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グリマラ 春の大マーケット 一日目後編

グリマラ 春の大マーケット 一日目後編



 その後、デモクラは時間を気にしながら焼き菓子店と茶舗を回った。

「お好きなんですか。お茶」

「はい、変わったブレンドのものに目がなくて」

 店を隅々まで見ようとするデモクラにルリは時々立ちくらみを感じるようになってきた。

「外にでていますね」

「分かりました。見える窓の所にいてください」

 

 ルリは店を出て、窓の方へ。ちょうどベンチがあり座っても頭が十分見せそうだったので安心して座った。

 すぅーっと頭が軽くなっていくが視界はグルグルと不鮮明になっていく。深呼吸を繰り返しているとヒトが近づいてきている気がした。

 白の眩しさに目を閉じながら聞こえてくる遠い声を耳にした。

 

「クロマルリだな?」

 そう声が掛けられたときには、額に指が指され、靴を踏まれ立ち上がることが出来なかった。

「目を開けろ」

 上目蓋を無理矢理開かれて瞳をのぞき込まれる。

「間違いないな。お前には現代に戻って貰う」

 ――誰だろうこの人……なんで名前知ってるんだろう……。

 

 そうぼんやりと考えされるがまま固まっていると、聞き馴染みのある声がやけにハッキリ聞こえた。

「ヒトの物にさわるとは、エルミナスの者じゃないな。野良か?」

「私はそいつに用があるだけだ。B-56にな」

「なにを……、マルーリ大丈夫ですか?」

 目を開けると視界いっぱいにデモクラがいた。頭を動かそうとすると目に激痛が走った。思わず顔を歪ませると、そのデモクラの後ろのヒトが腰の剣に手をかけながら詰め寄ってきていた。

 

「デモクラさん、後ろ……」

「ええ、分かっています」

 デモクラはそう言うと、剣を抜こうとしていたヒトの手を摑む。

「話をしようじゃないか」

「……っ!お前か……くそっ、放せ!」

「悪いが離す訳にはいかん。お前みたいな奴にマルーリを触られて、黙ってられるか」

 そういってデモクラは掴んだ手から細い触手を伸ばして、ヒトの首元へ這い上がっていく。

「うっ……はっ……おま、え、なに……」

 苦しそうな顔を前にデモクラは表情を変えず。

「マルーリをどうするつもりだった?言え。言わなければ動脈から痺れ毒を流す」

「それはっ……脅しじゃないかっ」

「エルミナスは初めての野良転生者のようだな。バイサーバから渡ってきて大変ご立派だが、こちらの社会ってものを知らないまま来られたようだ。言って貰えないだろうか?マルーリに何をしようとした」

「い、言うから!放せ!」

 デモクラが触手を緩めると、そのバイサーバ人は一目散に走って消えていった。

 

「すみません。油断しました」

「……大丈夫です。でもあのヒトは?」

「マルーリとは違い買われなかった野良転生者でしょう。体の生まれた地バイサーバに行って、そこで武勲でも立ててその祝いにとエルミナスへ連れてこられたのではないでしょうか。ところであいつがいっていたB-56というのは……」

 気がつけば辺りには人だかりが出来ている。そこをかき分けて白のローブに大きな翼を持った人物が駆け寄ってきた。

「デモクラ殿下!お怪我はございませんでしたか?」

「ない。後もう王子じゃない」

「おお……。カルーナ様の御前であるマーケットにて白昼堂々、人さらいに遭われるとは……我々、天使騎士団これからはデモクラ殿下の護衛を」

「必要ない。それよりさっきの首輪無しバイサーバ人を追いかけてくれ。他にも首輪無しのバイサーバ人がいたらそいつの名前だと思って、オークションにでも売り払ってくれ」

「はっ!承知いたしました!」

 天使騎士団と呼んだ人物が走っていくと、すぐに野次馬たちも散っていった。

「はあ。騒がしかった。立てますか?会計を済ませたら待ち合わせ場所のカフェに行きましょう」

 ルリはデモクラの差し出された手を取って立ち上がり、そのまま手を引かれるまま歩いて行った。

「彼らは異形の中でも天使の特徴を持っている騎士団で、カルーナ直属の治安維持隊。マーケットの時期だけどの通りをみてもいるはず。」

 横道を歩いて別の大きい通りに出てすぐにデモクラは上空を指さして天使を見つけて見せた。

「なぜ、カルーナさん直属なんですか?」

「カルーナが兄弟で一人だけ父親が違うというのは話しましたね。カルーナの実父が騎士団の団長だったからそのまま受け継がれたそうです。カルーナ自身も天使ですから。王族の血は流れていなくても身分は高いんですよあのヒト」

 デモクラはルリの手を引いてまた横道に入っていく。

 ――――

 

 目的の店の前には先程とは別の天使騎士団の者が複数名いた。彼らはデモクラの姿を目にとらえるなり恭しくお辞儀をした。

 ――何処かの誰かから予定が漏れたらしいな。

 デモクラは重い足取りで店へ入っていった。

 

