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第4話 真実の試練

 玉座の間への廊下を歩きながら、わたしは胸騒ぎを覚えていた。レオンからの伝言で、父上が緊急に呼んでいるという。帰ってからの挨拶もまだだというのに。

 ルナも落ち着きなく、わたしの肩で身を縮めていた。


 重い扉を衛兵が開けた。


「第三皇女殿下のお成りです」


 玉座の間に足を踏み入れると、父上が玉座に座っていた。その表情がいつもと違う。厳しく、切羽詰まったような顔。父上は玉座から立ち上がった。


「リリア、来たか」

「お呼びとのことで」


 わたしは父上の前まで進み、軽く頭を下げた。


「サザンクロス王国の第二王子が、もうすぐ到着する」

「父上、わたしはもう――」

「聞け」


 父上の声に、普段とは違う切迫感があった。


「北方蛮族との戦線が、危機的状況にある」


 北方蛮族? 

 帝国は北方の蛮族に攻め込まれている。兄たちが奮戦中だが、何かあったのだろうか。


「サザンクロス王国は我々の援軍を必要としている。そして向こうが求める同盟の条件は……」

「まさか、わたしとの結婚?」

「その通り……」


 兄たちに何かあったのではなかった。ホッとした一方で、新たな政略結婚に腹が立つ。


 背後で空気が揺らいだ。レオンがいる。影に潜んでいても、彼の動揺が伝わってきた。


 扉が再び開いた。


「サザンクロス王国第二王子、エドワード殿下のお成りです」


 一人の青年が入ってきた。金茶色の髪に青い瞳。整った顔立ちだけど、よく見ると顔色が悪い。青白いを通り越して、土気色に近い。


 彼は玉座の前まで進み、優雅に礼をした。その動きに違和感があった。優雅だけど、どこか無理をしているような。瞳には必死さが宿っている。


「エドワード・フォン・サザンクロスです。単刀直入に申し上げます。我が国は滅亡の危機にあります。北方蛮族は新たな毒を使い始めた。我が軍の半数が倒れ、私自身も……」


 彼の手が、微かに震えている。手袋で隠そうとしているけど、指先の震えは隠せない。


「陛下! 形だけの結婚で構いません。同盟を結び、北方を倒したら離婚していただいて結構です」

「そんな! 無理です!! レオン、出てきて」


 影が揺らぎ、レオンが姿を現した。いつもの黒衣。でも、その表情は苦渋に満ちていた。彼


「リリア、実は……影の長は皇族と結婚できない。それが千年の掟だ」

「え……?」

「しかし、俺は生涯をかけてリリアを守る。これだけは譲らない」


 知らなかった。そんな掟があったなんて。昨日まで、そんな話は一度も。


「さらに、俺は重要な任務の最中だ。帝国内に潜む裏切り者を追っている。まだ、影の長を辞めることはできない。情報網を守るためにも」


 父上が口を開いた。


「リリア、これは帝国の存亡に関わる。個人の感情で決められることではない」


 ――どうして、こんなことに。


 涙が溢れそうになった。その時、エドワードが突然咳き込んだ。かなり激しい。苦しそうに口元を押さえ、手を離すと赤い血が手袋を濡らしていた。

 新たな毒。そのせいだろうか。


「申し訳ない……時間がないのです」


 彼が崩れ落ちそうになった。


 わたしは反射的に駆け寄り、彼を支えた。治癒魔法の心得がある者として放っておけない。


「手を見せてください」


 血で汚れた手袋を外し、エドワードの手首に触れた瞬間、異常を感じた。脈が速い。でも弱い。そして、魔力が変な方向――身体の外に流れている。


 普通の毒じゃない。

 強制的に魔力を消費する恐ろしいもの。


 記憶を必死に辿る。母上の病気を研究していた時、古い文献で見た記述。確か、禁書庫の奥の。


「これは『魂喰らいの毒』です」

「ご存知なのですか?」


 エドワードが目を見開く。床に座り込んだまま、希望を見出したような顔で。


「母上の病気を研究していた時、似た症例を見つけました。でも、解毒法は……あっ!? レオン! 薬草園に『月影草』はある?」

「ああ、たくさんある……」

「それと、北方の戦場で採取した毒のサンプルは?」

「任務で入手したものがある」


 虚ろなレオンの瞳に、理解の光が宿った。


「以毒制毒か」

「そう! 毒をもって毒を制する。でも、調合には二人の魔力が必要」


 エドワードは床に座ったまま、苦しそうに息をしている。


