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黄昏の語り部フィオラ ―聖教会が恐れた禁忌の記録、語り部が紡ぐ真実の逆転劇―  作者: 弌黑流人
第二章 深緑の双子月

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第19話 三位一体の脱出劇

 宿の扉が爆砕された衝撃波を、アルドナは正面から受け流した。


 「シリュウス、フィオラ! 私の背中に張り付いてなさい!」


 『裂界の牙』が横一文字に振るわれ、突入してきた重装歩兵の盾を紙細工のように切り裂く。だが、敵は一人ではない。霧の向こうからは、教会の暗殺執行官インクイジターたちが、音もなく、されど確実に獲物を追い詰める死神の足取りで迫っていた。


 「正面突破は非効率だ。姉さん、左の窓をぶち抜いて。三秒後に三階からダイブする!」


 シリュウスの声に迷いはない。彼は宙に浮かせた魔導書に指を走らせ、瞬時に宿の構造と外部の地形を脳内にマッピングしていた。


 「……ええい、ままよっ!」


 アルドナは大剣の腹で窓枠ごと壁を粉砕した。三人は深緑の月光が差し込む夜の闇へと躍り出る。本来なら、三階からの落下は重装備のアルドナたちにとって自殺行為だ。だが、滞空するわずかな時間、シリュウスの演算が物理法則を強制的に書き換えた。


 「重力係数、一時的減衰。――まだだ、追っ手が来るぞ!」


 シリュウスの警告通り、背後の宿の屋根から、教会の暗殺執行官たちが飛行魔術を用いて飛び出してきた。空中で身動きの取れない三人を、法力に満ちた鎖が絡め取ろうと伸びる。


 「空中で仕掛けてくるなんて……舐められたものね!」


 アルドナが吠える。シリュウスは空中に幾何学的な魔力の円盤を瞬時に固定した。


 「姉さん、左足の二メートル下だ。蹴れ!」

 「了解っ!」


 アルドナは虚空に現れた光の足場を力強く蹴り、落下中とは思えない鋭さで跳躍した。空中で旋回し、伸びてきた鎖を大剣で叩き切ると、そのまま暗殺者の胸倉を掴み、逆に下へと叩きつける。


 「フィオラ、着地点の『声』を!」

 「……そこ! ゴミ溜めの影、今は誰も見てない。運河までの最短ルートだよ!」


 フィオラの指差す先、運河沿いの裏路地へと、三人は羽毛のように静かに着地した。シリュウスが展開した緩衝陣が青い火花を散らし、落下の衝撃を完全に相殺する。


 「……ふぅ、心臓に悪いわね。で、次は?」


 アルドナが右腕の痛みを堪えながら剣を構え直す。


 「このまま運河に出る。あそこに係留されている高速艇ゴンドラを奪うよ。……来たか」


 シリュウスが指差す先、霧を切り裂いて現れたのは、水面を蹄で蹴りながら疾走する教会の「魔導騎兵」たちだった。彼らが操る魔導馬は、ザ・ラードの入り組んだ水路を陸路のごとく駆け抜ける、最悪の追跡者だ。

 三人は係留されていた小舟に飛び込んだ。アルドナが無理やり操舵桿を握り、シリュウスが魔導エンジンに直接自分の魔力を流し込む。


 「……焼き切れても知らないわよ!」

 「構わない、全速で出せ!」


 ゴンドラは悲鳴のような駆動音を上げ、深緑の月光が反射する水面を滑り出した。背後からは魔導騎兵たちの放つ光の矢が降り注ぎ、水面に幾本もの水柱が上がる。


 「フィオラ、敵の距離感と『殺意』の波長を僕に繋げ。……姉さんは僕の合図に合わせて、左の石壁を斬って!」

 「……くるよ! 右後ろ、三人! 今、飛びかかろうとしてる!」


 フィオラの叫びと同時に、シリュウスが水門の管理操作盤を遠隔演算で制御した。


 「水位調整ゲート、強制開放!」


 轟音と共に巨大な水門が開き、上流から大量の濁流が流れ込む。急激な水位変化と渦巻く水流に、水面を走っていた魔導馬たちがバランスを崩した。


 「今だ、姉さん!」

 「そこねっ!」


 アルドナの剣閃が、運河の狭い石壁の基部を正確に削り取った。崩落した巨大な石塊が水しぶきを上げ、動揺していた魔導騎兵たちを次々と押し潰していく。


 「……ははっ、いい連携じゃない!」


 アルドナが叫ぶ。かつて、自分一人の力だけで解決しようとしていた時とは違う。弟の眼が死角を補い、妹の耳が未来の危機を告げる。三人が一人の生き物のように連動し、夜のザ・ラードを疾走する。

