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7.英世へ 



 時刻は日付を跨ぎ深夜。


 ガロウは自身の店に帰りつくと履いていたヒールを脱いでから店に入った。

 ランタンの小さな光の前にフヨウがカウンターに座っており、ガロウの姿をとらえて「お帰り」と声をかけた。

「ただいま戻りました」

 

 両手合わせて3つの紙袋を置いてからカウンターの奥へ入り、1本ワイン瓶を取り出してその中身をグラスへ注ぐ。グラスと氷の当たる涼し気な音がする。

「随分お疲れだね。その切った髪似合っているよ」

「ありがとうございます」

 

「それで、どうだった?」

 ガロウは一口飲んでから話す。

「サタニエル様がおいに英世へ来てほしいと……」

「英世に!?」

「はい、それで今年の夏から数年分宿をご契約したいと」

 ガロウは酒を口に含んでため息をつく。

「サタニエル様が直々にお願い?断るの?」

「断れませんよ!断ろうにも提示された金額が大きすぎて考えただけで頬が……」

 ガロウはグラスをカウンターに置いて両手で顔を覆う。

「そ、そんなに……」とフヨウが驚いたような声を出す。「うーん、夏から数年分だなんて誰かを旦那の監視につけるつもりなのかな」

「サタニエル様のバカンスは有名やから、誰が来いかは普段と変わらんでしょう?どなたがグリマラに残いとやろうか」

「誰かは聞いてないんだね」

 ガロウはうなずいて「バブゼエル閣下はないと一番思っとります。あの方は英世の中央要塞の偉か方……やったですよね?」

「そうだね。王族の中で唯一の職業軍人様だ。そして一番かわいらしい」

「あれは子どもや、小動物のカワイイやろ」ガロウが口をこぼす。

「じゃあ愛くるしいだ」

 ガロウは片手で目をこすってフヨウの言葉を頭から流した。

 

「閣下が残るっちなったら、ベティ様一緒やろ?あん方をおいの宿……ちゅーよりは妹に近づけたくなかとですよ」

「そうなの?」

「去年、雑誌で【結婚したい王子様ランキング】ちゅーのがあって、それ以来妹がベティ様、ベティ様で……」

「ああ……。それは、うん」

 

 フヨウはグラスの氷を揺らしてから一気に飲み干した。

 ガロウもグラスを空にするともう一度ついだ。

「わあ、よく飲むねぇ」

「酌ばっかりやってたんで飲み足らんとですよ」

 良くはない機嫌に酒が加わり、ガロウはカウンターに肘をついて、頭を支えてグラスの中身を飲み干していく。

 

「あと……」

「うん?」

「英世、ヤマメさんも来てくれんかなって、思うんですけどどうですかね」

「……うーん」フヨウは悩むふりをしてから「来ると思うなあ」

 ガロウは頭を戻し、フヨウを見るが視線は合わない。

「あのボケにも海の向こうを見せてあげないと。あ、通訳は任せてよ。その道のプロより早いから」

「ありがとうございます」

 ガロウはグラスをカウンターに置いて、席を立つ。

 

「寝むれそう?」

「なんとか。もう、なるようになることに任せます」

「そう、ゆっくりお休み」

 フヨウは手を振ってガロウを見送った。


 ――――――――

 

