第1話 「スケベなアイツは幼馴染」
あー、退屈だなー。
だだっ広い会場の中、柔道インターハイ予選を優勝して表彰される幼馴染を、オレは観客席からボケーっと眺めていた。
「キャアァァァーーッッ!! 結月センパーイッ!!」
真横にいる後輩女子たちの黄色い歓声が耳に痛てー。
もう少し静かにできねーのか? 試合はとっくに終わったんだぜ?
お、1番奥の子、オッパイがおっきいな。隣の子の慎ましいちっぱいも中々……。あー、揉ませてくんねーかなー。
「すげぇなっオイっ。これで結月さん、インターハイ2連続出場だぜっ⁉」
「あ~、そうだな。スゲースゲー」
逆隣りにいる男友達が興奮気味に言ってるけど、アイツの活躍なんていつもの事だ。いまさら驚く事でもねーよ。
決勝で結月に負けたコ、泣いてんな。柔道女子には珍しいグッドスタイルなのにかえーそーに。
「おいっ、こっち向いて手を振ったぞっ!?」
「キャアァァァーーッッ!!」
ちっ。結月のヤツ、女のクセに女子人気が高くってもしょーがねーだろ。1人くらいオレに分けてくれよ。
……済ました顔でこっち見やがって。
めんどくせーけど、手ぇ振り返してやっか。ちょっとだけだぞ。
「陽一郎、幼馴染なんだろ? あんな美人の幼馴染がいて、いいよなぁ」
「よくねーよ。何かってーと比べられっし、こっちゃいい迷惑だ」
「って、陽一郎っ! どこ行くんだよ?」
「便所」
そう言ってオレは観客席を離れた。
さて、用を足したらそのまま帰るか。表彰式も終わったし、ノルマは達成だ。
結月のヤツ、何が「応援してくれないと七代祟る」だよ。ホントいい迷惑だぜ。
かといって無視すると、親父も母さんも結月の味方をしやがるし……。
あー、この分じゃ、インターハイ本戦も応援に駆り出されんなー。
めんどくせー。
「陽一郎」
そんなことを考えながらトイレを出ると、不意に名前を呼ばれた。
「げ、結月。オマエ、さっきまで表彰されてたハズじゃ……」
「一緒に帰ろ」
よく見るとコイツ、道着の上に上着を羽織ってやがる。
さっさと1人で帰ろうと思ってたのに、さてはオレの行動を先読みして待ち伏せやがったな?
「他の部員はどうしたんだよ? 打ち上げとかねーの?」
「断った」
何でこんなに協調性のねぇヤツが人気あんの?
……顔と頭が良くて、柔道が強えーからか。天は二物を与えずっていう言葉、知らねーの? オレにも一物くらいくれよ。……イチモツならあるけどな。
「はぁ、分かったよ。だけどオレの隣に並ぶなよ?」
「……(こくん)」
コイツ、女のクセに177㎝もありやがるからな。隣に立つとオレ(152㎝)がチビに見えるんだよ。
そうして結月と2人でバスに乗って、駅へ向かう。
一緒に帰るっつっても会話はしねー。別に結月と話す事なんかねーし、結月は結月で無口だからな。
コイツ、何でオレと帰りたがってんだ?
ってか、人多いなっ!?
何でこんなスシ詰めにされなきゃなんねーんだっ!?
たかが地区予選に人が集まりすぎだろっ!?
「ご乗車ありがとうございます。お降りの際は、足元にお気を付けください」
「っぷは。やっと解放されたぜ。……つっても、コイツらも同じ電車に乗るんだよなぁ」
「乗る電車、遅らせる?」
「遅らせたって、どーせすぐに第二陣が来るだろ?」
1本遅らせたくらいじゃ大差ねーよ。むしろ余計に人が増えるまである。
かといって何10分も遅らせるなんて時間のムダだしな。
「どーせ少しの辛抱だ。行こーぜ」
そう言って結月と一緒にホームへ向かう。
ホームは予想に反して人が少なかった。少し前に電車が発車したみてーだな。
だ け ど ……。
『只今、踏切の非常ボタンが押された為、確認の為に列車は停止しております。運行再開まで、しばらくお待ちください』
「げ、マジかよ」
ついてねー。このままじゃホームが人だらけになんじゃね? だけど引き返しても仕方ねーよなー。
しょーがねー。どーせ10数分程度だ。ガマンすっか。
そう思ってたのに――。
「くっ……。いくら何でも多すぎだろっ!?」
中々電車は動かず、ホームは人で埋め尽くされていた。
オレと結月は、乗り場の最前列でホームから押し出されんばかりの状況だ。
『大変長らくお待たせいたしました。只今、運行を再開いたしました。次の列車は通過車両となります。危険ですので、黄色い線の内側までお下がりください』
「ムチャ言うなっ!!」
思わずアナウンスにも突っ込む。
なんで快速が先なんだよっ。ホームの状況が見えねーのかっ!?
……見てねーだろーなー。
そんな事を考えていたら、電車が見えてきた。
まだこの地獄が続くのか……。電車が来ても次はスシ詰めか……。
クソっ、こんなコトならどっかで時間を潰してりゃよかったぜ。
「え?」
そう後悔していたら、隣から結月のマヌケな声が聞こえた。そして身体を前へと進めている。
オイオイ、せっかちだな。この電車は通過だぜ?
なんて言ってる場合じゃねぇっ!!
人ゴミに押されて線路に飛び出しやがったっ!!
「結月ィっ!!」
反射的に落下する結月の手首を掴む。よしっ、オレの反射神経も中々のモンだっ!
このまま引き上げて……って、このクソ女、重すぎんだよっ!!
“プアアアアーーーーッッ!!!!”
「「あ」」
耳をつんざく警笛とオレたちの声が重なった次の瞬間を最後に、オレの意識は途切れてしまった――。