第八話:零れる奇跡と、君の真実
夢を見ていた。
それは、灰色の空の下。白い廃墟。崩れた塔。
私の周囲には誰もいない。だけど、確かに──誰かを呼んでいた。
『……シア……!』
遠く、聞き覚えのある声。
その声の方へ走るたび、景色が塗り替わっていく。
今度は、青い空。花畑。
そこにいたのは──レイによく似た、“誰か”。
『君に、これを託す。いつか、運命が君を引き裂くなら……』
手渡されたのは、一振りの剣だった。
光を纏う白銀の刃。その中央に、私の魔力とそっくりな光が宿っていた。
(……知ってる。この剣──)
その瞬間、夢が砕けた。
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「っ……は……!」
私は自室のベッドで跳ね起きた。呼吸が乱れ、手は汗で濡れていた。
窓の外は、夜明け前の淡い空。
けれど、夢の記憶ははっきりと残っていた。
(あの剣……“前の世界”でも見た。いや、それどころか──)
私はあの剣を、“持っていた”。
それは、ただの夢なんかじゃない。
封じられていた前世の記憶。
そしてその中で、レイに似た誰かが、私に剣を託していた。
(……もしかして、私とレイは……前の世界でも、出会っていた?)
答えを求めて、私は学院地下の“幻影室”へ向かった。
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幻影室──そこでは、深層意識と魔力を使って、自分の“記憶”や“原初の想い”を映像として引き出すことができる。
私は、魔導石に手をかざした。魔力を込める。
すると目の前に、霧のような映像が浮かび上がる。
そこにいたのは、少女──私。
そして、青年──名前はレイじゃなかった。
──ライル。
彼は、レイとは違っていた。髪は短く、瞳の色も少し暗い。けれど、笑った時の表情は、あまりに似ていた。
(……ライル……)
映像の中で、私は剣を手にしていた。光の剣。
そしてライルの背中を追いかけていた。
戦争のような世界。崩壊寸前の都市。
人々は“神の怒り”と呼ばれる災厄に怯えていた。
その最中で、私は叫んでいた。
『お願い、もう誰も失いたくない!』
『だったら、君が“世界の核”になってくれ』
『この運命を変えられるのは、君だけなんだ、シア──』
──彼は、私の前で光に消えた。
それが、彼との最後だった。
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映像が霧散する。私はその場で膝をついた。
(前の世界で……私はライルを、失った)
(そして今、レイは……彼と“同じ顔”をしている)
意味がわからなかった。けれど、胸の奥で確信が芽生えていた。
──レイは、ライルの“転生”かもしれない。
いや、もしかしたら……もっと別の、“世界を超えた存在”なのかも。
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「……記憶が戻ったのね」
ふいに現れた声に、私は顔を上げた。
ミーアだった。彼女は、私の隣に立っていた。
「君とライルがいた世界は、“第一階層世界”。神が一番最初に創った、最初の物語よ」
「……最初の、物語?」
「君たちの世界は何度も滅んでは書き換えられてきた。でも、その中で“君たちの想い”だけは繰り返し残り続けていた。……まるで、運命がそれを選び続けているかのように」
私は息をのむ。
「だから神は決めた。次に綴る物語では、“光と剣が出会わぬように”」
「……でも、出会った」
「ええ。だからこそ、神は今──“君を消す準備”をしている」
「……なに?」
「このままだと、レイ=クロフォードは、君を殺す存在になる。前の世界と同じように」
信じられなかった。
だけど、私の記憶も……レイの予知も……すべてが“その未来”を示している。
「選びなさい、シア。奇跡を信じて手を伸ばすか。
それとも、奇跡が零れる前に、自ら物語から降りるか──」
ミーアの瞳は、決して冷たくはなかった。ただ、深く哀しいものを湛えていた。
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その夜。
私はレイの部屋の扉を、再びノックした。
「レイ。私、思い出したよ。前の世界のこと。……あなたのことも」
扉の向こうで、気配が止まった。
「でも、私は逃げない。もう一度、あなたに会うために……ここまで来たんだもん」
しばらくして、扉がゆっくり開いた。
レイの顔は驚きと、戸惑いと──涙で濡れていた。
「君が、覚えてるなんて……っ」
私は笑って、言った。
「君が描く明日へ、私はもう一度、ついていくよ」
「……シア」
「たとえ神が綴る物語の中で、私が“消される役”だとしても。君の物語の中で、私は“ヒロイン”でいたいの」
「……それは」
「らしくない?」
レイは首を振って、小さく笑った。
「……らしくて、苦しいよ」
そして私たちは、また手を取った。
記憶が戻っても、運命が敵でも──この手だけは、もう離さない。
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空には、新しい月が昇っていた。
それは、これから始まる“最終章”を告げるように。