グリマラ 春の大マーケット2日目
グリマラ 春の大マーケット2日目
「ん……あれ?」
朝起きると、目の前にはデモクラの胸があった。そして背中に回された腕の感触に、昨日の出来事を思い出す。
「あ、あの」
「……ん」
デモクラは眠たそうに目を擦りながらルリを放した。
「おはよう、マルリ……」
「……おはようございます」
まだ眠そうな目をしているデモクラを見て、ルリは少し笑ってしまった。そしてベッドから降りて着替えようと思い、フヨウが用意してくれたのであろう服を見る。
――デモクラが着ていたものに似てるけど、着方がわからないな。
下に着るのであろう薄い生地のボタンシャツと、上に着るそれよりすこし厚い生地の若草色と空色の着物。そして帯が数種類。
ベッドを向くとデモクラはまだまどろんでいた。
「デモクラさん、すみません」
声をかけると、目をこすりながら起き上がった。とりあえず白シャツを着て、着物に腕を通したその格好に少しだけ笑った。
散り散りになっていた長髪を一本一本意思を持つように三つ編みにしながらデモクラはベッドから出てルリの元へ。
「昨日姉さんからもらった着物か。普通なら入れ綿をするが……。肌と布の相性がわからんから今日はするべきじゃないな」
そういって、着物の方を探る。
「全部閉めると体のラインが出る。今、マルーリにそれをするのはよくないだろうからゆるくやる。着物の裏にひもがあるだろ。これを綿入れについている紐と合わせて結ぶ。こうだ。これでこちら側はできた。外側になる方にも同じように紐がある。こっちは着物にある紐を結ぶ。このあたりのひもは帯で隠れるように後で蝶結びにしておく」
次にデモクラは裾を持って下から上へと合わせる。
「なんか……。しっくりこんな。フヨウ来てくれるか?」
「あいよー」
「フヨウ。ここから下切ってくれ」
「承知」
フヨウが返事をすると、腰のあたりから下の布がすべて落ちた。
「袴が似合うと思うんだが。どう思う」
「でしたら襟元も開けさせて、綿入れを見せるようにするといいと思いますよ」
「さすがだフヨウ。髪型も任せたぞ」
「あいよー」
――この二人、いつもこんな感じなんだろうか。雇用関係ってこんな感じなの?
それでもあーでもないこーでもないと言いながら、なんとか着替えが終わった。
綿入れはフワフワとした手触りのものからぴっちりとしたものに変えられ、襟部分には蓮の模様の入った布がくるくると入れられた。前へ肩から掛けるように結ばれた髪にはくるくると巻き付くような銀の髪飾りがつけられた。
「旦那。伝統衣装もいいですが、流行りのものでもいいかもしれません」
「ああ。昨日の奴隷服に上着がよく似合いすぎていた……露出のあるものがいいだろうな。」
と二人は朝食中反省会をしていた。
その会話が止まるとデモクラは鞄から一枚紙を取り出して読み込んでいた。
フヨウの引く馬車で再びマーケットへ。
「旦那たちに買ってきてほしいものはと、夏のマーケットまでの期間に使う調味料と食材。上がアタシからのリスト、下のはガロウちゃんからのリスト。ガロウちゃんのは最悪手に入らなくてもサニーフレアからもらってくるとのこと」
デモクラの開いている紙を横から盗み見る。
かなり細かい字に箇条書きで食材が書き込まれていた。
「次に家財道具一式をもう3セット。お客さん用とマルーリの個室用。」
――個室もらえるんだ。
「アタシのコーヒーは飛ばして、マルーリの夏までの服。旦那が趣味に偏ってしまうのなら別日にアタシも同行します」
リストに目を通しながらデモクラはうなずく。
「マーケットは今日を入れて残り4日か。家具は運んでもらうよう頼めばいいんだな?住所はなんと言えば通じるんだ?」
「エレメト山、ガロウの貯蔵洞窟。グリマラだと専門の運び屋さんがいますからそれで通じます」
「そうか。わかった。今日の昼はガロウのところでいいんだろ?」
「昼過ぎ頃ですね。14時くらいにボーエンで。」
フヨウがルリへ指をさしながら
「空腹を感じたら旦那に言うんですよ!あなたは間食しなさい」
「は、はい!」
昨日に比べると、肌寒さが弱く感じるのは服のおかげだろうか。特に、蓮の布がフワフワと空気を含んでくれて首元が温かい。
