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10.入寮の日

 馬車に揺られている間、僕は国立学園に……ルスラン様に思いを馳せました。


 『前』、周囲から嫌われて一人ぼっちだった僕のご主人様になってくれたルスラン様。僕を救ってくれたルスラン様。使ってくれたルスラン様。

 ソバキン家で勉強を重ねて、少しはルスラン様に相応しい犬に近づけたでしょうか……。


 ……『前』、破滅に向かうルスラン様に異を唱えなかったのは、『前』の僕に、ルスラン様しかいなかったからなのかもしれません。

 『前』の僕は、ルスラン様に嫌われて捨てられたら、完全に生きる希望を失っていたでしょう。それが恐ろしくて、ルスラン様に執着して、計画に全面的に協力していたのではないでしょうか。


 でも、『今』は違います。僕にはヴェルナ様がいます。イヴァン様がいます。


 ……だから、もし、ルスラン様を止めたら、ルスラン様に嫌われて捨てられてしまうのだとしても、止めることができる……はず、です。




 ……例え僕が強く言えなくても、イヴァン様が止めてくれるかも……




 …………いえ、人任せにするのはダメです。ルスラン様の犬は僕なのですから、僕が止めなくてはいけません。


 膝の上で拳を握り、僕は改めて決意しました。




 ルスラン様がこの世界で生きておられるのは、ソバキン家にいたときに把握しています。


 というのも、ルスラン様のゾロテスティ家は『特別な侯爵家』で、ルスラン様が国立学園初等部に入学することが決まると、同級生となる子供に『ルスラン・テオス・ゾロテスティ様が同じ年に入学しますよ』と連絡が入るのです。

 知らせが届いたとき、あまりにも安心しすぎてぼんやりしてしまって、知らせを渡してくれた使用人さんに心配されてしまいました。




 『特別な侯爵家』とは、神の遣いの血筋とされる、ゾロテスティ家、プラチナリィ家、スィリブロィ家の三家のことです。この三家のみ、苗字の前に『テオス』がつきます。

 この三家のうち、いずれかの家に産まれた女の子は、貴族社会から隔離されて育てられ、いずれ教会の最高位、『聖女』となります。

 不思議なことに、この三家に一度女の子が産まれると、10年以内に三家から女の子が産まれなくなります。そうして、20年以内に、絶対に次の女の子が産まれます。この奇妙な現象も、この三家が神の遣いの血筋と信じられ続ける所以です。


 この三家に産まれた男の子のみ、ドゥフ寮に入ります。




 ルスラン様がいるのはドゥフ寮ですから、ルスラン様と再会……二度目の初めましてができるのは、入学式のときでしょう。




 ……そういえば、前回はどのように挨拶したのでしたっけ。

 一言目は貴族としての形式的な挨拶だったのではないかと思うのですが、その次は、……ええっと、確か……




『僕のご主人様になっていただけませんか?』

『は?』




 ……あれ?

 他の人達と同じように、ちゃんと嫌がっていたような気がします。


 ……だったら、僕はいつ、どのようにしてルスラン様の犬になったのでしょう?




 僕が新たな疑問に直面していると、イヴァン様が「シエノークってヴェルナ以外に同年代のやつと話したことある?」と尋ねてきました。


「……いえ。ありません」

「そう。……お前の場合、無理に仲良くするより、毎日顔合わせるたびにおはようとかこんにちはとか言っといて、そのうち向こうから話しかけてくるのを待った方がいいかもな」

「……そうなんですか?」

「うん。無理に仲良くしようとしたら言うこと聞きすぎるだろ。お前があんまりほいほい言うこと聞くから調子に乗ってお前を使って悪いことするやつが出てきて、勢い余ってやりすぎて……、……お前もそいつも怒られる未来が見えるね」

「……そうですね」


 その通りです。『前』がまさにそうでした。

 怒られるというか、殺されたんですが。

 イヴァン様には、本当になんでもお見通しです。


 ……実は本当に未来が見えているのではないでしょうか?

 イヴァン様も、一度死んでから過去に戻って、人生をやり直しているのかも……、


「イヴァン様って一回死んでから過去に戻ってやり直したりしてますか?」

「え?急に何?人生やり直せるならまず俺が王子だってバレないようにしてますけど……」


 違いました。

 よく考えたら、もし『前』のことを覚えているのなら『前』と様子が違う僕のことが気になっていたでしょう。イヴァン様にそのような様子はなかったので、イヴァン様は本当に、ただ鋭いだけの人生一回目の人のようです。

 怪訝そうな顔をされてしまい、「ごめんなさい……あまりにも鋭いからそうかなって……」と言うと、「まぁ……シエノークが冗談言うくらい元気になってくれて嬉しい……よ」と生暖かい目を向けられました。


