第9話 「トイレくらい1人で行って」
「ばーさん、もっかい言ってくれねー? ワンモアプリーズ」
「あんた、こっちの世界には来たばかりだろ? 可哀想にねぇ」
「いや質問に答えろよ」
「妊娠しちまってるかもしれないって言ったのさ。見知らぬ他人から貰った、しかもよりによってロールキャベツなんて口にするもんじゃないさね」
言ってる意味が分かんねー。
ってか妊娠? オレが? オレ男なんだけど? いや、今は女か。 いやでも童貞だし、もちろん処女だ(よな?)。エロいコトなんて頭ん中でしかした事ねーのに、なんでガキ作んなきゃならねーんだよっ!?
「おばあさん、説明して」
結月もいつになくマジな顔だ。なんせオレの危機だからな。
いや単に、自分が知らねーウチに妊娠なんてしねーようにだろーな。
「お前さんたち、アザーフュには女しかいないのは知ってるね? じゃあ、女だけでどうやって子供をこさえるかは知ってるかい?」
「……(ふるふる)」
考えたコトなかったな。そーいやどーやってんだ?
なんか機械とか使ってクローンで子孫を残してるとか? どっかでそんなマンガを読んだ気がするな。
「この世界じゃね、他人の遺伝子を経口摂取することで受精して、妊娠するのさ」
けーこーせっしゅ? つまり……?
難しい言葉を使うなよ。現国赤点のオレにも分かるよーに言ってくれ。
「人の身体を、食べるの?」
なんだよ、食うって意味かよ。わざわざ分かりにくい言葉を使ってんじゃねーよ。
……。
…………。
………………っ!!
オ……オレが食ったロールキャベツに入ってた謎の肉って…………。
そ、そーいやメシくれた子、なんか顔色が悪かったような……。
「昔に、プロポーズの時にロールキャベツを贈るってのが流行ってねぇ。ホラ、赤ちゃんはキャベツ畑でって……」
「ォオオゲエエエェェッッ!!」
「こんなとこで吐くんじゃないよっ! トイレに行ってきなっ!」
じょっ、ジョーダンじゃねーよっ! なんで異世界に来て早々、人肉を食わされなきゃならねーんだっ!?
オレは至ってノーマルなんだよっ! カニバリズムとか勘弁してくれよっ!
ってかなんだよ「人肉食って子孫を増やす」って、どんな生態だよっ!? この世界じゃ人の尊厳はどーなってんだっ!? オレは女の子を性的に食いてーけど、物理的に食いたいなんて思ってねーぞっ!!
あぁ……ダメだ……。
いくら喉チンコを引っ張っても胃液しか出ねー……。もうアレを食ってから2時間は経ってるからな……。
いや負けるなオレっ! このままじゃ人食いの上に、ママになっちまうっ! そんなのいやだぁーーっ!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
残された結月は、サチコへと当然の疑問を投げつけていた。
「自分の身体を切って食べさせるの?」
生殖行動の際に、自分の身体を性交相手に差し出すというのはあり得ない行為ではない。カマキリなどが有名だろうか。
しかしさすがに「捕食と性交がセット」などというのは聞いた事がないが。
単為生殖や無性生殖とも違う独自の交配は、日本で育った結月には簡単に理解はできるものではない。
それは、トイレの中の陽一郎も同様だろう。
「そんなのは極々稀さ。普通は髪の毛や爪なんかを、ね。たまーに血を入れるなんて話も聞くけどねぇ」
それを聞いた結月は少しだけ安堵した。
当然だが、人肉を食べるということには抵抗感がある。
自分がそれをしないとしても周囲が普通であれば、そんな世界に溶け込める気がしない。
だが、まだ心配事はある。
「私もハンバーグとか食べたんだけど……」
当然の不安だ。食事をしただけで妊娠する可能性があるなどと聞けば、今後は迂闊に食事すらままならない。
陽一郎がトイレから返ってくるまでの間、結月は不安や疑問をサチコへと投げ続けるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから1時間。結局オレの身体からは胃液しか出なかった……。
喉の奥がヒリヒリする……。もうなんにも出ねー……。
「陽一郎、大丈夫?」
大丈夫じゃねーよ……。
オレの異世界生活、初日からいったいどーなってんだよっ!? 色んな異世界転生もののマンガ読んだけど初日に妊娠するなんて話、聞いたコトねーぞっ!? しかもオレ、男だよっ!?
