第六話:選ばれし者、そして失われた記憶
選抜試験の翌日、学院の空気は一転していた。
私の魔法の“異質さ”は、噂を呼んだ。
「異世界人はやっぱり違う」「あれは人の魔法じゃない」「神の力だ」──そんな声が、私の周囲を通り過ぎていく。
だけど。
レイだけは、変わらなかった。
彼だけは、変わらず“私”を見てくれていた。
「……平気?」
「うん。たぶん」
「……たぶん、か」
レイは苦笑して、私の頭に手を置いた。その手は少しだけ、あたたかかった。
「君の魔法は美しかったよ。誇っていい。誰に何を言われたって、君は君だ」
「……うん。ありがとう」
ほんの少しだけ、心が軽くなった。
⸻
だが、その夜。
私は“記憶”の夢を見た。
漆黒の空に浮かぶ円環。崩れ落ちる都市。
そして、誰かの叫び──
『……シア、逃げろ!!』
(──誰?)
目を開けたとき、身体は汗でびっしょりだった。鼓動は早く、手は震えていた。
あれはただの夢じゃない。どこかで、確かに“見たことがある”景色だった。
私の“前世”には、何かまだ思い出していない記憶がある──?
(もしかして、私は……“ただの転生者”じゃない?)
⸻
次の日、学院の地下にある古文書庫で、私はイレーネ先生と再会した。
「……また、来たのね。もうすぐ来ると思っていたわ」
「先生……私の魔法って、何なんでしょう」
「答えはここにはない。でも、君の中にはある」
先生は、奥から一冊の黒革の本を取り出した。表紙には、“記録禁止”の赤い封印が施されている。
「……この本は、“選ばれし鍵”の者にしか開けない。君が持つ力が、本物ならば──開くわ」
私は手を伸ばした。触れた瞬間、赤い封印が音もなく砕け散った。
開かれたページには、ひとつの詩が刻まれていた。
⸻
《時を越えし光の子、
名を偽りし剣と歩み、
やがて神の綴る運命に抗う》
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「これは……」
「予言の断片よ。“光の子”──それは、君のことかもしれないわね」
「……“剣”って……」
レイの姿が、自然と浮かんだ。
もしかして彼もまた、“選ばれた”存在なのでは……?
その時、外から地鳴りのような音が響いた。
「っ、また……魔物!?」
イレーネ先生が顔を上げ、すぐに窓の外を睨む。
「結界が破られた!? 今度のは……規模が違うわ!」
私は駆け出した。胸の奥が警鐘のように鳴っている。
(レイが危ない──!)
⸻
夜の学院。街灯が落ち、霧が立ちこめていた。
その中に、レイはいた。剣を構え、魔物と対峙している。
「レイっ!!」
私の叫びに、彼が振り返る。
──その瞬間、魔物が放った黒い槍が、彼の肩を貫いた。
「っ──が、ぁ……っ!」
「レイ!!」
私は駆け寄り、魔物に向かって魔法を放つ。
《シェリオン・ラディア!》
怒りと恐怖が魔力に変わる。光の矢が魔物を貫き、やがて黒い影は霧の中に溶けていった。
レイの身体を抱き上げる。血が、手に、服に染みてくる。
「しっかりして! ねえ、レイ!!」
「……ごめん。……大丈夫、だよ……ちょっと、刺さっただけ」
「バカッ……! もう、“代わり”になんかならなくていいって言ったじゃない……!」
「……君を守るのは……“僕自身の意志”だよ。誰の代わりでもない、僕の想いだ」
その瞳が、痛みに滲みながらも、まっすぐ私を見ていた。
その時、彼の胸元に刻まれた“紋章”が、淡く輝いた。
あの夢で見た、崩壊の中で光った印と──まったく同じだった。
(やっぱり……この世界は、“ただの異世界”じゃない)
何かが繋がり始めている。神が綴った“物語”と、私たちの記憶。
真実に近づくたび、何かが崩れていく。
でも、たとえそれが運命だったとしても。
──私は、レイを守りたい。
たとえヒロインじゃなくてもいい。
君の隣にいられるなら、それだけでいい。
だって私は──
「……君が描く“明日”に、連れて行ってほしいんだ」
レイが微笑んだ。その瞳に、私が映っていた。
この目に、今のこの瞬間を──ちゃんと、焼きつけておきたかった。