グリマラ 春の大マーケット一日目前編
「旦那、カリミラさんからお便りが来ましたよ」
「読んでもらえるか」
「かしこまりました」
ところ変わって一隻のクルーズ船の一室。この船はグリマラへ向けて西の海を航海中だ。その一室にデモクラはいた。
「『君によさそうな転生者を手に入れた。マーケットの朝一に渡せる。場所はまた後で伝える』とあります。転生者の姿の映し絵もありました。どうぞ」
「ありがとう」
金の蓮の刺繍を施した藍色の服をまとい具合悪そうにしてソファで横になっているのがデモクラ。デモクラの古風なファッションに対し、近未来的なズボンとブーツが一体化したようなパンツをはいて自身の髪色の補色になる水色の上着を着ているのはデモクラの小間使い、フヨウだ。
「ずいぶんと体調が悪そうですが、今日の分のお薬は飲まれましたか」
「いや……薬入れをどこにやったか忘れた。旅行鞄に直したと思ったら見つからなくって。探すのも気分悪くなってやめてここにいる」
「なるほど。そういうことであればアタシが探してきますよ」
「すまない。あ、あと机の上の手帳は見ないでくれ」
「承知しております。開いていたら見ないように閉じておきますから」
といってデモクラの寝室へフヨウは入っていく。
ゆっくりと手渡されていた映し絵に目をやる。
茶色の髪、上下に色の分かれた光彩。服は奴隷船で用意されているみすぼらしいもの。
――夢に見た人物とよく似ている。
「名前は、コロ・マルーリか」
デモクラは外見でカリミラに転生者の注文をしていた。その内容が茶色の髪、上下に色の分かれた光彩だった。十分なわがままを言ったつもりだったが、まさかこんなに早く望んだものがくるとは思っていなかった。
喜んでもいたが、同時にどうするべきか迷った。
――あまり似ていないのであれば、容赦なく洗脳でもして後をフヨウに任せるつもりだったが……これは本腰を入れて病を治す方法をみつけなければ。
「旦那。お薬見つかりましたよ」
「ありがとう。フヨウ、この映し絵の表情どう思う?」
「……困惑、ですかね。まだこの世界に来たのを受け入れられない、もしくは自分の信念を達成するのに必要なものが欠けてしまっている。そんな感じがします」
「ふむ……。その信念が分かれば取り入られそうだな」
「おや、洗脳のご予定だったのでは?」
「その予定を変える」
フヨウはククっと笑った。
「かしこまりました。グリマラに到着しだいアタシは屋敷の様子を見に行きます。薬は……船を降りるまでここに置いていましょう」
「ああ、たのむ」
――――――――
ルリの乗るカリミラの奴隷船はマーケットの一日前にはグリマラに到着した。昼頃に到着し、ルリは部屋の窓から島を眺めた。
広い平坦な広場は所狭しとタイル張りにされ、港部分から少し離れて小屋が規則正しく並んでいる。
到着した船からは次々と商品がだされて運ばれていく。地面の道だけでなく空中もつかって商品は運ばれていた。
一番惹かれたのは、遠くにかすんで見える、グリマラの象徴的な山、エレメト山。
――あそこで眠れたら心地いいだろうな。
ふと、そう心に浮かんだ。
夕食後のシャワーの後、カリミラの小人たちが部屋に入ってきて念入りに髪を拭かれた後にヘヤオイルを塗られた。その後もくしでとかされたり、体も保湿クリームのようなものをぬられたりとした。
「明日は朝一で身支度をします。その時間まで起きていなかったら起こしますので~」
小人が出ていくのを見届けてから、ベッドへ横になる。
――今日でこの部屋ともさよならだ。
次の場所では守ってもらえるのだろうか。急にサバイバル生活になったりしたら生き残れる気はしない。外にでて、あのマーケットの中で迷子になってしまい、そのまま見つからず別のヒトのところにつれていかれてしまったらどうしよう。
ありもしないであろう不安が押し寄せる。満足に眠れていないのも相まってか、いやな想像がわいてくる。
どうにか数時間眠れたところで夜が明けた。まだ厚くかかるまどろみに浸りながら小人が呼びに来るのを待つ。
そこから先の記憶はない。
次に目を開いた時には別の天井だった。
驚いて飛び上がるようにして起きると、そばにはカリミラがいた。
「よかった、起きたな」
「すみません、二度寝してそのまま……。」
「たくわえが切れたんだろう。どうゆすっても起きないもんだからダメ元で島に下したが……正解だった。あいつも喜ぶな」
「島?」
そういえば揺れを感じない。カリミラの話す言葉も知っている言語に聞こえた。
「妖精たちに身支度をさせる。おわったら外に出ておいで」
「あ……はい」
――小人って思ってたけど妖精だったのか。羽生えてるしそりゃそうか。
妖精たちは、顔を洗ったり髪をといたり、服に腕を通す前には粉をかけたりした。肌触りのいい服を着て、上着もついてきた。