「陽一郎の子ならきっとかわいい。一緒に育てよ?」
イヤだよっ!? 育てたくねーよっ!! もっとマシな励まししろよっ!
ダメだぁ……。疲れすぎて、ツッコミが言葉に出ねー。
「やれやれ、しょうがないねぇ。ホレ、これをお飲み」
そー言ってばーさんが薬を渡してきた。
いや、そんな得体の知れねーモン飲まねーからな? オレだって学習すんだよ。
「サチコさん、それ何?」
「アフターピルさ。これ飲んどきゃ妊娠はしないだろ」
「マジかっ!? 早く言えよっ! ングっングっ……。さっすが異世界だな、こんな便利なアイテムがあんのかよ」
「陽一郎、それ日本にもある」
え、そーなの? まーどーでもいいや。
とにかくこれで一件落着だな。まだ見ぬ我が子よ、グッバイっ!
人肉食ったコトは……うんっ、忘れよう!
「そーいや結月は大丈夫なのか? ハンバーグ食ってたろ?」
「店で売ってる物にそんなもん混ぜたら、とっ捕まっちまうよ」
売りモンなら安心して食えるってコトか。これからの食事のコトを考えると、そりゃ嬉しい情報だけどな。
「けど、どーなってんだこの世界? こっちじゃ赤の他人に自分の身体を食わせるのがフツーなの? 頭おかしーの?」
「普通なわけあるかい。相手に黙って食べさせるのはれっきとした犯罪だよ。何したら転生早々にそんな事になるのか、こっちが聞きたいね」
オレだって知らねーよ。心当たりなんか……あ、1つあったわ。
そう思って、オレはスキルウィンドウを開いた。
【魅了】
あなたを視界に入れたあらゆる女性はあなたを愛し、「あなたとの子供が欲しい」と願わずにはいられない。
子を為す事のできない別種族・幼子・閉経した女性は、愛ではなく好意に留まる。
確かにコイツが悪さしたなら、あの子の奇行にも理屈が通るよな。
けどバグってるハズなんだけどなー。他は誰もスキルの効果があったよーには見えなかったし。
「なんだい、このスキルは……。あー、あんた本当は男だったんだっけね」
「なんだ、結月から聞いたのか?」
「まったく、可愛い顔してとんだエロガキさね。ウチの子には絶対に近付くんじゃないよ?」
ウチの子って、さっきの子か? 近づいても意味ね―よ。
オレのスキルはバグってるし、だいたいあの子はまだ10歳くれーだろ。
「さて、今日はもう遅いから泊まっていきな」
「いいの?」
「もう宿は受付時間すぎてるよ。それに金がないんだろ? アカリっ、晩ごはんの支度を手伝ってくれるかい?」
「はーいっ」
バーさんに呼ばれて幼女が駆け寄ってくる。
アカリって日本の名前だよな? やっぱ、バーさんの孫かな。
「晩メシは肉以外で頼む」
「まったく、厚かましいガキだよ」
「それから変なモン入れんなよ?」
「うるっさいねぇ。そんなに心配なら見張ってなっ」
その後、晩メシと風呂を借りて寝床に着いた。
布団かよー。オレ、ベッド派なんだけど。異世界に来て布団で寝るとは思わなかったぜ。ま、野宿の億万倍マシだけど。
そして寝る直前、恐ろしいコトに気付いてしまった。
バーさんとアカリってガキは血が繋がってんだよな?
ってコトは、バーさんは人肉食って娘を産んだのか……?
え? その娘……ガキの母親は……?
まさか、食われ…………。
く、くだらねーコト考えてねーでさっさと寝よー。
……その前に小便行ってくっか。
「……結月、まだ起きてる? 便所に行きたくねー?」