 奥の方によく目立つ髪色のフヨウがおり、手を振っている。

「すまん、待たせた」

「大丈夫ですよ。まだケーキもきてませんし」

 店員が持ってきた紅茶を啜り、デモクラは深く息をする。

「マルーリに怪我はないですか?」

「……ないが、休み無しで連れ回したのが災いして気分が悪そうだ。そこは俺の責任だ……」

 疲れを感じているのかマルーリは座席に深く座って背もたれとくっついている。

 フヨウはそこで軽く溜め息を吐いたあと微笑んだ。

「大丈夫です。さっきの人攫いはもう捕まったようですし、これから理由を突き止めてくれるでしょう」

「珍しく仕事が早いな。天使騎士団」

 

 フヨウは開いているティーカップに置いてある塩を一振りしてポットから紅茶を注ぎ、それをマルーリへ渡した。

「少しは楽になりますよ」

 ――そういえばろくに水を飲んでいなかったか。

 マルーリは紅茶を啜り、息を漏らす。

「はぁ……おいしいです」

「よかった。この分ならあとは休ませれば大丈夫だと思います」

「分かった。ありがとうフヨウ」

 

 フヨウは微笑んで続ける。

「で、旦那。いつになったらあたしをマルーリに紹介するんで?」

 ――しまった。

「マルーリ。こちらはフヨウだ。私の小間使いで雑用をしてくれる。今は屋敷の建築を進めてくれている」

「どうも。旦那ヒト嫌いだから小間使いはあたしだけ。一人で10人分くらいの仕事をしているよ」

「あ、はい。あの、私は」

 フヨウは口の前で指を横にふり、マルーリの言葉を遮る。

「コロ・マルーリでいいんだよね?」

 マルーリは口をもごもごとしてうつむいた。

 

「失礼いたします。ケーキ3つお持ちいたしました」

「ありがとう」

 最初に渡されたものはマルーリの前へ。

 ――名前がどうも伝えられたものとは違うのかもしれないな。それについては本人が伝えたくなってからでいいか。

 ケーキは甘さ控えめなスパイスケーキ。香りの甘いスパイスが使われ、実際に口の中で甘さを主張してくれるのはその中に入っている砂糖とリキュール漬けの果実。甘みと苦みが楽しめるものだ。

「どう?マルーリ、このケーキ」

「おいしいです。すごく」

「よかった。ゆっくり食べてね」

 そういって自分のケーキを味わい始めるフヨウ。しかしあまり甘いものが得意ではないらしく苦そうな顔をする。その様を見てデモクラは笑い出しそうになるのを堪えながら紅茶を流し込んだ。


 その後馬車を使いエレメト山を登る間、ルリは目をつむったままだった。

「今日の季節外れの寒さは響きましたかね」

「それもあるかもしれないな」

「できるだけ快適にしてあげましょうか」

 

 ガロウの貯蔵洞窟は元々の広々とした入り口と、ガロウが木材で塞いだ奥への通路と、ガロウが手彫りしたガロウの個室の3つの空間がある。

 広々とした入り口にしばらく過ごせるよう、今日の待ち合わせの時間までフヨウは掃除と必要なものを買い出していた。

「夕食の時間の前に、模様替えしておきますか」

「マルーリは馬車で横にさせておく」

「その方が良いでしょうね」

 自身が羽織っていたもう1つのマントを折りたたんで枕にさせて、寝かせておく。

 

 フヨウはパーティションを2つ置いて、その奥にベッドを置いた。照明は暖色系のものを置いて。

「これでよしっと。出入り口の方にソファーを置きますので旦那、部屋の真ん中に立って下さい」

「真ん中か……。そのパーティションからこちら側でいいか」

「はい、それでお願いします」

 デモクラが立ち止まると、フヨウはその足下に絨毯を出現させ、その上にソファを置いた。反対側の壁近くにはキッチンカウンターを出して更に向こうの蛇口は立派なシンクに変わった。

