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ハルルナ

数百文字前後のちょっとした物語を気まぐれに書いていきます。

世界がまだ若く、神が遠く、地上に立つもの全てが強かった時代。一人の女帝が存在した。


その名を「ハルヴァーダ・グランナルド・ルナーマス」。彼女は「魔帝」と呼ばれた。


炎も氷も雷も、自然現象さえも従える絶対者。その力はもはや理の外にあり、万物は彼女の指先ひとつで沈黙した。


だが、彼女は世界を統べたいわけではなかった。


支配にも興味はない。求めたのはただ、完全なる力。誰よりも強く、誰よりも美しく、誰にも届かぬ頂。それが、魔帝ハルルナの理想だった。


そして、その頂を脅かす者が現れた。人間でありながら、奇跡的なまでに強く、清く、恐れを知らぬ者。


勇者と呼ばれたその存在は、数え切れぬ戦場を越え、ついに魔帝の玉座へと辿り着く。


ハルルナは歓喜した。自らを試す者が現れたのだ。  戦場を血と魔力で染め上げながら、彼女は笑っていた。


――だが、結果は敗北。


勇者は最後の一撃で、女帝の胸を貫いた。


彼女は即死を免れたが、すでに勝負は決していた。それでも、ハルルナはなお抗う。


己の肉体を焼き、魂を裂き、ハルルナの独自開発した魔術《急成長化ハイ・オーバーブースト》を発動。


一時的に魔力と精神を限界を何度も突破させ、全存在を「完全体」に変換する究極の術。


だが、それは代償と引き換えに発動する破滅の魔術であった。


長く短い十秒の栄光の後、女帝の体は崩壊し始めた。急成長化の代償は“退行(デジェネレーション)”。骨格は縮み、筋肉は消滅していき、魂は未成熟体へと落ちていく。


その隙を突き、勇者は最後の封印を放った。彼女の身は光の鎖に囚われ、永遠の眠りへと沈む。


かくして、魔帝ハルルナは敗北した。


その名も、その姿も、世界から消え去った。







5000年後現在、ある古代遺跡にて


静寂の中で、石畳が軋む。朽ちた天井から差し込む光が、魔法陣の表面をわずかに照らした。


その中心で、何かが息をする。微かな、しかし確かな生命の息吹。


ハルルナ「……っ……ふ……」


まぶたが震え、黄金の瞳が開かれた。幼い声が、封印の部屋に響く。


ハルルナ「……長い夢だったな……」


髪は白銀。瞳は黄金。外見は十にも満たぬ幼女。


だが、その目の奥には、世界を焼き尽くさんとした炎がまだ残っていた。


身体を起こそうとすると、筋肉が軋む。杖を掴みながら、ハルルナはゆっくりと立ち上がる。


ハルルナ「ふん……勇者の封印、さすがだな。未だに身体が重い」


視線を上げる。崩れた天井の向こう、灰色の空。遠い記憶の中で見た、最後の戦場の空に似ていた。


ハルルナ「……勝ったと思うなよ、勇者。あの十秒、私は確かに“完全”だった。それだけで十分だ」


独り言を終えたその瞬間、空気が震えた。


柔らかな光が玉座の上に集まり、ひとりの男が姿を現す。


ラルフドルク「やぁやぁ、お久しゅうございます。ルナーマス女帝。あれ、今の姿だと“ルナちゃん”と呼んだ方がしっくり来ますかね?」


ハルルナ「……ラルフドルク。貴様、まだ生きていたか」


ラルフドルク「失礼な。私は“死”という枠には入りませんのでね」


男は肩をすくめる。世界の調停者「ラルフドルク」。彼は戦争の際、勇者や魔帝の行動を“観測”していた中立の存在である。


ハルルナ「わざわざこんな時に来て、何の用だ。敗北した後すぐ封印された者への慰めか?それとも哀れみにか?」


ラルフドルク「どちらでもありませんよ。ただ、5000年も経てば封印も綻ぶ。そろそろ誰かの手が要るでしょう?」


ハルルナ「……要らぬ」


ラルフドルク「まぁまぁ、そう言わずに。城の維持もままならないでしょうし、雑務要員くらいはあって損はない」


ラルフドルクは軽く手をかざす。光が走り、ひとりの少女が現れた。


ラルフドルク「えーっとこちら、あ、まず名前からか、……えーっと、なんだっけ。」


キュイラヴ「キュイラヴです」


ラルフドルク「そうそうキュイラヴ。こちら、私の分身でしてね。とはいえ独立人格を与えてありますので、私のような軽口は叩きません、たぶん」


ハルルナ「……おい」


ラルフドルク「性別は好きに変わりますので、女帝のその日の気分で変えてください。では、私はこれで――」


ハルルナ「待てと言っているだろうが、ラルフドルクッ!」


だがその声を最後まで聞くことなく、男の姿は光に飲まれて消えた。


残されたのは、女帝とその“影”だけ。


ハルルナ「……本当に、昔から勝手な男だ」


ため息をつき、ハルルナは玉座に腰を下ろした。


キュイラヴ「その……」


おずおずと声をかける少女。中性的な顔立ち。彼女の髪が光を受けて揺れる。


ハルルナ「ああ?……まぁいい。適当に散歩でもして、城の構造くらい、頭に叩き込んでいてくれ」


キュイラヴ「かしこまりました、女帝」


キュイラヴは恭しく一礼し、静かに去っていった。


足音が遠ざかる。


ハルルナは一人残され、崩れた天井を見上げる。  かつての玉座。


かつての光景。あの頃、自分は確かに“完全”だった。そう、ただそれだけを確かめるように。


ハルルナ「ふん……興味もない“調停者”がまたちょっかいを出してきたか。だが、もうあの手の舞台に乗るつもりはない。私は、私の力を取り戻す――それだけだ」


夜が来る。夜の闇が再び城を包む。その奥で、魔帝ハルルナは確かに“再誕”していた。

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