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気になる子供 sideルスラン

『俺達の言うことなんて聞きやしない』

『平民の声は届かない』

『貴族に俺達の何がわかるっていうんだ』

『この国は腐ってる』


 教会に集まり、口々に不満を吐露する平民たち。

 俺がその通りだと頷けば、『ルスラン様は俺達の気持ちをわかってくださる』と喜ばれた。


『教会の人間はどうして政治に参加できないのだろう』

『貴族は平民の言葉を無視して自分達だけいい思いをしたがっているから、民のことをよく知る教会を政治から遠ざけてるんじゃないか』

『きっとそうだ。貴族はこれだから』


 俺は民の話を聞きながら、貴族に対して強い怒りを感じた。


『貴族は自分達だけいい思いをしようとしている』


 それが民の、俺の常識だった。




 この国を変えたかった。

 貴族はなにも見えちゃいない。

 平民を救おうなんて考えもしない。

 自分たちばかりいい思いができる今の国の仕組みを変えたいなんて考えもしない。

 そうやって、平民から、この国の現実から目を逸らしているんだ。


 俺が動かなきゃ、この国は変わらない。




 国を変えるために国のことを勉強しよう。そう思って必死で努力した。

 でも、いくら家庭教師に質問しても、図書館に行って俺でも読める政治の本を探して読んでみても、『テオスの家の人間は政治に参加できない』と教えられるだけだった。


 むしゃくしゃした。


 貴族なんかより、俺の方が平民のことを考えているのに!

 国を変えられるのは俺だけなのに!




 やがて、貴族の生徒ばかりが通う国立学園初等部に入らなきゃいけないと言われた。

 それが国の、テオスの家の決まりだからって。

 勉強ができるのは嬉しいが、貴族なんかに囲まれるのは嫌だ。

 寮に閉じ込められたら、教会にも行けなくなる。

 それが狙いか?

 俺を平民から遠ざけようっていうのか?


 俺は行きたくないと言ったが、護衛達がこう言った。


「ぼ、坊ちゃん……っ!国を変えるなら、どうしても貴族と関わらなきゃいけないんですよ……っ!」

「貴族の扱いに慣れておくためとー、国を変えるときに役立ちそうな貴族を探すために行くのだと思いましょうー」


 平民出身で、信頼している二人だ。

 そんな二人にしばらく説得され、俺は渋々頷いた。




 ******




 入学が迫ってきて、俺は憂鬱な気持ちになりながら図書館で政治の本を読んでいた。

 この時期は貴族が少ないから、最近は午前中に教会に行った後に毎日来ている。




 それは、入学の一週間ほど前のことだった。

 ふと隣を見ると、小さな子供が大きな本を開いていた。貴族の服装だ。俺は顔を顰めた。


 入学できる年には見えないから、王都にいる公爵家の子供かなにかだろうか?親が忙しくて、暇で遊びに来たのかもしれない。

 それにしては、護衛の姿がどこにも見えないのが気になるが。

 俺の護衛のように、隠れているのだろうか?


 ……なんにせよ、どうせこいつも、平民の気持ちなんか知らずに、美味しいものを食べてあたたかい布団で眠って、恵まれた生活を送っているんだろう。


 なんだか身の丈に合わない本を開いているように見えるから、すぐ飽きて帰るかもしれないな。

 あまり気にしないようにして、自分が読んでいた本に視線を落とした。


 読み終わって、次の本を探そうと立ち上がると、その子供はまだそこにいた。本のページは半分ほど進んでいる。

 ……読めるのか?

