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第三話 迷宮都市へのクラス転移

 薄暗い巨大な空間。そこでぼくたちは順々に目を覚ました。


「……ここ、どこだ……なんか、頭いてぇ」


「な、なにがあった?」


「わかんねぇ……でも、こんなわけわからんとこ、来た覚えないよな? 拉致とかされたか?」


 ぼくが覚えているのは、朝のホームルームの時間。


 日直の春日井さんに促されてみなが挨拶したそのとき、突然眩い光が教室を包み込み、なにやらファンタジーでしか見たことのないような魔法陣のようなものが教室の地面に光り輝いた。


 次の瞬間、ぼくは意識を失い、そしてこの巨大な空間にクラス全員で移動していた。


 ここはおよそ30メートルほどの縦横がある空間で、高さも10メートル以上はあり、洞窟かなにかのようだが、なんらかの文明が感じられる装飾や灯りなどが壁面に施されており、薄暗くはあるがオレンジ色の視界は確保されている。


 よくよく見ると、ぼくらの目の前には巨大な扉があり、ここは屋内の部屋のような空間であることが分かる。


「お、落ち着いてみんな! まず落ち着くことが大事! そう、落ち着いて、落ち着かないと……」


「お前が一番落ち着いてねぇよ、春日井」


 そんな春日井と野球部キャプテンの安藤のやり取りで、周囲にはかすかに笑みが漏れた。春日井は野球部の女子マネージャーをやっているためか、安藤とは親しい仲のようだ。


「まあ落ち着くのが大事なのは間違いない。ここがどこかは分からないが、なにやら尋常な出来事ではないらしい。とりあえず俺たちには、あの大扉を開けて移動するかどうかの選択肢がある」


 安藤には、人の上に立つものゆえのカリスマのようなものがいくらか備わっているようで、その張り上げた声には人を落ち着かせ従わせる力のようなものを感じた。


「わ、わからないけど、ふつうこういうときって、みんなわたしたちのこと探すよね? 待ってれば、助けが来たりしないかな?」


 春日井が、安藤に必死な様子の震える声で意見を述べる。この年頃の女子らしく、未知の状況にすっかり怯えているようだ。


 ぼくは、意外と太い神経をしていたらしく、不思議と慌ててはいなかった。


 移動する前に魔法陣のようなものを視認していたことから、この状況にある推測を立てていたからだろう。


「ねぇ。教室で、床に魔法陣みたいなの見えたと思うんだけど、ほかに見た人いる?」


 黙っていても問題は解決しない。これは非常事態だ。ぼくは普段のキャラクターを捨てて、少しでも解決に向けて貢献することにした。


「ま、魔法陣? そ、そんな非現実的なもの、あるわけないでしょ七原……アニメの見すぎなんじゃないの?」


 春日井が反射的にぼくの意見を否定するが……


「いや、俺も見た。なんか、よくわからない図形とか文字がいっぱい書いてあったな」


「わ、わたしも見たかも……」


 リーダー格の安藤も視認していて賛同者が現れたことで、話の流れはスムーズに進みそうだ。


「それを踏まえると、信じがたいが、俺たちはある状況に巻き込まれてしまった可能性があるな」


「ある状況……?」


「ファンタジーものでめちゃくちゃよくある、見覚えたっぷりのやつだよ。いわゆる……」


「……異世界転移」


 しんと、誰かの言葉が響き、ぼくたちはしばし静まり返った。


「いやいや、まさかなぁ……そんなことそうそう起こらないっていうか、何かのトリックとかドッキリじゃ……テレビとかyoutubeの企画とかなんじゃないの? 中学生一クラス閉じ込めてみた、みたいな」


 サッカー部の島野がお調子者のイケメンらしい明るい話し方で、ぼくたちの推測を否定しにかかるが……


「いやいや、ふつうに犯罪でしょ。バカじゃないの」


「あ、ああ……そうだな……ごめんて、美里ちゃん」


 女子でありながら科学部部長をしていることで有名な冷たい瞳の少女、氷川美里がバッサリと島野を一言で論破し、そのまま自説を述べ始める。


「この部屋の彫刻や灯りの科学レベル、文化レベルを見ても、ここが地球の日本ではないことは結構な確率であり得ると思う。わたしは別に、自分が異世界転移をしていても驚かない。ただ、世界がそういう科学的現象をこれまで知らなかったというだけのこと」