先にデモクラは別のカフェでお茶をしようと入った。
「まずはカルーナのところへ行こうと思う。そこで聞いておきたいんだが、バイサーバ人に襲われる心当たりはあるか?」
「……カリミラさんに、私の生前のことを聞きました。カルト教団の中で眠らされて暮らしていて、ある日突然普通の生活になったと。実際、私が死んで転生した理由もそのカルトのせいです。だから、そのカルトなんじゃないかなと……」
デモクラは顎をもって、言葉を精査するようにメモした。
「どうしてそれだと思う?」
「カリミラさんがそのカルトの信仰対象で、かつ、私の名前をすでに知っていたように思います」
「なるほど。」
デモクラは目を細めて返事をした。
「ここのシトラスジュース、テイクアウトしようか。そろそろ出よう」
デモクラが立ち上がるのに続いてルリも席を立つ。
店で柑橘類のジュースを水筒にテイクアウトして外へ。
カルーナの店の方へ歩を進めた。
今日用があるのはカルーナの仕立て屋ではなく、その隣の案内所。
警備をしている天使達は決まった時間にここへ立ち寄ることになっており、あったことについての記録も残っている。捕まった人物についても留置所がある。
案内所には人の流れがあるものの、スムーズに入ることができた。
「昨日の人さらいバイサーバ人について知りたいんだが」
「はい。ボスから聞いております。奥の方へどうぞ」
案内人に連れられ、奥の狭い部屋へ。案内人はさらに奥から入ってきたヒトと入れ替わる。
三角の大きな耳ときれいに櫛を通された髪は猫を思い起こした。
「デモクラさん。どうもお世話になっています」
「オリオン君か」
「はい。こちらが、昨日のバイサーバ人から聞き出した内容です。」
言葉少なく、オリオンは資料を広げ要点を指さしながら答えた。
「彼は買われなかった転生者で、そのままカリミラさんの船でバイサーバに連れて行かれたようです。何故今回マルーリさんを襲われたかというと、バイサーバの方で賞金首になっているんだそうな。現在こちらはカリミラさんを始め、バイサーバの管理をされている方々に確認中です。その賞金を目当てにと、来世での自身の地位獲得のためというのが本人の理由でしたね」
「……回りくどいな。バイサーバで興せばいいことだろうに。わざわざ元の世でとは……」
「真実と酩酊薬を飲ませて、聞き出していてボクも同じ結論になりました。それを聞いてがっくりしてましたね」
「処遇は?」
「通常ですと彼が訴えれば、彼を管理していたバイサーバの管理者との話し合いになるんですが、今回はカリミラさんがそちらのマルーリさんを正式にデモクラさんに売る契約をした奴隷で、かつその首輪ですから。バイサーバのリンネの糸を切られて墓に埋められるでしょう。それか人食い市場に並ぶか」
――この首輪、やっぱり特別なんだ。
オリオンはまだ話していないことがないか、書類を確認しながら広げていたのを順番にかき集める。
「今の所はこんな感じです。おそらくマーケット終わってもしばらくはここに詰められてるでしょう。あと、これは私事なんですがね」
舌を口から余らせながら向き直った。
「パジオ兄さんもグリマラに来るらしく、カルーナ様のところへジョブチェン中です」
「パジオか……」
デモクラは眉間に皺を寄せて顔を曇らせた。
「伝えてくれてありがとう。まあ、主治医がこちらに来てくれるのは助かる。ありがとうと伝えてくれ。今日はありがとう。」
「いえいえ。良い一日を~」
個室を出る二人をオリオンが手を振りながら見送った。
ルリはオリオンの艶やかな髪を見て、自身のボディケアについて考えて回りたい店のことをどうやってデモクラに聞き出そうか考えた。
一方デモクラは
――パジオか……。パジオ……とマルーリを会わせるのは不味いだろうな……。まだ伝えていないし。今晩はあいつへの手紙を書かないとだな。
暗い顔をしたまま案内所を出て、フヨウから渡されたリストを開いて、今日は家財道具を見て、食材を少し手配しておこうと考えた。
様々な食材を前にして、ルリはふと思った。
――お肉……動物性タンパク質を取ってないな。
と。
購入しているものはどれも野菜、穀物、根菜で、動物産のものは見えなかった。