 翌朝、デモクラは外からの長三声の掛け合いで起きた。

 ルリから触手を抜き取り、ヒト型を成形して、手鏡で顔の形を整える。


「頭に響く……」

 衝立の向こうからフヨウの呻き声が聞こえた。あれで起きないのはそういないだろう。

 穏やかに寝息を立てているルリのことは考えないことにし、衝立を動かしてフヨウと顔をあわせる。

「マーケットが終わった後はあんなものが鳴るのか」

「見送りの汽笛ですよ。港の建物の1つから鳴るんですってね。はぁっーこんなにも煩いとは……」

 フヨウが目頭を押さえて、デモクラに「おはようございます。よく眠れましたか」と尋ねる。

「……ああ」

「そうですか……。朝食はどうします?」

「俺はいい。ルリを起こす」

「何言ってるんですか食べてもらいますよ。軽いものを用意します」

 フヨウはキッチンへ立つ。デモクラはルリの頬を軽く叩く。

「ん」と目を開いた。

「おはよう」

「今何時れすか」

 と鼻声でルリが訊ねる。デモクラは困惑した顔でフヨウに尋ねる。「今何時だ?」

「朝5時ですよ。日が山の向こうに上がったころ」

「だそうだ」

「あと一時間半はねかせてくらしゃい……」

 寝返りを打ちデモクラへ背中を向け、睡眠を妨害させまいとささやかな抵抗をした。

「今、パン焼き始めたとこなんで、もう少し寝かせてあげてください」フヨウがカウンターから言う。

「そうか。ならもう少しお休み」

 デモクラはルリの前髪をなでて、毛布をかけなおした。


 店に置かれているこれからの旅の荷物を見て思い出す。

「フヨウ、何時ごろに船で発つんだ?」

「さあ。カルーナ様の船の準備が整い次第となるでしょう。ただ、今日中日が出てる間ってところですかね」

 顎を抱えてから席を立ち、荷物カバンを開く。

「手帳なら、カバンのポケットの中に入れてますよ」

「ああ、ありがとう」

 一冊、カバンから手帳を取り出し、再び荷物を確認する。

「手帳以外にも何か探し物が?」とフヨウ。

「ああ。ジャスミプリカのエキスが入った小瓶をこのカバンに入れてたはずなんだ」

「ああ、異形の色香ですね。瓶なのでカバンの上の方、小さなポケットにいれておくでしょう。なぜそんなものを?」

「……船へ乗る前に捨てておこうかと思って」デモクラはフヨウから顔をそらしながら答えた。

「残念ながらグリマラから外のものは、グリマラでは捨てられませんよ。ですが、その御判断は素晴らしいと思います。マルーリとの結婚式はいつになさるおつもりで?」

「あのなあ……」デモクラが頬を蒼く染める。「首輪を見ろ。まだそこまで話してない」

「カルーナ様からはお二人の関係が進展したとウキウキで報告を受けたんですが……早とちりでしたか」

 失敬とフヨウが頭を叩く。

 カバンを漁っていた手にコロンと何か転がってきた。探していたジャスミプリカの小瓶だ。

 手の中にあるそれを目を細めてから、カバンの中の小さなポケットへしまった。


 ルリが目覚め、3人で朝食を食べる。その間にガロウも目覚め、4人そろっての朝食となった。

「ヤマメさん、まだ戻って来とらんですか」

 ガロウは口を覆いながらしゃべる。ほんのりと酒の匂いが残っている。

「うん。戻ってきてないよ」フヨウが答える。

 ガロウは悲しそうな顔をしてから口に入れ始めた。

「あの、英世まではどれくらいかかるんですか?」

「5日。あと今の英世は秋だ。雨と風。それよりも時間がかかるだろう」

「東英世の方に行くので、海は荒れるでしょうね。マルーリ、船はどうですか?」

「……奴隷船では船酔いは感じなかったです。お気遣いありがとうございます」

「ガロウちゃんは初めて船に乗るかな?大丈夫?」

「三半規管は強いち思っとるんで船酔いは大丈夫やと思います。」

「なんだ、ガロウも来るのか」デモクラが問う。

「サタニエル様に誘われたんだってね」

 ガロウはこくりとうなずく。

「サニーフレアの自宅を宿にしとるんですけど、それを今年の夏からサタニエル様に借りていただくことになりまして、もてなしの参考にとご招待を受けました」

「なるほどな」

 デモクラはふむと顎に手を当てる。

 フヨウが朝食を済ませ、席を立つ。「それではそろそろ片付けてきます」と言いながらキッチンへ入る。