 貴族の子供は馬鹿ばかりだから、あんなに難しそうな本は読めないと思っていたのに。


 子供は、俺が帰るときもまだそこにいた。




 次の日、またあの子供がいた。護衛もつけずに、一人で分厚い本を読んでいる。

 ……今日は別のところに座ろうか?あの場所は俺の定位置なんだが……。


 そんな風に悩んでいると、俺の気配に気付いたのか、子供が顔を上げた。




 真っ白い雪のような肌に、少し赤く色づいた唇。

 大きくてとろんと垂れた黒い瞳。

 ぽやんとした無防備な表情。

 瞳と同じ色の髪は光を反射して、まるで天使の輪のようで。


 あまりにも、可愛くて。




 ……爪を立てたい。

 ……噛みつきたい。

 ……握り潰したい。

 



 湧き上がったのは、酷く暴力的な衝動。

 無意識に頬の内側の肉を噛んでいた。


 頬の内側の痛みで踏み留まると、自分が今何を感じたのかもよくわからないまま、誤魔化すようにいつもの場所に座った。子供から離れたところに座ろうとしていたことは、すっかり忘れていた。


 その日は頭がぼーっとして、集中できなかった。




 その次の日、いつものように図書館に行ったら、子供はいなくて、ほっとした。

 あの子供を見ると調子が狂う。


 また勉強のために本を開いた。




 しばらく読んでいると、なんとなく気配を感じた。

 隣を見ると、あの子供がいた。


 子供が俺の方を見ていて、

 ぱちりと目が合って、




 子供は、とろんとした目を細めて、笑った。


 まるで、何かすごく欲しかったものを贈られて、思わずこぼれたかのような笑顔。


 俺は少しの間硬直して、それから目を背けた。

 これ以上見ていたら、捕まると思った。

 何が何に捕まるのかはわからなかったが、とにかくそう思った。

 心臓がバクバク言っている。


 今の顔はなんだ?

 何がそんなに嬉しかったんだ?

 この感情はなんだ?


 体の奥がむずむずして、俺はまた頬の内側の肉を噛んでいた。

 その日は、昨日以上に集中できなくて、諦めてすぐ帰った。




 帰った後も、子供のことを考えていた。

 貴族なんて大嫌いなのに、知りたくもないはずなのに、あの子供のことは気になった。

 あの子供は、どこの家の子供なんだろう。

 あの子供はいつも、なんの本を読んでいるんだろう。


 明日も来るだろうか。


 ついそう思って、思わず枕を殴った。


 今のはまるで俺があの子供に会いたいみたいじゃなかったか!?

 ……違う!ただ、疑問が湧いたから解決したかっただけだ。来てくれないとずっとわからないままで気持ちが悪いから、また来て大人しく探られろと思ったのだ。それだけだ。


 ……貴族のくせに俺の心をめちゃくちゃにしやがって。


 そんな理不尽なことを思った。




 次の日、図書館に行く前に、護衛に「もしまたあの子供が来たら、なんの本を読んでいるかこっそり探れ」と命じた。


「お、お言葉ですが……!……本人に、聞いてみては……っ?」

「う、うるさい。貴族なんかに話しかけたくない」

「ぼ、坊ちゃん……、……青春……ですか……っ?」

「せい……??」

「坊ちゃん……!恋には勇気が必要ですよ……っ!」

「変なこと言うな!!そんなんじゃない!!」

「ひぇ……!あうぅ……怒らないでくださいぃ……」


 俺が顔を真っ赤にして失礼な護衛に怒っていると、もう一人の護衛が横から口を挟んだ。


「坊ちゃんが気になってる子が悪い子だといけないのでー、軽く調べてはいまーす。あの子が後で知って嫌な気持ちにならない程度なら教えますよー」

「それなら早くそう言え!!」

「すみませーん。面白かったのでー」


 どうして俺の専属護衛達はこんなに失礼なんだ?

 平民出身以前の問題ではないか?

 信頼はしているが、俺のことをみくびりすぎているんじゃないだろうか……。

 

 怒りを通り越して不安を感じていると、護衛はこう続けた。


「あの子ずっと世界の政治や歴史の本を読んでますねー。坊ちゃんと気が合うかもでーす」

「……え」


 遠目から見た本の様子からして、子供向けの物語ではなく専門的な本なのだろうとは思っていたが……、

 ……政治に興味があるのか?

