第3話
目の前に倒れている血だらけの男を見つめる。
……いやいやいや、いくらいい匂いがするからって、この血を飲むのは無いだろう。
と、と言うか、マジで死んだ、のか? こいつ。
あんなにあっさり? ……それくらい瀕死だったってことか。
と、取り敢えず、この匂いの誘惑に抗うために、違うことを考えよう。
……あれだ。
なんか、体が軽くなったような気がする。
…………いやいや、え? これ、まさかとは思うけど、目の前に倒れている男は俺が殺した判定なのか? あの声の言っていたことを信じるのだとしたら、そういうことになる、よな? ……だって、絶対さっきよりは体が軽くなってるし。
つか、やばい。
目の前の倒れている男……と言うか、死体を見つめていたら、更にあの血が飲みたくなってきてしまった。
なんであんな他人の血がこんなに魅力的に見えるんだよ。
……考えるまでもないか。絶対に吸血鬼になったからだ。
「グギャッ!」
あまりにも魅力的な血液を前に、生唾を飲み込んだ瞬間、背後からそんな悪魔の声が聞こえてきた。
「ッ!」
さっきのゴブリンだ。
……もう、追いついてきたのか。
お、落ち着け。
深呼吸をして、俺は倒れている男が落としていた剣を拾い、ゴブリンに向けて構えた。
……大丈夫だ。さっきは負けたけど、今は武器もあるし、体も軽くなって強くなってるはずなんだ。勝てる、はずだ。
「……ふぅ。……か、かかってこいよ!」
足が震える。
……さっきボコボコにされたのがトラウマになりかけてるんだろう。
ゴブリンなんかにこれから先も怯えて過ごす訳にはいかない。
ここで殺す。
生き物を殺したことなんて無いが、生きる為なら、俺は殺せる。
理由なんてシンプルだ。
俺は、死にたくないんだよ!
……さっきの人間だってそうだ。
なんだかんだ言って、俺はあのまま男が死ななかった場合、殺すという明確な意志を持って攻撃をしていたはずだ。
前世……っていう表現でいいのかは分からないが、前世なら絶対にそんなことはしなかっただろう。ただ、もう俺は吸血鬼になってしまったんだ。
人間のルールに囚われている方がおかしいだろう?
「グギャギャギャ!」
そして、目の前のゴブリンは俺との睨み合いに痺れを切らしたのか、そんな気持ち悪い声を上げながら、俺に襲いかかってきた。
それに反射するように、俺は両手で剣を振り下ろした……が、渾身の一撃とも言えよう俺の攻撃は簡単に避けられ、ゴブリンの爪によるカウンターを腕に食らってしまった。
「くっ、いっ、てぇな!」
さっきはこんなこと、してこなかっただろ!
……クソっ。さっきまでは俺を痛めつけて遊んでたってことか!?
しかもこいつ、さっき男に斬られたところをピンポイントに狙ってきやがって。
その事実に苛立つと同時に、自分の腕から流れる血を見て思った。
そういえば、今更だが、俺には血液操作とかいうスキルがあったな。
……やってみるか。
どうせこのままじゃ、俺はゴブリンなんかに負けて、殺されるだけだろ。
「血液操作!」
声に出す必要があるのかは分からないが、何となくだ。
「グギャッ!?」
そしてその結果、俺の腕から出ていた血が迫ってきていたゴブリンの胸を突き刺した。
ゴブリンが倒れる……と同時に、俺も地面に尻を着いた。
……勝った。……取り敢えず、生き残ったんだ。
……もうどうせ、人間じゃないんだ。
この血を飲みたいっていう欲望に抗う必要なんてないよな。
命の危機から逃れることが出来たという状況の興奮状態のせいかもしれないが、そのまま俺は血液操作を使い、男の血をその場から動くことなく口に含んだ。
人生で初めての血液は死ぬ程美味かった。
俺はその瞬間、本当の意味で人間をやめた。