昼前に掛かったタイミングでデモクラは思い出したのように
「何か食べますか?」
と尋ねた。
「あの……お肉が食べたいんですが……」
こうも見ないと逆に食べたくなったルリは思い切って言った。
「肉か。魚でもいいだろうか?」
「はい、構いません」
「よかった。ちょうど行きたい店があるんだ」
デモクラは浮き足だったかのように海側の通りへ足を進めた。
デモクラがルリを連れて入ったのは、海鮮の店。
「いらっしゃいませ」
「席は空いてるか?」
「はい。」
店内は開けており、海へ面しているので開放感がある。
「バイサーバ人のお体ですと、生物は避けられた方がよろしいでしょう」
「なるほど。では火の通ったものをいただけるか?」
「はい、かしこまりました」
デモクラが店員と一言二言交わして、店の奥へと進み奥まったテーブル席に案内された。
メニューも置かれているがデモクラはそれを見るそぶりはしない。
「メニューから頼まないんですね」
「ああ。これは慣れだな。店の者が食べさせたいと思うものをいただく。そう教えられてきた」
「はい。デモクラ様、お先にお連れ様のお料理でございます。」
先ほどの店員が持ってきたのは、白い平皿に乗ったステーキだった。
付け合わせは野菜で、ソースの色は赤。海鮮のスープにパンが添えられたものが出てきた。
デモクラがナイフをルリの利き手である右手へ差し出したのを受け取り、食べるためにステーキへ刃をいれた。
このステーキは確かに魚であり、魚特有の切れている身がナイフを入れると起き上がった。
ルリはそこへフォークをさして口へ運ぶ。
――あっ、美味しい。
魚の脂の味と、その身の食感。柔らかいのだが、確かな弾力があり、新鮮さをアピールしていた。
デモクラはルリが食べる姿を一挙手一投足まで眺めている。
その視線を感じながら、ルリはナイフとフォークを進めた。
あとに運ばれてきた料理には目を疑った。
料理とはとても呼べないであろう、魚が数匹皿に載せられていただけ。
捌かれても、腹を割られてすらおらず、釣ってそのまま並べられたようだ。
「デモクラ様はこちらでよろしかったでしょうか」
「ああ。よくしっていたな。ありがたくいただくよ」
店員は清潔なタオルを少し離れたところへ置いて、その場を離れた。
デモクラは魚の尻尾と掴むと、頭から飲み込んだ。
恵方巻きのようにもぐもぐとしていくのではなく口の中へスムーズに入れてそのまま飲み込んだ。
その光景をジッと見ているルリに気がついて、
「……フヨウには黙っていてくれないか?こうやって食べられるのはマーケットの時期だけなんだ」
「わ、わかりました」
そう答えると、デモクラは続けて隣の魚を飲み込んでいった。
――あれで味わえてるのかな。
ルリの想像とは違い、デモクラは満足そうな顔を浮かべている。
デモクラが食べ終えてから遅れて、ルリも皿を空にした。
水を口にして一息ついたところで、
「次に行こうか」
とデモクラが立ち上がったのでそれにつられてルリも席を立つ。
会計をすませ、店を出てまたデモクラはフヨウからのリストを見る。
「家具を見るんでしたよね」
「ああ、そうだ。フヨウが店についても書いてくれている」
リストのメモを片手に店へ向かう。
デモクラは目的の店を迷いなく見つけた。
店内にはベッドやクローゼットといった家財道具がズラッと並べられている。
デザイン的には全てベーシックな、その機能だけを持ったもののようで、それ以上もそれ以下の機能はない。
「えーと、決めることで大切なことってありますか?」
「形に関しては、フヨウが変えてくれるだろうから、決め手は素材と色だ」
「素材と色」
「そもそも、個室には何が欲しい?」
「ベッドはもちろんとして、ベッドの隣におくサイドテーブルかサイドチェスト……。デスクとその椅子も欲しいですね」
「本には興味はあるか?」
「あります」
「なら本棚もいるな。集中できるように暗い色がいいだろう」
そういうとデモクラは少し道をずれて、カーテンのコーナーへ。
「ベッドのカーテンか……」
顎に手を当てて頭を傾ける。
「カーテン?天蓋付きのものを買うんですか?」