起きた場所は布張りの壁で天井も布。テントの中のようだ。カリミラが出て行った幕の先へルリも進む。
視界にすぐ入ったのはソファに座るカリミラ。向かいにルリの知らない人物が座っている。金の蓮の刺繍が入った藍色の服をまとった青くも見える黒髪のヒト。緑色の瞳は煌々として、その場に現れたルリを見つめていた。
「ああ、出てきたね。彼がデモクラ・ココ。デモクラ、どうだい?実際にルリを見て」
デモクラは何も言わずに首を縦に振った。
「あれは持ってきてる?」
こくりと頷いてから袖の下から革製の輪っかを取り出した。
「おや、予定のモノじゃないようだけれど?心変わりしたのかい?」
「ええ、はい。もう少し生きてもいいと思いました。」
デモクラの声に衝撃を受けた。
手に力が入り開かなくなり、口もつぐむ。ルリはまだ夢の中なのだと思い幕の内側へ戻ろうとするが。
「こらっ待て待て」
カリミラに肩を掴まれて止められる。
「やけに緊張しているな……」
カリミラはルリの顔を見て。
「ああ、そういうことか。まあ安心しろ、デモクラに本当の名前は伝えていない。呼ばれる勇気が出来たら呼んで貰え」
一人取り残されているデモクラはキョトンと首を捻っている。
「相性は良いみたいだ。じゃあ、首輪を付けて契約完了としよう」
カリミラがデモクラから首輪を受け取り、ルリの首へ向けて開く。
首輪はほんの少しぬくもりがあり、ホッと落ち着く感覚があった。カチリと音を立てて首輪がはまる。前の方を触ると一カ所小さなくぼみがあるのに気がついた。
「食事はどうするんだい?」
「すでに予約を取っていますので、そちらでいただく予定です」
「相変わらず用意がいいね」
「安心できますから」
「よし、それじゃお買い上げありがとう。またね~」
デモクラはマントを着てから一礼しテントの幕を開いて、ルリへ先に出るよう促す。ルリは目線を下にしながら外へ。
音と光が一斉に押し寄せてくる。空気は今着ている服だけでは少し寒い。腕を組んで体をこすり合わせようとするとデモクラが。
「これを」
マントの中からもう1枚マントを取り出して、ルリに渡す。
「ありがとうございます」
受け取り、ファーを上にして羽織る。風が当たらなくなり、体の体温が留まるようになる。
「何か、欲しいものを考えていてください。このマーケットで買い揃えます」
「あ、はい。分かりました」
ルリはデモクラの少し後ろを歩き、デモクラを観察する。
――足で歩いてる感じがしない。滑ってるみたいだ。
デモクラの歩みは、足と腕が揺れず頭も上下することなく進んでいる。
足は二足歩行の動きをしているのに、と不思議に思いながら離れないよう後ろを着いていった。
デモクラは後ろに少しだけ背の低い、先程迎えたばかりの奴隷、マルーリを自身と同じマントを掛けさせてこのマーケットを連れ歩く。
着いたのはボーエンという名前の店。
タレ目の頼りなさそうなこれまた垂れたフワフワの長い耳の店主、ガロウが出迎える。
「いらっしゃいませー。あれ、デモクラさんですね。すぐお食事ご用意できますよ」
「ありがとう。温かいものはあるだろうか」
「ご用意しています。お好きな席に座ってください」
デモクラはガロウの立つカウンターの席を選んでマルーリを奥の方へ座らせる。
向かい合わせになるテーブル席もあるが、デモクラは隣同士に座って話してみたいと思った。
「改めて、デモクラ・ココ・キングスだ。これからよろしく」
「は、はいっ。よろしくおねがいします」
少し目を合わせたが、すぐに手元に視線を移される。
口を開こうとしたところで、「どうぞ、豆のポタージュです」 そういってガロウが湯気の立ったスープ皿を目の前に置いた。
デモクラの前に置かれた皿をマルーリへ流し、次の皿を受け取った。
根菜の繊維感と複数種類の豆が入れられたスープ。しっかりと薬味で味が引き立てられ、体も芯から温まるようなスープだ。
二口ほど自分で食べてから、マルーリをみる。
迷い無く先割れスプーンを使って掬い取って口に運んでいる。
立てた肘で顎を支え、それを見ながら。
「口に合うか?」
「んっ……はい!美味しいです」
マルーリの体が温まったのを確認できてホッとする。
もう一品、カリッと焼き目の入ったブラウン・ブレッド。全粒粉入りのパンに贅沢にも糖蜜を混ぜた茶色い、下級階級用のパン。ここでマーケットの間扱っているのはこのパンだけ。
「すみません、こちらしか出せず」
「いい。このパンも英世だと最近健康にいいと値が上がりだしたんだ。それによく腹にたまるからな」
パンを口に運ぶマルーリの様子をデモクラは見る。
口に入れて、少し噛んでからスープを口に含んでまた咀嚼する。飲み込んでから。
「ほんのり甘いんですね。塩っ気もあってスープと合います」
――よかった、口に合うようだ。