「さすがアイスガール」


 めげない島野が、氷川をいかにも彼女が気に入っていなさそうなあだ名でほめるが――


「――そのクソダサい名前を付けた奴を殺しても異世界だから捕まらないんじゃないかしら」


「ははっ、アイスガールはジョークも凍り付くようなセンスだな」


 安藤が笑いながら二人の間に入り、クラスの面々には笑いが広がった。野球部キャプテンのカリスマが本物で助かったな、島野。いろいろな意味で。


「そうなると、おあつらえ向きに用意されてるあの大扉を開けてみるのも悪くはなさそうかしら。このまま餓死なんてことになっても面白くないし」


「勇気のいる決断だけどな。これがファンタジーなら、モンスターみたいなのが出てきてもおかしくはない」


 こういう危機になると人間の本質が出るというが、こうした状況でも落ち着いて話をしながらクラスのムードを誘導している安藤と氷川は、きっと優秀な人間なのだろうとぼくは思った。


「ゴブリンくらいなら、俺たちでも倒せるかな?」


「誰もゴブリンと戦ったことがないんだから、わかるわけないでしょ。バカじゃないの?」


 ふつうの中学生の集団なら、パニックになってしまってもおかしくない状況だ。知性とカリスマのある安藤と氷川、そして図らずもボケ役の島野の役割分担で、うまいことパニックを回避しているだけでも、褒められるべきことだろう。


「なぁ、スバルちゃんはどう思う? 俺たち、このまま進むべきかな?」


 3人だけの会話の中だと劣勢と見たか、島野がここでスバルちゃんに話しかける。


「……そうですね。このまま過ごしていてやがてやってくる誰かと出会いたいか。そういう観点で考えてもいいかもしれませんね」


 スバルちゃんは、こんな時でもニュートラルで楽し気な笑顔を浮かべていて、なんというかさすがは天使だなと思わされてしまった。周囲の怯えた心の声が聞こえまくっているだろうに、まったくそうした動揺を見せないのは、どこか人間離れしているとすら感じた。


「やがてやってくる誰か?」


 氷川が、スバルちゃんに怪訝な顔をして聞き返す。


「ええ。ここは文明の香りのする部屋です。そこにわたしたちが集団で移動した以上、これには人的意志が絡んでいると考える方が自然。そうなると、なんらかの迎えが来る可能性はかなり高いと思います」


「なんらかの迎え……ね」


「それが好意的である保証も、敵対的である保証も、もちろんありませんが」


「たとえば、お前たちには勇者として魔王を倒してもらう、みたいな感じか!? スバルちゃんガチ賢いなぁ! すげー!」


「バカは黙ってて」


 島野にとことん冷たい氷川が、黙考に沈む。


「……まあ総合して、わたしたちがこの世界で生き抜くために、現地の人の助けが必要である可能性が高い以上、ここで待つのもそれなりに得策な判断であるとわたしは考えます。どちらにせよギャンブルではありますが」


 こういうとき、あまり強い意見を示すタイプであるという印象がなかったが、スバルちゃんはそんな踏み込んだ意見まで述べて見せた。これが緊急事態だからか、普段のどこかのほほんとした天使モードは抑えられ、怜悧な知性とカリスマを感じさせた。実はこちらがスバルちゃんの本質なのかもしれない、と昨日のやり取りも思い出しながら感じてしまう。思い出した余波で恋心という名のデバフを喰らってしまったが。


「星海さんの主張には理がある。わたしも待つことに一票入れさせてもらうわ」


「そうだな。まあどちらにせよリスクからは逃れられない。ギャンブルは必要になるだろう。いいか、みんな?」


 スバルちゃん、氷川、安藤の同意に異論を述べる勇気のある者はさすがにいなかったらしく、みな一様に頷いて見せた。




『結論は出たようなので、これよりお前たちに説明を行う』




 ――突然。


 岩のような重々しい男性の大きな声が響き渡った。


 さすがの氷川も度肝を抜かれたらしく、小さく飛び上がっていたことをぼくは見逃さなかった。ちなみにスバルちゃんはまったく驚かず楽しそうにしていて、超人かな、とちょっと思ってしまった。


『我々は定期的に地球世界から新たなる可能性を迎え入れている。お前たちはその一環としてこの迷宮都市ラヴに招き入れられた』


 説明は日本語にしか聞こえない言語で話されているが、どうやら心に直接感じている言葉のようで、この空間に音が響いているわけではないようだ。念話というやつだろうか。異世界だ。


『お前たちはまず、この迷宮都市で暮らすための最低限の能力を持つことを自ら示さなければならない。とはいえ、今からお前たちをモンスターと戦わせたりはしない。お前たちの血液を部屋の最奥にある装置に垂らせ。それでお前たちの秘めた才能が分かる。お前たちの身柄は、その才能に相応しいギルドに預けられる』


 見ると、大扉のある方とは反対側、祭壇のようなものが光を放った。


 今までまったく注目していなかったのが不思議だが、ここは異世界、なんらかの魔法的技術が隠していたのかもしれない。ぼくたちにはまったく正体がわからない以上、状況に適応するしかないだろう。


 近くで見ると、祭壇の上にはたくさんの針が置かれていて、窪みのようになっている場所に血を垂らすことでその目の前の画面に何かが表示されるようになっているらしい。そのことが直感的に分かる形をしていたので、使い方はわかりやすかった。


