第３話 「時間は少し巻き戻り――」
時間は前後し、女神の神殿で陽一郎が目覚める前……いや、結月が目覚める前――。
眠りから半覚醒し、そしてまた眠る。
それを３度繰り返し、４度目でようやく結月は身体を起こした。
「ここ……どこ？」
結月が目覚めたのは見知らぬ部屋だった。
自分の寝ていたベッド、ソファにテーブルなど、どれも見覚えのない家具ばかりだ。だがどれも安物ではない。照明など、シャンデリアが吊るされているではないか。
ただ少し、ゴミなどで散らかっているのが気になった。
「ん、ようやく起きたか？」
「……誰？」
「妾はアザーフュの唯一神じゃ。お前は自分が死んだ事を覚えておるか？ 死したお主はアザーフュで再び生を受けて、試練を果たすのじゃ」
神を名乗った女性は、尊大な口調で一方的に語る。
それはまるで結月の意思を無視しているかのようであった。アザーフュと言われても何のことかサッパリだ。
「試練と言われても分からんか。お主には九つの――」
「陽一郎はどこ？」
だが結月も女神を無視して言葉を放った。
結月にとって試練など興味ない。電車に轢かれて死んだことはなんとなく理解できる。だが、何よりも重要なのは陽一郎だ。
互いを無視する女２人。
果たして、この２人に会話などできるのだろうか？
だが、その心配は杞憂だった。
「陽一郎？ あぁ、何も言わんでも良い。お主の心を読ませてもらう。なにせ、神じゃからの」
得意気に話しているが、この自称神……勝手に人の頭の中身を覗くと宣言するとは、他人への配慮に欠けるとしか言いようがない。
だが結月はというと、特に気にしている様子はなかった。
「ふむ……男か。残念じゃが諦めるのじゃな。女しか居らぬアザーフュに、男を招くわけにはいかん」
女神は端的に「諦めろ」と宣告した。
だがその言いように、結月は１つの事実を確信する。
女神は「できない」ではなく、「招くわけにはいかん」と言った。ということは、やろうと思えばできるということだ。
「陽一郎も生き返らせて」
「できんと言ったぞ」
「言ってない。生き返らせてくれないなら、試練なんて知らない」
聡い結月は、女神の態度から「試練を受けさせるために自分を生き返らせた」ということを察する。
ならば、逆にそれを取引材料にできるのではと考えたのだ。
「お主はまだ肉体を手にしておらぬ。妾の気持ち１つで再び永遠の闇に戻ることになるぞ？」
「いい」
「……このまま、放置することもできる。出口のない狭い部屋で、意識を持ったまま永劫の時を過ごすか？ 気が狂うぞ？」
「いい。陽一郎がいないなら、ずっと寝てる」
女神の脅しにも全く怯まない結月。
そして皮肉なことに、心を読める女神には結月が本気だと分かってしまう。
今は強気に出ているが、何年も何十年も経てば気も変わるだろう。
女神はそう確信しているが、そのように気長に待つことはできない理由もあった。
結果……。
「……はぁ、分かった。その陽一郎とやらも喚んでやる」
折れたのは女神の方だった。
女神にも事情があり、時間を無制限に費やすことはできないからの判断ではあったのだが……結月にとっては幸運と言わざるを得ない。
というかこの娘、仮にも神を名乗る相手を恐れないのか？
「ただし、時間制限を設けさせてもらうぞ。そうじゃな……１年以内に試練を全て果たしてもらう」
「わかった」
試練とやらの詳しい内容を聞きもせずに２つ返事で応える。
結月にとって陽一郎以上に優先することなどないし、そのためなら何だってできる。
「では試練の内容を伝えるぞ。肉体を得たら――」
「早く陽一郎を生き返らせて」
あくまで自分の要望を優先させようとする結月。
女神は再び溜息を吐き、指をベッドへ向けて振るう。そこに光が集まり――やがて、１人の男が現れた。間違いなく、陽一郎だ。
陽一郎の意識はないが、呼吸はしている。
こうして結月は陽一郎が目覚めるまで、その寝顔を眺めながら女神の説明を聞くのだった。