ガロウには事前に【転生者が好む食事】を頼んでいた。マルーリの生前の食文化によっては、異形の得体のしれない肉や毒抜きしないと食べられない夢のような美味しさの果実を出されても食べるのは難しいだろうと思ってだ。
ガロウの店ボーエンは異形の菜食主義者からは絶賛で、店に入れなくとも同じものが卸されている店を選んで、次の狙えと言われる人気店。
彼と付き合いのある身内がいてそのコネで予約と、宿が取れた。
自分の分も口に運びながら、マルーリの所作を観察していると、マルーリが驚いたように目を見開いた。視線の先をたどると店の出入り口。
振り返るとデモクラには見覚えのある人物が立っていた。店に入れるコネを作ってくれた人物。
「カルーナ姉さん」
「やあココ。カリミラから素敵な買い物を末弟がしたと聞いてね、探していたんだよ」
褐色の肌に左右2つずつの目と、耳は3つずつ。そこにデモクラを大きく超す長身にマルーリは目を奪われていた。
「カリミラに卸していた服に対して今日の気温は予報外れの寒の戻りだ。さぞかし凍えているだろうと思ってね」
「ええ。マントの予備を持って出ていて良かった」
カルーナはカツカツとヒールの音を響かせながら、ちょうどマルーリの後ろにあるテーブル席へ腰を下ろす。
「ガロウ君、わたくしにはホットワインをお願いするよ」
「まだ、朝ですが……?よろしかとですか?」
「目覚めの一杯だ!」
――――――――
食事を終えて、カルーナについてボーエンを出ると人の通りが目に見えて多くなっている。デモクラはマントのファーを顔まで巻いて顔を隠していた。
――デモクラは王族なんだっけか。それなら隠すよね。
ボーエンの周りの店もカフェやレストランのようで、腹八分の口を誘う香りが漂っている。
豚っぱなというよりヒト型の豚店員が櫛に刺さったもちのような何かに、火であぶると香ばしい香りのたつタレをたっぷりと塗っていた。
ボーエンでの食事はそれこそ見慣れたメニューだったが、他の店の見慣れない皿も気になる。どんな触感でどんな味がするのか。
見とれて考えていると、デモクラがそっと腕を引っ張った。
次に立ち寄る所はカルーナの店になった。
カルーナはデモクラの一番上の兄弟。ただ、母親の連れ子で王様である父親とは血が繋がっていない。複雑な事情があるようだ。
そしてこのマーケットの主催者。一年に3回の【シーズンマーケット】と1回の島内だけでの細々とした【スノーマーケット】を取り仕切っている。
それと、趣味の仕立て屋。デモクラの来ている服もカルーナがデザイン、作成した服だ。
「さっきのガロウ君にも服を買って貰っていてね、ガロウ君の素敵なお酒へ支払うお金を回収しているんだよ」
「姉さん、そんなことしているとまたサタニエル兄さんに叱られますよ」
「サタニエルは今ここから北東遠くのサニーフレアでのんびりしてるよ。どこにいても監視してるから動きは分かってるし、今の所どの年も怒られたことはないから大丈夫」
マーケットで並ぶ小屋は、形はどれもあまり変わらないが、飾り付けは色とりどりだ。
カルーナの小屋は隣り合わせに2つ。
マーケット案内所と仕立て屋。案内所には人が休み無く出入りしている。
「カタログを貰いに来るヒトが沢山いるんだよ。地図と目玉商品とね」
「英世の方で事前に配布していれば、もっと増えるんじゃないですか」
「コストがね。わたくしが英世へ行って、そこの製本所に発注を掛けるというのもいいけれど。正直なところこちらでの仕事で手一杯でしてよ。船よりも速く移動は出来るけれど。まあ良い評判が広がればドンドン店は増えるし、お客様も増えるよ」
カルーナは店に入ると、専用の大きなソファに腰掛けて、その先にある台へ立つよう手をクルクルさせる。
ルリが台に立つと、カルーナは指をクルクルさせて後ろの引き出しから巻き尺とメモ用紙、羽ペン、インクを呼び寄せた。
巻き尺はルリの体を図る度に折れ曲がってはカルーナにその場所を見せに行く。それをメモする。
「食事はどうするんだい、ココ」
「しばらくは体を作るメニューを食べさせるつもりです。夏までには健康体にさせたいところです」
「なるほど。なら少し大きめサイズで作った方がいいね。今の体は飢餓状態から命拾いしているだけだからね。君も無茶してはいけないよ」
カルーナはルリに向かって言った。
サイズの合う服に着替えて、外気に見合った格好へ。
「マーケットが終わってからもグリマラに留まるんだろ?何処へ泊まるんだ?」
「屋敷の予定地、ガロウの貯蔵洞窟に」
「エレメト山の中腹だね。あんなところでいいの?ここドラコスネイの南西にあるホワイトウィン辺りでも十分良さそうだけど」
「何かと都合がいいと、フヨウが言っていました。山道が大変そうですが、ここドラコスネイとサニーフレアの中間になるのでよいと」
「確かに。静かで見晴らしもいいし、夏でも涼しいね」
カルーナに見送られ店を出た。