 俺も、世界の政治や歴史の本はよく読む。この国を変えるヒントが、この国以外にあるかもしれないからだ。


 ……あの子供も、そうなのだろうか?


「あの子の家については挨拶してもらったらすぐわかると思うので話しかけるの頑張ってくださいー」


 挨拶したらわかる、ということは貴族なのだろう。


 俺は絶対に声をかけるぞと意気込んで図書館に向かった。







 話しかけられなかった。


 違うんだ。

 違うんだよ。

 何が違うかとかはよくわからないがとにかく違う。

 なんか……、集中していたから話しかけづらかったんだ。

 頑張ってるし邪魔したら悪いかなって思っちゃったんだ。

 

「坊ちゃん……」

「坊ちゃんー……」


 護衛の目が痛い。


「坊ちゃん、明後日は入学準備で図書館行く余裕ないんですよ……っ?」

「明日がラストチャンスですよー」

「わ、わかってる!!明日は絶対邪魔してやる……!!」

「趣旨が変わってきてます……っ!」

「……まぁ、なんにせよファイトですー」




 ******




 入学式の二日前。俺は勇気を振り絞って、子供に声をかけた。


「なぁ」


 子供はやはり集中しているようで、すぐにはこちらを見なかった。


「なぁ、そこの黒髪」


 もう一度話しかけると、子供はようやく顔を上げた。

 子供は俺の顔を見て、大きな目をこぼれ落ちそうなくらいに丸くすると、「……ひぁ、あ……」と変な声を出して動かなくなってしまった。


 ……なんだ?

 貴族は最初に名乗り合うのが礼儀なんじゃないのか?

 礼儀を忘れるくらい驚いたのか?

 驚きすぎじゃないか?


 ……いや、前向きに考えよう。


「……すぐに挨拶しない失礼なやつには名乗らなくてもいいな。……聞きたいことがある」


 向こうが名乗らないということは、こちらも名乗らなくていいということだ。

 テオスの家の子だと知られなくて済むならその方がいい。政治に携わる王都の貴族は教会関係者を避ける。

 この子に避けられたくない。

 いや避けられたら傷つくとかじゃなくて疑問が解決しないから避けられたら困るなってだけだけど別に。


「……ぇあ……あ、はい……」


 はい、と言った子供の声は、か弱くか細く、腹をむずむずさせるような声だった。

 子供の目に、涙が溜まっていく。


 ……え、泣いてる?

 なんで?

 あ、

 俺が緊張しすぎてめちゃくちゃ顔を顰めてたから?

 すごい顰めっ面のやつに話しかけられたから怖かった?

 怯えられてる?

 そりゃ怖いか。

 それはそう。


 気まずくなって視線を泳がせつつ、聞きたいことがあると言ってしまった手前、質問はしなければと思い、言葉を続けた。


「…………お前、毎日政治の本を読んでるよな」

「……はい……。勉強の、ために……」

「……なんで」

「……え、」

「なんでそんなに勉強するんだ?俺はここによく来るが、お前みたいな熱心な子供は俺以外に初めて見た」


 瞳を潤ませたまま、何も言わずぽやんとこちらを見る子供。


 かわいい。

 は!?

 違う!!

 可愛いなんて思ってない!!


「……っ、この国を変えたいのか?」


 感情を抑えつけ、唸るように尋ねる。

 すると、その子供の目に光が入って、キラキラ輝いて……、


 ふにゃり、溶けるような笑顔を浮かべた。

 それは、母が愛おしい子を見るような笑顔。


 子供はそれから、少し周りを見渡して、こう言った。


「そうですね、変えられるくらい優秀になろうと、そのためにたくさん勉強しようと、そう思っています」




 微笑み、大人のようにしっかりした口調で語る幼い少年の姿は、俺なんかよりずっと神の遣いのようだった。



 

 ……この子供も、俺と同じで、国を変えようとしている?

 このまま放っておけば、貴族に有利な国であり続けるのに、それなのに……。

 自分の立場が悪くなるとしても国を変えたいと、そう思ってるっていうのか?