 ここで氷川が、すたすたと何者も恐れていない様子で近づいていくと、躊躇いなく針を指に刺して、窪みに血を垂らした。


「ちょ、美里ちゃん、なにやって……」


 島野が驚いた様子で氷川に突っ込むが、


「なるほどね。これでいいのかしら?」


 氷川は画面を見つめてうんと頷くと、島野を無視して声に話しかける。


『素晴らしい勇気だ。それだけでも見込みがありそうな少女だが、才能の方も素晴らしい。お前は魔女のギルドで迎え入れる。大扉を開けて外に出ろ』


「そう。案内よろしくね」


 氷川は何事もなかったかのようにすたすたと部屋を突っ切って歩いていく。それを見つめるクラスメイト達の不安や怖いものを見る表情は、一切意に介していないようだ。


「あなたたちも、頑張って」


 さすがに何も言わず出ていくのも味が悪いと思ったのか、振り返ってそれだけ言って出ていったのが、かえって印象深かった。


 ぼくはそこで、なんとなくスバルちゃんを見た。


 なぜかスバルちゃんと目が合った。


 ぱちくりとしていると、スバルちゃんはちょこちょことサイドテールを揺らして近づいてきて、こんなささやき声を耳元で放った。


「……なんだかワクワクしませんか?」


 そのささやき声が可愛すぎて、ASMR音声を直接本人に聞かされたような感じでメロメロになりかけていたぼくだったが、さすがに公衆の面前ではしたない様子を見せるわけにもいかず、なんとかふつうに話を返す。


「キミのことだから、そんな感じだろうなってなんとなく思ってたよ」


 見ると、周囲もあちこちでひそひそと雑談が始まっており、ぼくとスバルちゃんが特別目立つということは無さそうだった。スバルちゃんは賢い女の子だから、そんな様子を見てとったうえで、ぼくに近づいてきたのかもしれない。


「なんですか、それ。わたしをなんだと思ってるんですか」


「……超人」


「天使ですらなくなっちゃったんですね、わたし。悲しいです、よよよ」


「本当によよよ、っていう人、初めて見たよ」


「女の子が泣いてるんですから、ほかに言うことはないんですか?」


「スバルちゃん、微塵も怖がってないでしょ」


「まあ、わたしは自分に自信があるので、どこに行っても上手くやれるだろうなとは思っています」


「異世界でもそれを思えるのはすごいよ。やっぱり超人だ」


「もう少し弱い部分を見せた方がぐっときて、守ってあげたい、ってなったりしますか?」


「スバルちゃんをぼくが守ってるビジョンはまったく浮かばないかな」


「ひどいですね。七原くんはやっぱりこんな時でも面白くて、素敵です。わたしが見初めただけはありますね」


「まるでスバルちゃんがぼくを好きみたいに言ってるけど、キミはぼくで遊んでただけじゃないか」


「そうなんですけどね。てへぺろってやつでしょうか」


「……本当にキミは、どうしようもない女の子だよ」


 そういうところが好きなんだけどさぁ。


「でもそこが好きなんですよね」


「……異世界でもやっぱり心読めるんだね。キミはやっぱりぼくにはちょっと手が付けられない女の子みたいだよ。異世界でも独りで強く生きてくれ」


「ふふ、心にもないことを言っても、このハプニングでわたしと仲良くなる格好悪い期待をしてるの、バレバレですからね」


 本当に性質の悪い女の子だ! ぼくはすっかり彼女と話すのが嫌になってしまって、正確には自分の心の醜さが嫌になってしまって、すたすたと祭壇に向かうことにした。


「まってくださいよ。せっかくだったら、一緒に血を垂らして、お互いに画面を見せあいませんか」


「そんなことしていいのかな」


「ダメだと言われていない以上は、許可されていると思っていいでしょう。ふふ、なんだかカップルでプリクラを撮ってるみたいで、ドキドキしませんか?」


「針を指に刺すプリクラは嫌すぎるね」


 そのままスバルちゃんと話しながらふと後ろを見ると、なぜか島野がすごい顔をしてぼくたちを見つめていた。


 こ、これは気まずいぞ……


 サッカー部のイケメンにして人気者の島野がスバルちゃんを好きだというのは公然の事実。そんなスバルちゃんとぽっと出のモブキャラが仲良さげに話しているというのは、あまり外聞がよろしくないようにも思える。


「そんなこと気にしなくていいですよ。わたしのこと好きな男の子なんて、ほかにもクラスにいっぱいいます」


「聞きたくなかった事実だよ」


 ぼくはやけになった気持ちで祭壇まで早歩きで近づくと、ぶすっと針を指に刺して、だらだらと流れる血を窪みに垂らしたのだった。


 果たして、そこに表示されたものは――

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