 質素な食料庫を置き、フロアランプを置けば仮住まいは完成だ。

「その魔法、マルーリに見せられなかったのが残念だ」

「これからさき見ることの方が多いでしょう。機会はいくらでもあります」

 飢餓状態にあるマルーリの体はかなり軽い。抱きかかえてベッドの上に寝かせた。

 デモクラはソファの方へ座り、フヨウはキッチンカウンターのイスに座った。

「ところで旦那、そろそろ教えてくれませんか?」

「……なにを?」

「計画といいますか、急に首輪の種類を変えて、よりにもよって婚約も視野にいれた首輪となって……。気になって仕方が無いんですよ」

「そういうことだが。何か不満でも」

「ええ。もちろん。旦那のやることはあたしのやるべき事ですからね。でも内容は共有してもらえないと困りますよ」

「分かった。話す……が、これはまだ誰にもいうなよ?」

 フヨウは大きく頷いた。そしてデモクラも続ける。

「コロ・マルーリには母と同じ力を感じる。天使のそれではなく、もっと神聖な何かだ。そしてそれが他の者と異なる。私はそれに賭けたい」

「なるほど……しかしそれなら一層、あたしたちがマルーリの身の安全を守らないといけませんね」

「そうだ。だから、あのバイサーバ人が狙っていたのが気にかかる。天使達が吐かせていれば良いが……。」

「なるほど。普段でしたらスリですら返して貰えればそのままにするのに、珍しく問い詰めていたのはそういうことでしたか」

 言い合っていると、奥の方から小さな唸り声が聞こえた。デモクラとフヨウは驚いてそちらへ目をやると、マルーリが目を開けていた。

「……ぅん」

 声を潜め

「しまった、少し熱くなりすぎたか」

「しばらく様子を見ましょう」

「そうだな。予定より早いが夕食の支度をして貰えるか」

 フヨウは頷いて、キッチンカウンターの裏のコンロに火を灯した。


 

 ルリが目を開けると、薄明るい天井が見えた。

 ゆっくり体を起こすとそこは上等なベッドの上だった。しかもデモクラのマントが掛け布団、もう1つのマントは枕にしていた。

 パーティションで仕切られていてその向こうにソファに座るデモクラの頭が見える。

「デモクラさん?」

 声をかけると、その頭が動いてこちらを見た。

「マルーリ、具合はどうですか」

「もう大丈夫です」

「そうか、少し話をしましょう」

 頷いてベッドを降りデモクラの隣へ座った。


 フヨウは夕食の準備をしているようだった。コンロの火が見えている。

「明日はまたマーケットまで降りる。フヨウに買い物を頼まれてな。それと今日のバイサーバ人について詰所かカルーナへ聞きにいく。疲れるとは思うがここで一人にするわけにもいかないからつれていく。」

「はい、大丈夫です。あの」

 ――聞けば聞くほどあの声と一緒だ。

「なんでしょうか?」

「デモクラさん……えっと、その……」

 誉め言葉が見つからず、もじもじしているルリにデモクラは首をかしげる。

「……大丈夫です」

 

 その後夕食を食べてデザートも食べた後、デモクラはベッドにルリを寝かせ、自身はソファで眠ることにした。

「えっと……。いいんでしょうか、私は奴隷でしょう?」

「今は私の所有物です。奴隷でいる間は雑に扱うつもりはありません。それに、あなたが本当に奴隷を望んでいないなら、私がいる以上そのような扱いをすることもありません」

「ありがとう……ございます」

 ルリはベッドに潜り込んで目をつむった。まだ体力が戻らず疲れやすいからだろう、すぐに寝息を立て始めた。デモクラも明日のため早めに眠りへつくことにした。

 

 

 そのまま時間が経ち深夜を回った頃、目が覚めたルリは何度か寝返りをうち、それでも眠れず体を起こした。

 外への出入り口は扉がしており、底からほのかに月か星明かりが差し込んでいるだけであとは漆黒の闇だ。

 

「どうした?」

 暗闇の中、デモクラの声がした。

 ――布の擦れる音で起きたんだろうか。だとしたらかなり神経質な眠りなんだな。

「……はい。あの……ベッドが広くて……ちょっと寝付けなくて」

 そう言って恥ずかしそうにするルリへデモクラは声を弾ませるように。

「確かに一人用に比べれば広いな。そっちへいっていいか?」

「は、はい。どうぞ」

 

 スルスルと何か這いまわるような音をして、少しずつベッドを沈ませる。手を動かすと肌理の細かい布が柔らかく振れた。触れるとどこか違和感を感じた。

 ――自分の体とは違う。

 体系の違いはあれども、触れば筋肉や脂肪の柔らかさ、弾力、骨の硬さを感じるものだろう。

 デモクラの体は違った。骨の硬さがどこにも感じられなかった。

 寄り添って、耳を澄ませるば鼓動は胸からではなく上下左右から聞こえ、それぞれバラバラのリズムを奏でている。

 

 そうしていると、デモクラの腕が背中に回され抱き寄せられて、完全に密着した状態になった。そして背中を撫でられる感触に瞼が重くなる。

 ――なんだか、安心する。

 本能がまま、目を閉じて腕の中で眠った。


 

 一方デモクラは

 ――抵抗がなかった。なんの抵抗もないのか。いや、首輪の効果で反抗する心が制御されているという可能性もあるが……。それにしても今日初めて会ったばかりのヒトの体をこうペタペタと触れたもんだな。自分で変だとか思わなかったのか?

 ――これならもう生殖用の触手を忍ばせてしまってもいいんじゃないだろうか。いや待て、契約書の中に肉体の成熟率について書いてあったはずだ。まだ卵を産むまで成熟していないという記述もあったような気がする。フヨウにも焦るなと言われていた。

 まだ夜は長い。

 デモクラはパーティション向こうのテーブルへ一部を伸ばし、蝋燭に火をともした。その明かりを頼りに自身の旅行鞄をあさり、手帳と羽ペン、インクを取り出した。


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