第6話 「陽一郎のお腹は私が守る」
筋肉女がオレを真っ直ぐに見下ろしてくる。見下すんじゃねーよ。
ってかデケェな、オイ。結月より頭一つくらいデケーぞ。190㎝くらいあんじゃねーか?
「あー。ワリーけど、もっかい言ってくれるか?」
「服を脱げ、と言ったのだ。早くしろ」
変態か。いや服装からして変態だったわ。
あんな水着みてーな格好で恥ずかしくねーの? オッパイは……やべぇ、どこまでが筋肉でどっからがオッパイかわかんねー。あれ、柔らかいのか?
「ゴメンねー、ビックリしちゃった? 入町検査だから協力してね☆」
お? 筋肉女の後ろからもう1人の女が話しかけてきたぞ。
こっちは普通の服……じゃねーな。マンガかゲームの兵士みてーな鎧を着てんぞ。こっちの世界じゃフツーなのか? いや、下手するとビキニアーマーも普通なのかも……。
こっちのネーちゃんのオッパイは……胸当てに隠れてて分からねー。
「入町検査?」
「そうよー、どこでもあるでしょ♪ チコりんの場合、筋肉を確認しないといけないの♡」
「……分かるように説明してくれよ」
ネーちゃんが言うには、外の人間が町に入る時には悪人かどうかを検査するのが通例らしい。
ってか、筋肉女の名前はチコりんだと? かわいすぎんだろ。違和感、仕事しろ。
んで、その検査方法というのが……。
「私のチートスキル、【筋肉は嘘をつかない】だ!! 筋肉を見れば、邪まな心もお見通しだっ!!」
「超人の必殺技かよ……ってか今、なんつった?」
チートスキルっつったよな? なんでコイツも持ってんの? 転生者の特典じゃねーのかよ?
あの邪神、いい加減にしろよ。だいたいさっきから情報量が多いんだよ。もーちょっと優しいチュートリアルを組めってーの。
「さぁっ、早く服を脱いで見せろ」
「ん」
結月のヤツ、躊躇なく脱ぎやがった。
や、別に結月の下着姿くらいで興奮なんてしねーけど。スポブラじゃ色気が足んねーんだよ。
はぁ……。オレも脱ぐっきゃねーか。ハラを見せるだけでいーだろ。オレはブラとかつけてねーしな。
「ふむ。それほど筋量が多いわけではないが、鍛えられた良い腹筋だ。それにひきかえ……何だキサマァッ! その子供の頬のような緩みきった腹はァッ!?」
「ひゃうっ!?」
いきなり腹をつまむんじゃねーよっ!? ビックリして変な声が出ちまったじゃねーか。
「そんな腹筋で戦いに勝利できると思っているのかァッ!?」
知らねーよ。戦いって何だよ? オレは平和主義者だから戦わねーぞ?
まさか本当に魔物みてーのがいるんじゃねーだろーな? もう邪神の言う事なんて全く信用できねー。
ってか、いつまで腹をつまんでんだ。いい加減に手を放せよ。
お、結月?
「手、放して」
いいぞ、もっと言ってやれ。
オレが自分で言ってもいーけど、なぜだかオレの言う事は無視される気しかしねーし。
「ふっ、なるほど……。キサマの愛人というわけか。取り返したくば力づくでやってみたらどうだ?」
ちげーよ? まぁ、結月がどーしてもっつーなら愛人にしてやってもいいけど、逆はねーわ。
それからいい加減、手を放せよ。
「ケガをする」
「キサマが、な」
え? ってかなに? 何が始まんの? 何でケンカ腰になってんの?
ハラがへってきたし、さっさと町の中に入りてーんだけど?
「我に挑む者など久しくなかった。小娘、名を聞いておこう」
「結月」
「その意気や良しっ! だが筋量は俺の方が上だっ! 筋肉が伴わなければ望みは叶わんと知れぃ!」
どんなノリだよっ!? ってか、一人称は統一しろよっ! さっきは「私」っつってただろーがっ!