「いや、もうある。成人祝いに昔貰ったものを持ってきている。マルーリのはシングルベッドにするし、客室用はダブルと書かれてる。」
「あの……昨日寝たベッドは……」
「あれは主に私が寝室で寝るベッドだ。もう1つが……君次第では使うかもしれないベッドだな」
「はい?」
疑問の返事にデモクラは顔を背けて
「まだちゃんと話してなかったな。まあ、とりあえず今は本棚だ」
カーテンのコーナーから離れ、本棚のコーナーへいき、そそくさとルリの好みに合いそうな本棚を指さしていた。
配達の手配と支払いを済ませ、時間を確認しリストをチェックすると
「そろそろ時間だ。ガロウの店に行こう」
少々早足でデモクラは歩き出した。
ガロウの店がある飲食店の通りは比較的ヒトが少なく混み合いに遭遇しデモクラと離れることもなくすんだ。
昨日のこともあり、デモクラは外を歩くときにはルリの肩に手を置いている。
ガロウの店に着くと昨日とは違う食べ物の匂いが漂っていた。
他にも客がいて離れたテーブル席でデザートとお茶を楽しんでいるようだった。外見は異国風な女性なのに声は成熟した男性だということにルリは驚いた。
フヨウはその反対側のテーブル席に。コーヒーカップへ角砂糖とミルクを入れていた。
「待たせたようだな。何杯目だ?」
「2杯目ですね。今朝から飲んだ分を合わせたら3杯目です」
「お前なあ」
デモクラは首を捻りながら声を出した。
「いやあ、近くに湧き水の出る泉があって良かった。今日ようやく水道の導線が終わり、お風呂が楽しめるようになりました。というわけで本日戻ったらアタシは寝かせていただくんで。夕食はガロウちゃんに今作っていただいていて配達をお願いしてます」
「ああ、ご苦労様」
もう一個角砂糖をいれてからフヨウはコーヒーを口へ。
「お買い物はどれくらい進みました?」
「ああ、リストを見てくれ」
デモクラが開いたリストをフヨウが指を指しながら目を通す。
「良い進み具合なんじゃないですか?悪くないと思いますよ」
「今日は邪魔もなかったからな」
「まあ、今晩はゆっくりしなすって。あと明日はボーエンお休みだそうです」
少しして、テーブル食事が運ばれてきた。
小さなスコーンと、根菜が刻まれて入っているディップ。
野菜ばかりだなと出そうになったため息を押し殺した。
その後出されたスープは豆のスープでほんの少しチキンの風味がしていた。
フヨウの馬車に乗って、ガロウの洞窟へ。
洞窟の外の岸壁はレンガの壁のようにされ、窓が取り付けられていた。階段も作られて上の方へ登れるように。
「見てもいいのか」
デモクラが尋ねるとフヨウは片手を上げて「どうぞ」と返事をした。
登ってみるとそこにはテントと骨組みが散乱しており、奥の岸壁には数カ所穴が開けられていた。
「そこが私達の家になる。フヨウに任せておけばマーケットが終わる頃にできあがるだろう」
「フヨウさんには頭があがりませんね」
「ああ。本当に優秀なやつだ」
窓から差し込む光が心許なくなってきた頃、デモクラがキャンドルに火を付けて回る。
フヨウは視界に入れてしまえば火をともせるが、デモクラはマッチで手燭に火を付けてそこから火を移して回っている。
「デモクラさんは、魔法は使わないんですか?」
「魔法使いじゃないからな。確かに習いはしたが、ハッキリ言って物にはできなかった。そもそも私の体では普通の人型と魔力の流れ方が違うのだとかで……。まあ無くとも不便はしない」
最後にテーブルの燭台に火を灯して手燭の火を吹き消した。
真ん中に置かれたオーブ灯のつまみを回して更に明るくする。
「これが多く出回るようになればいいのだが、作れるのは少ない職人だけだ」
オーブ灯の明かりを受けながら閉じていた本を開いた。
それを隣からルリも呼んでいた。
文字列は活版印刷というよりも手書きの崩し字。所々ピンとこない単語があり、これは日記なのだとルリは思った。本のすぐ右隣にあるデモクラのメモ用紙の字とは一致しないのでデモクラの物ではない。
「日記ですか?」
「ああ。知り合いの日記だ。エレメトの2代目と関わりがあったらしく何か手がかりになるだろうと貸してくれた」
「2代目」
「私とフヨウは2代目エレメトの長、ヤ――」
