3.予言の日 当日②
昼休み。今朝の約束通り裏庭に出向くと、花音が待っていた。
「よう、来たぜ」
「……うん。今朝はごめん」
その謝罪はいきなり告白してきたことに対してなのか、その後俺を置き去りにしたことなのかどっちだ。
「とりあえず、座るか」
本校の裏庭にはいくつかベンチが設置されている。そのうちの一つを俺は指差す。幸い、人気はあまりない。
「う、うん……」
気まずそうな様子で、花音は返事をする。正直、どういう顔をするべきなのか分からなかったが、恐らく花音も同じなのだろう。
そして、場所は違えど、今朝と同じように横並びにベンチに座る。
さて。焦らすのもよくないだろう。
「約束通り考えてきた。これが、俺の答えだよ」
あっ、と花音から小さい声が漏れたが、構わず俺は包まれた布を開いていく。
「俺もお前のことが好きだ。付き合ってほしい」
「うえっ」
うえってなんだよ。驚きすぎて、変な声が出てるぞ。
今、花音がどんな表情をしているのかは見えていない。俺の視線は布の中身に向いているからだ。
花柄の可愛いらしい布とは対照的な、黒い無骨な弁当箱。多分、花音の親父さんの、使っていない弁当箱とかなのだろう。
「開けていい?」
「ど、どうぞ」
蓋を開けると、左側にふりかけのかかったご飯、右側に小さなウインナー、唐揚げ、卵焼き、ミニトマト、ポテサラ、エトセトラ……色彩豊かなおかずが詰まっていた。ありきたりな表現だが、まるで宝箱のようだ。
いただきます。と俺は手を合わせ、唐揚げを箸でとり、頬張った。もぐもぐ。
「うお、めっちゃ美味しい」
「ほんと?」
「お前、料理なんかできたのかよ」
「うん、頑張った」
俺は次に、卵焼きをとり口にいれる。うん、甘くて俺好みの味だ。
「ふぅ……」
と、それを飲み込んだあと、俺はあくまで自然に、呟く。
「なんていうか……やっぱ最後の晩餐は、彼女の手料理に限るなあ」
言った瞬間、俺は限界を迎えた。流石に恥ずかしさが込み上げてきて、顔が熱くなる。
正直、ベンチに座った瞬間から恥ずかしくて花音の顔を見れていなかったが、ここで初めて彼女の方を向いてみた。
花音は俯いていたままだった。だけど、耳は真っ赤だった。
いや、なにか言ってくれ。お前の反応待ちだ。
しばらく俺が硬直していると、
「……よかった」
消え入りそうな声で、花音は言った。
そのあまりに弱々しい姿を見て、俺は軽く吹き出してしまった。
「お前なあ……予言に振り回されすぎだろ」
「だって、仕方ないじゃん!」
今にも破裂してしまいそうな程の赤い顔で、花音もこちらを向いた。
「し、信じてはなかったよ......ほんとに! でもさ、やっぱり夜とか寝る前は、色々考えちゃうじゃん! 前日だし……明日本当に万が一、予言があたっちゃったら、みんな死んじゃったら、どうしようって……っ!」
「お前……」
ああ、分かってたよ。
授業中、花音のことを考えている時に、今朝確認した花音からのLINEを俺は見返した。その時、気づいたことがある。
受信時刻が、深夜の二時だったのである。つまり、そんな遅い時間まで花音は予言のことを考え、悩んでたということだ。
今朝、様子がおかしかったのも頷ける。きっと、寝不足による疲れからくるものもあったのだろう。
「ベッドの中で、色んな人の顔が浮かんできて……。パパ、ママ、お爺ちゃん、お婆ちゃん……友達の顔も、全員。だけどね……」
そこまで言い切ったあと、花音は一度息を吸って、続けた。
「気づいたら、良介のことばっか考えてた」
心臓が、トクンと跳ねる。その言葉に、特別な意味なんてない、と分かっていても。
「なんでだろうね。自分でもよくわからないんだけど……。昔一緒に遊んだこととか、いっぱい思い出したよ」
「……まあ、ずっと一緒にいたしな」
「うん……。でね、そういえば先週一緒に帰った時、『最期は彼女の手料理が食べたい、男の夢だ』、なんて言ってたなあ……って、思い出して。それで気づいたら......LINEしてた」
人類滅亡の予言なんて、馬鹿げてる。だけどそんな予言を信じてしまい、不安になることは、きっと誰にでもあって。
そんな中で……今日、人類が滅びるかもしれない。大切な人がみんな死ぬかもしれない。そんな恐怖に押しつぶされそうな中で、花音がとった行動は――
「勝手だけど、どうしても叶えなくちゃって思ったんだ、良介のその夢を」
俺の彼女になり、手料理を食べさせること。
分かっていたさ。深夜二時に送られたLINE、俺への急な告白、花柄の布に包まれた重みのある『何か』……ヒントは散りばめられていて、それを繋げて考えれば、すぐに分かった。
だから俺は、布の中身を開けたんだ。
本当に、馬鹿げてる。だけど――
疎遠になりかけていても、花音は花音、何も変わっていない。昔と同じ、俺の優しい幼馴染だった。
「はは……なんだよそれ」
「笑っちゃうよね。予言なんて信じてない、良介からしたら……」
そうだ、俺は信じていない。だけど花音の行動を、笑うことなんてできない。
むしろ彼女の真剣な想いに、俺は応えるべきなのだ。
「......そういえば、お前はどうだったんだっけ」
「えっ?」
それに、予言を信じて不安になってしまっている今の花音を、このまま放っておくわけにはいかない。
なにせ予言の日は、まだ終わっていないのだから。
「人類滅亡の日、何が食べたいって言ってたっけ?」
「……それは」