「あとなにか言うことあったかな……、……あ、そうだ。もし他のやつらのせいで嫌な思いしたら一人で我慢せず俺の部屋来いよ。高等部って暇だし」

「……そうなのですか?」

「うん。高等部は、もっと詳しく勉強したい勉強好きが自由に勉強するための場所だからな。自主勉とか研究のための自由時間が多くて、初等部や中等部みたいに絶対やらなきゃいけない課題がたくさん出たりはしない」

「なるほど……。では、そのときはお邪魔します」


 僕がぺこりと頭を下げると、「素直になったなァ」と、嬉しそうにくつくつ笑ってくださいました。




 ******




「着いたぞ」


 イヴァン様に優しく揺らされて、僕は目を覚ましました。

 いつの間にか眠ってしまっていたようです。


 まだ寝起きでぼんやりした頭のまま、イヴァン様に手を引かれて馬車を降ります。




 目の前に広がる、お城のような外観の国立学園を見て、一気に目が覚めました。




 ……あぁ。

 この場所こそ、ルスラン様と共に過ごした、懐かしい学舎です。

 僕は王都の空気を胸いっぱいに吸い込みました。




 同じタイミングで到着した貴族の子が他にもいるようで、あたりは少し賑わっています。

 イヴァン様は僕から手を離し、「では、行きましょうか。寮はこちらです」とおっしゃって、スタスタと歩き始めました。慌てて追いかけ、イヴァン様と並んで歩きます。


 イヴァン様は、周りにいる生徒から注目を浴びています。皆イヴァン様の存在に気づくと、通り過ぎるまでイヴァン様にキラキラした目を向けるのです。

 同時に、僕に対して、不思議そうな視線も向けられます。誰だろう?という目です。

 ……居心地が悪いです。こんなに人気者のイヴァン様と犬の僕が一緒に歩いていていいのかもわかりません。

 きょろきょろと忙しなく辺りを見る僕に、イヴァン様が歩きながら声をかけます。


「僕といると注目されてしまいますね。僕が案内しようかと思っていたのですが、他の人に任せた方がいいでしょうか?」

「……ぁ、いえ、他の人より、イヴァン様がいい……です。イヴァン様がいいなら……」

「よかった。僕は構いませんから、引き続き案内しますね」


 イヴァン様は穏やかにそう言うと、敷地内の建物を軽く紹介しながら、寮まで案内してくださいました。




 ******




 寮に入り、一度イヴァン様と別れ、手続きを済ませます。

 職員さんから寮内のルールなどの説明を受け、ようやく解放された頃には日が沈んでいました。


 ぐう、とお腹が鳴ります。

 

 寮での食事は、食堂で取ることになります。

 早速、寮食をいただきましょう。


 


 僕が食堂に向かうと、ちょうど夕飯の時間だったために、随分と賑わっていました。


 初等部の年で寮生活をさせるのは心配だからと中等部から通わせる貴族の親も多く、高等部は自主的に通う場所のため、食堂にいる人数の比率は初等部2割、高等部2割、中等部6割といったところです。この後から寮に戻ってくる高等部と中等部の人もいるため、初等部の割合はここから更に減ることになります。


 食堂内にいるのは僕より背の高い人ばかりでしたが、イヴァン様は周りよりも頭ひとつ抜けて背が高いため、すぐに見つかりました。そばにはレイラ様もいます。

 話しかけようとして、……イヴァン様が中等部くらいの年の誰か二人と話していることに気がつきます。


 二人とイヴァン様の会話が終わるまで話しかけるのは待とうと思い、少し遠くの方から眺めていましたが、イヴァン様が僕に気づいて「シエノーク」と僕の名前を呼びながら手招きしたために、近づかなくてはいけなくなりました。


 イヴァン様と話していた人は、金髪で赤い目の女の子と、藍色の髪で緑の目の男の子でした。金髪の子は少し気が強そうで、男の子は無表情です。


「初めまして。ヴォルコ伯爵領の領主、シエノーク・ヴォルコです」


 僕が挨拶をすると、女の子と男の子が挨拶を返してくれました。

 

「初めまして。ツェントル王国の第一王女、エリザヴェータ・アポ・ツェントルよ」

「フェオフォーン・アポ・ツェントル。第二王子」


 ……言われてから、気がつきます。


 そうです、この人達は王家の人間であり、……イヴァン様の妹と弟です。




 ツェントル王国では、男と女を別々にして数えません。例えば女、男、男の順で生まれた場合、第一王女、第二王子、第三王子と数えます。第一王女がいる場合、第一王子は存在しません。今目の前にいる三人で、王家の子は全てです。


 長兄であるにも関わらずイヴァン様が第三王子と呼ばれているのは、イヴァン様の存在が正式に公表されたのが三年前であり、その頃には第一王女と第二王子の立場が確立していたためです。呼ばれ方だけでなく、実際の立場としても、貴族教育が遅れたイヴァン様が第一王女よりも偉い扱いをされることはありません。




