第一話:君が描く明日へ
春風が、頬をかすめた。
「──また、今日も失敗だったな……」
白いシャツの袖をまくりながら、私はため息をつく。練習用の魔法陣はすっかり焦げ、地面にはくっきりと爆発の痕が残っていた。
魔法の才能がない、とはっきり言われたのは入学して三日目だった。なのに未だに諦めきれずに魔法学校の中庭で一人、こっそりと練習を重ねている。
そんなときだった。
「また焦がしてるの? 本当、君は懲りないね」
柔らかく、それでいて芯のある声が頭上から降ってきた。顔を上げると、逆光の中に立つ一人の少年──いや、青年がいた。
光を受けて金色にきらめく髪。澄んだ瞳。制服の襟元に巻かれた青いスカーフが、風にひらひらと揺れている。
「……レイ、か」
「はいはい。落ち込んでるところ悪いけど、そろそろ講義の時間だよ」
レイは私の手を取って、軽く引いた。
その手のひらが、少しあたたかかった。
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私は、「シア=クロフォード」。
前世の記憶を持ったまま、目覚めたらこの異世界――ルディア王国の首都・エリスだった。前の世界では大学に通いながら、なんとなく生きていた。でもある日突然、光に包まれ、ここへ落ちてきた。
運命なんて、信じたこともなかった。だけど。
この世界で出会った人たちの温かさや、なによりレイの笑顔が、少しずつ私の心を溶かしていった。
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講義の後、二人で丘の上に登った。
「……最近、少しずつ魔力が安定してきたね。今日の爆発は、前よりコントロールされてた」
「え、あれが?」
「うん。進歩だよ。最初なんて魔法陣描いてる途中で倒れてたじゃない」
ぷっと吹き出すレイ。
私も思わず笑った。なんだろう、こんなふうに笑えるの、久しぶりかもしれない。
「ねえ、レイ。私、この世界に来てよかったと思ってるよ」
「……うん」
「前の世界ではね、ただ流されるように生きてた。夢も、やりたいこともなかった。でも今は違う。君と会って、変わったんだ」
レイは目を細め、丘の下の街並みを見つめた。
夕焼けの空が、街を黄金色に染めている。
「君は変わったんじゃないよ。元々持ってた力が、ここで目覚めただけさ」
「……それでも。変われたのは君がいてくれたから。私の“勇気の欠片”は、君なんだよ」
沈黙が流れる。
だけどそれは、気まずさではなく、優しい沈黙だった。
「ありがとう、シア。僕も──君に出会えて、本当に良かったって思ってる」
ああ、きっとこれは“運命”って呼んでいいんだ。
神様がくれた時間が、あとどれくらいあるのかわからないけれど。
この世界で、君といられるなら。私は──
「ずっと、そばにいたいよ」
レイがそっと手を握ってくれた。
その温度が、胸の奥に染み渡っていく。
空に、星が一つ、また一つと瞬き始めた。
そして、私たちの物語が静かに幕を開けた──。