デモクラが名前を言いかけた時、扉が開いてぼんやりと光るガロウが入ってきた。
「遅くなり申し訳ありません。今から夕食をご用意します」
「……いや、十分早いほうだ。店を早くに閉めたのか?」
「いえ、時間通りに」
ガロウの答えにデモクラは片眉を上げた。
「そうか。では用意を頼む」
「はい。かしこまりました」
デモクラはソファに座り直して説明を続けた。
「私とフヨウは2代目エレメトの長、ヤマメ・エレメトを探している。ヤマメが提唱した生命のスープを求めてな」
「グルメなんですか?」
ルリの問いかけにデモクラはクスリと笑った。
「いや料理の名前じゃないんだ。何かといえば環境に近いんだろうな。グリマラ近海の海水は【原始のスープ】と呼ばれていて、泡立ててその泡を消して泡立ててを繰り返すといずれ割れないよう進化した泡が出来上がる……そしていずれは新たな生命を生み出すゆりかご【生命のスープ】へと変わる。実際変わったことがあるし、【生命のスープ】はヒトの手で作ることも可能だそうだ」
「ではなぜヤマメを探しているんですか?」
「スープのレシピを知るものが今はいないからだ」
デモクラの手元にある日記を見て、
「その日記にも?」
「日記の持ち主にも聞いたが知らないと。【生命のスープ】を使った大きいプロジェクト。それがバイサーバプロジェクトで、スープの作成はかかわっていた人数が極端に少ない。存命している人物もいないときてる」
ルリはバイサーバの名前に引っかかった。
「バイサーバプロジェクトって?」
「今このエルミナスに住んでいる住民だが、元はほとんどが別の世界の住民でな、持ってきていた植物や動物をエルミナスでは増やさないとエレメトと取り決めをしてる。そこで故郷の味や環境を再現するために行われたプロジェクトこそ、バイサーバプロジェクト。俺が生まれたころには普通のことだったから、細かい動機まではわからない。ともかく、バイサーバで生まれる命を作るために【生命のスープ】を再現し成功させたんだ。」
デモクラはルリを指さして
「その体もバイサーバプロジェクトがあったからできたものだ」
ルリはリンネ教の動画を思い出した。死んだ体に別の魂が入って起き上がる動画。
――今の自分も誰かが死んだおかげでまた立ってる。バイサーバで生まれた命は軽いんだ。
「【生命のスープ】が病に効くという根拠だが、過去治療に使われていたもののレシピが【生命のスープ】を作る過程でたまたまできたものが病の進行を止めることができたんだ。そっちも今は在庫なしだ」
「カリミラさんもプロジェクトに?」
「そうだ。元々王家の従者だったそうだがプロジェクト発足の時に、急に不仲が原因で辞めてプロジェクトに参加。今じゃ空を渡る奴隷商だ」
「……うん?」
ルリは引っかかった。
あのテントで見送ってくれたカリミラは子供のように見えるほど若々しかった。
スープの作成にかかわっていたものは皆存命していない。
プロジェクトはデモクラの生まれる前のこと。
「あの……デモクラさん達の寿命ってどれくらいなんですか?」
「さあ。特徴にもよるのかもしれないが、この日記の持ち主は600かそれ以上で元気にしている」
「で、デモクラさんのお年は……?」
「確か、30くらいだ。生まれてすぐの物心つくまでがかなり長かったから、そこを数えなければ25と言われたよ。年がどうかしたか?」
ルリは口を閉じた。
――異形は不老不死?病気で死ぬことはあるようだけれど……。
「バイサーバ人はエレメトと同じ過程で生まれたから、お前もそれなりに永く生きるはずだ。ガロウ。お前のところの年長者はどれくらいだ?」
デモクラに声をかけられたガロウは火を止めて二人のほうへ振り返った。
「長老ん年はだいも知らんですよ。おいたちは生命の樹から生まれますが長老がどうやって育ったかは分っとらんです。年を気にすいとは保護法の成人になるまでくらいでしょう」
「だな。マルーリ、元の土地の基準は早く忘れた方がいい。じゃないとグリマラから出て挨拶にいけなくなる」
ガロウの食器を取り出す音を聞いてルリは立ち上がった。
「並べるの手伝います」
ガロウはデモクラの顔色を伺ってから
「おおきに」
と言ってはにかんだ。