4.予言の日 翌日
翌朝。目が覚めると、隣に花音の姿はなかった。昨日の出来事は全て夢だったのか、と一瞬頭の中をよぎったが、それはなさそうだ。ベッドからかすかに香る彼女の匂いが、あれは確かに現実だったのだと俺に知らせてくれる。
「あ、おはよー、良介。朝ご飯できてるよっ」
いい女みたいに消えておいて、普通に花音は、ウチの母とともに台所にいた。
どうやら、朝ご飯を作ってくれていたらしい。「花音ちゃん、ありがとうねえ」「一晩お世話になりましたし、これくらい当然ですっ」と、二人の会話が聞こえてくる。
……花音、制服姿だったけど、俺の部屋で着替えたってことだよな? 俺が寝ている間に……別にいいけどさ。
朝食を終え、二人で家を出る。そして昨日と同じように、並んで登校する。
家から少し離れると、花音は口を開いた。
「予言、外れたねっ」
「当たり前だろ」
「あはは。考えてみれば人類なんて、そうそう滅びることないもんねえ」
よく言うぜ。多分、今日中には予言があったことすら忘れるんだろうな。花音も、騒いでいた連中も。
ちなみに家を出る前にざっとSNSを眺めていたところ、予言に乗っかり変に不安を煽っていたインフルエンサーたちは、軒並み炎上していたようだった。まあそれも、すぐに忘れられていくのだろうけど。
「それと、昨日はありがとう、良介」
「ん? ああ......」
「一緒に寝てくれたおかげで、昨日はなんか安心して、よく眠れた気がするよ」
「……それはなにより」
「でさ、昨日は色々頭いっぱいで、つい昔の感じで泊まっちゃったけどさ……」
「……おう」
「……なんか、ごめんね? 同じベッドで寝るとか普通、あり得ないよね?」
「今更照れるなよ」
顔を赤くする花音。俺が昨日、どれだけ煩悩と戦うのに苦労したか、分かってもらえただろうか。
とりあえずこれで、一件落着ではあるのだが......まだ一つ、問題が残っている。
結局のところ、俺たちの関係はこれからどうなっていくのか、ということだ。
言ってしまえば、昨日の俺と花音は、『彼女の手料理が食べたい』という俺のささやか願いを叶えるために、一時的にカップルになったに過ぎない――のか、それとも花音は本気でこの先も、俺と付き合うつもりなのか。
それははっきりさせておくべきだと、思った。なあなあな関係のまま、ズルズルいくのは良くない。これまで彼女がいたことない俺でも、それくらいは分かる。
『俺たち今後も付き合うってことでいいの?』と雑に聞くのは簡単だけど、でも……それで、いいのか?
そんな風に俺が、思考を巡らせているとーー
「ねえ、良介……」
「……えっ?」
「私ね、予言が外れて、また無事に今日が来たらね、言おうと思ってたことがあるの」
花音が突然、そう切り出した。
「なんだよ?」
「私……寝る前に予言のこと考えてたら、良介のことが思い浮かんだって言ったでしょ?」
「ああ……俺にLINE送ってきた時な」
「そう。その時ね、『彼女の手料理が食べたい』って......良介の言葉を思い出して、私、思ったことがあるの」
それはだから、『俺の願いを叶えようとしてLINEを送った』に繋がる話じゃなかったか……?
しかし花音が次に放った言葉は、以前と違っていた。
「ああ今、良介に彼女がいないのって、たまたまなんだなって」
「……えっ?」
「いつか良介に彼女ができて、人類滅亡とか関係なく、一緒にその人の手料理を食べて......そんな未来を想像したら、すごく胸が苦しくなった」
花音は、まっすぐ遠くを見ていた。その横顔は少しだけ、大人びて見えた。
「その時初めて気づいたんだ。私、良介が好きだったんだって」
それは本当に、昨日聞いたのとは全く違う話だった。
だけど花音が語るその話は、間違いなく、本心だと思えた。
「だからね……実は、私が良介に告白しようと思ったのは、それが本当の理由なの。『予言』とか『最期かもしれないから』とか、『願いを叶えてあげたい』とか……そういうのももちろん、あったんだけど。でも――」
ただ、好きだから。他の人に取られたくないと思ったから。
それが、一番の理由だよ。
そう、花音は言った。
俺は、馬鹿だ。
昨日見たはずだろうに。花音がこれまで見たことがないほど真剣な表情で、俺に告白してくれる姿を。
それを見ておいて、何が『一時的なカップル』だ。そんなつもりで、あんな一生懸命な告白ができるわけあるか。
それに俺だって、そうだ。真剣に花音のことを考えて、決めただろう。すぐに別れるつもりで、告白の返事をしたわけじゃないだろう。
「それでね、その……」
「花音、俺もだ」
「えっ?」
「俺も昨日一日ずっと考えて、やっぱり花音のことが真剣に好きだって、思ったんだ」
「……良介」
「だから、これからも……」
ふさわしい言葉が、思いつかなかった。
告白は昨日、花音の方からしてくれたし、俺もそれに応えた。
だから昨日の時点でもう、俺たちは恋人同士になっているわけで……今日、今この瞬間に、俺の方から言えることってなんだ?
俺たちはずっと、幼馴染で……昔からずっと一緒にいて。少しずつ距離感が変わっていくこともあったけど、昨日……またぐっと距離が縮まって。
そして今日からはきっと、幼馴染を超えた、また新しい関係になっていくのだろう。
見つかった。ふさわしい言葉が。
「これからもずっと、好きだ。だからこれからも、よろしくな、花音」
隣を歩く花音は、照れたように顔を俯かせ、「うんっ」と頷いた。
*
人類滅亡の予言者に対して、感謝の気持ちを覚えたのは、生まれて初めてだ。
こんなことがなければ、俺と花音はこのまま疎遠になっていたかもしれないし、少なくとも、ただの幼馴染以上の関係にはならなかっただろう。
「ねっ、見てみて」
ふいに、花音がスマホの画面を見せてくる。
「ネットで有名な、『恋愛相性占い』っていうのがあるんだけど、実は朝、早速占ってみたんだよね」
「早速すぎるだろ」
「二人の生年月日と、血液型を入れて占うんだけど。で、結果がね……二人の相性はバッチリ! 100パーセントだって!」
「だからお前、そういうのはあまり鵜呑みに……」
「よかったね! 私たちきっと、ずっと一緒にいられるよ……っ!」
……まったく、そんな最高の笑顔で言われたら、何も言い返せないじゃないか。
「……そうだな」
何の根拠もない、ただのネット占い。
だけど、そんな幸せな未来を示しているのなら、たまには信じてみるのも悪くない。
俺はそう、思った。
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