 ガロウも食べ終わったようで立ち上がり、皿を洗ってくると言ってシンクへ向かった。

 残された2人の間に沈黙が流れる。

 デモクラはルリの頬へ手を伸ばす。

「なあ、ルリ」

「はい?」

「……いや、なんでもない」

「そうですか」

 デモクラが手を引っ込める。


 ガロウが皿洗いを終えると、店の奥へ行き旅行鞄を持ってきた。

 「用意がいいな」

「昨日に服を買うてなかったら、こうはできませんでした」

 旅行鞄を下ろした時、ジャランと音がした。

「いくら持っていくつもりだ?」

「200エレンです。これも昨日臨時収入があったので」

「そうか。……その、なんだ、ガロウ」デモクラが言いよどみながら言う。

「はい?」とガロウが首を傾げる。

「ルド、エレン貨は身に着けておいた方がいい。英世の商店街に比べるとグリマラのマーケットなんて夢のようだ。身につけておくにも専用のストッカーに入れるべきだろう」

「あのコインストッカーってそがん意味があったんですね。金額すぐに出せるだけの便利なもんやと思っとりました」

「あのう……」ルリが手を挙げる「ルド、エレン貨ってなんでしょうか」

「ああ、そうか。すまないな」デモクラが頭を下げる。

「まず、通貨はルドという硬貨を使うんだ。1000枚で1エレン。相場で言うと何が分かりやすいんだ?」

「スープ一杯が20ルド。ケーキ一ピースが500ルド。4人用ケーキがホールで1エレン50ルド」とフヨウ。

「服は一品ものかそうでないかにもよりますが、900ルドから20エレンと決められています。カルーナさんのブティックは10エレンから」とガロウ。

「マルーリ。お前を買うのには500エレンかかっている」

「え?」とルリは自分を指さす。

 フヨウが頷いてみせる。「改めて考えるとかなり高い買い物でしたね」

「オークション無しでだからな。バイサーバ人の奴隷は50エレンからの競売開始だ」

「さ、最安値の十倍……。私、そんな価値が……」

 そういえばとカリミラのことを思い出す。

 

 カリミラはルリを毒殺したリンネ教の神本人だ。リンネ教はルリのことを探しており、ルリの力をわが物にしようとしていた。

 だが、何かカリミラには別に考えがあり、デモクラに売ることを選択した。

 実際にマーケットではリンネ教の関係者から狙われた。2度も。


 ルリの言葉のつまりを聞いて、デモクラは安心させるようルリの手を握る。

「大丈夫だ。お前は俺が守る」

「は、はい……」

 フヨウが咳払いをしてから話し始める。

「まあ、それはいいとして……ガロウちゃん、そのルド貨をジャラジャラ持ち歩くとスリに狙われやすいよ。だから、専用の入れ物に入れておくんだよ?」

「もちろんです!」

 

 

 フヨウとガロウが持っていくものの準備を整えていると、ヤマメが店へはいってきた。

 背中には白く大きな鍋を担いでおり、中には麻袋が入れられている。

「やあみんな!朝食はできてる?」

「帰ってこないだろうと思ってお前の分は作ってない」とフヨウが冷たく答える。

「えーっ?ガロウくん何か作ってくれない?」

 ガロウは悩んで、フヨウとヤマメの顔を見てから「わかりました。作るんで少しお待ちください」と答えた。

 

 ヤマメはカウンター席に座り、大きなあくびをしてから言う。

「昨日のうちにボクが知ってる【原始のスープ】の材料を集めてきた」

「【生命のスープ】ではなく?」デモクラが問う。

 ヤマメは荷物がまとめられている場所へ鍋を置き、伸びをする。

「残念だけど、ボクは完成品の方には立ち会ってないんだ。だから実験を数こなしながら作るしかない。で、英世にいくんでしょ?ボクもついてく!」

 がしゃんとカウンター奥から音が鳴る。

「バイサーバプロジェクトの資料、異形の王族も少しは持ってるでしょ?」

「まあ、そうだと思います」

「ライ族の便利な目があるから、英世でもものが読めるからね。すごく楽しみにしているよ」

 フヨウはすごく嫌そうな顔をしながら呻いた。

「あんた……グリマラから出ていけっつったり、英世についてくっつったり……」

「あはは!」とヤマメは笑う。

「まあ、久々に昔の友人の顔を見たいというのもある。ボクのグリマラへの信仰心はマーケットの組合員が誠意をもって対応してくれるだろう。彼らの大半の異形達にとっても大切な友好の証だからね」

