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黄昏の語り部フィオラ ―聖教会が恐れた禁忌の記録、語り部が紡ぐ真実の逆転劇―  作者: 弌黑流人
第三章 猛る嵐の月

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第38話 偽りの神への宣戦布告

 視界を埋め尽くしていた苛烈な白銀の光が、鼓動に似た心地よい震動と共にゆっくりと霧散していく。


 空間が歪み、再構築される感覚。転移装置による空間跳躍が完了したことを脳が認識するのと同時に、シリュウスは重い瞼を押し上げる。そこに広がっていたのは、先ほどまでの黴臭い地下保管庫とは対極に位置する、天上の色彩に満ちた静謐な回廊。


 床面は、底の見えないほど透き通るクリスタルで構成されている。その足下には、地上では決して拝めない壮麗な景色。夕刻を浴びて黄金色に燃え上がる雲海が、広大な海のように波打つ様。ふと見上げれば、そこにあるのは紺碧の深淵。大気に遮られることのない宇宙の素顔。星々が白昼から鋭い輝きを放ち、まるで数千の瞳が侵入者を凝視しているかのような圧迫感を放つ。

 そして、その回廊の突き当たり。光の粒子が収束する中心点に、数千年の時を止めたまま鎮座する「真実の玉座」がその姿を現す。


 玉座には、人の形を模した光の彫像が深く腰掛けている。それは血の通わぬ無機質な輝き。慈愛に満ちた神のようでもあり、すべてを切り捨てる処刑人のようでもある。その背後からは、世界中の魔導回路、あるいは人々の深層心理へと直接接続されているのであろう、巨大な光の触手が幾千も蠢き、虚空へと伸びる。絶え間なく情報を吸い上げては、不要と判断した歴史を吐き出し、磨り潰す「世界の検閲装置」。


 「……あれが、この世界の物語を検閲し、勝手に書き換えている主」


 フィオラが、指先が白くなるほど強く語り部の笛を握りしめ、掠れた声で呟く。彼女の「語り部」としての直感が、眼前の存在が放つ恐怖の本質を敏感に察知する。それは悪意ではない。目の前の存在には、憎しみも慈悲もない。ただ、世界を「あるべき形」に管理し続けるという、純粋な機能としての冷徹さ。


 「不法侵入者を確認。……聖域への汚染因子の接近を検知。……掃滅シークエンスを開始します」


 光の彫像が放つのは、音を介さず直接意識の芯を震わせる平坦な声。

 その瞬間、クリスタルの床から幾何学的な光の障壁が次々と隆起し、物理的な退路を断つ。空気がオゾンの匂いと共に帯電し、空間そのものが牙を剥く。


 「掃滅だなんて、よく言ってくれるじゃない!」


 アルドナが裂界の牙を正眼に構え、その身に宿るレオファングの血を沸騰させる。黒く染まった右腕から禍々しい魔力が爆ぜ、周囲のクリスタルに亀裂を走らせる。


 「あんたたちが勝手に書いた『レオファングは呪われた獣』なんていう下らない脚本。……私たちがここで、完結させてあげるわ!」


 アルドナの突撃。地を蹴る衝撃が回廊を揺らす。しかし、玉座の守護システムは鉄壁。無数の光の矢が、意志を持つかのような自動追尾の軌跡を描き、四方八方から彼女を包囲する。

 そこへ割り込むのは、閃光のような踏み込みを見せたエリン。彼女はシリュウスの前に躍り出ると、愛用の短剣を十字に交差させる。


 「シリュウス、装置の核を叩いて! 私が、この光の雨を全部逸らしてあげる!」


 エリンの手から放たれるのは、錬金術の粋を集めた特殊な煙幕。紫煙が光の矢の屈折率を狂わせ、致命的な軌道を強引に歪曲させる。


 「わかってる……。エリン、無茶はしないでくれ。君の命まで、この偽りの神に捧げる必要はない」


 シリュウスは、保管庫で再構築した膨大な「外部記憶」を自身の黄金腕章へと同期させる。膨大な情報の奔流が脳内を駆け抜け、視界が数式と術式の構造体へと変貌する。

 今の彼には、聖教会の権威を支える強固な防壁さえも、脆いガラス細工のように透けて見える。どこに楔を打ち込めば、この千年続く欺瞞のシステムが崩壊するか。その「真実の急所」を、彼の眼は冷徹に射抜く。


 「聖教会の神よ、あるいは神を演じ続ける機械仕掛けの管理者よ。……これは僕たちからの、正式な宣戦布告だ」


 シリュウスが黄金の腕を天高く掲げる。黄金腕章から溢れ出した魔力が、形を成して空間を埋め尽くす。玉座を取り巻く光の触手、世界を検閲していたその腕が、一瞬にして黄金色の鎖に縛り上げられ、動きを封じられる。


 「君たちが千年間守り続けてきた『嘘の安寧』は、もう終わりだ。僕たちは呪われた獣として殺されるために生まれたんじゃない。星の記憶を受け継ぎ、未来を語る者として……。自分たちの物語を、自分たちの手で綴り直すためにここにいるんだ!」


 シリュウスの咆哮に呼応するように、フィオラが笛を唇に当てる。

 それは、これまでの悲しみを弔うための鎮魂歌ではない。管理者の支配を内側から食い破り、封印された真実を世界へと一気に拡散させるための、力強い「変革」の旋律。笛の音が空間の分子を震わせ、光の彫像が構築した論理の壁を粉砕していく。


 「猛る嵐の月」に相応しい、激しい音の奔流。それは回廊を吹き抜け、クリスタルの床さえも粉微塵に砕き散らす。

 光の彫像が、初めてその硬質な輪郭を微かに揺らす。無機質な瞳に、一瞬だけ計算外の事象への困惑が宿る。


 「……因子の反乱を確認。……論理エラーの修復を試行。……不可。……不可。……物語の破綻を検知。世界の存続に重大な支障をきたす恐れがあります」


 「破綻じゃない。これが、私たちが自分の意志で選び取った、唯一の正解よ!」


 エリンが隙を突き、最高純度の魔導火薬筒を台座の隙間へと滑り込ませる。

 直後、白銀の衝撃波が空間を真っ二つに引き裂く。玉座の基部が砕け散り、空中に浮遊していた情報の海が、激流となって四人の周囲を渦巻く。


 崩れゆく回廊。砕け散る偽りの神。

 黄金の夕刻と紺碧の宇宙が混ざり合う中、四人は互いの手を固く握りしめる。


 物語の主導権は、今この瞬間、神の座から地上を歩く者たちの手へと戻る。

 新たな歴史の一ページが、激しい閃光と共に今、力強く捲られようとしていた。

 次回、『第39話 語り部の宣誓』


 ――「猛る嵐の月」の冷たく鋭い月光が、激しく揺れる雲海の切れ間から遺跡の深部へと容赦なく差し込み、崩壊を始めたクリスタルの回廊を、まるで断末魔を上げる獣の骨のように青白く照らし出す。


 ご拝読ありがとうございます。次回をお楽しみに!

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