「おぉーっと、突如始まったチコバトルッ! 対戦者は謎の旅人ユヅキッ! 解説の愛人さん、どのような展開になると思いますか?」
いや、ネーちゃんはそっちのノリかいっ!? で、誰が愛人だっ!?
「どーですか? 愛人としての応援でもいいですよ♡」
「愛人じゃねーよ。……たぶん、結月は自分から動けねーよ」
オレの言葉通り、2人は数十秒を見合っていた。やっぱりな。
結月は身長があるから、柔道の試合じゃ奥襟を取るのが定石だかんな。相手は自分よりデケー上に、ビキニアーマーじゃ襟が掴めねーわ。
「先手を取らせてやろうかと思ったが……意外に慎重だな。では、吾輩から行くぞっ! むぅんっ!」
おぉっ? チコりんもデケー図体のクセに意外と素早ぇな。
けどそれじゃ、結月から有効打は取れねーよ。柔道の組み手争いはスゲーかんな。動体視力とハンドスピードは打撃系格闘技並みだぜ?
「やるなっ! だが、これならどうだっ!」
「……っ!」
大振りだっ! 結月のヤツ、チコりんの背後に回って裏投げの体勢だっ!
「甘いっ!」
「ぁがっ!?」
「あぁーっと! 背後に回ったユヅキ選手だったが、そこにすかさずチコりん選手のエルボーッ!! こぉれは決まったかぁっ!?」
ヒデェっ! 柔道じゃ絶対にありえねー返し技だっ。
だ、大丈夫か……? ドタマにモロだったぞ!?
「そーいえばぁ、キミの名前はなんてーの♡ 良かったらこの後一緒に……」
「んなコト言ってる場合じゃねぇっ! 結月っ、大丈夫かっ!?」
「だいっ……じょぶ……」
結月のヤツ、こっちを手で制止やがった。まだやるつもりか?
「おっとユヅキ選手、まだやるつもりだぁ! ファイティングポーズを取っているぞ! ナイスファイトぉっ♪」
ナイスファイトじゃねーよっ。
おい、もうやめよーぜ?
「ふっ、だがどうする? 我が【筋肉は嘘をつかない】は筋肉の動きを全て見通す! フェイントも効かんし、さっきのようにキサマの動きを誘導する事も可能だっ!」
げ、あのバカっぽいスキルにそんな能力があんのか!?
それじゃ、どんな攻撃も効かねーじゃねーか!?
「……あなたの筋肉は、顎を動かすためにあるの?」
「よかろうっ! ならば、次の一撃で砕いてくれるわぁっ!!」
なに挑発してんだよっ!?
オマエ、そんな好戦的だっけ? オレはそんな子に育てた覚えはねーぞ?
「何をしても無駄だっ! キサマの筋肉が全て物語っている! そしてぇっ、筋肉は決して嘘を吐かんっ!!」
「あぁっと! チコりん選手の左ストレートがユヅキ選手の顔面にヒットォっ!! 今度こそ決まったかぁ!?」
「あ……いや……」
顔面パンチを食らった結月が、その手首を掴んだ。そしてそのままチコりんの脇をすり抜けるように……。あれは、腕絡みだっ!
チコりんの巨体が嘘のように宙を舞う。結月オマエ、それほとんど合気道みてーだぞ?
「何が起こったァ!? 攻撃していたはずのチコりん選手が倒れたぁっ!!」
「まだだっ! この程度で……」
「ううん。これでおしまい」
結月の手は、まだ手首を掴んだままだ。そして今度はチコりんの肩を自分の脇で挟んで、捻り上げる。脇固め、だな。
「ぐっ、がああぁぁぁっ!!」
「降参?」
一度完璧に極まった関節技から抜け出すのは不可能だ。意地を張り続けりゃ、脱臼するコトになるな。
「ま、参った……。ユヅキ、キサマの勝ちだ」
チコりんの敗北宣言で結月が離れる。決着だ。
ってか、ホントになんだったの? オマエら、なんで戦ったの?
「柔よく剛を制す……。筋肉を使わなくても人は倒せる」
「ふっ、思い知ったよ。筋肉も、嘘を吐くのだな……」
オマエら、ホントなに言ってんの?
カッコつけてるけどマジで意味不明だからな?