第五話:1つだけのシネマ
学院中が、ざわついていた。
「特別選抜試験だって……今年は異例の早さじゃない?」
「なんか王都の上層部が動いてるらしいよ。魔物襲撃の影響って噂も──」
私の耳にも、次々に不穏な噂が流れ込んでくる。
《特別選抜試験》──それは本来、王国直属の魔導隊に入隊希望する上位生だけが受けるもの。でも今年はなぜか、“全生徒対象”として通知が届いた。
さらに不可解なことに、その試験の“目玉”が──
「君の魔力特性を確認したいそうだよ、シア」
レイの声は静かだったが、かすかに眉が歪んでいた。
「私……?」
「異世界から来た君が、どんな“体系”の魔法を使ってるのか。今、上層部が一番知りたがってるみたいだ」
「どうして……? 私はただ、学院で普通に学びたくて……レイと一緒にいたくて……」
「……ごめん」
レイはそれ以上、何も言えない様子だった。けれどその手は、私の肩をぎゅっと掴んでくれた。
⸻
試験当日。
広い試験場には、王都から来た魔導監視官や騎士団員たちが並んでいた。
そして試験の“実技”が始まる前、私の前に一人の男が現れた。
「やあ、クロフォード嬢。噂の“異界の娘”」
「……誰?」
「私はルディア王国魔導監。カストル・ヴァルティン。君の力に興味があってね。少し観察させてもらうよ」
彼は笑っていたけれど、その瞳には何の感情もなかった。
まるで誰かを“素材”として見るような目。
「……観察って、人を……」
「いやいや、誤解しないでほしい。ただ、神様がくれたこの奇跡の力……私たちが正しく使わないと、勿体ないだろう?」
カストルが去ったあと、レイが小走りにやってきた。
「シア、無理はしないで。君が“試される側”であっても、僕はずっと君の味方だ」
「うん。ありがとう、レイ」
その言葉を支えに、私は試験場へ向かう。
⸻
試験内容は、魔法による模擬戦闘だった。
しかし相手は、私よりも数年上の上級生。しかも──
(本気……!?)
相手の攻撃は、訓練とは思えない威力だった。魔導隊への推薦枠を狙っているのか、あるいは……
(私が、標的にされてる……?)
「下がれ、異界人!」
「神の力? 所詮、異物だろ!」
怒号が飛ぶ。剣が迫る。魔法の弾が、何発も私を襲った。
──でも。
(ここで、退けない)
あの日、魔物の前で感じた恐怖。そして、レイが差し伸べてくれた手。
すべてが、今の私を支えてくれる。
私は胸元に手をあて、力を解き放った。
《光の盾──シェリオン!》
一瞬、試験場が光で満ちる。その眩しさに、誰もが目を細めた。
そして私の周囲に広がったのは──
風にきらめく、ガラスのような透明な結界。
その内側で私は、ゆっくりと構えた。
「これが……私の、“今”の魔法だよ!」
光の奔流が、正確に相手を制圧した。誰も傷つけず、けれど誰も近づけない。
それが、私の選んだ“力の使い方”だった。
試験終了後、試験場には一瞬の静寂が訪れた。
やがて──
「……すごい」
「まるで……映画みたいだった」
「光のヒロイン……かもな」
ざわめきの中、私はゆっくりと振り返った。
レイが、柵の向こうから小さく拍手を送ってくれていた。
その瞳は、まっすぐに私を映している。
まるで──
「1つだけのシネマの、ヒロインみたいだよ。シア」
(……らしくないな、私。でも、今だけは──)
「レイ。私、少しだけ……ヒロインでいたいと思ったの。君の物語の中で」
そして私は、笑った。少し照れながら。
でも、それはたしかに“この世界で生きている”私の笑顔だった。
⸻
夜──
その日、学院の裏庭でひとつの“異変”が確認された。
裂けた結界。砕けた古代魔石。そして、それを見下ろす銀髪の少女の背中。
彼女は、小さく呟いた。
「……物語は、動き出した。神の選んだ“光”と“影”──今、どちらが主役になるのかしらね」
物語はまだ終わらない。
次に照らされるのは、真実か、それとも……嘘か。