「あ、思い出した。確か、俺の母さんの手料理……ハンバーグって言ってたっけ?」
「う、うん……」
「お返しだ、叶えてやる。今日久しぶりにウチ、泊まりに来いよ」
花音は驚いたように目を丸くしていた。しまった、また恥ずかしいことを言ってしまった気がする。
いや、何も恥ずかしいことはない。こんな台詞、花音相手には、子供の頃にしょっちゅう言っていたじゃないか。
「いやだからその、そんなに不安なら今日一日くらい、一緒にいてやる……って意味で」
口が勝手に動き、取り繕ったようなことを言ってしまったが、恥の上塗りでしかないような気がした。
そんな俺の慌てふためく様子が面白かったのか、
「……ふっ、あははっ」
花音も先ほどの俺のように、吹き出して笑った。
「『叶えてやる』って……良介のママが、でしょ?」
「だから、その仲介を今からしてやるって言ってんだよ」
「仲介って、自分の親に連絡するだけじゃん」
「うるせえな。ちょっと母さんにLINEするから、黙ってろ」
「はいはい」
さっきまで取り乱した様子だったのに、今はもう落ち着いて、むしろ呆れた表情を見せる花音。なんだ、なんか悔しいぞ。
「えーっと、『今日晩ごはんハンバーグがいいな』、っと……『あと、花音が泊まりに……』」
立て続けにウチの家族グループにLINEを送る俺の耳に、
「……ありがとね、良介」
と、小さな声が、隣から聞こえた気がした。
*
放課後、花音は一度自宅に戻って荷物を整理してから、俺の家にやって来た。幼馴染だけあって、お互いの家は近い。
花音が久しぶりに泊まりに来ることに、うちの家族は大喜びだった。リクエストのハンバーグはもちろん、それ以外のおかずも絢爛豪華に食卓に並んだ。
花音が希望したおふくろの味は健在だったようで、花音は心底美味しそうに、それらをたいらげた。ご満足頂けたようで何よりだ。
夕食後、二人で俺の部屋に移動する。
「良介の部屋、あんま変わってないねー」
「そんなわけあるか。小学生以来とかだろ」
「うん、変わってないよ」
小学生から成長していないみたいに言いやがって。
ただ、お互いもう高校生だし、仮にもカップルだし……流石に小学生みたいに無邪気に過ごすなんてことは……。
いや、だとしたら俺は、花音と一体何をするつもりなんだ?
「お風呂、ありがとう」
「おう……じゃあ、俺も入ってくるわ」
先に風呂から上がった花音が、部屋に戻ってくる。
子供の頃とは違うパジャマ姿、違うシャンプーの香り......そんな予想外の刺激を受けて、俺の思考は正常じゃいられなかった。
相手は花音なのに……子供の頃から一緒にいる、ただの幼馴染なのに。
一人で湯船に浸かった俺は、自分の頬を両手で叩く。
違うだろ。今日俺は、そんなことを期待して、花音を部屋に呼んだわけではない。そんなの、彼女の不安につけ込んでいるみたいじゃないか。
耐えろ、耐えるんだ俺。
風呂から上がり部屋のドアを開けると、俺は開口一番、
「スマブラしようぜ!」
と叫んだ。余計な煩悩を振り払うためにはもう、ゲームにでも没頭するしかないと考えたのだ。
花音は俺の気も知らず、めちゃくちゃ嬉しそうに「いいね、負けないよ!」とノリノリだった。お前こそ小学生から変わってないんじゃないか、と言いたくなった。
結局やり始めたらお互い熱中して、時間を忘れて遊んでしまった。昔に戻ったみたいで、存外幸せな時間だった。
いつの間にか、時刻は22時を回っていた。予言の日が終わるまで、あと二時間。
「明日も学校だし、そろそろ寝る?」
「そうだな」
「……一緒のベッドで寝てもいい?」
いやだから、小学生の時ならまだしも、この歳でそんな大胆な提案してくるなよーーとはもちろん、言わない。
「……おう」
むしろ、二つ返事で俺は了承した。
予言の日はまだ終わっていない。今夜は花音を、不安にさせるわけにはいかない。だから花音がそうしたいというのなら、俺は合わせるだけだ。
「ねえ。日付変わるまでは、起きてようね?」
「分かったよ」
「でも恥ずいから、お互いあっち向いて寝よう」
そこは一線引くのかよ。
というわけで、俺は今、壁を見ながら自分のベッドに横たわっている。
狭いベッドの中。窮屈ではないといえば嘘になるが、花音は小柄な方なので、まだなんとかなっている。
しかし、相手が花音だろうが、流石に同じベッドで寝るというのは.......内心穏やかではいられなかった。
「……良介?」
「へっ?」
急に後ろから話しかけられ、心臓の音が更に高鳴る。
「今日は、ありがとね」
「いや、別に。こちらこそ」
「うん。明日、ちゃんと朝が来るといいな……」
「来るに決まってんだろ」
「あはは。ほんとに、良介って……」
「なんだよ」
「……おやすみ」
と、それだけ言って、花音は喋らなくなった。
しばらくすると、背後からスウスウと寝息が聞こえてきた。横になりながら振りかえってみると、花音はいつの間にか寝返りをうったのか、こちらを向いて寝ていた。
宣言したことが一つも守れてないじゃないか。
暗い部屋の中で、うっすらと寝顔が見える。自分に都合の良い主観かもしれないが、とても安心しきった顔に見えた。
「おやすみ、花音」
スマホで時間を確認する。いつの間にか、日付が変わっていた。
人類滅亡の予言はこうして、無事に外れた。人類は存続し、また平和な朝が来るだろう。
だけどその事実を見届けたあとも、しばらく俺は眠れそうになかった。