 フヨウは口を閉じたまま何か言い捨ててから、外へ出た。


 デモクラが白い鍋を指さして「これを持っていくのか?」

「まあね。船の上での醸造は初めてだけど、ボクは浮いているし、バランスのいい食事も取れればいつでも混ぜてられるよ」

 「あー、先に姉さんへ許可を取ってからにしてくれ?匂いには厳しいんだ」

「匂いくらい。ボクが魔法でほんの少し指を振れば漂わなくなるよ」

「そうですか」

 フヨウの出て行った扉を見てからルリの隣へ座る。



 ヤマメが急ごしらえのスープを平らげてから、マーケットの波止場へ行くことになった。波止場にはカルーナが立っていた。

 

「やあおはよう。よく眠れたかな?」

「いや」デモクラが答える。

「おやおや、それはいけないね」とカルーナ。「船の用意ができ次第船室でゆっくりと休むがいいよ」

「ああ、そうさせていただきます」

 カルーナはガロウに向き直る。

「おはよう。ガロウくんのお店の片づけ代はサタニエルから受け取ったよ」

「おはようございます。あと、その船の部屋ですが……」

 ガロウは指を絡め合わせながらもじもじと言った。

「うん、二人部屋にしているよ」

 それを聞いて彼は片手を握りめ下へ引いた。

「ありがとうございます!」

 「あっはははっ、いいんだよ。それ聞いてフジヨシが張り切って部屋を1つ作ってくれたから」

 ルリは聞きなれのあるフジヨシという名前に首をかしげる。


「他にどなたが乗るんですか?」デモクラが問う。

 カルーナは懐からポケットを出して指を折って数えながら名前を並べる。

「私、サタニエル、アム、その付き人でフジヨシ、うちんとこのグースとローリー、手紙のやり取り用にキョーマ。護衛は一緒に出る監獄船へ乗ってるよ」

「監獄船?」

「マーケットの留置所にずっと入れておくわけにもいかないからね。英世の治安維持隊に引き渡すんだ。春のマーケットは確かに多いけど、今年は例年より多かったからね……」

「ああ、なるほど……」

「さぁ、船の中を案内しよう。ついてきて」


 船内は広く、食堂が1つ、個人に当てられた部屋は6つあった。

 ルリ、デモクラ、フヨウが同じ部屋、ガロウとヤマメ、アムとフジヨシ、グースとローリーも同室で、カルーナとサタニエルは一人部屋だ。

 個人の部屋とは言ってもさらに寝室が分けられている。「食事は食堂で、時間になったらローリーが声をかけにいくよ」

 ローリーは赤地に葉っぱ柄のアロハシャツを着ている青年で首輪をつけており、2匹の動物を従えている。


 サタニエルは甲板の上で、鳥の羽で飛んでいる小人に囲まれていた。

 サタニエルはデモクラ達に気が付き、笑顔で手を振る。

「あれは……」

「取材用の渡りの小鳥だね」フヨウが答えた。

 サタニエルは聞きなれない言語で取材に答えていた。

 そこでようやっと気が付く。グリマラの上ではないので言葉が通じなくなったと。


 ルリの青ざめた表情を見てフヨウが肩を叩く。

「大丈夫、日常会話くらいなら英世につく頃には身につくように教えるよ」

「はい……」


 ガロウとヤマメはお互いの言葉は通じるようで二人で会話をしながら船室へ入っていた。

「フヨウ、あの二人のこと見るときつそうだが、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」

「……まあ、あの二人は隠しているわけでもなさそうだし……いいか」

 そう言ってから、フヨウは船室の椅子に腰かけて話し始める。

「ガロウがヤマメのことを一方的に好いている状況です。そのことに対して、ヤマメはどうしたらいいかわからないからとりあえずガロウちゃんの喜ぶことをしているだけ……ですね」

「……聞かなかったことにしておこう」

「はい」

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