 ……そして、何より重要なこと。

 この二人こそが、やがてこの国の王と宰相となる人たちであり、




 ルスラン様が首を取ることになる二人なのです。




 ど、どうしましょう。


 一回殺した王が目の前にいます。

 気まずいどころの騒ぎではありません。

 僕もルスラン様も生きているのですから生きているのは当たり前なのですが、この二人が『今』国立学園にいる年齢でありアツェ寮に入っているはずだということは今の今まで忘れていました。


 僕の動揺をよそに、次期王であるエリザヴェータ様は、弾んだ声で僕に話しかけます。


「イヴァンとソバキン家で過ごしたヴォルコ伯爵よね?今ちょうど、貴方のことをイヴァンに聞こうとしていたところよ。会えて嬉しいわ。これから同じ寮で過ごすのだから、仲良くしましょうね。何か困ったことがあればいつでも言って?私が手伝えることがあれば手伝うわ」

「わ、あ、はい……?」


 予想外に明るく気さくに話しかけられ、更に動揺します。今のエリザヴェータ様は、イヴァン様のように取り繕っている様子がなく、自然体に見えました。


 そんなエリザヴェータ様を、フェオフォーン様がじとっとした目で見て、ぼそっと呟きました。


「エリザ、ここは食堂。みんな見てる」

「あっ」


 エリザヴェータ様が、今気づいたといった声を出します。

 慌てて周りに見て、んん゛、とわざとらしく咳払いしてから姿勢を正し、「アツェ寮へようこそ。先輩として歓迎します」と淡々と言いましたが、耳が真っ赤になっています。

 ……どうやら、一時的にはしゃいでしまっただけのようです。……どうしてはしゃいでいたのかはわかりませんが……。


 ここで、イヴァン様が口を挟みます。


「シエノークは今から食事ですよね。三人がよければ、僕と、エリザヴェータ様とフェオフォーン様と食べませんか」

「え゛っ」


 このあと殺害するのに!?

 ……と思ってから、今回はルスラン様の計画を止めるので殺害しない予定であることを思い出しました。

 どのみち気まずいですが、なんせ第三王子の申し出。僕は断れません。「大丈夫です……」と答えつつ、エリザヴェータ様とフェオフォーン様のどちらかが嫌がってくれないかな……と思いましたが……


「いいわね。そうしましょう」

「賛成」


 そう上手くはいきませんでした。




 食事は自分で料理を机に運んで食べる形式です。それぞれが好きな料理を取って席につき、食べ始めます。

 よく考えたら王家の三兄弟が座るテーブルになぜかただの伯爵も座っているだけでも異常な状況です。周りの『誰?』という視線が痛いです。


「イヴァンは、今回も離れで過ごしたのかしら」

「えぇ」

「ヴォルコ伯爵とは、こうして食事に誘うくらい仲良くなったのね。なにかきっかけがあったのかしら」

「今回は、ソバキン伯爵令嬢がシエノークを連れて離れに遊びに来てくださることが多かったので、自然と」

「そう。楽しく過ごせたならよかったわ」


 エリザヴェータ様とイヴァン様が、そんな会話をしました。イヴァン様は僕にまつわるエピソードをかなり端折ってくださるようです。あまり広まってほしくない出来事もあったので、助かります。




「ねぇ、ヴォルコ伯爵。私もシエノークと呼んでもいいかしら」


 会話の途中に、突然そんなことを言われます。

 ……この人はなんでこんなにグイグイくるのでしょうか!?ひっそりと慄きながら、「はい、大丈夫です」となんとか答えます。


「僕もそう呼ぶ」


 フェオフォーン様に至っては許可を取ろうとすらしてくれませんでした。

 何故?




 その後は主にイヴァン様とエリザヴェータ様が学園にまつわる他愛のない話をして、食事は終了となりました。


 随分と疲弊してしまいました。イヴァン様はそんな僕の様子を見て苦笑すると、レイラ様が護衛をしている自室に招いてくださって、こう言いました。


「今後も絡まれる。慣れろ」

「そんな」


 なんでただの伯爵の僕に……!?と言うと、イヴァン様は気まずそうに自身の首元を撫でつつ言いました。


「二人とも、出会ったときから平民出身の俺に興味津々でな。……そこから派生して、俺と休暇を過ごしたシエノークにも興味が湧いてるみたいなんだ」

「イヴァン様が原因じゃないですか……!」

「うん……。どうせほっといても絡まれるだろうから、俺といるうちに初対面の挨拶をしてもらった。一人でいるときに急に話しかけられるよかいいと思って……」

「……それは……そうですけど……」

「王家に囲まれるの厳しいだろうけど……まぁ……頑張れ」

「そんな……」


 雑に応援の言葉をかけたイヴァン様は、流石に僕のご主人様が二人を殺したから気まずいのだとは思っていないようでした。当たり前です。




 新たな出会いという名の気まずい再会もありつつ……、僕は、無事入寮することができました。


 その日は様々な疲れでぐっすりと眠りました。

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