「ただ、国を変えることが目的なのではありません。国を変えることは、手段だと思っています」

「……手段……?」

「はい」


 国を変えることは手段でしかないなどと宣った子供は、愛おしいものに向ける笑顔を浮かべて、こう言った。


「僕は、大切な人が幸せに生きていけるようにしたいのです」


 それはきっと、大きな大きな愛だった。


「大切な人が幸せに生きていくためには、国を変える必要があるのかもしれません」


 貴族なら、そのままでいれば幸せなはずだ。

 だったら、この子供の大切な人は貴族ではないのだろうか。

 平民を、大切にしているのだろうか。


「だったら、変えますよ。大切な人が幸せになるための手段として、国を変えます。……そうすることができる人間になれるよう、努力します」


 あんなに難しい本を読む子供が、国を変えれば自分の立場が悪くなることがわからないはずはない。

 自分の生活が苦しくなっても、他人に幸せに生きてほしいと、この子も願っているのだろうか。

 こんなに小さな体に、そんなに大きな愛を抱いているというのだろうか。




 こんな貴族も、いるのか。


 なんだか今まで貴族の全てを目の敵にしていたのが急にバカらしくなって、俺は思わず「っはは」と笑っていた。


 あぁ、顔が熱い。

 恥ずかしさではなく、高揚で。

 仲間を見つけた喜びで。


「そうだな。俺もそうだ。俺の大切な人は国民だけどな。大切な国民たちのために、国を変えたいと思ってる。変えるんだ。そのために勉強してる」


 興奮して捲し立てる俺を、深い笑顔で受け止めてくれる子供。

 なんて美しい存在なんだろう。


「俺と似たやつがいるなんて思わなかった。……お前、貴族だよな?いつ国立学園に入学するんだ?来年?再来年?」


 俺がそう尋ねると、子供は耳を疑うことを言った。


「あ……、9歳です。明後日入学します」

「……え、俺もそう」


 ……貴族の子供はいいものを食べているから、普通、平民よりも体が大きい。だから、こんなに小さいなら、2歳は下だと思っていたのに。


 こんなに小さい子供が、同い年?


 ってことは、


「じゃあ、同級生だな」


 この子供と、明後日から学校に通えるんだ。

 その事実が嬉しくて笑顔をこぼしてから、そういえば、まだお互いに名乗っていないことを思い出した。


「……あ、じゃあ、すぐバレるのか」


 俺がテオスの家の子供だってこと。

 ……この子供に避けられるかもしれないのは怖いけど、どうせバレるなら、今名乗ってしまった方がいいだろう。


「……名乗るよ。俺は、……ルスラン・テオス・ゾロテスティだ」


 驚くだろうか。

 そう思って子供の表情を確認したが……、……子供に、動揺した様子はない。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ヴォルコ伯爵領のシエノーク・ヴォルコです」


 子供が……シエノークが動揺していないことにも、伯爵家の子供だということにも驚いた。

 伯爵家の子供なんて、自分の領の利益のことしか考えていないと思っていたのに……。


 やっぱり、このシエノークは特別だ。


「明後日からよろしくな」


 もっともっとシエノークの考えが知りたくて、「明日は入学準備があるから来れないんだよ。今のうちにこの国について話そう」と言って、シエノークの隣に座った。もう緊張なんて吹き飛んでいた。


 話せば話すほど、シエノークの知識と考えの深さを感じた。

 俺の意見を決して否定せず、しかし自分の考えもしっかり持っているシエノーク。


 こんなに賢い子供が国を変えるために今のうちから努力しているなら、俺とこのシエノークの力で、本当に国を変えられるかもしれない。

 そう思えるほどだった。




 あっという間に時間が過ぎて、シエノークから見えない位置にいた護衛に『そろそろ帰りましょうー』と合図を出されてしまった。

 そう言われれば、切り上げるしかない。俺は名残惜しく思いながら話を終え、図書館を出た。




 あぁ、入学が楽しみだ。

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