「ただ、これは賭けです。保証はできません……」

「構いません。このままでは死ぬだけだ。いちるの望みに賭けましょう」


 父上が手を打った。


「薬草園から材料を。急げ」


 レオンが影に消え、すぐに材料を持って戻ってきた。玉座の間の中央に調合道具を並べる。


 月影草をすり潰し、毒のサンプルから抽出した成分を加える。レオンの闇の魔力と、わたしの治癒の魔力を同時に注ぐ。


 ――母上、力を貸してください。


 薬が青白く光った。完成だ。


「飲んでください」


 エドワードに薬を渡した。彼が薬を飲むと、顔から血の気が引いた。一瞬、死んでしまうのではと思った。


 そして――黒い霧が体から抜けはじめた。床に広がって消えてゆく。成功だ。毒が排出されて、身体が浄化されている。


「これは……体が、軽い」


 エドワードの顔に赤みが戻った。立ち上がることもできた。


「ありがとうございます! 命の恩人です」


 父上が咳払いをした。


「見事だ、リリア、レオン。お前たちは協力して、一国の王子を救った」


 そして、玉座に戻りながら意味深な笑みを浮かべた。


「エドワード王子、別の形での同盟を提案しよう。リリアとレオンが共同開発した解毒薬の製法を提供する。これで北方との戦いも有利になるはずだ」

「それは……ありがたい!」


 エドワードは深々と頭を下げた。


「それに、レオン」


 父上は続けた。


「影の長の掟? そんなもんは知らん」

「なっ……!」

「その掟、誰から聞いた?」

「こ、皇帝陛下です……」

「お前がリリアに手を出さないように釘を刺した。それだけの話だ」

「……」


 レオンが絶句した。わたしと、なぜかルナも、みんな絶句した。


「お前たちが、愛と責任を両立できるかどうか、試験をさせてもらった。馬に水をやるときの話、なかなか聞き応えがあったぞ?」

「えっ? 父上? いったい何を――」

「影は一人じゃない。覚えておけ」


 父上は玉座から立ち上がった。


「リリア、お前は個人の幸せより帝国を選ぼうとした。レオン、お前は任務と愛の間で苦しんだ。そして二人で協力して、第三の道を見つけた」


 父上は玉座から降りて、わたしたちの前に立った。


「合格だ。結婚を許そう」


 父上は全部知っていた。全てお見通しだった。涙が溢れた。今度は嬉しい涙だった。

 わたしの隣で、レオンが深く頭を下げた。


「陛下、ありがとうございます」


 エドワードが微笑んでいる。


「素晴らしいお話ですね。それに、研究仲間もできました」

「はい、解毒薬の改良、一緒にしましょう」


 エドワードが悪戯っぽく言った。


「ところで、結婚式には招待していただけますか?」

「もちろんです!」


 ルナが嬉しそうに、エドワードの足元で鳴いた。


 ヴェルディア帝国、皇帝アレクサンドル三世。わたしの父。なんというか、全部父上の手のひらの上で、コロコロ転がっている気がした。


 けれど、それでも、暖かい父の愛情を感じた。




 ひと月後。


 北方蛮族との戦いは、解毒薬のおかげで帝国とサザンクロス連合軍の勝利に終わった。兄たちは、鬼人の如く戦場を駆け回ったと聞いている。けれど、まだ帰って来られないそうだ。東の騎馬民族を討つらしい。


 そんな中、大聖堂での結婚式は、盛大に執り行われた。


 エドワードは無事に生還し、最前列で祝福してくれた。


 父上も祝福――しているのだろうか。

 見たことのない、悪い笑顔を浮かべている。


「影の長のまま、皇女の夫になるなんて前代未聞。リリアの警備は大幅に強化するからな。これで心おきなく諜報活動も続けられる、な!」


 などとほざいております。語尾が強くて不安になる。


 レオンが心配そうな顔でつぶやいた。


「今後、任務で留守にすることもある……」

「大丈夫。あなたが影から見守ってくれていること、もう知ってるから」


 レオンがわたしの頬に口づけをした。

 顔が熱くなる。

 父上の歯ぎしりが聞こえる。

 当然、無視を決め込む。


「できるだけそばにいる」

「うん」


 ルナが花かごを咥えて、嬉しそうに走り回った。


 大聖堂の鐘が鳴り響く。空には虹がかかっていた。


 本物の幸せ。

 わたしたちはやっとの思いで掴み取った。



(了)


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