アストラはそれだけ言い残し外に出ていった。

「ずいぶんと残酷なことさせるんだな」

「魔族の趣味なんてそんなものですよ」

少し考えながらも紅葉の一歩が止まる。

「私は蒼にもっとそばにいてほしかった。でも、それで罪が消えるわけじゃないし、お前が心の底から笑顔で入れるわけじゃない」

周りの反応なんて見たくない。見たらまた揺らいでしまうから。

「だから、これは自分勝手な選択だ。誰に言われたでもない私の言葉だ。私は夢から覚めたい。……だから、やろうか。蒼」

「ええ、やりましょうか」

「「でも、少しだけ」 」

すこし雑談をした。これまでを振り返るようなものではない。道中のような他愛のない話。少しの休息は幕を閉じ 二人は大きく深呼吸し、同じタイミングで祈り始めた。

「「何事にも代えがたい幻想なる奇跡の光よ。一時の夢として。世界は目覚め、動き出す時。真実の光よ世界を包み込め」」

祈りの詠唱後、辺りが淡い光に包まれる。あぁ、言ってしまったのか。微笑む蒼を見てそんなことを思う。

「それじゃね。紅葉」

手を振って私は答える。

「ああ、また会おう。待ってるよ、蒼」

蒼は何も残ることなく消えてしまった。風の音が少しうるさく感じる。私はアストラの方に歩き出す。

「……”紅葉”さん。良いのか?」

「あぁ、あれが一番私たちらしいからな」

紅葉の頬には一筋の涙がつたった。

 魔王城には来ることはもうないだろう。立ち去り際、紅葉が持っていた剣は完成されていた。その剣は派手な装飾も意匠もない。ただ、どこまでも透き通るように美しく輝いていた。

「結局、死ななかったよ」

「そっか。不満か?」

「いや、不思議と不満はないな」

最終章 生きること

 月日は数千年と経った。ベンチに座りスイーツを食べながら考える。よくもまあここまでこれたと、我ながら思う。誰かに従ったわけじゃない。あいつらがいた世界の先を見たかった。単純な興味だ。新作のお菓子などに始まって文明の崩壊から再構築、色々見てきた。紅葉は蒼とよく来ていた野原に寝転がっていた。彼女の日課のようなものだ。

「おや、言葉通りに会いに来るか。……今度は夢じゃない。…………また、会ったな。蒼」

ふっと微笑んだ年端のいかない少女はかつての親友に重なった。その面影は光のようにまぶしく感じた。

「ええ、ようやく会えましたね。紅葉」

不思議だな。空っていうのはこんなにも綺麗なんだな。少女は長い長い時をかけ、今ようやく救われようと動き出した。

 紅葉の独白。決断に遅いも早いも無いらしい。私が辿り着いた結論はそんなところだ。今は、そうだな。幸せの味でも知っておこうかな。

 もしも、迷うことが有るなら。それは普通だと思う。どれだけ迷って、決断してもいい。最後が自分自身の言葉であるなら。あと生きるというのは迷い、悩み、それでも進むことだと思う。考えないっていうのは真に生きてないと思う。そんな生物は、少なくともいないんじゃないかとは思うけど。私の不死性はおそらく消えた。呪いなんかじゃない。ようやくあいつと、蒼と同じ時間を刻める

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