 しかし、運河の広い本流に出たところで、一際巨大な豪華私用船が彼らの行く手を阻んだ。船首に立っていたのは、冷ややかな微笑を浮かべた女商人、セーラだった。彼女の周囲には私兵だけでなく、金で雇われた自警団の船が何十隻とひしめいている。


 「……見事な逃走劇ね、レオファングの生き残り。でも、商談はまだ終わっていないわ」


 セーラの合図とともに、彼女の船に積まれた大型バリスタが三人に照準を合わせる。


 「教会とのディールは成立したの。あなたたちの身柄を差し出せば、ザ・ラードの全流通権は我が商会が独占できる。街の男たちもみんな、私の報酬を期待してあなたたちを狙っているわ。……恨まないでね、これがビジネスよ」

 「……ビジネス、ね」


 アルドナの瞳に、冷徹な火が灯る。舟を並走させながら、彼女はセーラを睨み据えた。


 「セーラ、あんたに一つ教えてあげるわ。ビジネスってのは、信用の上に成り立つものよ。……フィオラ、彼女と、この街の連中に『真実』を語ってあげなさい」


 フィオラが舟の上で立ち上がり、黄金色の瞳でセーラと周囲の船乗りたちを見つめた。


 「……セーラさん、聞こえないの? あなたの後ろに、たくさん届いているよ。あなたが『利益』のために見捨ててきた人たちの声が。……そして、この街の皆さんも聞いて。教会が配っている『聖なる水』は、あなたたちの隣人を材料にして作られた呪いの水だよ!」


 フィオラの言霊が、空気の震えを通じて街全体に響き渡った。彼女が地下で視た、装置に組み込まれる犠牲者たちの記憶が、魔力を介して人々の脳裏に直接流れ込む。


 「な……何よ、この映像は……嘘よ!」

 「教会が……俺たちの仲間を殺していたのか!?」


 自警団の船乗りたちに動揺が広がる。セーラの支配権の基盤である「利潤と秩序」が、フィオラの暴いた真実によって瓦解していく。


 「……セーラ、あんたの負けよ。……シリュウス、やって!」

 「了解だ。水流演算・鏡面反射スペキュラー。……深緑の月よ、彼女に真実を見せてやれ」


 月光が水面で乱反射し、セーラの周囲に「ありもしない亡霊」の幻影を映し出す。自分が裏切ってきた者たちの顔が水面から這い上がってくる幻に、恐怖に凍りついたセーラが叫び声を上げた。バリスタの射手が動揺し、発射のタイミングが狂う。その隙を突き、アルドナのゴンドラはセーラの船を強引に跳ね飛ばし、前方の巨大な跳ね橋へと向かって加速した。


 「出口よ! でも、橋が閉まってるわ!」


 街の出口を塞ぐ、巨大な鉄製の跳ね橋がゆっくりと降りてくる。このままでは激突するか、閉じ込められるかの二択だ。


 「止まるな、姉さん! 魔導エンジンの出力を限界まで上げろ。僕が構造を維持する!」


 シリュウスが魔導書を全開にし、バラバラになりかける船体を青い魔力の鎖で繋ぎ止める。


 「……っ、死ぬ気なのね、シリュウス!」

 「死なせないと言ったはずだ!……フィオラ、最後の祈りを。姉さんに、勇気の物語を!」

 「……うん! ……レオファングの物語は、ここでは終わらない。絶望を越えて、高く、もっと高く、空へ!」

 「……ふっ、まったくたいした弟妹たちよ!あんたら二人は!」


 フィオラの言霊が、アルドナの右腕の紋章に宿る「負の魔力」を、純粋な「推進力」へと変換した。紋章から溢れ出した漆黒の魔力がシリュウスの青い魔力と混ざり合い、ゴンドラ全体を咆哮する「竜」のような光の奔流が包み込む。


 「いくわよぉぉぉぉ!」


 アルドナが操舵桿を限界まで引き絞った。

 臨界点を超えたゴンドラは、降りゆく跳ね橋の先端をジャンプ台にし、物理法則を置き去りにして夜空へと飛翔した。深緑の双子月の前を、一筋の巨大な光となった三人が横切っていく。その光景は、後にザ・ラードの住人たちの間で「月を穿つ竜」の伝説として語り継がれることになる。

 背後で、セーラの悲鳴と教会の騎士たちの罵倒が遠ざかっていく。

 ザ・ラードの街を抜け、広大な湿地帯へと着水した頃、魔導エンジンの熱を冷ますように霧が立ち込めていた。東の空からは、わずかながらに「深緑」ではない、本物の夜明けの光が差し込み始めていた。


 次回、『第20話 過去の赦し』


 ――ザ・ラードの運河を血と光で染め上げた狂瀾の夜が、遠い幻覚のように感じられた。


 ご拝読ありがとうございます。次回をお楽しみに!


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